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二十五、ルシール王女







「そんなに緊張しなくていいわ。どうぞ、気楽に座って」


『いや。それは無理というものだろう、ルシール。レッティ、かわいそうに震えているじゃないか』


 エヴァリストの心の声の通り、ルシール王女を前にしたピエレットは、緊張のあまり微かに震えながらも、何とか微笑みを浮かべて令嬢の礼をとる。


「あ、ありがとうございます。ルシール王女殿下」






 あの後すぐ、アダン子爵令嬢は、動物の園にて捕縛された。


 罪状は動物の園への不法侵入だが、それを足がかりに、エヴァリストへ行ったことも詳らかにされる予定だと、ピエレットは聞いている。


 


 ああ。


 あのペンダント。


 あれが、エヴァ様をこんなお姿にした原因だと思うのだけれど、まさかここでエヴァ様に確認するわけにもいかないわよね。


 でも、あれがあれば、エヴァ様を元に戻せるのではないかしら。


 アダン子爵令嬢が言っていたのは、そういうことよね?




 アダン子爵令嬢が、孔雀相手に話をしていた内容を思えばその可能性が高いと、ピエレットは、動物の園の入口で、持ち物すべてを取り上げられ、膝を突かされたアダン子爵令嬢から押収されていくペンダントを見つめてしまった。


 しかし、護衛がぴたりと張り付いている今の状況では、孔雀のぬいぐるみに仮住まいしているエヴァリストに、あれが(くだん)のペンダントかと確認することは難しい。


『バルゲリー伯爵令嬢。あのペンダント、何かあるの?』


『はい。アダン子爵令嬢は、あのペンダントがあれば、エヴァ様を元に戻せると話されていて・・・・っ!これは、失礼をいたしましたルシール王女殿下』


 普通に話しかけられ、普通に答えてしまったピエレットは、そこに居るのが誰なのかを知って、慌てて貴族令嬢の礼をとる。


『かまわないわ。バルゲリー伯爵令嬢は、あのペンダントが罪人故に押収された以上の意味があると、考えているということね』


『はい』


『根拠としては、アダン子爵令嬢が孔雀に向かって話をしていたから・・・。バルゲリー伯爵令嬢。少し、お時間をいただけるかしら』


『はい。もちろんにございます、ルシール王女殿下』






『・・・まったく。ルシールがああ言えば、レッティは是と答えるしかないだろうに。はあ。まあ、元々ルシールは、レッティに興味を持っていたからな。主に、俺が原因で』


 許せレッティ、と思いつつ、今は何も補佐することも出来ない、と孔雀のぬいぐるみに仮住まいの我が身を嘆きつつ、エヴァリストはルシールの部屋へと案内されるレッティの、震える腕に抱かれていた。






「わたくしね。一度、バルゲリー伯爵令嬢と、ゆっくりお話ししたいと思っていたの。だって、エヴァリストってば、あれほど婚約などしない、令嬢の相手は面倒だと言っていたのに、デビュタントでひとめ惚れをしたと言って、それはもう、幸せそうにバルゲリー伯爵令嬢の話をするのですもの。とても、気になっていたの」


「恐縮です・・・」


 にこにことピエレットを見つめて話すルシールから親しみの籠った目を向けられ、ピエレットは小さく頭を下げることしかできない。




 この感じ。


 ルシール王女殿下は、本当にエヴァ様を従弟君(いとこぎみ)として親しく思っていらっしゃる、だけのようだわ。


 そうよね。


 エヴァ様も再三、そうおっしゃっていたもの。




 ここに来て漸く、エヴァリストとルシール王女が密かに想い合う仲ではない、と確信したピエレットは、気持ちが上向くのを感じた。


「バルゲリー伯爵令嬢。ピエレット、と呼んでもよろしくて?」


「はい。もちろんです、ルシール王女殿下」


 ピエレットの答えに、ルシール王女が嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。わたくし、同年代のお友達がいなくて。ピエレットがお友達になってくれたら嬉しいわ」


「わ、わたくしでよろしければ、喜んで」


 思わず、口に含んだお茶を詰まらせそうになりながら、ピエレットはルシール王女の瞳を見つめた。


「ふふ。エヴァリストが聞いたら、怒るかしらね。『俺のいない間に』って」


「いえ、そんなことは。エヴァリスト様は、ルシール王女殿下をとても大切に思っていらっしゃいますから」


 ピエレットの言葉に、ルシール王女は小さくため息を吐く。


「確かに、エヴァリストとわたくしは幼い頃からの付き合いで、わたくしもエヴァリストを本当の弟のように思っているわ。でもね。それが原因で、エヴァリストには随分、迷惑をかけてしまったの」


「迷惑、ですか?」


 そのような話は聞いた覚えがない、と首を傾げるピエレットに、ルシール王女は困ったような笑みを浮かべた。


「わたくしが王女という立場だからか、貴族の令嬢たちは、こぞってわたくしの真似をしようとするの。ドレスや装飾品、食の好みに至るまで」


「ルシール王女殿下は、流行の発信者でいらっしゃるのですね」


 なるほど、と感心の思いで言ったピエレットを、ルシール王女は何かを探るようにじっと見つめる。


「流行の発信者。ピエレットは、そう思うのね」


「違うのですか?」


 何か、見当違いなことを言ったか、と焦るピエレットは、咄嗟に強く孔雀のぬいぐるみを掴んだ。


『大丈夫だ、レッティ。そういう話じゃない』


 ふたりの会話を聞き、ルシールが何を言おうとしているのか理解し、ピエレットが何を不安に思っているのかも分かるエヴァリストだが、如何せん会話に混ざるわけにはいかない。


『いや・・別にルシールには、俺の現状について話をしてもいいか。どうせ、国王陛下や王妃陛下にも報告しなくてはならないだろうし』


 隣国の怪しい術も関連してくること、となれば外交問題にも発展する。


 アダン子爵令嬢を捕らえる前であれば、何を世迷い言をと言われそうな案件も、実際に現物が証拠としてある今ならば、信憑性も増すだろう。


 ならば、とエヴァリストが思ったところで、ルシール王女がカップを置き、片手を頬に当てた。


「そう・・・わたくしが、流行の発信者、ね。一概に、違うとも言い切れないけれど。わたくしの好むものが良いと思うから、とか、好きだと感じたから、というわけでもないのに、真似をするから悲しいと思うのよ。しかも、それがわたくしの好んだ物とも限らないし。まあ、皆。わたくしの好みなど、実はどうでもよいということなのよね」


「ルシール王女殿下」


「王女という立場なのだから、そういったことも甘んじて受け入れて、国として発展させたい物を身に着けることもあるわ。そうしたらいつのまにか、それらすべてが、わたくしの好んだ物、という扱いになってしまって。ある時、それが本当に嫌で、真に好む物は言わないようにすることにしたの」


 おかしな矜持でしょう、と笑うルシール王女にはしかし苦悩の表情が見え、ピエレットは真顔になって頷いた。


「ルシール王女殿下のご苦労も知らず、わたくしは、ルシール王女殿下を中心に回る令嬢の流行を、平和的で素晴らしいとさえ思っていました」


 王女に、無駄に対抗しようという愚かな令嬢もおらず、今の令嬢の界隈は平和だと言っていた母の言葉と、母世代の世知辛さ、身の置き所の難しさを聞いていたピエレットは、心底そう思っていた自分を恥じる。


「ふふ。そう思うのは、まったく問題ないわ。ただ、そのせいでエヴァリストに迷惑がいってしまって」


「エヴァリスト様にですか?」


 ルシール王女が、己の好みを明らかにしない。


 それの何が、エヴァリストへの迷惑になるのか、とピエレットは益々首を傾げた。


「ええ、そう。わたくしが話さないものだから、近しい者なら、ということになってしまったのね。近しいといっても、まさか王族や公爵夫妻に聞くわけにはいかない。ということで、年若いエヴァリストから聞き出そう、とする令嬢が増えてしまったのよ。でも、エヴァリストも、そう簡単に話さないし。そうこうするうち、その話をきっかけに、エヴァリストと話をしよう、エヴァリストに気に入られようとする令嬢まで出て来て。年齢を重ねるごとに、そちらの方が増えてしまったの。それで、あの可笑しな暗黙の了解が出来てしまったのよ」


 当然知っている、という前提のもとに話されて、ピエレットは困惑した。


「暗黙の了解、ですか?」


「あら、知らないの?」


 優雅に焼き菓子を口に運んでいたルシール王女が、驚いたようにピエレットを見る。


「すみません。何のお話か分かりかねます」


 そんな、令嬢の間では知られているのが当然の暗黙の了解も知らない世間知らずで申し訳ありません、と恐縮するピエレットに、ルシールは楽し気な笑みを浮かべた。


「ふふ。本当にピエレットは可愛いのね。エヴァリストが、大切にしたいと思うのもよくわかるわ」


「きょ・・恐縮です」


 恥ずかしさに身の置き所をなくしたピエレットが、小さくなって孔雀のぬいぐるみを抱き締める。


「恐縮なんて、しなくていいわ。あのね、エヴァリストがわたくしの好むもの、好む店を教えた令嬢が、エヴァリストの本命、本気の相手だということ。それが、令嬢たちの暗黙の了解、よ」


「え」


 ルシール王女の、揶揄うような視線と言葉に、ピエレットは思わず孔雀のぬいぐるみを見た。



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