戦友
かなえとハルは仲良しだ。
当然、ハルがお店に通い出してからの仲となる。
レンから話は聞いていたのもあるが、それ抜きでも仲良くなれたと思う。
ハルから見ればお姉さん、かなえから見れば妹になるが、そんな歳の差も感じさせないくらい仲良しだ。
そして、2人ともレンが好きだということも共通している。
レン自宅、玄関
「レンちゃん、かなえさんにお酒は‥」とハルがレンに詰める。
「あっ、ハルちゃん、レンくんは悪くないわ!」といいかなえは自分を指差している。
「ハル、ということだ」とレンはハルの頭をポンとしてゲームを自分の部屋に持っていった。
「ハルちゃん」
「かなえさん」
2人が見つめ合い沈黙が続く。
「ずるいですー!」「ごめんねー!」とハルとかなえの声が同時に発せられ混じり合う。
「わ、わたしもわからないのよ!」かなえは落ち着かない。
「かなえさんばかりー」と頬を膨らませるハル。
一見楽しそうに見えるが、当の本人たちは真剣だ。
ただ、今の関係を壊したくない。
それも、2人の共通、共有している思いだ。
「ハル、今度はコレな!」と、右手にゲームをかざしながら戻ってきたレン。
(まったく、レンくんは!)
(まったく、レンちゃんは!)
‥と、かなえとハルは心の中でツッコむ。
知らぬはレンだけ‥。
どれほど鈍感なのか?あるいは天然なのか?
悩まされる2人であった。
喫茶店
「九十九くん、ちょっといいかな?」と、店長に呼ばれた。
「はい、店長」とレンは店長の側にいく。
壬生聖十郎、ここのマスターだ。
マスターと呼ばれることを嫌い、店長と呼ばせている謙遜な人だ。
とても52歳とは見えない若さ溢れる見た目と内面を持っていて、レンの憧れの人のひとりだ。
好きなことをやることの大切さをいつも感じる。
「店長なにかありましたか?」とレンは普通に聞く。
「九十九くん、勘違いさせてすまないね!」
そう言って、手で座るように誘導される。
「実はね‥かなえちゃんのことなんだが、九十九くんにも意見を聞きたくてね」そういいながら、鮮やかな手付きで煎れたコーヒーがレンの前に置かれた。
「ボクでよければ‥」
「九十九くんはそう答えてくれると思ったよ」とニコリと笑い話を続ける店長。
「九十九くん、かなえちゃんをどう思うかい?」
レンはその問いに店長の煎れたコーヒーを吹きそうになった。
「て、店長、いきなりなんですか?」とレンはなんとかこたえた。
「はははっ、単刀直入すぎたかな?すまないね、九十九くん」となんだか楽しんでいるような感じもする店長。
「九十九くん、かなえちゃんに店長をやってもらおうと思うんだよ。それにともない、九十九くんには副店長をやってもらいたいんだ。どうだろ?」
レンの頭の中がフル回転する。
「店長、やめちゃうんですか?」と最初に出た言葉がそれだった。
「九十九くんは、やはりいい人ですね!わたしは、やめるのではなく裏方に回る感じですかね‥、ほら、人生相談も多いですし」
そう言って笑顔を見せる店長。
そうなのだ、店長は何か感じることができるらしく、それを活かしてお客の相談に乗っていた。
評判が評判を呼び、相談目当てで来る客も多い。
‥にしてもだ、店長をかなえさんにってことは、辞めるということと変わらない。
「かなえさんにこのことは言ったんですか?」斬り込むレン。
「かなえちゃんには、まだ言ってないですよ!でも、それは問題ないと思います。九十九くんが副店長になりますから」そういいながらニコニコしている。
レンは思った、この人には全てお見通しなんだと。
「ボクが断らないと?そう店長は思っているんですね?」
そうレンは聞いてはみたものの、店長には意味のない質問だとはわかっていた。
「はい。だって、九十九くん、かなえちゃんを全力でサポートしたいって思っているでしょ?」
レンは素直に頷いた。
こういうところだ。切り開いているのに、傷口が痛くないような、ホワホワした感じの話術。
「店長の言う通りです。最近のかなえさんはがんばり過ぎというか、責任を感じ過ぎというか‥なので、もっと自分に何かできないか?とか考えてました」
レンは少し、ほんの少し下を向いた。
その少しに店長が気付く。
「九十九くん。下を向いてはダメですよ。九十九くんは優しいですからね。ですが、自分も大事にしなければいけません」
そう言って店長がコーヒーのおかわりを注ぐ。
「ありがとうございます。自分を大事にですか‥ボクはしてませんか‥」
「いやいや、してないとはいってませんよ!また誤解させてしまいましたね。そうですね‥九十九くんは、もっと自分を見た方がいいですね」とニコっとしてこちらを見ている。
店長がサッとテーブルを拭き終えたタイミングでさらに口を開いた。
「九十九くん、意味わかりますか?」
レンはすぐ返事をすることが出来なかった。
「九十九くんが他の人を大切にと思っているということは、他の人も九十九くんを大切に思っているんですよ」
そう話しながら、店長はレンの横に座る。
「まあ、大切に思ってくれてる人がいるですかね、正確には」
レンの方を向く店長。
「人は一人では生きられません。この水ひとつとってもそうでしょ?」
そう言われて、目の前に置かれた水滴だらけの水の入っているコップがキラキラ輝いている。
「わたしがあんまり色々言うのもよろしくないですしね‥この辺にしときましょう」
それに対して首を横に振ることが精一杯のレン。
「相変わらず九十九くんは優しいですね!ちょっと話はそれましたが、かなえちゃんを店長にすること、九十九くんは副店長になること、そして、かなえちゃんを全力サポートすることが、今回の要点となりますね」
レンは思った。店長のこの空気感というか、所作というか、何もかもが憧れの存在なんだと。
後日、かなえさんとレンが店長に呼ばれた。
かなえさんは、店長の言う通り拒否も保留もなしで店長の意見に従った。
かなえさんも予想はしていたのだろう。
話し終えたあと、かなえさんがこちらを見て言った。
「よろしくね!レンくん!頼りにしているからね!」
その笑顔は作り物でもない、心からの笑顔だった。