九、訪問
「突然、すまない。レッティ」
「いいえ。ようこそお越しくださいました。エヴァ様」
令嬢たちとの茶会の翌日。
公爵邸にある果樹園で珍しい果物を収穫できたから、とまだ午前のうちに先ぶれもなくエヴァリストがバルゲリー伯爵家を訪ねて来た。
令嬢たちとのお茶会で、自分はエヴァリストとルシール王女の邪魔をする存在、と強く認識したピエレットは、エヴァリストの姿を見られのがとても嬉しいのと同時に、もしや早くも婚約解消の話かと、緊張もする。
「レッティ?やはり、突然訪ねて迷惑だったか?」
「いいえ!エヴァ様がお訪ねくださって、とても嬉しいです。ただ、嬉しさのあまり普段着のまま来てしまいましたので・・・・・」
エヴァリストが来ていると聞き、急ぎ身支度をという侍女の話も聞かずにピエレットは自室を飛び出し、エヴァリストが待っているという応接室へと向かってしまった。
今となれば後悔しかないが、その時は必死だったのだと、ピエレットは心のなかで言い訳をする。
だって、もしかしたらエヴァ様はもうこんな風に会ってくださらないかも、なんて思っていたのですもの。
ひとり寂しくエヴァ様とルシール王女殿下の仲睦まじい様子を遠くから見つめて、それで、悲しい婚約白紙のお話を聞くことになるのかと。
・・・・・考えてみれば、私が色々知ったからといって、エヴァ様が動く指針となる筈もないのだけれど。
でも、絶対は無い、とも言いますし。
気弱になるピエレットの脳裏に『婚約は白紙としよう』とエヴァリストが微笑む姿がよみがえる。
よみがえるといってもそれは、徹頭徹尾すべてピエレットの妄想でしかないのだが。
「装いのことか。それは問題ない。俺が、いきなり訪れたのが悪いのだから、むしろ申し訳ない。母上にも、女性は装いの事もある、と言われたのだが、どうしてもみずみずしいこれを、みずみずしいうちに俺の手でピエレットに届けたかった」
「ありがとうございます・・・いい香り」
見るからに摘みたてと分かる、みずみずしい果物がこんもりと盛られた籠を受け取り、ピエレットはその甘く清々しい、素晴らしい香気を胸いっぱいに吸い込み、その香りのよさに思わず顔を綻ばせた。
「かわいい・・・・」
「え?ああ、すみません。あまりに良い香りだったものですから、つい」
はしたなかったか、と頬を染めるピエレットにエヴァリストは大きく首を横に振る。
「いいや。はしたなくなどない」
「ですが、普段着のままでこのような」
ピエレットが、これまでエヴァリストに会う時はいつも、必ずその場面に合わせて装いを決めていた。
デュルフェ公爵家を訪ねる時は言うに及ばず、バルゲリー伯爵家へ正式にデュルフェ公爵一家を招いた時にも、母ブリュエットと相談し、細心の注意を払って装いを決めたし、エヴァリストだけを招く時、ふたりだけで街歩きをする時にも、時々で相応しいように装いを整えてきた。
つまり、身に着けていたのは、いつも平服以上。
このような普段着の姿を見せてしまうなど不覚、とピエレットは籠を侍女に託すと同時、自分も着替えのために席を外そうと考える。
「エヴァ様。わたくし、装いを整えてまいりますね」
「着替えか。その姿では、レッティに不都合があるか?」
「いえ。ありませんが」
何を言い出すのかと首を傾げるピエレットに、エヴァリストが少し照れたような笑みを浮かべた。
「なら、そのままがいい。そもそも、俺が突然訪れたのが悪いのだから気を遣うことはない。それにその。婚姻すれば、互いに普段着で過ごすだろう?そう思えば、先行してそのレッティの寛いだ姿を見られるというのは、役得のような気がする」
「まあ・・・エヴァ様。わたくしも、エヴァ様の寛いだ姿、見たいです」
ピエレットは、エヴァリストの言葉に安堵するよりも先、己の率直な欲望を吐露してしまう。
「そうか?まあ、服装は兎も角、俺はレッティといるときが一番安らぐ」
「え?」
「レッティといると、とても楽しいし寛げる。それに、なんだか優しい気持ちにもなる」
「エヴァ様・・・・・嬉しいです」
エヴァ様、私といると安らげるとおっしゃってくださるなんて、本当に嬉しいです。
ルシール王女殿下への苦しいお気持ちが少しでも晴れるお役に立てるのなら、これ以上の喜びはありません。
それに、優しい気持ちにもなるって、私にとっての、ぴぃちゃんのようなものでしょうか。
エヴァ様。
私はぬいぐるみではありませんけれど、これからもエヴァ様の癒しとなれるよう、精いっぱい頑張りますわ!
ルシール王女殿下への想いも・・・・私としては悲しいですけれど、いつか叶うようお祈りいたします!
エヴァリストの言葉に、思わずうるっと泣きそうになったピエレットは、心のなかでそう宣言した。
「レッティ・・・かわいい。普段着姿も最高にかわいい」
そんな自分を見つめながら、エヴァリストが呟いた言葉も知らずに。
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