フローラのこころ
フローラは毎日充実していた。
レンのサポートができ、好きなバスケも、今まで通り教えられる。
それが、どんなに嬉しいことか‥。
レンとのブランクがあるとはいえ、それすらも糧にしてしまうくらい充実していた。
レンにアドバイスをする側なので、時には厳しくすることもある。
それでもレンは、嫌な顔せず対応してくれる。
どっちが教えている側か、わからなくなる。
そういうレンも含めて、フローラは好きなのだ。
恋に年齢は関係ない。
わかっていても一歩が出なかった。
恋に人種は関係ない。
知っていても一歩が踏み出せなかった。
そんなフローラも、いまここにいる。
自分が選手として果たせなかった夢をレンに託して。
チーム練習用総合体育館。
レンとフローラが練習している。
「ホント、フローラはすごいや」汗をタオルで拭いながら、レンは言った。
「それを全てできるあなたのほうがモンスターよ?」とフローラもタオルで汗を拭う。
首筋に光る汗が妙に色っぽくみえる。
髪を結んだフローラは、子供がいるようにはみえないくらいだ。
「なに?」といいながらフローラはレンの視線に気付き、少し照れてしまった。
レンは首にタオルをかけ、コートに座ったまま、フローラを見ている。
「いや、さ‥、フローラ変わらないなぁって思って」
レンのその言葉に、フローラはレンと反対側に顔を向けた。
染まった頬を見られないように。
「レン、大人をからかうものではないのよ」
と、言ったものの、嬉しくてドキドキが止まらない。
レンが、自分の右側の床をポンポンたたいてる。
「フローラ、休憩しよ!」
ちょこんと座るフローラ。
「休憩も大事よね!」といい水分補給するフローラ。
フローラの喉を通る水分たち。
そんな首筋も魅力的にみえる。
「すごいよなー、フローラ、お母さんなんだもんな」と改めていうレン。
「な、何言ってるのレン!当たり前のこと言わないで」‥とは言ったものの、先程のこともある。
レンが褒めてくれてることはわかる。
それは幸せなことだが、フローラは一歩を踏み出すことにした。
「お母さんには見えるけど、女性としては見れない?」
自分で言って恥ずかしくなってきたフローラ。
レンがこっちを見ている。
「思い出したよ!憧れが強かったけど、フローラのこと大好きだったんだ!」
フローラは顔が紅くなるのを隠すように、レンの反対側に向く。
そのまま「レン、今はどうなの?」と勇気のアクセルを踏み込んだ。
「ん?フローラ?こっち向いてよ」と言われ、フローラはレンの方を向く。
「恥ずかしいな‥」とフローラが言いかけた瞬間、レンがフローラの頬にキスをした。
そして、「大好きに決まってるでしょ!」と耳元で囁いた。
フローラの顔はさらに染まる。
いきなり立つフローラ。
「わたし、水分足りないから買ってくるね!」といい歩いていった。
レンは「オレもおねがーい」といい手を振って見送っていた。
自販機前についてもドキドキ止まらないフローラ。
(こんな歳になっても‥)
そうフローラは思っていた。
いやいや、フローラさん、まだまだ大丈夫ですよ!っと突っ込みたくなるのは、ここでは我慢しよう。
レンの分のドリンクも買い、コートに戻る。
レンを見ると、体育館の壁を背もたれがわりにスヤスヤと寝ている。
「ふふ、レンは昔からそうだったわね」と笑うフローラ。
「レンは、少しでも寝ると体力回復するのよね」
寝ているレンの横に座るフローラ。
レンの方を見て思う。
「ホント、短期熟睡型ね!寝顔はかわいいのに、プレイとなるとまるで別人ね!」
しばらくレンをみるフローラ。
ふと、周りを見渡す。
レンと2人きりだ。
フローラのドキドキがヒートアップする。
(レン、ごめん、大好きすぎてわたしダメなの‥)
そういい、寝ているレンの唇に自分の唇を重ねた。
その瞬間は、フローラにとって、時が止まっているように感じた。
自分がしたことに顔が染まっていくフローラ。
両膝の間に腕を入れ、俯く。
まるで沸騰したヤカンのような状態みたくフローラから何かてでいるような錯覚に陥る。
(やだ、わたし‥)
自問自答している間も身体の火照りは治らない。
膝の上で組んだ腕に顔を乗せ、レンをみる。
(わたし、レンからみてどう思われてるんだろ‥)
フローラは、レンが起きるまでずっとみていた。
短期熟睡型なので、10分〜15分あれば起きる。
そんな時間さえ、レンを独占しているようで幸せだった。
レンが目を覚ます。
「あれ?ごめんねフローラ」といい身体を起こす。
体育座りをしているフローラがレンの方を見ている。
「これ、飲むでしょ?」と隠していたかのように飲み物を見せるフローラ。
「せっかく買ってきてくれたのに、ごめん寝ちゃって」そういいフローラから飲みものを受け取る。
その瞬間、指と指がわずかに触れる。
フローラの顔が紅くなる。
(もう!わたしったら!)
レンは、フローラからもらった飲み物を飲んでいる。
ある程度飲むとレンが口を開いた。
「ボクにバスケ教えてくれたのが、本当にフローラでよかった」そういい立ち上がるレン。
「フローラ、練習はじめよ!」そういってフローラの両腕を引っ張り立たす。
(やだ、レンったら‥)
少し顔が紅いフローラは練習に戻った‥。
フローラは19歳にして全米の代表に選ばれるくらいの才能に溢れた選手だった。
子供の頃のレンに出会い、さらにバスケを楽しく感じていた。
レンだけでなく、フローラも感謝していた。
レンに出会えたことを‥
レンが引っ越したあとは、フローラも何かピースがないパズルのように、心に穴が空いたようになった。
と、同時に、周りと自分との差に失望している自分がいた。
(わたしは本気が出せない‥)
事実、フローラのプレイについてこれるものはいなかった。
ふと頭によぎるのは、いつもレンだった。
(レンったら、勝てないとわかっていても諦めなかったわね)思い出し笑いがいつもセットでついてくる。
みな、レンのようじゃないことはわかっている。
(子供じゃいられないのかも‥、みんな大人になっちゃうんだもん‥)と寂しい目をするフローラ。
大人は、体ではない、心が先にブレーキをかけてしまうのだ。
無理、ダメだ、敵うわけない‥
(みんなレンみたいだったら、バスケ楽しいのに‥)
フローラの才能をうもらせたのは、紛れもなく周りであり、大人たち。
フローラと連携が取れなければ、フローラが外されていくのは時間の問題だった。
レンみたいな子がいなかったわけでもないが、本当にわずかだった。
いい方は悪いが、他の選手は自分が代表に残る、選ばれるので必死だったからだ。
素晴らしい選手だが、チームとして機能しない‥そんな風に形作られた。
そして、フローラは代表も、大学でバスケをするのもやめた‥
「フローラ‼︎」
レンの声が響く。
レンからのパスに反応が送れてしまい、両手をすり抜け、お腹にダイレクトにあたってしまった。
レンは、わたしの動きをみて呼んでくれたのに、何にもできなかった。
なんで昔のことを思い出したのだろう。
コートにうずくまるフローラ。
「ご、ごめんね‥これじゃあ、レンの練習にならない‥よ‥ね‥」
苦しいはずなのに、笑顔でそういいながフローラは意識を失った。
チーム医療室
体育館内にある保健室みたいなものだが、選手たちには重宝されていた。
ゆっくり目を開けるフローラ。
すぐに天井をみてわかった。
(水色‥医療室‥)
そうわかると、身を起こそうとするが、お腹あたりがズキンとする。
「あら、起きたわね!大丈夫そうね!」とフローラのベッドの横の椅子に座るひとりの女性。
「レベッカ‥わたし‥」そういいかけた時に肩をポンポンされた。
「レンくんが心配してたわよー、まったく、フローラは罪なこなんだから」
といわれたが、辺りを見まわすフローラ。
「レンくんはいないわよ!あなたにボールぶつけてしまったから、さらに練習しなきゃって言ってたわよ」
なんだか、レベッカがニヤニヤしているように見える。
「レベッカ、何かいいたそうね‥」
「わかる?だってさぁ、レンくんにここまで運んでもらったんだよ、フローラ!ヤバいでしょ⁉︎」
それを聞いて顔が紅くなるフローラ。
わかっていた。
レンならそうすると。
自分を運んでくれたのは嬉しい。
でも、重くなかったのかとか、どんな風に運ばれてきたのかとか気になる。
「レベッカ、わたし‥」
「はいはい、レンくんがお姫様抱っこして運んで来てくれたわよ」
それを聞いて、全身が紅色に染まるフローラ。
「まったく、レンくんもレンくんよ!練習しないとフローラに怒られるって、側にいないんだから‥」
「れ、レベッカ!そんなこと言わないの!レンは間違ってないわ」
その言葉を聞いて、そう言うだろうと思っていたレベッカは態度にでる。
やってられないよ‥みたいに右手を左右に振る。
「でも、わたしが大丈夫だから‥って言うまでは側にいたのよね」とレベッカがニヤニヤしながらフローラをみて言った。
「レベッカ!」
「悪い悪い、つい、さ。いいねー、フローラちゃん!楽しそうで!」
「そ、そんなことない」とシーツを握る手に力が入る。
と、同時に肩にまたポンとレベッカの手がくる。
「甘えられる時は、とことん甘えなさい!」といい、ニヤニヤするレベッカ。
「レベッカのバカ!」といい反対側を向いて丸くなって寝るフローラ。
「そういうことだろ!」といいフローラのお尻を軽くたたくレベッカであった。
どのくらいたったのだろうか?フローラはあの後寝てしまったらしい。
ふと目が覚めるとベッド横の椅子に人の気配を感じる。
(レベッカ、まだいたんだ‥)
そう思いレベッカの方を向く。
(レン⁈)
レベッカではなくレンだった。
腕組みしたまま寝ていた。
それをみて笑いそうになり、慌てて口に手を添える。
(あれ?)フローラは違和感に気づく。
「リップ?」
フローラ19歳の時。
レンとバスケの練習が終わった。
「レンすごいよ、わたしびっくりした」といいながら、顔と手を洗い、帰り支度をはじめる。
フローラは最後にリップを唇に重ねた。
「フローラ、それ何?」とレンが興味津々で聞いてくる。
「ん?これ?リップクリームって言ってね、そうだな、唇の乾燥を防ぐんだよ!」
と、スティックをレンにみせる。
「ぼ、ボクにも塗って!」とレンが言ったら、フローラは顔の前で指で×をつくった。
「ブッブー。レン、残念だけど、リップは人には貸せないわ!その人専用なのよ!」とウィンクして誤魔化すフローラ。
「そうなんだ!じゃあ、明日、フローラに勝ったら、それと同じリップ、ボクにも買ってくれる?」
「ふふっ、いいわよ!」
「約束だよ!フローラ!」
ベッドの上で昔を思い出すフローラ。
レンなら自分のリップでわたしに塗らない。
(ってことは‥そういうことよね?)
フローラは口元に手を当てたまま、全身がみるみる染まっていく。
と、同時に目から涙が溢れてくる。
(あれ?なんで?)
そう思いながら涙を拭う。
(レンが起きちゃう)
そう思いながらも、溢れる涙は止まらない。
自分には、レンとは釣り合わないとか、色々考えていたことが頭の中から消えていくような感覚に襲われていた。
(わたし、レンの側にいていいんだ‥)
そう思いながら胸元で両手を合わせるフローラ。
そのまま、優しい眼差しでレンを見つめるフローラ。
(わたし、ちゃんとレンと向き合うわ)
そう誓うフローラだった。
ちなみに、顔は紅く染まったままのフローラが室内の温度を上げているかのように、存在感を放っていた。