十四、眠りの淵
「ぴぃちゃん。エヴァ様、目をお覚ましになったかしら」
王城へエヴァリストを見舞った翌日。
ピエレットは、いつも通りの日を過ごし、孔雀のぬいぐるみに語り掛ける。
「私ね。エヴァ様のお傍に居たいとお願いしてみたのだけれど、駄目だと言われてしまったと言ったでしょう?私が普段通りにしないで、王城へ通ったり、泊まり込んだりするようなことをすれば、他の貴族の方々も異常に気付いてしまわれるから、と。それは尤もだものね。わかるの。わかるのよ?わかるのだけれど、やっぱり心配なの。ぴぃちゃん。今日もエヴァ様は、お変わりなかったかしら。目を覚まされたら一番だけれど、そうしたら連絡がある筈よね。それが無いということは、お目覚めではないと思うのだけれど。もしや、苦しまれていたり、魘されていたりなどなさらないかしら。うう。心配」
登城した時には、当然のようにエヴァリストの看病をするつもりでいたピエレットだが、周囲より反対を受けてしまった。
曰く、デュルフェ公爵家嫡男の婚約者であれば、王家から招かれる日もあるだろう。
しかし、それが連日ともなれば異常さが目立ってしまう、と。
だから諦めてほしい、連絡は密に入れるから、と言われてしまえば、ピエレットの立場でそれ以上の我儘は言えない。
そう、我儘となってしまうのだ。
「でも・・・理解はできても納得できないのよ・・ぴぃちゃん・・・あら?ぴぃちゃん、瞳の色が少し変わった?というか、何か明るくなったような気がするわ」
光の加減かしらね、とピエレットはあちらこちらへ孔雀のぬいぐるみを向け、部屋中を歩き回ってみる。
「場所によって、ということも無いようね。もしかして、磨き過ぎてしまったかしら。今度、きちんと見てもらいましょうね、ぴぃちゃん」
少し焦るように言ったピエレットは、食事の支度が整ったと声を掛けられ、とても食べる気持ちにはなれない、と朝も昼も言ったことを繰り返すが、こちらも朝と昼と同じように、少しだけでも、と押し切られてしまった。
「ぴぃちゃん。みんな、有能過ぎない?」
下手をすればピエレットが生まれた時から世話をしてくれている使用人たちは、その立場を弁えながらも、まるでピエレットを自分の子供の如くに慈しんでくれている。
それゆえ、ピエレットの健康を害するような真似を決して許さず、しかも、厳しい言い方ではなく、ピエレットがそうだと納得するような言い方を心得ている。
これはもう、見事としか言いようがないと、ピエレットは苦笑した。
「では、ぴぃちゃん。晩御飯をいただいて来るわね。エヴァ様がお目覚めになった時、私が体調を崩していて、ご心配をかけることのないように」
言われた言葉をそのまま孔雀のぬいぐるみに告げ、ピエレットは手入れを終えた孔雀のぬいぐるみを、そっと定位置に戻した。
そこはピエレットのベッド近くの小さなテーブルで、すべてが孔雀のぬいぐるみ用に設えられた場所。
丸い木材のテーブルの上には、充分な大きさと長さを誇る細かい模様のレースが敷かれ、その上に孔雀のぬいぐるみ用に作られた立派な椅子が置かれている。
更には椅子の周りには支柱があり、見事な刺繍を施された天蓋が、優美に風に揺れている。
「それでは、いってきます。お留守番よろしくね、ぴぃちゃん」
いつも通り優しく頭を撫で、ピエレットは食事を摂るべく自室を後にした。
『なんだ・・・?頭が、痛い。瞼が重くて開けられない。耳は?音が何も聞こえないが、耳は無事なのか?・・・・・っ、手も足も首さえも動かせない。目・・目だけでも・・・っ!・・・無理か・・レッティ・・・死ぬのなら、もう一度君に会いたい。逝くのなら、君の傍でと願ったが・・俺は、生きていたい。君と、生きていたいんだ・・レッティ・・・・・!』
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