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自動生成された世界

作者: ウォーカー

 学校で目立たず、成績も運動も誇るところがなく、友人も少ない、

そんなその男子生徒の趣味は、小説を書くこと。

どこかに発表したりすることのない、

自分で書いて自分で読むだけの他愛も無い小説だった。

その男子生徒が書く小説の主人公はいつも自分自身。

自分自身が学校で活躍して人気者になる物語、

自分自身が学校で女子生徒たちからチヤホヤされる物語、

自分自身が大金持ちになって好きなものを買い漁る物語、

その男子生徒は、自分自身を主役にした小説を書くことで、

現実生活で溜まった鬱憤を発散していた。


 自分自身が主人公の小説を書いて、物語の中で自由に過ごす。

それには少なくとも、文章として形に残さなければならない。

締め切りなどは特に決めていないが、

それでも定期的に書くには苦労もある。

このところ、その男子生徒は、いわゆるスランプで、

納得がいく物語を中々書けずにいた。

原稿用紙に書いては消し書いては消し、その繰り返し。

失敗作となった原稿用紙が無駄に消費されていく。

今日も、その男子生徒は、学校から家に帰ると、

小説の執筆に没頭していた。

「・・・いけね。もう原稿用紙が無いや。

 仕方がない、買いに行くか。」

とうとう原稿用紙を切らせてしまい、買いに出かけることにした。

財布を手に、近所の文房具屋へ向かう。

しかし、目的の文房具屋は定休日のようでシャッターが下りていた。

「しまった。

 この文房具屋、今日は休みだったのか。

 どうしよう。近所に他に文房具屋はあったかなぁ。」

あてを失い、町を彷徨い歩くことしばらく。

その男子生徒の前に、見たこともない真っ黒な文房具屋が姿を現した。

店先も看板も全てが黒塗りの、黒い文房具屋。

その男子生徒には見覚えがないものだった。

「こんなところに文房具屋なんてあったかな?

 まあいいや。原稿用紙があるか見てみよう。」

背に腹は代えられない。

その男子生徒は黒い文房具屋の扉を引いた。


 黒い文房具屋は、店の中まで真っ黒。

店の中の壁や棚だけではなく、売り物まで真っ黒だった。

「真っ黒でよくわからないな。すいませーん!」

「・・はいよ。」

その男子生徒が声を上げると、すぐ近くから返事が帰ってきた。

真っ黒で気が付かなかったが、近くに黒い椅子があって、

そこに黒い服を着た老婆が座っていたのだった。

「うわっ!びっくりした。」

その男子生徒は人がいるとは思わず、驚いて飛び上がった。

胸に手を当てて落ち着かせてから、相手の様子を確認する。

老婆というのは、声色から感じさせたもので、

黒いフードを被っていて顔はほとんど見えない。

他に人がいないことから、どうやらこの黒い服の老婆が、

この黒い文房具屋の店員のようだ。

すぐにその男子生徒は要件に入った。

「あのう、原稿用紙が欲しいんですが。」

「原稿用紙か。

 あんた、小説でも書くのかい・・」

「え?ええ、まあ。

 自分で書いて読むだけですけど。」

「それなら、丁度良いのがあるよ・・」

そう言いながら黒い老婆が棚から取り出したのは、

これまた真っ黒な原稿用紙の束だった。

その男子生徒は眉を潜めて尋ねる。

「あのう、白い原稿用紙は無いんですか。

 黒い原稿用紙だと、白いペンを用意しないといけないですし。」

「うちにはこれしかないよ。

 心配しなくても、黒いのは表紙だけ。

 中身は白い原稿用紙だから、普通のペンで書けるよ。

 ただし、この原稿用紙は特別製で、ちょっと注意する必要があるけどね・・」

「特別製?」

「そう。

 この原稿用紙は、物語を読んでくれる原稿用紙なんだ。

 それだけじゃなくて、その内容を自動的に再構成して見せてくれる。」

「物語を読んで、自動的に構成して見せてくれる原稿用紙?

 コンピューターか何かの機能ですか。

 僕、原稿は手書きなんですけど。」

「コンピューターじゃないよ。

 この原稿用紙が、物語を読んで再構成してくれるんだ。

 あんたみたいな子には、丁度いいんじゃないかな・・」

「は、はあ。」

老婆の言っていることが、その男子生徒にはわからない。

もしかして、この黒い老婆は冗談を言ってからかっているのだろうか。

ともかくも、今は原稿用紙が手に入ればそれでいい。

その男子生徒は、黒い原稿用紙を買うことにした。

「ふう、ようやく原稿用紙が手に入った。

 さっさと家に帰って、次の小説を書き始めよう。」

家に帰るために小走りに走り去る、その男子生徒の背後で、

黒い文房具屋は霧になるように輪郭がぼやけて消えていった。


 家に帰ったその男子生徒は、早速、執筆に没頭した。

「ようし、今度の物語は、推理小説にしよう。

 舞台は学校で、殺人事件が起こるんだ。」

その男子生徒は、買ってきたばかりの黒い原稿用紙に、物語を書き綴っていった。

黒い老婆から聞かされていた通り、

黒い表紙の中には、白い原稿用紙が詰まっていた。

余白に何やら禍々しい模様が入った原稿用紙。

その模様が、今のその男子生徒に着想を与えたようで、

その男子生徒は飲食も忘れて物語を書いていった。

自分自身が主人公の推理小説。

学校で殺人事件が起こって、その男子生徒が探偵役として活躍する物語。

結末まで一気に書き上げてしまいたかったが、

しかし、いいところで邪魔が入った。

「夕飯できてるわよ。食べないの?」

夕飯も食べずに部屋に閉じこもっていたので、

母親が様子を見に来たのだった。

「あ、うん。今食べるよ。」

仕方がなく、その男子生徒は筆を置いて、夕飯を食べるために居間へ向かった。

夕飯を食べ終わると、母親に言われるがままに風呂へ。

そうして日常のあれこれをしている間に夜も更けていく。

「もうこんな時間か。書くのは明日にして、もう寝よう。」

そうしてその日、その男子生徒は、

黒い原稿用紙に物語を書きかけにして、布団に入ったのだった。


 目が覚めると、その男子生徒は学校の教室にいた。

「あれ?僕、いつの間に学校に来たんだっけ。」

寝ぼけていたのだろうか。

その男子生徒には、学校に来るまでの記憶が無かった。

周囲を見ると、教室にはいつもの面々がいる。

数少ない友人の顔を見つけて話しかけようとしたところで、

教室の扉が引かれて担任の先生が姿を現した。

担任の先生が教卓の前に来たところで、

教室の中ほどから女子生徒の悲鳴が上がった。

「キャー!」

「どうした!?」

「誰か!人が倒れてる!」

教室中の皆が注目する先、教室の中央に人が倒れていた。

すぐに教室は喧騒に包まれた。

「死んでる!これは殺人事件だ。」

「なんだって?犯人は?」

「わからないけど、あれを見ろ!」

教室中の皆の注目がサッと移動する。

皆が見つめる先には、その男子生徒がいた。

訳が分からず、その男子生徒は自分自身を指差して言う。

「ぼ、僕?」

指さそうとして気が付く。

その男子生徒の手には、大きな刃物が握られていた。

教室中の皆の目が不審に彩られていく。

「お前、その手に持ってるのは何だ?」

「し、知らない。わからない!」

「それって刃物だよな。」

「きっとお前がその刃物で殺したんだろう!」

「ち、違う!」

手にしていた刃物を投げ捨てて、その男子生徒は駆け出した。

教室を飛び出すと、廊下には先生や警官が待ち構えていた。

「くそっ!何でこんなことに!」

追い立てられるようにして、その男子生徒は駆けていく。

廊下を曲がり、長い螺旋階段を駆け上がって、

たどり着いたのは、高い高い学校の屋上だった。

屋上から見える周囲の風景は、険しい山脈がそびえ立ち、地には赤い沼。

とても学校からの風景には思えない光景が広がっていた。

「なんだこれは。ここは学校じゃないのか?」

その男子生徒が立ち尽くしていると、後ろから先生や警官が追いついてきた。

「もう逃げられんぞ!観念しろ、この殺人犯め。」

「し、知らない!僕はやってない!」

命乞いの声も虚しく、その男子生徒は屋上の端に追い詰められていく。

一歩下がったところで足を踏み外し、その男子生徒は屋上から落ちていった。


 「うわっ!なんだ!?」

ガバっとその男子生徒が体を起こすと、そこは自分の部屋。

その男子生徒はベッドの上で目を覚ました。

汗びっしょりになって肩で息をして、やっと事情を飲み込めた。

「もしかして・・・今見ていたのは夢、だったのか?」

カーテンを開けて窓の外を見ると、そこには赤い沼などない。

いつもの隣近所の家々に、犬の鳴き声がかすかに聞こえてくる。

そのことが、先程までの世界が夢だったと教えてくれていた。

「なんだ、あれは夢か。

 すごくリアルで、まるで現実みたいだった。

 それに・・・。」

現実と見紛うような夢。

それ以上に、その男子生徒には気になることがあった。

「あの夢、僕は内容を知ってるぞ。

 あれは、僕が書いている小説の内容だ。

 昨日書き始めたばかりだから、すぐにわかる。」

その男子生徒が今しがたまで見ていた夢は、

学校を舞台にし、その男子生徒が主人公という、

昨夜、寝る直前まで書いていた小説の内容そのままだった。

しかし、その男子生徒は首を横に振る。

「いやいや、僕が書いている小説は、まだあそこまで書いてないはずだ。

 昨日は途中で寝てしまったんだから。」

ベッドから飛び起きて、机を覗き込む。

そこには書きかけの原稿用紙があって、

その内容は確かに夢に見た内容と同じだった。

ただし、原稿用紙に書かれているのは、

その男子生徒が学校に登校したところまで。

その先はまだ書かれていなかった。

「やっぱりあの夢は、僕が書いた小説の先の内容だ。

 でもおかしいな。

 予定では、犯人は主人公じゃなくて担任の先生のはずなのに。」

もう一度、原稿用紙を見直してみる。

それからその男子生徒はポンと手を打った。

「・・・あ、そうか!

 探偵役の主人公が凶器を見つけるのが早すぎるんだ。

 事件が明らかになる前に、探偵役の主人公が、

 凶器の刃物を見つけてしまっている。

 これじゃ、主人公が犯人だと疑われても仕方がない。」

起こったことを総合してみると、次のようになる。

その男子生徒は昨夜、現実と見紛うほどにリアルな夢を見た。

夢の内容は、その男子生徒が黒い原稿用紙に書き綴った内容。

しかし、夢には黒い原稿用紙に書かれていない続きがあって、

続きは、それまでに書かれていた内容から推測され構成されていた。

これはただの夢だろうか。

寝る前まで小説のことを考えていたから、

小説と同じ内容の夢を見たのだろうか。

「いや、そんなわけがない。

 僕は担任の先生が犯人のつもりで物語を書いていた。

 僕が犯人とも取れる内容だとは全く思っても無いことで、

 目が覚めて文章を見直すまで気が付かなかった。

 気が付いていないことを夢に見るわけがない。

 それよりも・・・。」

それよりも、起こったことを総合すれば、確かにそうとしか思えない。

黒い原稿用紙に書いた内容が、夢として現れた。

しかし、にわかには信じられないことだった。

「原稿用紙に書いた内容が夢として現れて、

 しかも、書きかけの物語の先を予測するなんて、

 これが黒い原稿用紙の効果なのか。

 しかし、そんなことが可能なのか?」

考えてもわかることではない。

ともかくもその男子生徒は、今は学校に登校する準備をするしかできない。

「いずれにせよ、学校に行く時間だ。

 今日、学校の帰りにあの文房具屋に行って、

 あのお婆さんに聞いてみよう。」

そうしてその男子生徒は、慌ただしく家を出ていった。


 学校に行って、その日の授業をこなし、放課後。

その男子生徒は早速、黒い文房具屋に行くことにした。

学校から家までのいつもの道を外れて、黒い文房具屋がある場所へ。

しかし何故かそこに黒い文房具屋はなかった。

「あれ?あれぇ?あの文房具屋が無い。

 確かこの場所だったはずなのに。」

念のために周囲を確認するが、やはり黒い文房具屋の建物は見当たらない。

場所を間違えたのだろうか。

手がかりも無く、その男子生徒は家に帰るしかなかった。

家に帰ってやることと言えば、小説の執筆。

その男子生徒は今日も黒い原稿用紙に小説を書き綴った。

時間を忘れて執筆に没頭し、いつの間にか夕飯の時間。

夕飯を食べ、風呂に入り、また小説の続きを書く。

既に一回書いた内容も、新たに書き直す。

自分は主人公の探偵役で、犯人は担任の先生、

そういう内容になるように。

そうしてその日もその男子生徒は、眠る直前まで、

黒い原稿用紙に小説を書き続けていた。


 目が覚めるとその男子生徒は学校の教室にいた。

教室にはいつもの面々がいて、担任の先生が現れる。

どこかで見たことがある光景。

しかし今度は、その男子生徒は手に何も持ってはいなかった。

すると今度も教室の中ほどから悲鳴が聞こえる。

死体が発見され、犯人探し。

すると、またしてもその男子生徒は殺人犯とされ、

学校の屋上に追い詰められようとしていた。

以前と同じような展開だが、違う部分もある。

今度は学校の周囲の風景に山脈と赤い沼は無く、

いつもの町並みに近い風景が広がっていた。

「どうしてそんなことをしたんだ!」

周囲を取り囲む先生や警官に、その男子生徒が答える。

「あいつが、あいつが僕の原稿を盗んだんだ。

 だから、それを取り戻したまでだ。」

・・・おかしい。

やはり今度も、話の内容が食い違っている。

これはその男子生徒が書きたかった内容ではない。

その男子生徒が黒い原稿用紙に書いた内容では、

犯人は自分ではなく担任の先生で、

屋上に追い詰められるのは担任の先生のはずだった。

しかし今度も、追い詰められたのは自分。

書き直したはずなのに、何故?

そんなことを考えている間に、

その男子生徒は屋上の端に追い詰められて、足を踏み外したところで、

自室のベッドの上で目を覚ました。

あらかじめ夢だとわかっていても、やはり現実と見紛うほどで、

非日常の体験に全身は汗びっしょりだった。

「ふぅ。今回もやっぱり夢だったか。

 あの内容は途中までは僕が書いた小説のままだ。

 でも、やっぱり結末が違ってる。」

黒い原稿用紙に書いた内容を見返して、その男子生徒はまた納得する。

「そうか。途中まで書いたこの内容だと、まだ主人公が犯人とも取れるな。

 きっと黒い原稿用紙は、そう受け取って続きを作り直したんだ。

 あの文房具屋のお婆さんが言ってた、内容を自動的に再構成って、

 そういう意味だったんだ。

 簡単に結末だけ変えようとしても駄目ってことか。

 ようし。それだったら、次は誤解されないような書き方にしよう。」

そうしてその男子生徒は、それから毎日、黒い原稿用紙に物語を書き綴った。

学校を終えると真っ直ぐ家に帰り、黒い原稿用紙に向かう。

夜遅くまで執筆を続けて、ベッドの上へ。

すると次は夢の中で自分自身が書き綴った世界を体験する。

その男子生徒が意図した内容と、書き綴った文章の内容と、

その二つの間に齟齬そごがあれば、それが夢の中の世界で現れる。

いわば、黒い原稿用紙が読者あるいは編集者となって、

書いた物語を評価して教えてくれるということ。

そのことは、その男子生徒の創作意欲を大いに奮い立たせた。

自分が読んで楽しむだけの小説を読んでくれる人ができて、

その男子生徒は、ますます小説を書くことに熱中していった。


 その男子生徒が黒い原稿用紙に小説を書くようになってしばらく。

小説を書くという行為は、その男子生徒にとって意味が変わっていた。

何せ、黒い原稿用紙は、書いた内容を、

現実と見紛うような夢として体験させてくれる。

黒い原稿用紙に小説を書くことは、世界創造にも等しい。

そのことは、その男子生徒が小説を書く目的を変化させていった。

ある時、その男子生徒は、黒い原稿用紙に、

自分自身が学校の人気者となる小説を書いた。

するとその日の夜。

その男子生徒は、学校で人気ものになってチヤホヤされる、

まるで現実のような夢を見た。

次の日、その男子生徒は、

学校で一番の美女と言われる女子生徒と仲良くなる小説を書いた。

するとその日の夜。

その男子生徒は、学校で一番の美女と言われる女子生徒と恋人同士になる、

まるで現実のような夢を見た。

そうしてその男子生徒は、

夢の中で理想の世界を作り出すことに夢中になっていった。

そこにはもう、

読者に楽しんでもらうとか、

自分が書きたいものを書くとか、

そういった当初の志は無い。

ただひたすら享楽に耽るのみ。

もっと良い夢を見たい。もっと気持ち良くなりたい。

そんな世界を書き綴るには、その男子生徒には足りないものがあった。

「女子とデートする夢を見たいんだけど、

 そのために何を書いたら良いかなんて、僕にはわからないなぁ。

 できることならいっそ学校中の女子と仲良くなりたいんだけど。」

夢の中で世界創造ができるのなら、いっそ現実では実現不可能なことをしたい。

しかし、途中経過を正確に書けなければ、

黒い原稿用紙はその時点までに与えられた情報を元に、

理屈に基づいて世界を再構成してしまう。

つまり、黒い原稿用紙で見られる夢は、自分が書けるものだけ。

そのことがその男子生徒の行動の大きな制限となっていた。

しかし、その男子生徒は諦めない。

「・・・待てよ。

 黒い原稿用紙には、

 書かれた物語が、誰が考えた話なのか、

 そこまではわからないはずだ。

 何も僕が自分で小説の内容を考えなくても、

 他所から書き写しても良いんじゃないか?」

そんな邪な考えがその男子生徒をそそのかし、

その男子生徒の手を本棚へと伸ばさせた。

取り出したのは、お気に入りの本の一冊、

主人公の男が恋人の女と愛を交わす恋愛小説だった。

試しに、その中の一部を抜粋して、

主人公の名前を自分の名前に差し替えて、

黒い原稿用紙に書き写した。

するとその日の夜。

その男子生徒は、恋人の女と愛を交わす夢を見ることができたのだった。

自分では決して書くことのできない、

見たことも聞いたこともないような甘い愛の体験。

次の日の朝、その男子生徒はベッドの上で汗だくになって目を覚ました。

「・・・すごいぞ。

 やっぱり、この黒い原稿用紙は、誰が考えた物語なのかは見てないんだ。

 ただ書かれた内容に基づいた夢を見させてくれる。

 だったら、物語を自分で考えなくても、

 他人が書いた小説を書き写してしまえばいいんだ。

 一つに拘る必要だってない。

 一部でも全部でも、好きなシーンだけ繋ぎ合わせて、

 最高の体験を作ることができる。

 よし、そうとわかったら、早速準備だ。

 本棚から書き写す本をありったけ探そう。

 まずは恋愛小説が良いだろう。」

そうしてその男子生徒は、

他人が書いた小説を切り貼りして、黒い原稿用紙を騙し、

欲望の赴くままに夢を体験するようになっていった。


 よく晴れた学校の屋上。

その男子生徒は、恋人である女子生徒と二人っきりで、昼食を食べていた。

「はい、あーん。」

恋人である女子生徒が、手作りの弁当を食べさせてくれる。

それはここ最近、連続して体験している夢。

お気に入りの恋愛小説から抜き出して繋ぎ合わせた内容だった。

他所の小説から内容を書き写し、黒い原稿用紙を騙すようになってから、

その男子生徒は、自分で小説を書くことをすっかり辞めてしまっていた。

今はただ、お気に入りのシーンとシーンを繋ぎ合わせる文章を書くのみ。

他所の小説から内容を抜き出し、

登場人物を自分や学校の生徒たちに置き換えて、

黒い原稿用紙に書き写していくだけ。

騙されていることをしらない黒い原稿用紙は、

律儀にも望み通りの夢を見させてくれた。

明日はどんな夢を見よう。

ぼーっと空の雲を眺めながら、そんなことを考えていると、

何やら遠くに黒い雨雲の気配。

ふと、隣に座る恋人である女子生徒が言った。

「ねえ、わたしのこと、好き?」

「あ、ああ。好きだよ。愛してる。」

「じゃあ、どうしてわたしをこんな姿にしたの?」

何気なく言葉を交わすその男子生徒は、すぐ隣の様子にも気が付かない。

すぐそこ、隣に座る女子生徒の体が、メキメキと音を立てて変形していた。

女子生徒の体が膨らんで、その大きな影が差してきて初めて、

その男子生徒は隣に座る女子生徒の方を見た。

すると、そこには、恋人である女子生徒の顔。

顔だけは美しい女子生徒のまま、

血の涙を流し、体は歪に膨張し、

腕は大きな蟷螂かまきりの鎌腕、下半身は大きな蜘蛛の脚という、

おぞましい姿になっていたのだった。

「なっ、なんだ!?その体はどうしたんだ!?」

慌てふためくその男子生徒に、恋人である女子生徒は、

おぞましい姿で血の涙を流しながら答えた。

「わたし、知ってるの。

 この世界は、あなたが作った世界なんでしょう?

 だって、わたしには、あなたと一緒にいる記憶しか無いんだもの。

 あなたはこの世界の創造主。

 そんなことは関係なく、わたしはあなたのことが好きだった。

 でも、この世界のことわりは、それを許してはくれなかった。

 わたしの心を無視して、あなたを好きになるようにされた。

 何故?何故あなたは、わたしを信じてくれなかったの?」

恋人である女子生徒の、怨念の塊のような声。

それを聞いて、その男子生徒は気が付いた。

自分はこの夢の世界の創造主。

創造主ではあるが、登場人物ではない。

実は体に自由は無く、物語に従って行動させられているだけ。

登場人物である自分の目を通して、

この世界を見ているだけに過ぎない。

つまりこの体は、自分以外の自我によって動かされている。

そんな自分にも自我があるのだから、

この夢の世界では、他の人物にも自我があるのではないか。

それは現に事実だった。

学校で一番の美女と言われる女子生徒は、

少なくともこの夢の世界においては、

元々、その男子生徒のことが好きだった。

そういう自我を持っていた。

それなのに、その男子生徒はそれに気が付かず、

矛盾する内容の小説を続きとして書いてしまった。

その女子生徒の恋心に気が付かず、

偽物の恋心で上書きしようとした。

だから、この夢の世界の理が乱れてしまった。

乱れた理に従って、黒い原稿用紙は世界を再構成し、

恋人である女子生徒を醜い化け物の姿に変えてしまった。

そうして化け物の姿になった女子生徒は、今、

血の涙を流しながら、その男子生徒に襲いかかろうとした。

女子生徒が大きな鎌腕を振り上げる。

鋭い鎌腕の形の影に顔を覆われて、その男子生徒は必死に命乞いをした。

「や、止めてくれ!

 悪気はなかったんだ!

 僕は、君が僕を好きでいてくれたなんて、知らなかったんだ!

 僕には、このシーンのために書き写した小説を読んで、

 君が僕を好きでいるとは思わなかったんだ!

 内容を読んで、そう理解することができなかったんだ。」

書かれた文章から作者の意図を正確に理解することは難しい。

作者の意図を理解しないまま、物語の一部を抜き出して切り貼りした。

そのことが、この世界の理を歪めてしまった。

無知と浅慮が招いたことだが、決して悪意からではない。

それを理解したのか、女子生徒は鎌腕を下ろした。

しかし、その美しい姿を取り戻すことはなく、

化け物の全身は血の涙の雫となって、宙に溶けるようにして消えてしまった。

屋上はいつしか曇天。

その男子生徒は薄暗い夢の世界にただ一人残された。


 その男子生徒は意識を取り戻し、カッと目を見開いた。

そこはもちろん自室のベッドの上。

全身を汗でびっしょり濡らしていたが、どこにも怪我はしていない。

それも当然。あれは全て黒い原稿用紙が見せていた夢なのだから。

夢なのだが、しかし、あの世界は確実に存在した。

目が覚めたら消えてしまう、たった一晩だけのはかない存在。

そんな儚い世界でも、自我を持って生きている人がいた。

自分のことを大事に想ってくれる人がいた。

そんな人を苦しめてしまったのは、全て自分が原因。

謝ろうにも、もうその人はいない。

ではどうすればいい?

自分に何ができるかを考えて、その男子生徒はベッドから起き上がった。

汗だくで重い体を引きずって机の前へ。

そうして、その男子生徒は、

他所の物語を切り貼りした黒い原稿用紙を掴むと、

ビリビリに破いて捨ててしまったのだった。



 あれから、その男子生徒は、黒い原稿用紙に物語を書くのを一時止めた。

しかし、決して筆を折ってしまったわけではない。

他所の小説から内容を切り貼りするのを止めただけ。

その男子生徒は、今ではまた自分自身で小説を書くようになっていた。

夢の中のあの女子生徒を、自分自身の物語として書くために。

何度も書いては失敗し書いては失敗し、それでも書くことを止めなかった。

そうしている内に、いつの間にか黒い原稿用紙も使い切ってしまった。

あれからいくら探しても黒い文房具屋も見つからず、

もう黒い原稿用紙を手に入れることはできそうもない。

でも、それでも良いとその男子生徒は思う。

書かれた物語から世界を再構成して夢に見せる、黒い原稿用紙。

そんなものがなくとも、目の前には無限の世界が広がっているのだから。

今日もその男子生徒は、自分自身で書いた物語の中で女子生徒と再会する。

再会した二人は、無限の世界の中で、熱い抱擁を交わしていた。



終わり。


 もしも、文章から世界を作ることができたら。

それでもやはり、自分の思い通りの世界を作るのは難しいと思います。

何故なら、文章に込めようとした意図と、実際の文章から読み取れるものと、

それらを全く同じにするのは難しいからです。


ましてや、他人の作品を切り貼りして自分の作品を作るのは、

もっと難しいと言えます。

他人の作品を詳細に読み取り、作者の真意を正確に理解する。

それは自分で作品を書くよりも難しいことかもしれません。


作中の男子生徒もそう考えて、自分で書くことを再開しました。

自分で書く男子生徒の前には、無限の世界が広がっていることでしょう。


お読み頂きありがとうございました。


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