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29.闇の怖さを知る時(下)




何を馬鹿なと言われても仕方がない。

実際に班員は私の訴えに目を見張り、二の句が継げないようだった。


そんな彼に蟲の接近を告げ、通用門から赤兎本部の敷地を抜けた。



わたしだって、さすがにそれはないだろうって気持ちのほうが強い。

だって御社が襲撃に遭ったとき、刺された一樹さんを治したのは花歩さんで、それがあって彼女は眠りについてしまった。



予想が的中した場合、彼女は何のために——。



でも、まだそうだと決まったわけじゃない。湧き上がるやるせなさを心の奥底に押し込めた。


とにかく御社へと走る。すぐに建物が集まる地帯を通りすぎ、道の左右は畑に変わった。


蟲の追ってくる気配はない。

見通しのいい畑の小道では、目的地の御社が建つ小高い山がよく見えた。





息を切らせながらも山のふもとにたどり着いた。

閑散とした駐車場の、入り口から一番遠い場所に三台の車を見つけて胸を撫で下ろす。

間に合った。彼らはまだ中央霊山へ出発していない。


御社へと続く階段を上る。石の段差は高さが不揃いで、踏み締めるたび足に疲労が溜まった。

前回来た時と同じく、階段の途中で空気が変わる。穢れの中に入ったというのに、以前よりも気持ち悪さが軽減されていた。


安定期が終わり、天上の神の加護が戻ったのも理由のひとつだろうけど……。


息を整えるために立ち止まり、外套の上から胸元にかかる守玉を握った。


この石が、守ってくれているんだ。


守玉に勇気づけられ、階段を上りきった。

正面の門は中央と横の通用門の両方ともが閉まっていて、扉の向こう側にも人の気配はない。

小さな通用門は鍵がかかっておらず、全身の体重をかけて強く押せば扉が開いた。


どうせ怒られるのだからと自分に言い訳し、断りなく境内へと足を踏み入れる。


人がいなくて静まり返った境内は太陽の光が降り注ぎ、とても明るかった。


小石の敷き詰められた地面を奥へと歩く。


華殿のさらに先、御社の関係者が住まう建物の前に人影が見え、どくりと心臓が跳ねた。


慎重に、そちらへと近づく。


居住地より境内へ出てきたその人——一樹さんは、大きな鞄を片手に持っていた。

中央霊山へと出発するところなのか。しかし彼の周囲には、同行するはずの社勤めが見当たらない。


社務所の手前あたりで立ち止まっていると、一樹さんがわたしに気づいた。遠くからでもわかるほどに驚いた彼は、すぐに顔に微笑みを浮かべ、こちらへと足を進めた。



「すみません。勝手に入ってしまって」


「いえ、なにか御用でしょうか?」



大股で五歩ほどの距離を空けて、一樹さんが立ち止まる。持っていた鞄を足元に置いた。



「先ほど、赤兎本部が蟲の襲撃を受けました」


「……そうでしたか。ひょっとして怪我人が出たのですか?」


「いえ、今のところそういったことはありません。現在本部には十分な数の人員が詰めていますし、雪根さんも……」


「それはよかった。でしたらこちらも、安心して中央霊山へ向かえそうです。先の予定が変わってしまいますと、方々へご迷惑をお掛けすることになりますので」


「あのっ」



足元の鞄を持ち上げようとした一樹さんを慌てて止める。



「雪根さんは宮城さんの信頼も厚くて、赤兎の班員として立派に勤めておられます」



わたしが早口で告げれば、一樹さんはきょとんとして身体の動きを止めた。



「一樹さんは今でも、華闇から鳳の赤兎班へ移った雪根さんを、怒っておられるのでしょうか?」


「ああ、そんなことを心配されているのですか」



穏やかに、彼はなんてことないように言い放つ。



「華闇も赤兎も、日の元のために存在していることに変わりありません。彼が選んだ道ならば、わたしはどこへ行っても応援したいと思います」



頭から血の気が下がる。

確信した。



目の前にいるのは——。



無意識に足が一歩、後ろに下がった。

両手で外套の胸元を握りしめる。



「……わたしの知っている一樹さんだったら、そんな答えは返しません」



彼は赤兎班や個人の意思よりも、華闇という組織を最優先する人だった。


唇が震える。恐怖と憤りで、体がかっと熱くなった。



「あなたは……、一樹さんじゃないっ」



断言すると、涙腺が緩んだ。

唇を噛んだわたしに、彼は何を言い出すのかと言わんばかりに呆れ顔で首を振る。



「一体何をお疑いですか。わたしも死の縁を経験し、悔いのない生き方というものを改めて熟考した次第ですが……、これはあなたにとって受け入れ難い考えなのでしょうか?」


「御社が襲撃にあった、あの時——」



話題を切り替えると、男は不快そうに眉を寄せた。



「宮城さんは一樹さんの証言で、わたしが空木村の人たちに連れ去られたと知ったそうです」


「ええ。あの時は痛みで意識が朦朧としていましたが、彼らが空木村と言っていたのは耳に届きましたので」


「いつですか?」


「——? 何がでしょうか?」


「わたしはあの日、御社で彼らが『空木村』という言葉を発したところを、聞いていません」



空木村の男たちは、わたしのことを「愛里の娘」と呼んだ。それでわたしは誘拐犯の正体を、母の故郷である空木村の人たちだと推測したのだ。



では一樹さんは?


いきなり現れた男に刺され、御社に残された彼はどこで空木村の名を聞き、それを宮城さんに伝えたというのか。


一樹さんを刺した男が、同行者たちは空木村から来たと言っていた?


「愛里」という母の名前から、母の故郷である空木村を連想した?



だったらそう言えばいい。


わたしの記憶だって完璧じゃない。

襲撃者たちは確かに「空木村」と口にしていたはずと、この人が強く訴えれば、自信を持って否定できない。

あの時の情景は日を追うごとに細部が曖昧になっていってる。


揺さぶりをかけて相手の出方をうかがうのが精一杯だ。

それでも疑念があるこの人を、華闇の総本山へ行かせるわけにはいかない。


指摘に対し、彼からの返答はない。

代わりにわたしの正面に立つ男は、ふっと力なく息をこぼした。


口元を歪めて笑うその表情は、一樹さんの柔和な笑顔と遠くかけ離れたもので。

目の当たりにした瞬間、悪寒が全身を駆け巡った。


男を中心に空気が変わる。

腐った肉の臭いが辺りに立ち込め、顔が汚物に埋まったような不快感に襲われた。



警鐘が頭の中に響く。


逃げないと。


すべきことはわかっているのに足が動かず、急激な吐き気に襲われ腹を抱えた。

膝を曲げてしゃがみ込んでも、男から目が離せない。



「ほんっとうに、困った子だねえ……、朔ちゃんは」


「……あなたはっ!」



悠然と佇む男に、怒りをむき出しにして歯を食いしばる。


ぱきっ……。

胸元で守玉にひびが入る感覚があった。


頬を伝う涙を気にしていられない。

空気が肺に送られるごとに、体の内側が腐っていくような錯覚に見舞われる。


社務所の中で何かの動きを感じ取った。

視線だけをそちらに向けると、袴装束の男性が二人、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらへと歩いてくるのが見えた。

こんなに近くにいるのに、人の気配がしない。


彼らは、もう——。


二人の男がわたしの左右に陣取った。腕を掴まれ体を引き上げられる。

無理矢理立たされたところに、一樹さん——外つ国の神がゆっくりと近づく。


やがて外つ国の神は冷たい両手で、わたしの頬を包んだ。



「朔ちゃんてさあ、実は俺のこと好きでしょ」


「………………は?」



何を言い出すのだこの男は。



「だってそうでなきゃおかしいって。俺って何回も君のことを始末しようとしたのに、その度に凌いで、結局俺のとこに戻ってくる……」



玉乃江の倉庫で妖になると思ったのに、寸前で助かった。

赤兎本部に蟷螂を遣わしたときも、死なずに生き残った。

空木村の連中ををけしかけて皇都から遠ざけても、何事もなかったかのように帰ってきてるし。

従順になったと思ったら、すぐに裏切って……。

そんなに俺の気を引きたいの——?



「な……に?」



声が変わった。一樹さんは、こんな声音じゃない。



——違う。


変わったのは声じゃなくて、外つ国の神が意思を伝達する方法だ。


頬に触れる手から直接、わたしの頭の中に神の意思が響いてきてる。



「……っ! 放して!」



掴まれた両腕を振りほどこうと、なけなしの力でもがいた。


両側にいる男の拘束が緩むも、逃げるより先に外つ国の神がわたしの体を抱き寄せた。



「俺さあ、もう蚊の翅ぐらいの欠片しか残ってないんだよ? それなのによく見つけてくるよね」



耳元の囁きは、一樹さんの声だ。



「すごい執着。こんなのもう、愛されてるとしか思えないよ」


「……ふざけ、ないでっ」



気持ち悪い。

吐瀉物の海に全身を浸しているみたい。


吐き気がするのにえずけなくて、胸の中にぐるぐると不快感が蓄積される。限界が来たときどうなるか……、考えたくもない。


足に力が入らず崩れ落ちかけたわたしを、腰に手を回した外つ国の神が支えた。



「あーあ。もっと早く朔ちゃんの気持ちに気づきたかったな。そうしたら、俺もここまで削らずに済んで、君の想いにも応えてあげられたのに……」



拘束する手はそのままに、外つ国の神はもう片方の手でわたしの首を掴む。



「……っ、はっ……ぐ、ぅっ……」



喉が圧迫されて息苦しさに拍車がかかった。



——ごめんね。寂しかったね。



「……ち、が……う。…………?」



頭の中に響く言葉に、必死になって否定した。


否定、しているのに……、次第にそれがわたしの本心なのか、わからなくなっていく。


視覚では確認できない。だけど、首に触れている外つ国の神の手が、皮膚を溶かして体内にめり込んでいるような気がして、恐慌状態に陥った。


地面についた足。

支えられる体。

どこもかしこも感覚があやふやだ。


脳みそを鷲掴みにされてこねられているようで、視界がぐるぐると回った。


自分の意思じゃないものが、頭の中に入り込んでくる。これを「わたし」だと認識したら、わたしは消える。



いやだ! うけいれてはいけない……。



……わたしたら、もどれない。



ぐるぐる、ぐるぐる。


強制的に意識が混ざっていくなかで、どうにか自分を掻き集める。


根幹を引き剥がそうと一樹さんの手に指をかけたが、びくともしない。

自分の肌にでこぼこがあった。首の周りの血管が浮き上がっている。



「はっ、……あ……っ?」


「んー、なかなかに染まりが悪いね。やっぱり、光と闇はどこまでも相容れないってことかな? そろそろいけると思ったんだけどなぁ」



一樹さんの声に合わせて、自分の唇がぱくぱくと動いた。



あーあ……。



違う! この落胆はわたしの感情じゃない——!



「うわあ、すごい抵抗してくる」



そのとき、遠くの空気がぶれた。


いつもの気配を察知する感覚ではなく、御社を覆う穢れの中に何者かが立ち入ったのを、外つ国の神の知覚を通して知った。



「……次から次に……。君って俺の計画を潰すの、ほんとに好きだよね。地上の生き物ごときが、天上の神に何度も歯向かって。いい加減にしないと、天罰下しちゃうよ?」



言っている間にも、穢れの揺らぎは強くなった。

地上の生き物が、地面を踏み荒らしてやってくる。



「……——朔!」



呼び声に反応して、どろどろに溶けた記憶に光が灯る。大切な大切なそれを、どうにかすくい上げて胸の内で抱きしめた。



わたしは朔だ……と。



心の中で呟けば、目から涙が溢れた。



——泣くほど苦しいなら、さっさと手放せばいい。



自然と混ざってくる敵の意思に、いやいやと首を横に振る。


外つ国の神が腰を抱く手を緩める。彼は立つのもおぼつかないわたしの体をくるりと反転させた。


喉に添えられた手はそのままに、背中が一樹さんに当たる。


視界が開けたはずなのに、白く霞んで朧げにしか見えない。代わりに空気の揺れる感じが、沢山の人がここへ近づいていることを教えてくれた。



「——っ。貴様!!」



正面で誰かが怒ってる。

それがとても愉快で、……そうじゃない! 重ねるようにわたしがわたしを否定した。



「何をそんなに怒ってるの? こんなのもう痛み分けだと思わない?」



激怒する……雪根さん? を、誰かが抑える。

外つ国の神の声ははっきり聞こえるのに、他の音はノイズにしか聞こえない。



……ノイズって……?


——雑音のことだよ。



自問自答ですんなりと疑問が解決し、思考がさらに混乱した。



わたしの考えは、どれなの……?



「俺も、華闇の拠点に入り込むことは諦めて、この冬は一人寂しく過ごすことにするよ」



一樹さんの手に力が入り、首に感じる圧迫が強まった。



「そうだね……。チートが過ぎる子にはここで退場してもらって、春になったらまた隠れんぼから始めようか」



こっちだって散々な目にあったのだ。

わたしが消えるぐらいのダメージがないと、割に合わないでしょ?


ああやっぱり、非力な生物の不幸にあえぐ様は見ていてとても楽しいよ。



「——あははっ。ウサギさんもいないのに、どうやって俺を殺すって?」



うさぎ、さん……?



首を絞めてくる手に添えていた、自分の手がずり下がる。外套に触れた手のひらは、呼吸によって上下する胸と、暖かな熱を感じ取った。

外つ国の神の穢れと、元を辿れば同じ属性の……だけどどろどろしてなくて、歪んでもいない、真っ直ぐな温もり。


わたしの正面にいるのも、この温もりに近い人たちで……。

そんな人たちが、悩んで、悲しんで、くるしんでいる。



どうして? ……なんて、考えるまでもない。



自分を信じきれなかった。


彼らを頼りきれなかった。



この結果は、わたしの過ちの結果だ。



すがるように外套の上から祖母の朱色の守玉を握る。これはわたしの意思で、体を動かしているのはわたしの心だと信じて祈る。



もう、傷つけたくないの……。



「……かみさま」


「なあに? 朔ちゃん」



あなたじゃない。



「失礼だねえ。俺だって天より舞い降りた由緒正しい神様だよ?」



思考に入り込んで、祈りを遮ってくるそれに構う余裕はない。異物を無視し、守玉に集中した。



ねえ、——かみさま。


日の元の天上におわする。

明るくて、眩しくて、暖かい……、——神様。



「……日の元を、守りたいのです」



どうかわたしの願いを叶えて……。



「少しだけ、——時間をくださいっ」



外套の中、服の上で守玉が軋む。ぱきぱきと音を立て、次第にわたしを守る熱が消えていく。

厚い生地の上から感じていた、石の丸みがなくなった。


祖母の守玉は粉々に砕け散った。

同時に光の守護を失い、体内に穢れが流れ込んできた。



「あははっ、君のとこの神様はお手上げだって」



外つ国の神の笑いにつられて口の端が持ち上がった。



「ははっ、……あははっ……」


「…………朔」



懐かしい声の響きが、滑稽に思えておかしかった。


息を切らせながら笑っていると、周囲の穢れが重力に抑えつけられるようして地面に沈んだ。


まだ日が落ちるには早い時間。空は雲ひとつない快晴のはず。

しかし足元の影はみるみる薄くなり、地上の光が弱まる。


笑顔のまま、空を見上げた。


天に鎮座する太陽の端が欠けていた。

消失は止まらず、丸い光が徐々に姿を隠していく。



「……馬鹿な」



外つ国の神が焦りを見せた。



「天上が……、深淵に主権を明け渡しただと!?」



闇の訪れに愕然とする外つ国の神の腕を、両手で掴んだ。


何もおかしなことはない。


ここは日の元だ。

光と闇が、共存する国。


あなたが……光だけが支配する場所じゃない。


昼間の空は太陽を失い、強制的に夜が来た。



「お願い。……開いて!」



力を振り絞り、精一杯叫んだ。

応じて周囲の闇が一段と濃く、深いものに変わった。


真っ暗な中で、正面を見据える。


恐れおののく赤兎班の人たちの一番前で、呆然とこちらを見つめる雪根さんに笑いかけた。



「わたしのことは、忘れてください」


「……さく?」


「どうか、幸せになって」



わたしの中身は外つ国の神と混ざってしまった。


地上にいても、もう助からない。


ならばわたしが日の元のためにできることは、ひとつしかない。




この脅威を、終わらせよう。




夜よりも遥かに暗い、深淵の気配が強くなる。


足元にぽっかりと真っ黒な円が現れた。

先の見えない闇の入り口へと、掴んだ一樹さんもろとも倒れるように身を預ける。



「くっそ——!」



外つ国の神が一樹さんの手を尖った刃物に変えた。

思考が流れてくる。外つ国の神はわたしとの融合部分を切り離そうとしてるんだ。


刃が刺さる前に、引きずり落としてやる。

抱きつく手に力を込めたが、予想した衝撃は訪れなかった。


何が起こったのか、理解が及ばぬうちに神経が脳に痛みを伝える。痛覚を感じるも、わたしにとってはどこか他人事だった。


外つ国の神が驚いた理由はすぐに知れた。

鋭利に尖った手は、一樹さん自らの太ももを突き刺していた。



「うそだろ!?」



想定外の事態が続いて困惑に困惑が重なる。

いくら外つ国の神が焦ろうが、わたしのすべきことは変わらない。


動きが鈍った外つ国の神を、一樹さんとわたしで黒い穴に引き落とした。






      *







光のない深淵では、天上の神は存在そのものが許されない。

だからあなたは闇を恐れ、深淵を潰すために、母に闇泉を穢させたのでしょう?


あなたは闇だけの世界では生きていけない。


残った光も、いずれは黒に溶けてなくなる。



地上との境目にできた穴が閉じていく。


もう戻れない。落下の感覚がいつまでも続いた。





終わらせましょう。もう誰も傷つけさせない。









あなたとわたしで——、




共に闇の底へ堕ちようか。













      ◇  ◇  ◇






通り過ぎた海域の天候が荒れ始め、奥園礼司はくっと喉の奥で笑った。


貨物船の甲板を後方から前方へ。

来る者を拒む背後の暗い海とは違い、正面には明るい大海原が広がる。


奥園礼司に故郷への未練は微塵もなかった。

彼にあるのは未知の世界への期待だけだ。



風は穏やかでも、貨物船は絶えず揺れる。海上の波のうねりは昼も夜も変わらず起こった。

闇がねじ伏せられた外の世界であっても、太陽は変わらず日に一度は沈むようだ。

数々の発見に高揚して夜になっても眠れずにいた奥園礼司を、船員が呼びにきた。

なんでも大陸が見え始めたらしい。


彼は部屋を飛び出し、甲板へと階段を駆け上がった。



真っ暗な海。遥か遠く、水平線に白い光の線が見えた。

あれが大陸。自然と感嘆の息がこぼれた。


ようやく、長年の夢が叶う。


一日の疲れが吹き飛び、食い入るように光を見つめる。




それからどれだけの時間が経っただろう。


貨物船が大陸へと進むにつれ、見える光の量は膨大になっていった。海の向こうの燦々とした輝きに、奥園礼司は目を細めた。


ちかちかと、白い光が目の奥を刺激する。

一度両目をきつく瞑り、再び目を開いた。しかし結果は同じ。

大陸の光は、直視が難しいほどに眩しかった。


強すぎる光に煩わしさを覚える。それと同時に、貨物船の重低音がやたらと耳についた。


これまで全く意識していなかったが、気がついてしまうと絶え間なく聞こえてくる音は非常にうるさいものだ。


耳を塞いでも、足元から振動として音が体に入ってくる。



眩しい。うるさい。



——今は、夜だぞ?



奥園礼司はよろよろと甲板の後ろへと移動する。

求める静寂は嵐に遮られ、遥か彼方に行ってしまった。



音がうるさい。

振り返った先に増える光が眩しい。


船員たちの声がやかましい。



——しずかにさせないと、やすめない……。



欲しいのは安息。他はいらない。


光を排除し、取り戻さねば……。




男の理性は、そこで終わる。







その夜。


日の元の民は化け物だという通信を残し、大陸沖で一隻の貨物船が海に沈んだ。








      ◇  ◇  ◇







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