第6殺 針
カレンが追加任務で向かった暗殺対象の家にいたのは、『アビス・オブ・アビス』のインフェルノであった。
インフェルノは、首に巨大なヘッドホンをかけており、腰の辺りまで伸ばしている髪はピンク色であった。
ターコイズブルーの瞳を光らせているインフェルノの腕には、カレンの追加任務での暗殺対象である禿頭の人物の生首が───大量の針が刺さった生首があった。
インフェルノがいることを訝しみ、カレンは後退する。
「返事してくれないなんて酷いなぁ...でも、その態度が全てを物語ってくれてるね」
そう言うと、インフェルノは部屋の奥に生首を投げ捨てた。
「アタシの仲間を───バイブルに怪我させた罪はデカいよ?」
そう言うと、インフェルノは首にかけていたヘッドホンを自分の首にかける。なんの音楽が流れているかはわからない。
「んじゃ、戦闘しよう」
インフェルノは、一方的にそう言い放つと針を指と指の間に挟んで取り出した。その数、両手で8本だ。
針と言っても、刺繍をする時のようなものではない。針というよりかは「一直線に伸び、先の尖った鉄線」と言った方がいいだろうか。だが、短く伝えやすいので「針」にしよう。
”ビッ”
「───ッ!」
直後、カレンに向けて針が投擲される。
一瞬で、カレンは思案した。この針は避けるのが得策か、弾くのが得策か。
そして、また一瞬の判断で避けることを選択する。理由としては、針に何かが仕組んであるかもしれなかったからだ。
「早速戦闘かしら...」
昼頃に戦ったバイブルは、もう少し戦いの前哨として対話を交わすことができた。
だが、今回相手取っているインフェルノはヘッドホンを付けてしまい、声が届かないので会話をすることすらできないのだ。耳を傾けてもらえない───というより、耳に届かないのだ。
「戦いの中で対話をしましょう。アナタの武器は何かしら?その背中に背負っているヴァイオリンケースには何が入っているの?」
その言葉は、こちらへの一方的な投げかけであった。インフェルノはヘッドホンを付けているため、答えたって何も返事はもらえないだろう。
「───ダンマリは傷つくなぁ...もっと戦いを楽しまないと」
”ビッ”
再度、針が飛んでくる。戦いの場所は、スラムの町中となっていた。もう夜なので昼間のような騒がしさも人気も無いが、それでも歩く人影見当たる。もっとも、戦いが起こっているのかと皆、道を避けて進んでいくが。
───と、ここでカレンはスラムなので保安隊がやってこないことに気付く。
スラムの治安なんか、最初から無いのだから治安を守る保安隊がやってくるはずもないのだ。昼間のように戦いの妨害をされず、決着を付けることが可能であることに気付き、カレンは少し口角を上げる。
カレンはそのまま、飛んできた針を避けて右手にポケットの中に入れておいたメリケンサックを装着してインフェルノの方に接近した。
「わお、接近か」
そう言うと、インフェルノは少し嬉しそうな笑みを浮かべて針を投擲する状態から、メリケンサックのように指と指の間から針が出るような感じで持ち直す。
「───」
カレンの拳とインフェルノの拳の両方に武器が持たれている。そのまま、お互いの頬に吸い込まれるようにして拳が進んでいった。
「ま、食らうわけがないよね」
そう言うと、インフェルノは首を90度に折り曲げてカレンのメリケンサックをギリギリで避ける。
それと同時に、カレンもインフェルノの拳を全く同じ方法で避けていた。
”ブンッ”
空を切る音のみが聞こえる。お互いがお互い、その場で踏みとどまり相手と接触するようなことはない。
「残念」
「───ッ!」
だが、その場に踏みとどまることさえも間違いであったことをカレンは思い知る。
カレンの胸の辺りには、針が数本刺さっていたのだ。
「───か...は...」
「少し辛そうだね。よかった、辛い声や叫び声はアタシも聞きたくないから。だから、いつもイヤホンしてるんだよね」
インフェルノはそう言うと、ニコリと微笑んだ。それは、嘲笑だろうか。
腹に針が刺さった理由。それは言わずもがなであろう。インフェルノのは、両手に針を持っていたのだ。
何かを騙していた訳でも無ければ、隠していた訳でもない。ただ、カレンが油断していただけだ。
カレンは、今日になってからミスというミスを2度もしている。
バイブルを殺し損ねたのもそうだし、胸に針を刺されたのだってそうだ。戦いの中で傷を負ったのはいつぶりだろうか。暗殺業故に、暗殺対象と殆ど対面することは無いのだが、本日は2度も対面している。
「気が緩んでいるぞ、私...」
そう言って、カレンは自分の精神を統一させる。
「───自分にご褒美を設けよう。インフェルノに勝利したら、祝勝のカレーうどんだ。これは決定事項。頑張らないと...」
そう言うと、彼女は胸に刺さった合計4本の針を抜いた。
「───本気を出させていただく」
カレンはそう呟いた。勿論、これまでは本気を出していなかったという訳では無いが、自分を鼓舞するためにもそう呟いたのであった。
「なんか、落ち着いたみたいだね。でも、アタシがそこまで猶予を渡すと思う?」
”ビッ”
針は再度投げられる。針は一直線に、カレンに飛んでいく。
カレンが取った行動は避ける───
───ではなく、弾く。
メリケンサックを利用し、インフェルノへの道程にあった針を上手く弾いて地面に落下させた。
「───へぇ、やるねぇ」
そう言って、インフェルノは後退する。が───
「うおっ!」
獅子のように迫ってきたカレンは後ろに下がるところまで読んでいた。拳を振るタイミングはワンテンポ遅らせて。
「───まずっ」
インフェルノはそう呟く。彼女は為す術もなく、顔面をメリケンサック付きの拳で殴られた。