第22殺 詠唱
ローランを、ドーム状に囲むメルセデスの氷魔法で作り出された氷塊。それが、一斉にローランの方に飛んでいった。
「これで───」
「【誘え。
『ストレイキャット』】」
「───ッ!」
超時短詠唱とほぼ同時に、メルセデスの腹を穿つのは一筋の光だった。
「かはっ」
メルセデスが、腹部を押さえて、数歩後ろに下がっていく。
「【銀河渦巻く魂の波動を網羅し、
氷雪の領域を切り拓く闇の魔力を解き放つ!
凍りつく風を纏い、氷の封印を刻み込む永劫の魔法よ、顕現せよ!
『アブソリュート・ゼロ・オブ・ゼロ』】」
直後、メルセデスは自分の腹部から垂れ流れる血を、任意の物質を凍らせることができる『アブソリュート・ゼロ・オブ・ゼロ』を2段階短縮した状態で詠唱して、凍らせた。
これで、傷口を凍らせてこれ以上の出血を防いだのだ。
「おいおい、なんだよ...あの短縮した詠唱は...」
ローランが詠唱したのは「誘え」の2文字───平仮名にしても4文字であった。魔法の名前は、短縮できない。
「いやぁ...危なかったですねぇ。『ストレイキャット』を使用していなければ、死んでいた確率は75%でしたよ!だけど、僕は死にませんでした。やはり、僕が勝つ確率───99.99%は間違っていなかったという証明です!」
そう言って、ローランは少し自慢げに笑った。
「なんだよ、今の短縮...」
「冥土の土産に教えてあげましょう。僕は、光魔法を極めて極めて極めた結果、詠唱がほぼ不要になったのです!!要するに、体が染み付いたって感じですかね?」
「んだよ、それ...あり得ねぇ...」
「いいえ。僕がいるので、あり得なくないです。最も、僕は1000年に一度の逸材とかでしょうけれど!」
自分のことを自慢気に話すローラン。まだ、メルセデスの腹を穿っただけだが、もう勝利した気でいたようだった。
「【白魔の封印されし迷宮に誘え
『ホワイトラビリンス』】」
メルセデスも、本来であれば一番短い詠唱で『ホワイトラビリンス』を詠唱した。メルセデスと、ローランを閉じ込めるのは、20m四方の立方体の形をした密室。中心には、この密室を支える大きな柱があった。
「逃げ場をなくしたんですか?それは、悪手ですよ?」
メルセデスは、密室の壁を背に、ローランは密室を支える柱を背に。お互い、見合うようにしていた。
お互い、どちらも魔法を放たない。数秒ほどの、睨み合いの時間が生まれた。
「そちらが攻撃してこないのなら、こちらからです!」
メルセデスは、ローランからの攻撃に備えるようにして動き出す。
「【誘え。
『ストレイキャット』】」
「またか!」
メルセデスは、ローランの放つ魔法から直線上にいないようにして移動する。が───
「───んなっ」
何もないところで、『ストレイキャット』で生み出された光が曲線的に折れ曲がった。まるで、光に意思があるようだった。
「【極より冷えた謙虚なる弾丸を呈す永劫の魔法よ、顕現せよ!
『ブラックホワイト』】」
メルセデスが咄嗟に使用する、氷塊を生み出す『ブラックホワイト』の詠唱。最大まで短縮したので、生まれたのは最小の氷塊が数個だった。
『ストレイキャット』の進行方向に、氷塊を生み出して光を屈折させようとしたのだ。
氷にぶつかれば、光は反射する。そして、自分を狙う光を引き離そうとしたのだ。だが、光は氷塊を迂回するように動いてメルセデスの方へ迫ってくる。
「いくら避けたって無駄です!『ストレイキャット』は別名迷い猫!対象の相手に当たるまで追い続ける光なんです!」
「───ッ!」
対象に当たるまでは止まらない『ストレイキャット』で生み出された光。きっと、本来はマーキング目的として使用される魔法なのだろう。それこそ、紛失物を探すときなどだ。
だが、ローランがその『ストレイキャット』を使用すると、相手を追尾する光と化してしまう。要は、極悪非道な兵器なのだ。
メルセデスは、もう既に20m四方の密室をもう1周していた。メルセデスの目に入るのは、余裕そうな表情をしたローランだった。
「おい、お前。どれだけ余裕そうなんだよ?ムカつくなぁ!」
そう言って、メルセデスはローランに迫る。ローランは、近接の武力行使を予測していなかったのか判断が一瞬遅れた。そして───
「羽交い締めだぜ」
ローランは、メルセデスによって羽交い締めにされる。そして、メルセデスとローランの目の前に迫ってくるのは、一筋の光───『ストレイキャット』だ。
「まさか、自分諸共ッ!」
ローランが、そう金切り声をあげた直後、ローランの腹とメルセデスの腹を『ストレイキャット』が穿つ。
そして、本来の対象だったメルセデスの体に当たった『ストレイキャット』はそのまま輝きを失って虚空に消えていった。
「───あ...が...」
「クソが...」
メルセデスは悪態をつきながら、自分の腹を1発目の『ストレイキャット』と同じように『アブソリュート・ゼロ・オブ・ゼロ』で血を凍らせて傷を埋める。治ってはいないが、その場しのぎはできるのだ。
「───と、これで終わりだな。ローラン。俺に勝てる確率は99.99%だっけか?残念だったな。俺が0.01%を引いちまったようだ」
メルセデスはそう言って、『ブラックホワイト』をカット無しで詠唱する。
そして、生み出されたのは最大の大きさの氷塊だった。
「これで、終わりだ」
直後、仰向けに倒れていたローランの頭蓋に氷塊がめり込む。そして、ローランの頭蓋骨は粉々に割れた。
「俺様だって一度くらいはしたかったんだ。弔いの話ってやつを。えっと...アルピナもカレンもタイトルを言ってたよな。タイトルは...0=1の証明にでもしておくか」
そして、メルセデスは弔いの言葉をローランに投げかける。
「0=1の証明をした学者Aがいた。
その学者Aは、知り合いの学者に0=1の証明をして見せた。
その直後、Aは姿を消した。知り合いの学者が、証明した紙を見る。
───そこには、何も書いていなかった。」
話を終えたメルセデスは、立ち上がり首を回す。すると、氷の密室は一瞬にして昇華し消え失せてしまった。
「んじゃ、2人を追うとするかな」
メルセデスは、先を進んでいる2人を追いかけるために彼女たちが進んでいった道を小走りで進もうとする。
───その時だった。メルセデスの体の自由が効かなくなったのは。




