第18殺 天国
先日カレンが殺したインフェルノの妹であるジェヘナが『ジェネシス』のアジトの中で大暴れしていた。
その凶刃はついにカレンに向いてしまう。いや、まだ誰も死んでいないので凶刃ではないだろうか。
「お姉ちゃんの匂いは、お姉ちゃんだけでいいの!だから、同じ匂いがする人は皆死んじゃえばいいんだ!」
今回、ジェヘナは『アビス・オブ・アビス』の任務としてではなく、いなくなった姉を探しに来たという私怨で動いているようだった。
姉の匂いを辿って、『ジェネシス』のアジトまでやって来たと推測される。
数日前に失踪した姉の匂いを覚えているのも、その匂いを追ってアジトを探せるのも人智を超えているし、人間業とは思えない。
だから、姉への執着心でここを当てたとしか言いようがない。
───もしくは、信じたくないが裏切り者がアジトの場所を『アビス・オブ・アビス』のジェヘナにのみ流出させたのかもしれない。
この性格であれば、姉のことを話せば操り人形のように、傀儡のように動いてくれるだろう。催眠をかけたかのように動いていくれるだろう。
「メルセデス!私が弓矢を用意するまで時間を稼いでくれないか?」
カレンは、近接戦闘用の武器であるメリケンサックでは、ジェヘナの付けている鉤爪には勝利できないと判断して、部屋の隅に置いた愛武器である弓に武器をチェンジすることを選択する。
「任せろ!絶対に、コイツは遠距離攻撃の方がいい!」
メルセデスは、そして魔法を詠唱する。
「【凍りつく風を纏い、氷の封印を刻み込む永劫の魔法よ、顕現せよ!
『アブソリュート・ゼロ・オブ・ゼロ』】」
使用したのは、バイブルの鞘を凍らせた時と同じ魔法───『アブソリュート・ゼロ・オブ・ゼロ』の簡易版であった。
この魔法は、任意の物体を凍らせる魔法だ。
メルセデスは、その魔法を使用して今にも動き出しそうだったジェヘナの足と床を同時に凍らせて固定する。
これで、動きを止めることを成功させた。後は、弓を引いて矢を放てば殺害することも可能───
「お姉ちゃん!どこにいるの!!出てきてよぉ!」
ミシミシと音がする。床のフローリングがジェヘナが足を上げる力で剥がれている音だ。氷で固定されても、床ごと歩かれては無意味に等しい。こっちとなっては、そんなことをされてはたまらない。
「カレン、早く!」
「わかってるわ」
カレンは、もう既に弓を構えていた。そして、ジェヘナの首筋に向けて1本の矢を放つ。
その矢は、ジェヘナの首筋に吸い込まれていくように進んでいき───
ジェヘナの鉤爪に弾かれた。
「───ッ!」
「おいおい、速すぎだろ!」
「お姉ちゃんと会うの!!!!!!邪魔しないでぇええ!!!」
狂ったように叫ぶジェヘナ。その表情はまさに阿鼻叫喚。
阿鼻叫喚のような顔になって尚、綺麗とも感じさせるジェヘナの美貌は本当に美しいものなのだろう。
「矢でも攻撃が入らない?」
「カレン、諦めるのは早え!俺様が一瞬の隙を作る!」
そう言って魔法を放とうとするメルセデス。ここは、2人で勝利を掴むことが好ましかった。
その理由としては、現在ジェヘナと戦闘をしているカレンとメルセデスは、2人共怪我人だったのだ。カレンは胸を、メルセデスは背中を怪我している。2人共、応急処置を終えて安静にしておけば2週間ほどで治る傷であった。
一方、部屋の奥にボスを避難させたアルピナは、現在無傷であった。故に、彼女に怪我を増やして、暗殺業ができないとなると、今後の仕事にかなり支障をきたすのだ。
『アビス・オブ・アビス』の他のメンバーに、『ジェネシス』のアジトはバレてしまっただろう。
きっと、こっちに侵略しに来るはずだ。その時に、こちらの戦力が全員怪我人だとかなりのマイナスだ。
シトロンも一応戦闘員だったが、彼が戦力になるとはカレンもメルセデスも思っていなかった。
故に、カレンとメルセデスの2人でジェヘナを殺害するのが最適解であった。それを、アルピナもわかっているのか、はたまたボスに言われたのかアルピナもこちらに戻ってくることはなかった。
少し非情だとは思うが、的確な判断だろう。
「【極より冷えた謙虚なる弾丸を呈す永劫の魔法よ、顕現せよ!
『ブラックホワイト』】」
メルセデスが放つ、最小の氷塊。狙うのは、全てジェヘナの顔面であった。
「カレン!」
名前を呼ばれたカレンは、再度矢を放つ。メルセデスがジェヘナの顔面を狙って氷塊を放ったのは、防御させることで視界を塞ぐため。
カレンが矢で狙ったのは、ガラ空きの胴。
───そして、脳天だった。
「───ぅあ」
カレンは、この短時間で2発の弓を放っていた。1本は、ジェヘナに向かって直線的に。
そして、後の1本は天井に刺さらぬよう調整して曲線的に。
2発とも、上手くジェヘナに突き刺さった。相手の脳天にまで刺したのだ、これで戦闘不能に───
「痛い、痛い痛い!助けてよ、お姉ちゃん!!アタシ、この人たちにいじめられてる!!!」
そう言って、床と自らの足を固定した氷を叩き割り、カレンに襲いかかるジェヘナ。
腹部と脳天を刺されて、意識を落とさないどころか更に強化された。
「なんで───」
「アタシのお姉ちゃんをどこにやったの!!ねぇ、返してよ!!ねぇえええええ!!!!!」
叫ぶようにして、カレンに向かって鉤爪を振るう。
「お前の姉は私が殺した!今のお前のように脳天に矢が刺さってな!」
カレンは、近付いてくるジェヘナに向けて弓を構えながらそう答えた。すると───
「───本当に?」
ジェヘナは、動きをピタリと止める。カレンの顔が鉤爪に侵食される直前で。
「お姉ちゃん...死んじゃったの?」
「あぁ、私が天国に誘った」
「なーんだ、お姉ちゃん。天国にいるんだ。うへへ、今行くね。お姉ちゃん」
そう言った直後、ジェヘナは自分の首を自分の手につけた鉤爪でバッサリと切り落とした。ドサリと、首が床に落ちて、首の無くなった胴体がカレンの方に倒れてくる。
彼女は、姉の居場所がわかったと思うと、途端に自殺したのだ。相手のことを疑うこともなく、だ。
お姉ちゃんを追い求める、純粋な気持ちが、彼女の原動力だったのだ。
本当に恐ろしい相手だった、とカレンは思う。もし、あそこで無言で矢を撃っていたら負けていただろう。
「───完敗だよ、私達の」
カレンはそう呟いた。実際、この勝負を見た人は誰もがジェヘナの勝利と言うだろう。
「これは、勝者への祝言だと思って聞いてくれ。そうだな...タイトルは『零』なんてのはどうだ?」
カレンは、いつものように口を開きとある言葉を投げかける。
「西暦が始まる前は、数字に素数なんてものはなかった。
でも、西暦が始まるととある数字が新たに生まれ、その調和を壊した。
そして、今の数字になったのである。新たにできた数字が『0』。
西暦0年が無いのは、0がなかったからである。」
カレンはそう言い終わると、そっと自分の上に押しかぶさっていたジェヘナの死体を地面に横たわらせる。
首が落ちるほどの威力を自分に行うとは、死への恐怖はなかったのか、とカレンは疑問に思う。
だが、それを口にすることはなかった。
その言葉は、ジェヘナへの最大の侮辱になると思ったからだ。
───ジェヘナをこれ程までに突き動かしていたのは、姉を思う愛なのであろう。そう、カレンは頭の中で勝手に決断付けた。
荒れたアジトを見回し、カレンはゆっくりと立ち回る。そして、こう言い放った。
「すまない、地獄。私は嘘をついた。お前の姉───地獄は、天国ではなく地獄に行ったようだ」




