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二十二、想うのは 君だけだと、いい加減思い知れ



 




「こうして、自分で自分を見るというのは、なかなかに複雑な気分だ」


「ふふ。ですが、無事にお連れ出来て安心しました」


 無事、バルゲリー伯爵邸にエヴァリストの体を移動し終えたピエレットは、心から安堵した様子で、手に抱いた孔雀のぬいぐるみを大切そうに撫でた。


「しかし。バルゲリー伯爵家には、多大な迷惑をかけることになってしまったな」


「まあ、エヴァ様。誰も、そんな風に思っていません」


「ああ、確かに。有難いことだ」


 デュルフェ公爵夫人指揮のもと発動した今回の作戦。


 アダン子爵令嬢に襲撃されたエヴァリストの意識が、現在孔雀のぬいぐるみにあると告げられた、デュルフェ公爵、バルゲリー伯爵夫妻の反応は、一様にして、奇怪なことを聞いた、であった。


 そして、然もありなんとエヴァリストが口を開き、その経緯を説明するに至っては、三人とも食い入るように孔雀のぬいぐるみを見つめていた。


 しかし、既に一度侵入を許している王城ではエヴァリストの身が危険であるという意見は一致し、エヴァリストの体は、一旦デュルフェ公爵家へ戻った後、バルゲリー伯爵家へと移されることになった。


「それにしても、デュルフェ公爵夫人はすごいですね。わたくし、一生付いて行きます」


「いや、レッティ。それを言う相手は、俺だろう」


 俺は実の母に負けるのか、とどんよりと肩を落とし、エヴァリストはベッドに横たわる自分の体を見つめる。




『アダン子爵の娘は、元々エヴァリストに執着していましたからね。命を狙うというよりは、エヴァリストそのものが目的なのではないかと思うのです』


『確かに。騎士団へお邪魔した時も、そのようにお見受けしました』


 集まった面々にそう言ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットも自身が見聞きしたことを告げれば、エヴァリストも渋い声を出した。


『確かに。気味が悪いほどに、付き纏われました』


『そんな女ですもの。エヴァリストの意識を奪って、それで終わりとは思えませんわ』


『そうだな。陛下に言上申し上げて、早急にエヴァリストを邸へ戻そう』


 王城に置いておいては、あの娘がエヴァリストにまた何か仕掛ける、と言うデュルフェ公爵夫人の言葉に、夫であるデュルフェ公爵も頷きを返す。


『ええ。ですが、それだけでは危険だと思いますの。幾ら秘密裡にといっても限界があります。あの娘が、どのような伝手を持っているのかも分からない状態ですし、実際には何をするつもりなのかも・・・考えたくもないですけれど』


 悍ましそうに言ったデュルフェ公爵夫人に、ピエレットも戦慄した。


『考えられるのは、何らかの手段を講じて、エヴァリスト様のお傍に居る資格を得ようとするのではないか、ということでしょうか。もしかすると、エヴァリスト様を目覚めさせるためのお薬を持っていて、それで自分が目覚めさせたのだから、と言うとか』


 恩を着せて、というのは充分に有り得ると、ピエレットはぎゅっと孔雀のぬいぐるみを抱き締める。


『れ、レッティ・・嬉しいけど、ちょっと理性が』


『はあ。本当にエヴァリストだと、実感できる言葉だな』


 エヴァリストがあまりの状況に昇天しそうになり、デュルフェ公爵がしみじみとそう言った時には、エヴァリストの体が、デュルフェ公爵邸経由でバルゲリー伯爵邸預かりとなることが決定していた。




「あの、エヴァ様。アダン子爵令嬢に手を貸しているのは、隣国の方なのですよね?」


「そのようだな。あの女、否定もしなかったから。あまつさえ、婚約すれば俺も一緒に使えるなどとほざきやがって」


 無事、体に戻れたらどうしてやろう、と物騒な呟きをこぼすエヴァリストに、ピエレットは不安そうな目を向ける。


「婚約。やはり、アダン子爵令嬢は、そう望まれているのですね」


「俺には迷惑なだけだがな。おい、レッティ。まさかとは思うが、おかしな誤解はするなよ?」


 エヴァリストはルシール王女を想っている、という勘違いを起こしたピエレットに、エヴァリストが先んじて言葉を放つ。


「おかしな、って。アダン子爵令嬢に対して、エヴァ様が何とも想っていらっしゃらないことは分かります。ですが、ルシール王女殿下は」


「ルシールに対してあるのは、いとことしての情だ。まだ疑っていたのか?」


 不機嫌になったエヴァリストに、ピエレットは考えつつ言葉を発する。


「疑う、というか。やはりお似合いですし、他の皆様もルシール王女殿下が密かに想われる方について、わたくしにお尋ねになりますので、その」


 身を引けということかと、と続けようとして言い淀むピエレットに、エヴァリストはそうだろうなと、納得したような声を出した。


「俺がレッティを溺愛しているのは、有名だからな。レッティ相手になら、俺もぽろっと言ったりするのではないか、という期待があるのだろう」


「で、溺愛・・・・・」


「ああ。もう開き直るくらいには、よく揶揄われる」


 既にして慣れた、というエヴァリストに、ピエレットは真っ赤になってしまう。


「俺も自覚しないでもなかったが、今日、改めて思い知ったな。移動の馬車でレッティに膝枕をしてもらうなんて、羨まし過ぎた」


「え?わたくしが膝枕したのは、エヴァ様でしたけれど?」


 王城からデュルフェ公爵邸、そしてデュルフェ公爵邸からバルゲリー伯爵邸への移動の馬車内で、確かに膝枕をしたけれど、と不思議そうに言うピエレットに、エヴァリストが渋い声を出した。


「俺の意識はここにあるからな。俺の体が羨ましかった」


「わたくしにとっては、どちらもエヴァ様です」


「分かっているが、複雑なんだ。なあ、レッティ。俺が無事、体に戻れたら、もう一度膝枕をしてくれるか?」


「もちろんです」


 少し恥ずかしいですけれど、と言うレッティも可愛い、とエヴァリストはその髪を撫でる妄想をし、幸せな気分を味わう。


「エヴァ様。ルシール王女殿下には、エヴァ様が本当は公爵邸ではなく、こちらにいらっしゃるとお伝えしましょうか?」


 しかし、その幸せを害するようなことをピエレット本人に言われ、エヴァリストは心情的に苦い顔になった。


「必要ない。第一、言っても来ない」


「それは、外出されるのは難しいかもしれませんが、真実を知らされないというのも」


「ああ、レッティ。すまないが、俺と君の目が合うよう、君の目の高さに俺を持ち上げてくれないか?」


「え?あ、はい」


 自分の言葉を遮るように言ったエヴァリストに驚きつつも、ピエレットは言われた通り、孔雀のぬいぐるみを自分の顔の正面に持ち上げた。


「いいか、レッティ。ルシールと俺は、いとこであって、それ以上の関係にはない。まだ分かっていないようだから言うが、俺が想うのはレッティだけだ。そして、ルシールが想う相手というのも、俺じゃない」


 言い切って、エヴァリストはじっとピエレットを見つめる。


「レッティ。君だけをあい」


「失礼します!ピエレットお嬢様。旦那様が、急ぎ執務室へいらっしゃるようにとのことでございます」


「・・・・・分かったわ」


「・・・・・」


『なんで、今。なんで、この時に?』


 偶然とは知りつつ、もしや娘に悪い虫が寄っていると判断した父親の勘か?と勘繰らずにはいられないエヴァリストだった。



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