かなえのこころ
かなえは、店長として立派に務めを果たしていた。
レンが働いていた店としての知名度抜きでも、人気なお店だ。
レンのサポートがないのは、正直辛いのだが、それを感じさせないかなえであった。
お店は大丈夫だが、自分がみどりやフローラのように、レンの力になれないことが、一番歯痒かった。
(わたし、なにやってるんだろ‥)
そんなかなえも、レンとのLINEのやり取りが楽しみでしょうがない。
そんなある日、喫茶店で転機が訪れる。
いつも通りの朝で、いつも通りの仕事の準備をし、オーナーがいつも通りの時間に出勤してくる。
「おはようございます!かなえちゃん」
「おはようございます!オーナー」
と、これまたいつもの挨拶が交わされる。
「かなえちゃん」といい、壬生がカウンター席に座るよう促す。
「オーナー?どうしました?」と、かなえは手を止め席に向かう。
ちょこんと座るかなえ。
「はい、どうぞ」と差し出されコーヒー。
壬生のスピードに驚かされるのは毎回なのだが、ホント手際がいい。
「ありがとーございます!いただきます!」といい飲むかなえ。
身体に優しい暖かさが広がる。
(オーナーのコーヒー、ホント美味しい‥)
満喫しているかなえに、壬生が口を開き割り込む。
「かなえちゃん、アメリカにいきませんか?」
その言葉に、かなえの時は止まった‥ように感じた。
数時間前‥
壬生に一本の連絡がはいる。
「おつかれさまです!どうしましたか?」壬生はすぐに電話にでた。
「おつかれさまです!壬生さん、今大丈夫ですか?」そう聞こえるのは、レンの声だった。
「大丈夫ですよ!あまり気を使わないでください、九十九くん」そういい少し笑う壬生。
「壬生さん、相談があるんですが‥」
「おや?いつからそんなに謙虚になりましたか?九十九くんは、わたしに遠慮してますか?」と見えないとわかっていても、顔だけは笑う壬生。
「そんなつもりではないですよ!ただ、今回はボクの我儘なので‥」
「ハハッ、冗談ですよ!‥なるほど、わかりました。それで、かなえちゃんに何をお願いしたいんです?」と、さらりと返答する壬生。
「壬生さん!‥相変わらずすごいですね!」と、言ってしまうレン。
「いえいえ、そんな難しいことではありませんよ。九十九くんとは付き合いも長いですしね」
また見えてないのに、ニコニコ笑う壬生。
「壬生さんには敵いませんね!実は‥」
「コーヒーを煎れてもらいたい?」
かなえは驚いた。
壬生の口からハッキリと告げられた言葉に驚きを隠せない。
「そうです。あるチームにかなえちゃんのコーヒーを飲ませたいとのことです」
それを聞いて、かなえの顔がみるみる明るくなる。
「もしかして、レンくんのチームですか⁉︎」
頷く壬生をみて、思わず立ち上がったかなえの動きが止まった。
「‥確かに、彼女のコーヒーは特別ですからね」
電話で話しているのに、ニコニコが止まらない壬生。
「こっちに来れますかね?旅費と諸経費はボクが出しますので‥」
「それは助かります。素直にお言葉に甘えましょう。ただ‥」
「ただ?なんですか?」
「かなえちゃんを一週間預かってください」
「一週間ですか⁉︎」かなえの声がうわずる。
「はい。一週間です!」
「オーナー、こっちは?‥」
「大丈夫です!わたしがいますし、みさきちゃんもいますから!」
と、ニコニコして話す壬生。
「あっ、ちなみに、コーヒーの提供は、チームの都合に合わせてになるそうです」と、レンから言われたことを伝える壬生。
こうして、かなえは大好きなレンの元に、正当な理由で行けることになった。
かなえがアメリカに着いた時、レンが迎えに来てくれた。
向こうではスーパースターだが、かなえにとっては、レンはレンであった。
レンの車に乗り、家に向かう。
道中、色々話した。
やはり、顔を見て同じ空間で話すものに勝るものはない。
なんでも、レンがかなえのコーヒーの話をチームメイトに話したら、是非飲みたいとなり、今に至ったようだ。
「かなえさん、ホントすみません」と話の流れからレンに謝られたが、首を横に振り、「全然!大丈夫だよー」と笑顔で返すかなえ。
「かなえさん、どんどん綺麗になってますよ」とさらりとレンが言う。
運転しているレンの方を向くかなえ。
「レンくん!」
じーっとレンを見るかなえ。
「サラッとそういうこと言えるレンくん、すごいと思うよ」
「うーん、思ったこと口に出してるだけなんだけどな‥」
運転しているレンの横顔がさらにカッコよくみえる。
(だから、それがすごいんだよー!)
「あっ、つきました!ここです!」
とレンに紹介される。
「ご、豪邸⁉︎」
門が自動で開き、レンの車が通過する。
「駅のロータリーみたい!」そうかなえが言った。
レンが笑う。
「かなえさん、かわいいや」
そう言われ少し頬が染まるかなえ。
「あれ、お家でしょ?お家の前に駅のロータリーじゃない!」
「そんな大したことないですよ。ボクが車で入って行けて、そのままでも平気なのがよかったので、ここにしたんです」
「‥にしても、凄すぎて‥」
「オフィスも兼ねてますからね」
「チームつくもでしょ⁉︎」
「そうです。はい、つきました!かなえさん行きましょ!」
玄関を抜けてオフィスに入る。
「ひろーい!」
「何もないんで‥」そうレンが言ってる側から、かなえは片足で立ち、クルクル回りながら部屋をみている。
(こういうところ、かなえさんらしくてキュートだな‥)そう思いながら目でかなえを追う。
「ん?なんだね!レンくん」とかなえが回転をやめ、ピタっと止まる。
「まさか、お酒、の‥」
「‥んでません‼︎」とかなえがムキになる。
「わかってますよ」とニコリと笑いながらレンは返す。
その時、かなえがふらつき、レンに寄りかかるような形になる。
「ご、ごめんね!レンくん」
「大丈夫です。かなえさんに怪我なくてよかった」
そう話し合う2人だが、何故か離れずそのままでいた。
「あ!」
「あっー!」
2人同じタイミングで声を出す。
かなえは、すぐ離れ乱れてない服の乱れを直す。
レンは、左手で髪をサワサワする。
お互い、頬が染まっているのがわかるがみないようにしているかのように、視線を外していた。
「か、かなえさんの部屋、案内しますね!」
「あっ、うん、ありがと!」
とお互い少しギクシャクする。
かなえの使う部屋に来ると、一目散に部屋に入るかなえ。
「す、すごい‥」
ドアを開けたまま立ち尽くすかなえ。
「広いだけです!」とレンがツッコむ。
白を基調に、見る方角によっては壁が水色のシンプルな部屋だ。
間接照明の灯りが、安らぎを与えているようにも感じられる。
「ここ使ってなかったの?」
「まあ、オレは自分の部屋で十分なので‥」
「じゃあ、かなえさん。好きなように使ってくださいね」といい行こうとしたら‥
「ちょっと待ったレンくん!」とかなえに言われる。
「どうしました?」と振り向くレン。
「シンプルで、素敵なのはわかった。でも、部屋の真ん中にテーブルと座椅子があるだけで、周りなんにもないよね?」
そう言われ、少し口元が緩むレン。
レンはあえてこの部屋をチョイスした。
「かなえさん、気になるところを押してみてください」
「気になるところ?」と言われよく壁をみる。
「あっ!」
よくみると隙間があるところがあちらこちらにある。
(押すっていってたわよね)
とりあえず、言われた通り押してみた‥
「キャ!」と思わず声を出して後退してしまったかなえ。
なんと、押したらベッドが出てきたのだ。
「す、すごい!」
それからは、部屋のあちこちを押して楽しんでいるかなえがいた。
そんなかなえを、嫌な顔をせず、ずーと眺めていたレン。
-かなえくんをリフレッシュさせてほしいんです-
そう壬生に言われたことが頭によぎる。
「かなえさん、楽しそうでよかった」
この日、みどりは打ち合わせ等で忙しく、帰りが遅くなると連絡があった。
「みどりちゃん、すごい謝ってたね」とかなえが言うと、レンは、みどりがかなえさんにすごい会いたがっていたから‥とフォローした。
と、言うことで晩御飯は2人きりということになる。
何かご馳走をと思っていたレン。
かなえか断る。
「わたしが作ってもいい?」と言われ、断る理由がないので頼むことに。
レンとしては、ゆっくりして欲しかったのだが‥。
「レンくん、色々気をつけてるのね」と、冷蔵庫横の張り紙をみて感心するかなえ。
「あ、それ?チームの栄養士がうるさくてさ」笑って誤魔化すレン。
「でも、レンくんの体は大事だからね!」
そういって準備を始めるかなえ。
料理してる音、匂い、かなえの立ち姿まで、全てが心地よくみえ、感じられるレン。
レンは、かなえ命令でテーブル席に固定されている。
それでも、やはりこの景色は絶景だ。
「かなえさん、いいお嫁さんになりそう‥」そう呟くレン。
「レンくん!」と後ろも向かず名前を呼ばれ、思わず「はい!」と答えたレン。
かなえはそのまま「なりそうじゃなくて、なるでしょ?そこは!」といいクスクス笑っている。
ボクはそんなつもりで言ったわけでなないのだが、その姿があまりにも愛らしく「そうでした!」といいながら、優しい眼差しでかなえさんをみていた。
「うまい!」
「うまっ!」
「うっま!」
どれを食べても美味しかった。
「よかった!レンくんが楽しそうで!」そう言ってニコニコしているかなえ。
そんなかなえをみて、レンは少し反省してしまった。
(ボクがかなえさんを楽しませたり、リフレッシュしなきゃいけないのに‥)
そんなレンの考えなど知らず、かなえは、レンに料理をできたこと、美味しいと言われたこと、喜んでくれたことに幸せを感じていた。
(レンくんといると‥やっぱり楽しい‥)
そう思いながら、噛み締めるように胸に手を当てるかなえ。
食後も話が盛り上がり、楽しいひと時となった。
レンがかなえの泊まる部屋まで送る。
「何かわからないことがあったら、気にせず連絡してくださいね!」といいレンが帰ろうとした瞬間だった。
かなえがレンの手首を掴んで止めた。
「かなえさん?」
「ご、ごめんレンくん‥」そうは言ってるがレンの手首は掴んだままだ。
「わたし‥ずっと‥ずっとレンくんに会いたかったの!」
そう言ってレンに抱きつくかなえ。
「かなえさん‥」
いつもならこんな風にはしない、みんなを引っ張っていくタイプの人だ。
そんな人が、今、自分の心の心情を吐露している。
レンも応えるように優しくハグをする。
こっちに来てから、レンに心配かけないように気丈に振る舞っていたのだろう。
今は、レンに全てを託しているように身を預けている。
そんなかなえの頭を絹を触るかのように撫でるレン。
「ん‥」と一瞬かなえの声がかすかに聞こえたように思えた。
「かなえさん」とレンが声を発する。
かなえはレンの顔をみるため、レンの胸元からやや離れ、見上げている。
その、かなえの上目遣いが色っぽくみえる。
そのせいか分からないが、レンは吸い込まれるように、かなえの艶やかな唇に自分の唇を重ねていた。
かなえは、幸せに包まれながらも全身の力がさらに抜けていく。
そんなかなえを優しく、さらにハグするレンだった。
一週間はあっという間だった。
いかにレンがすごい環境にいるのかが身に染みた。
それでも、自分のコーヒーやドリンクでこれほどまでに喜ばれたことは、かなえのプラスになった。
レンのため、チームのために貢献できたのはいちばん嬉しいことだった。
また、かなえの美しさにみんなが骨抜きになったのは言うまでもない。
逆に、レンの周りには、かわいいとかキレイな子しかいないのか?と非難を浴びることになった。
彼らにとっては冗談だとしても、事実である点は内心笑えないだろう。
かなえが一週間滞在の間、レンは試合もあったが、それを間近で見ることができたのは、すごい経験だった。
自分のコーヒーやドリンクを美味しそうに楽しそうに飲んでいた選手が、コート上では違う。
そして、その中でレンは輝いていた。
2年目とは思えないくらい輝いていた。
本当に、ここに来れてよかったと、かなえは思っていた。
それに、みどりやフローラの仕事もみることができて、感化された。
なにもかもが、かなえのプラスに働いた。
レンが、喫茶店でバイトに来た時のことを、ふと思い出す。
かなえは、一目惚れだった。
しかし、先輩でもあり、年上でもある。
自分を律した。
その思いとは裏腹に、レンへの想いのメーターは上がる一方だった。
お酒を飲むとレンに直球で行ってしまうのも、その反動だろう。
しかし、側にはいたのだ。
それが、今はこうして離れている。
かなえの想いの天秤が、バランスを崩壊させてもおかしくない時期だった。
本当にタイミングが良かったと、かなえは内心思っていた。
この機会しかないと、決心した。
後悔はない。
なぜって?
こうして、側には彼がいてくれるから‥