それぞれの思い
喫茶店で楽しんだレンたち。
それぞれの思いが交差する。
2年目のシーズンを迎えるもの。
新シーズンを迎えるもの。
新しい世界に挑むもの。
日々を心地よくしたいとがんばるもの。
学業とゲームに励むもの。
恋を諦めないもの。
いつもと変わらないもの。
ん?最後の人はよくわからないので、そっとしておきましょう。
喫茶店
「壬生さん!これ見ました?」とハルがスマホの画面をみせる。
「は、ハルさん、近すぎて見えません」と困惑する壬生。
「壬生さん、老眼始まったの?」とハルが言っていたが、明らかにハルが悪い。
本当にハルのスマホが壬生の顔直前にあるのだ。
「みどりがすごい注目集めてるの!」
「及川さんのことですか。それはそうでしょう」と言った壬生に、かなえ、ハル、蘭の視線が刺さる。
「キュート、プリティー、レンちゃんのガールフレンドとか、色々賞賛されているのよ!」とハルが更にスマホを近づけたように感じた。
ハル(彼女はあたし)
かなえ(わたしが彼女になるのに)
蘭(ガールフレンドはみどりじゃない、わたしよ!)
という視線が壬生に刺さる。
「みなさん、落ち着いてください。及川さんが注目を浴びるのはわかっていたことですから」
さらに、3人の視線を感じる壬生。
「まあ、レンちゃんは、みどりが人気でるだろうと言ってたけど、なんでかな?」
「確かにそうね‥レンくんの言う通りになっているわね」
「みどりの素質を見抜くレンさん、すごいです!」
と、3人娘は意見を述べる。
それを見て壬生は笑う。
「みんな、九十九くんのことが大好きなんですね!」と壬生が言った途端、3人娘は、みな頬を染めていた。
(綺麗な夕焼けですね‥)と壬生は思った。
壬生はそのあと説明することになった。
レンが、19歳にこだわったこと。
気遣いができ、視野が広いこと、物腰がやわらかいこと、レンのことを理解してくれること、など、まだ色々あるのだが、レンが選んだ理由は、芯があるからである。
「みどりちゃんは、芯の強い子で物怖じしないのがいいんですよ!」とレンが壬生に言った時のことを思い出していた壬生。
「ブレない心とあのスタイルです!人気でないわけありません」と壬生はいい意味で言ったのだが、3人娘は集まってヒソヒソ話しをしている。
「なんか、壬生さんエッチいですね」
「やっぱり、オーナーも男ってことね」
「男の人はみんな、そうなんですよ」
と、それぞれ自己完結する面々。
「あのう‥みなさん⁈」と言った壬生に、3人の視線がまた刺さるのであった。
アメリカ某所‥
みどりは日々驚嘆していた。
これが、レンさんの見ている景色、世界なんだと。
19の女の子にとっては、壮大なスケールの世界だ。
ただ、レンの見ている、存在している世界を堪能できるのは幸いであった。
そんなみどりを、レンは優しい目でみていた。
メジャーリーグで大きな出来事があった。
大谷選手が、二桁勝利に三冠王を獲得したからだ。
各メディアの興奮が収まらない。
壬生は喫茶店でニュースをみていた。
「これは凄すぎますね‥おまけに盗塁王までですか」
(大谷さんも刺激を受けましたかね)
その驚きは自分で煎れたコーヒーの味がよくわからないほどだった。
(まあ、彼も続くでしょうね)そういいニコリと笑う。
壬生の言う通り、レンは躍動した。
この年は、2人の日本人によって、アメリカ、いや世界中が注目し熱狂することになる。
背番号17とともに19も大人気となる。
「彼のみる、いやみている世界はいったいどうなってるんだ?」と、皆口を揃えて言っていた。
九十九レン‥彼は19歳の女の子が好きなただの変態ではなかったということになる。
そんな活躍をよそに、レンに浮いた話がなかった。
「みどりが彼女ではないか?」とか、「女子アナのリサと付き合ってるのでは?」
「広報のローズと恋仲では?」と、周りは騒ついていたが、みな、レンと対面すると、そんなことは吹っ飛んでしまうのだ。
逆に、側にいられる人が羨ましいのが本音だろう。
各メディアに多くを語るわけでもないのだが、評判や人気があるのはそのせいだろう。
そんなニュースをチェックしている人がいる。
壬生である。
喫茶店‥
「九十九くん、ちゃんとやってますね」と、スマホをみながら壬生は自分で煎れたコーヒーを飲む。
コーヒーを喉で味わったあと、ニコリと笑う。
「九十九くんは、マスコミ嫌いでしたしね。それが今はこうやって‥本当に成長しましたね‥」
突然「オーナー!」とかなえが呼びにきた。
「どうしました?かなえちゃん」と慌てずこたえる壬生。
「店の前に誰かいるんです」
かなえの言葉で振り返ってみる壬生。
「本当ですね!わたしがみてきましょう」
店はまだオープン前。
来るはずのない客。
壬生が店のドアを開ける。
そこには、ブロンドがよく似合う1人の少女が立っていた。
レン9歳の頃、よく遊んでくれた隣のお姉さんがいた。
レンはそのお姉さんが大好きだった。
バスケもそのお姉さんが教えてくれた。
彼女の名は、フローラ・スペンサー。
フローラは、レンの才能に一喜一憂し、色々教えていった。
今のレンの基盤となるものは、フローラ流となると言ってもいいかもしれない。
レンも、フローラの全てに目を奪われた。
フローラのポニーテイルを男だが真似していたりもしていた時期もあるくらい。
レンが、引っ越すことになった時は大変だった。
フローラと離れたくない、残ると駄々をこねて周りを困らせたようだ。
結局、引っ越してからは会うこともなかった。
ただレンは、バスケだけはやめることがなかった。
喫茶店‥
(似てますね‥)と、少女を迎えた壬生は一瞬そう思った。
「あ、あなたがミブさんですか?」と言われ我にかえる壬生。
「はい、そうです。わたしが壬生です。このまま日本語で大丈夫ですか?」
「よかった!ミブさん、だいじょぶです!ママのいうとおりやさしいですね!」
満面の笑みを浮かべる少女。
「ママですか‥」といい考える壬生。
そして少女をまたみる。
「フローラ⁈」
「はい!センセー!」といい、素敵な笑顔をみせる少女。
「わたしは、ママ、フローラのむすめ、エリーです!」
(センセー‥懐かしいですね‥フローラのお子さんですか、どうりで)
「エリーさん、よろくお願いします。フローラは元気ですか?」
「はい!よろしくおねがいします!ママはげんきです!」
「それはよかったです。それでエリーさんはなぜここに来たのですか?」
「あっ、そうだった!あのね、レンさんに、いやししょーにバスケおしえてほしいの!」
その眼差しは真剣だった。
「そうですか‥残念ですが彼はここにはいませんからね、困りましたね」
「エリーしってるよ!でも、ママがここにいけばあえるっていってたの!」
「フローラがですか‥」
壬生はしばらく沈黙していた。