プロローグ
都心から少し離れた、閑静な住宅街。
薄暗いマンションの一室に、二つの人影がある。
この部屋の主の荻原と、対面型のキッチンで調理をしている小柄な人物だ。二人はカウンター越しに、さっきからずっと口論を繰り返していた。
やがて、その調理をしていた人物がキッチンから出てくる。その手には、さっきまで野菜を切っていた包丁が握られている。
その行動の意味に気付いたらしい荻原は、明らかにうろたえた様子で後ずさりを始める。しかし、狭い室内では逃げることは出来ない。相手にジリジリと追い詰められていく。
荻原は必死に何かを叫んでいる。「話せば分かる」、「俺が悪かった」……そんなことを言って、説得しているのかもしれない。しかし、相手は聞く耳を持たない。
やがて、荻原を部屋の隅にまで追いやると、その人物は包丁を持つ手に力を込め……相手の心臓めがけて思いっきり突き出した。
それは、まさに必殺の一撃と言えるようなものだった。
その凶撃に撃たれた心臓は完全に動きを停止し、体は生気を失ってその場に崩れ落ちる。
その拍子に、荻原の左手が家具にぶつかる。
そしてまるで、「自分を殺した相手を誰かに突き止めて欲しい」、「自分の仇をうってほしい」とでも言っているかのように。その腕の時計が、はっきりと「十二時」を指した状態で停止していた。