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十、エヴァリストの願い







「ん?レッティ、目が少し腫れていないか?」


「え?」


「なんだか、腫れぼったいように思う。もしかして、具合が悪いのか?」


 そう言ってじっとピエレットを見つめるエヴァリストの瞳は真剣で、ピエレットはなんだかどきどきしてしまう。


「いえ、具合が悪いなどということはありません。大丈夫ですわ」


 それは昨日、子供のようにえぐえぐ泣いたからです、そしてそのうえ、色々考えてよく眠れなかったからです、とは言えずにピエレットは笑顔でごまかす。


「いやしかし、自分でも気づかないうちに、ということもあるだろう。今は大丈夫と思っていても、少ししてから自覚するとか。無理はせず、休んだ方がいいのではないか?」


「ほ、本当に大丈夫です。少し、その、気になることがあって、眠れなかっただけなので」


 隣国の第三王子のやらかしが白日の下に晒されれば、ルシール王女との婚約は破棄され、ルシール王女はエヴァリストと婚約するに何の問題もない身となる。


 そうなればエヴァリストもルシール王女を諦める必要がなくなる、つまりピエレットと婚約を解消しても何ら問題がなくなる。


『ピエレット。婚約を白紙に戻そう』


 笑顔でそう言ったエヴァリストは、すべてピエレットの妄想であるが、しっかりとピエレットの脳裏に張り付いて、剥がすことができない。




 どうしましょう。


 まさか、本当のことを言うわけにもいかないし。


 目が腫れぼったくなった理由・・何か・・・。




「ピエレット。それほど、気になることがあるのか?俺では、力になれないか?」


「エヴァ様・・・」


 どうごまかそうかピエレットが悩んでいると、エヴァリストが隣へと移動して来て、優しくピエレットの手を取った。


「あの」


「うん?」


「エヴァ様は、ルシール王女殿下のご婚約を、どう思っていらっしゃいますか?」


 


 大事なのは、エヴァ様のお気持ち。


 どうしようとされているのか、ということ。


 積極的に動いて、叶うことなら、ルシール王女殿下と隣国第三王子殿下とのご婚約を破棄して、そしてご自分と、と望んでいらっしゃるのか、どうか。




「ルシールの婚約、か」


「はい。あの、お相手の方はあまりよい噂を聞きません・・・というより、悪いお話ばかりが耳に入りますので」


 おずおずと声にしたピエレットに、エヴァリストが淡く笑った。


「悪いお話、か」


「すみません。ルシール王女殿下のご婚約者様を。ですが、女性関係にだらしないですとか、政務もなさらないのではなく出来ない、ですとか、散財が激しいですとか。わたくしが聞いただけでも、ひどいものばかりなので。噂をそのまま信じるのはいけないとはいえ、その」


「信じていい。その噂は、すべて本当のことだ」


「え?」


 きっぱりと言い切ったエヴァリストに、ピエレットは戸惑いの目を向けてしまう。


「王家からの依頼もあって、ルシールの婚約者がどのような人物なのか、俺は隣国へ赴き、自分の目で確かめて来た。噂はただの噂であってほしかったが、すべて、というか、噂以上にひどい男だった」


 眉間にしわを寄せ、苦虫を嚙み潰したような表情で言うエヴァリストに、ピエレットは思わず息を呑んだ。


「そうだったのですね」


「ああ。それで、ルシールの婚約をどう思っているか、だったか?」


「はい」


 自身を落ち着けるように小さく息を吐き、改めてピエレットを見たエヴァリストは、険しくも凛々しい表情になっている。


 そんな気概の籠ったエヴァリストを、ピエレットもまた覚悟の思いで見つめる。


「俺は、ルシールと隣国第三王子殿下の婚約を破棄できるよう動いている。これは、王家、デュルフェ公爵家同意のものだ」


「王家も、そのようにお考えなのですか」


「婚約させておいて可笑しいと思うだろう?当初のこちらの調査不足は否めないが、あちらの隠蔽も念が入っていて容易くはばれないようになっていた。まあ、婚約した後は安心したのか、相当に杜撰になったが」


 苦々しく言うエヴァリストに、ピエレットも頷きを返した。


 釣った魚に餌はやらない、の典型、にしてもまだ婚姻前なのに早すぎる気もするが、だからこそ、自分達にもその話が聞こえてくるようになったのだろうと、ピエレットも納得する。


「しかし破棄されるとなると、色々支障もあるのではありませんか?ルシール王女殿下のお幸せを考えれば、それが一番なのはわかりますが、ご婚約されるに至った要因のひとつに、隣国との国境にある鉱山などの関係もあったと聞きます。むしろ、そのための両国間での婚姻だったかと。そちらは大丈夫なのですか?」


「問題ないどころか、その件もあって更にというところだ。何と言っても、共同事業と銘打っておきながら、あちらは何もせず、利だけを貪ろうとしたのだからな」


「まあ。そういうお国柄なのでしょうか」


 眉を顰めて言うピエレットの、その眉間をエヴァリストが指でそっと押す。


「ずる賢いというか何というか。ルシールと婚約していながらの不貞など許せないと抗議しても、そのような事実は確認できなかっただの、そちらの国は噂に惑わされるのかだの言いやがって。ならばと不貞の証拠を突きつければ、女性はもっと寛容であるべきだのと御託を並べやがって。結局、不貞の事実をこちらに吞めということなのだ。鉱山の件も、事実を急ぎ確認して連絡する、と言いながら梨の礫。ふざけている」


「エヴァ様」


 ぎり、と歯を食い締めるエヴァリストが、過去にどれほど悔しい思いをしたのかと、ピエレットも胸が痛くなる。


「大丈夫ですわ、エヴァ様。ルシール王女殿下は、ご婚約を破棄できます。もちろん、あちら様有責で」


 いくら不貞を呑めと居丈高に言おうと、既にして婚外子のいる第三王子に王女を差し出す必要などない。


 そのために、父バルゲリー伯爵が掴んで来た有力な情報を、より有効に使ってもらいたい。


 その願いを込め、ピエレットは自身が聞いた機密を告げるべく、口を開いた。




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