天音と聖十郎
久遠天音と出会って、壬生は全てが変わった。
結婚しなくてもいいとか、興味ないとか、彼女はいらないとか言っていた時期の自分を責めたいくらいだ。
好きとかいいなぁとか、そういう次元の子ではなかった。
それは、天音も同じだった。
『この人と‥!!』
2人は見つめ合ってそう思っていた。
天音は当時高校生だった。
17歳。
若さ溢れる世代だ。
これから多くの出会いと別れを繰り返すであろう若者の前に、壬生が現れてしまったのだ。
それは、壬生が練習で使用させてもらっていた時のことだった。
天音の高校の体育館を全日本代表の選手が練習で使う。
しかも、あのマジックジョンソンの再来とまで言われた壬生聖十郎が来るとなれば、人が集まらないわけがない。
まあ、知ってる知らない関係なく集まるのが人間なのだが‥
練習は公開された。
非公開にする理由もないし、みなさんに対するお礼も兼ねている。
それは、バスケを知らない人でも魅了されるプレイだった。
そんなプレイを天音は見ることができないでいた。
こういう事態に備えて、生徒会が先手を打っていたのもあり、裏で色々やっていたからだ。
ちなみに、天音は生徒会ではないが、信頼されていてサポートを任されていた。
壬生が休憩に入る。
一緒にプレイしていた選手も。
生徒会が用意した水飲み場でクールダウンをする壬生。
頭から水道の水を被る。
と同時にタオルが壬生の肩から落ちる。
そこに、届け物を渡しにいく途中の天音が通りかかる。
「あのー、タオル落ちましたよ」
と、天音が声をかける。
壬生は水を被ったまま、自分の左肩を確認する。
「ホントですね!親切に教えてもらいありがとうございます!」と言ってはいるが、まだ水を被っている。
天音はここで気付いた。
(うちの生徒じゃなかった⁈‥ってことは‥)
そう、そういうことである。
天音は、落ちてたタオルを拾う。
「あのー、ここに置いときますね」
水飲み場の縁にタオルを置く。
その時、壬生が上体を起こした。
光に照らされ舞う水しぶきに、花開くかのように揺らぐ髪。
天音は思わず見惚れてしまった。
壬生も自分の目で、その女の子をみて時が止まったように感じた。
時間にしたら数秒もないその間が、2人には長く感じた。
目と目が合っている。
でも、お互いそらすことができない。
このままではいけないと壬生は自分から動く。
「体育館まで貸してもらってるのに、ご迷惑をかけてすみません」
それを聞いて小さく笑う天音。
「お客さまはわたしではないですよ?主役はあなたじゃないですか!」と天音が返す。
一気に時が動きだす。
2人の周りの空気も混じり合い、激しさを増す。
ぎこちない2人の会話さえ、2人の心の芯を熱くする。
「わたしは、壬生聖十郎です」
壬生があなたのお名前は?と聞こうとする前に天音が間髪入れず
「く、久遠天音です!」そういい頬は染まっていたが、目は壬生をしっかりと捉えていた。
それは、壬生も同じであった。
水飲み場の脇にあるベンチに天音は荷物を置いて、壬生と少し話すことができた。
「壬生さん、他の方とはいいんですか?」と天音が心配そうに聞く。
ニコリと笑う壬生。
「大丈夫ですよ!わたしは休憩の時はいつもひとりにさせてもらうので、それで、今回もこの場所を用意していただきました」
それを聞いた天音は思った。
(わたしはいいのかしら?)と。
「あのー、わたしはお邪魔ではありませんか?」
そう聞いてきた天音の仕草と上目遣いが可愛すぎて壬生は困ってしまった。
「久遠さんは、大丈夫ですよ」
とは言ったものの、照れてしまう。
とりあえず指先でボールを回してしまう壬生。
「わぁ、すごい!」天音が喜んでいる。
「ありがとうございます!まぁ、これが出来たからといって、バスケが上手くなるのとは直結しないんですけどね!」
そうはいいつつ回す壬生と、喜ぶ天音。
「あのー、ホントすみません」と天音が何かに気付いたように急に誤り出した。
「どうしたんですか?急に‥」
壬生は優しく応える。
「えっと、実はわたし、壬生さんのプレイも見てないですし、有名なのも知らないんです‥」
天音は申し訳なさそうにしている。
「そういうことですか!大丈夫ですよ!」
「大丈夫なんですか?」
「バスケはわたしが好きでやっているんです。久遠さんが知ってる知らないは関係ないですし、それが悪いなんてありません」
壬生の爽やかな笑顔が天音には眩しかった。
「それでも、今日はせっかく久遠さんの高校に来ているわけですし、観ていただけたら幸いですね」
と壬生に言われては、天音も観ないわけにはいけない。
幸い、生徒会からも観てくるように言われたので体育館に向かう天音。
コートをみる。
プレイしている人たちがいる。
「あっ、壬生さんだ」
天音は見つけてびっくりした。
あの2人で会話していた壬生とは印象が違ったからだ。
「すごい‥」
息を呑む天音。
「久遠さん、ちゃんと観ときなさいよ!」といい横に現れた人物。
「佐藤先生⁈」
「めったにみられるものじゃないから」
真剣な眼差しの佐藤。
今回の壬生の件は、佐藤が壬生の後輩であり、繋がりがあるからこそ実現したらしい。
「あのー、佐藤先生」
「どうかした?久遠さん」
「バスケの選手ってみんなあんなすごいんですか?」
「ふふっ!久遠さん、いい質問するわね!」
「ちがうわよ!」
「え?そうなんですか?」
「壬生先輩が特別なのよ!観ていて楽しくなるでしょ?ワクワクするでしょ?本当にマジックなのよ!」
佐藤先生のあまりの圧に、天音はただ耐えるばかりだった。
「あんなに人を魅力するプレイヤーはいないわ‥さすが先輩!」
もはや佐藤は別次元にいるようだ。
そんな佐藤を横目に、天音は壬生のプレイをみていた。
「なんか‥オーラが違う‥」
何気なく言った言葉に佐藤が反応する。
「久遠さん!わかるの?!」
「え?変ですか?」
「変じゃないわ!久遠さんすごいわ!」佐藤がすごい嬉しそうだ。
「すごいんですか?壬生さんだけでなく、みんなのが見えますけど‥」
「久遠さん!そっち系だったのね!」
どっち系とかわからない天音だったが、そんな凄いこととは思ってなかった。
「それで、壬生先輩のオーラ、どうすごいの?」と佐藤は聞いたが、天音の言葉を聞いて驚くこととなる。
「先生、壬生さんはすごい人なんだと思います。でも、わたしが言った、オーラが違うは‥」
「違うは?」真剣な眼差しで天音をみる佐藤。
「‥なんか、寂しそうなんです」
「え?」佐藤は言葉に詰まる。
「うーん、えっと‥周りの人よりすごいオーラを持ってることは間違いなんです。ただ、寂しい感じも同時にあるんです」
佐藤は何やら考えている。
「‥久遠さん、確かに先輩はそうかもしれないわね」
「何かわかったんですか?」
その上目遣いの聞き方に思わず佐藤は頬を赤くする。
(な、なんてかわいい子かしら!)
気を取り直す佐藤。
「先輩はね、日本のバスケがつまらないのよ」
あれだけ楽しそうにプレイしている人なのに‥つまらない?
天音の頭の中は混乱していた。
でも、それを聞いて納得している自分もいた。
「孤独‥なんですね‥」
天音のその言葉は、核心をついていた。




