第5殺 追加任務
「───んで、相手をキッチリ殺すことはできずに逃げてきたって訳か」
『ジェネシス』のアジトで渋い顔をしながら、カレンとメルセデスの報告を聞いて、結論としてそう述べたのは、黒目黒髪黒スーツの優男───『ジェネシス』のボスであった。
カレンとメルセデスは、ボス専用の机の前に背筋を伸ばして起立して話を聞いている。
その後ろにある、皆が座るソファで横になって話を聞き流している怠惰な男はシトロンであった。
「カレンの前の野郎なら、とどめを刺さないどころか、相手に姿を見せることなく一発で殺してたぜ?」
シトロンは、そう語る。
カレンの前の野郎と言うのは、カレンが『ジェネシス』に入団する前にいた一人の女性のことだ。
カレンと同じ銀髪であったらしく、シトロンからはその女性とカレンはよく比べられているようだったのだ。
「そうは言ってもな、俺様達だって頑張ったんだ!アジトでずっとゴロゴロしてるお前とはちげぇんだよ!」
「ダリィな...俺の仕事はここでゴロゴロしてることなんだよ...」
シトロンは、自らのオレンジ色の髪をボリボリとかきながらぶっきらぼうにそう返事をする。
「あぁ?んな訳ねぇだろ!ボスは体が脆弱で戦えねぇから裏作業に徹してるのはわかるぜ?でも、お前はゴロゴロしてるだけじゃねぇか!惰眠を貪るのが仕事だっちゅうんなら、俺様だってそうしていたぜ!」
「まぁまぁ、シトロンも煽らないしメルセデスも喧嘩を買わないで」
そう、2人を宥めるのはボスであった。
「だがよぉ───」
「だが、何だって?」
「いや、何でも無い...です。なんでもないです」
「ハァァ...眠い眠い...」
そう言って、シトロンは大きく欠伸をすると瞼を閉じて眠ってしまった。
「そういえば、アルピナはどこに行ったんですか?」
今まで、沈黙を貫いていたカレンが口を開く。メルセデスと2人で戦いに出ていた時は、かなり喋っていたが、その時とアジトにいるときとは口数が全然違う。
「アルピナは、別の仕事に行ってくれている。そうだ、帰りに追加で任務があるからアルピナと合流して行ってくれないかな?」
「私がですか?」
「あぁ、そうだ。お願いできるかい?」
「任せてください。今度はヘマをしません」
「信じているからね」
「───って、俺様には任務は?」
「カレンじゃなくてメルセデスが行ってもいいけど...アルピナと合流できるかい?」
「あ...それを言われると...」
「それに、銀髪の少女なんて街を歩いていたらそこら中にいるけど、水色髪のメルセデスは街中で目立つだろう?」
「それは...そうだな。保安隊に目をつけられているから、今日のところは勘弁しておいてやるぜ...」
「なんで、かませ犬みたいなセリフなんだよ...」
「あぁ?シトロン、なんか言ったか?!」
「ぐーすーぴー」
「なんだ、寝言か...」
「寝言で誤魔化せるなんて...」
「───て、そういや思ったんだけど。どうしてカレンは今日の相手が話してる言語がわかったんだ?別に、あの言語を使ってたわけでもなかったんだろう?」
メルセデスが思い出したかのようにカレンに問う。
「そうね、別に使ってたわけでも習ってたわけでもないわ。でも、なんだかわかったのよ」
「そうなのか...不思議なものだな」
カレン曰く、自分がいつも使っている言語のようにスラスラ頭の中に入ってきたし、スラスラ口から出ていったらしい。
「それじゃ、そろそろアルピナも仕事が終わる頃だろうし、カレンは行ってきな」
「わかりました」
ボスは、カレンに次の任務の相手の顔写真を渡す。今回の任務は、一人で暗殺業をやっている人物であった。
その人物は禿頭の男であり、パッとしない顔つきであった。
だから、仕事を片付けるのも容易いだろう。
「それでは、行ってきます」
そう言って、カレンはアジトの外に出ていった。もちろん、彼女の背中には弓矢の入ったヴァイオリンケースがあったし、ポケットにはメリケンサックも入っていた。
───そして、十数分後。
「あら、カレンさん。ワタクシに何かを御用ですの?」
「アルピナ、追加任務よ」
「そうでしたか」
そう言うと、アルピナはキレイに微笑む。
「ですが、その仕事はカレンさんに譲りますの。今日は疲れましたから、先にアタクシは帰らせて頂きますの」
「───」
カレンは、アルピナを食い止めようとするも適切な言葉が出てこなかった。
金髪を揺らしながら歩いていくアルピナは、アジトにまで戻って言ってしまった。
「しょうがないわね、私一人でやるかしら...」
そう言って、カレンは今回の殺す相手のアジトにまで進んでいった。
相手は一人で住んでいる人物であることが判明しているため、押しかけても問題ないのであった。
───そして、数十分後。
もう、日が暮れかけてきておりオレンジ色の光がこの世界を照らしている。
「ここね...」
カレンがやってきたのは、昼下がりにメルセデスと共闘して『アビス・オブ・アビス』のバイブルを瀕死にまで追い込んだ場所とは遠く離れた閑静な建物群だった。
そこはスラムのようで、保安隊も立ち入らないようなところだった。暗殺者が家を構えるには、持って来いのところだろうか。
もっとも、こんなところに住んでいては結婚はできないだろうが。
そう思いながら、家のベルを鳴らす。正々堂々正面突破だ。相手は、暗殺を依頼する人物だと思って、すぐに殺しはしないだろう。
そんなことを思っていると、扉が開いて人が顔を出す。
「───ッ!」
そこにいたのは、一人の美女。
巨大なヘッドホンを首にかけた、ピンク色の髪を腰の当たりまで伸ばして、ターコイズブルーの瞳を持った容姿端麗な女性であった。
写真に載っていた、禿頭の男の人ではない。
「アタシに何か用?それとも───」
そして、カレンは気が付く。その女性が腕に針が大量に刺さった、禿頭の男の生首を持っていることに。
「アタシが殺した、この人に何か用?」
「お前はッ!」
「あ、アタシ?アタシはねぇ...『アビス・オブ・アビス』のインフェルノだよ。もしかして、君が『ジェネシス』の子?」
───『ジェネシス』カレン・マクローレンvs『アビス・オブ・アビス』インフェルノの戦いが、始まる。