みどりのこころ
みどりは嬉しかった。
レンに、「さん、ちゃんやめない?」と言われ、レン、みどりとお互い呼ぶように言われたことを。
2人が付き合うようになったわけではないが、仕事のパートナーとして、その距離感を嫌ってのレンの提案だ。
「みどりとは、隠し事ないくらいお互い信用したい」
‥と言うレンの言葉は、決して重たいものではなかった。
このアメリカで、様々な障害を乗り越えなくてはならない。
その為には必要なことでもある。
ただし、みどりはこの一件により、レンへの恋心が増大する。
仕事としては、レンと対等に、あるいは導く側になるみどりだが、レンへの好きが止まらない。
そして、コート上で寝ているレンにまたがり、キスしてしまった。
「あ、挨拶です!こ、こっちでは当たり前なんですよね?」と、頬を染めたまま、みどりは言った。
それは、みどりが咄嗟に思いついて言ってしまったことではあったが。
「あ、うーん、みどり」といい、斜め下をみているみどりの顔を両手で挟んでこちらに向ける。
「他の人にはしちゃダメだよ」
そう言われて、みどりの顔はさらに染まっていった。
怒られると思った‥
嫌われると思った‥
仕事を外されると思った‥
でも、体が動いてしまった‥
思い出すだけでも、顔が紅くなる。
レンの運転する車で家まで帰るみどりは、車内で小さくなっていたが、内心は破裂しそうなくらい膨れ上がっていた。
そんなみどりだが、レンの運転だとものすごく安心できる。
レンの気遣いが運転に現れてる感じがする。
マニュアル車なのだが、なにもかもがスムーズなのだ。
(レン、レーサーにもなれるんじゃないかな‥)と思うみどり。
ふと、頭の中にイメージする。
(車とバイクどっちがいいのかな?)
ひとりニコリとするみどり。
「みどり、また変なこと想像してないよな?」と、前だけ見て運転しているはずのレンがツッコむ。
みどりは慌てて誤魔化した。
レンの自宅兼オフィスは、2年目のシーズンが始まる前に用意した。
元々、こちらの自宅が広かったのもある。
そこで、サポートチームのオフィスを置くことにした。
みどりは、チームが所有する住宅に入っていたが、今シーズンはレンの自宅兼オフィスに住んでいる。
つまり、一緒に住んでいることになる。
ちょうど、オフィスが真ん中にあり、左右に部屋が分かれているとはいえ、同じ家に住んでいることには変わらない。
毎日レンといて、飽きないですか?と聞かれたら、間髪入れず毎日だから楽しいです!とみどりは答えるだろう。
そんなみどりも、レンのゲームの時間だけは邪魔しなかった。
(あの時間はレンの時間‥)そう自分にいい聞かせていた。
そんなある日、レンから一緒にゲームやらないか?という誘いがきた。
(余談だが、室内回線での誘いである)
びっくりした。
みどりはハルと違って、色んなゲームができなからだ。
不思議に思いながらも、嬉しさが勝りレンの部屋へ向かう。
急ぐこともないのに、駆け足になってしまう。
レンの部屋の前についた。
途中のオフィスが、障害物に感じたが今はそんなことも関係ないくらいだ。
ドキドキが止まらない。
みどりは右手に全身の気を込めたのではないかというくらい、力が入る。
ドアをノックしようと右手を上げる。
腕が重く感じる。
深呼吸して、自分を落ち着かせる。
ノックをしようとした瞬間、ドアが開いた。
「みどり、何してるのかな?はやく入りなよ」といいながら、優しい笑顔のレンが出迎えてくれた。
レンのそんな顔をみたら、みどりの緊張も一気にほぐれる。
少しフラついたらしく、レンがサポートしてくれたが、みどりは自分でも何がどうなっているのか混乱していた。
ただ、幸せだなぁ‥という衣には包まれていた。
レンのゲーム部屋。
「すごい‥」思わずみどりがそういうのも無理がない。
まるで、ゲーム配信者か、プロゲーマーのような部屋に、デスク周りだった。
「オタクみたいでしょ?」と笑いながらいうレン。
みどりは凄すぎて動けなくいた。
「みどり、こっちとあっち、どっちがいい?」と指差ししなが聞いてきたレン。
こっちは、ゲーミングデスク。
あっちは、座椅子式。
みどりは、迷わず座椅子式を選んだ。
デスクで椅子なら楽なのだが、レンとの距離感を気にして座椅子にした。
ちゃんと2つ並んで配置されている。
「座椅子タイプ、なれないかもだから、キツかったら言ってね!」とレンがみどりを気遣う。
レンはどちらでもできるように準備してたようだ。
レンに座って‥というような身振りをされたので、素直に座るみどり。
「あの、どんなゲームをやるのかな?」
(みどりもたまに、敬語がはいるが、
レンとフレンドリーに話すようになっていた)
そう聞いたみどりの所作が可愛かった。
さすがのレンも一瞬ドキっとしたが、すぐ立て直す。
「気になるよね?ちょっと昔のゲームなんだけど、みどりの力を借りたくてね」
みどりの観察眼と記憶力、判断力をレンは期待して、みどりを呼んだのだ。
「わ、わたしで力になれるなら喜んで手伝うよ!」
みどりはレンのためなら‥という思いでそういった。
「ありがと!みどり!でも、ゲームだから楽しんでね!」
そう言ったレンの顔を見て、みどりは、本当にこの人はゲームが好きなんだなと思った。
と、同時に、自分のレンへの気持ちの大きさに改めて気付かされた。
そんなみどりは、左手を胸にそっと当てていた。
まるで、確かめるように‥。