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28.闇の怖さを知る時(中)




どことなく気まずい空気のまま、三日がすぎた。


もやもやな感情は胸の内に溜まり続け、発散される兆しはない。しかしたとえわたしが立ち止まっていても、時間は誰しもに平等に進んでいく。


前日に通達があったとおり、今日は朝から、宮城さんたちが赤兎本部を留守にする。皇家主催の迎護の儀に立ち会うためだ。


この日が過ぎれば神の加護が日の元に戻る。

すでに日の出とともに日の元を囲う海の沖は荒れ始め、国は閉ざされかけているらしい。


奥園礼司は依然として発見されず、あの男が安定期中に外つ国へと渡ったのかは不明のままだった。


喜ばしい日のはずが、快晴にそぐわず気分は晴ない。

静かな平穏がなぜか不気味に思えて、宮城さんたちを見送るわたしはとても陰気臭い顔をしていたと思う。



「ほれ」



そんなわたしの首に宮城さんが細い紐を掛けた。

胸元に祖母が造った朱色の守玉が紐に通されて垂れ下がる。


何気なく守玉をすくうように持ち上げて、目を剥いた。

発光もしてないのに眩しく感じる、守玉の強烈な気配は——。



「——これっ」



ちょっと待ってと慌てて宮城さんを見上げる。


これは間違いなく、祖母の守玉だ。

夜の間は宮城さんに預けていたものだけど……。


明らかに、元々あったものよりも光の力が強まっている。こんなの、宮城さんが何かしたとしか思えない。



「上に力を重ねても壊れない、それを誂えたやつは大した作り手だ」



あっけらかんと笑う宮城さんにほとほと呆れる。

光は慣れないと言うのに、とんでもない加護を上乗せしてくれたものだ。



「行ってくる。いい子にして待ってろ」



わたしはそんなに不安そうな顔をしていたのか。

これが宮城さんの気遣いだと思うと、文句のひとつも出てこない。



「……ありがとうございます。その……、お気をつけて」


「ああ。できるだけ早く戻る」



見送り自体はあっさりしたもので、宮城さんは穂高さんと柊さんと車に乗り込み、赤兎本部を出発した。


主張の強い守玉の重みを首に感じながら、わたしは建物の中へと戻った。






儀式のために出動した車は二台のみ。

今回の宮城さんは儀式の立ち合いが仕事となる。要人の警護は赤兎班の管轄外とのこと。

迎護の儀の最中に有事があったとしても、現場には鳳の警護班も華闇の上層部も居るため戦力は申し分ない。


そのため多くの班員は赤兎本部に残り、待機や通常業務に勤しんだ。


ここ数日で日中の気温はぐんぐん下がった。

吹き付ける風に苦戦しながら中庭の落ち葉を掃き終え、厨房の裏口から建物に入る。風がないだけで屋内の空気がじんわりと暖かく感じた。


厨房でお湯を沸かしていた班員が淹れてくれたお茶をいただき、一息つく。

湯呑みに伝わるお茶の熱が、冷えた指先にじんわり染みた。


ほっとしたのも束の間。体を動かしていないと、余計なことを延々と考えてしまう。

自分の記憶に確たる自信が持てなくて、浮かんだ疑念はずっと疑念のまま。

おかしいと思うところは本人に直接確認するのが手っ取り早いのだろうけど、それを聞くのはとても失礼なことに思えて踏み出せないでいた。


わたしだけならまだしも、身勝手な行動で赤兎班と御社の間に軋轢が生じるのは避けたい。


臆病になって切り出せないでいるものの、制限時間が刻一刻と迫っているのも事実だった。わたしの想定しうる最悪が的中した場合、残された猶予はあまりにも少ない。


宮城さんに時間が空くのを待っていては間に合わない可能性すらある。



ならばわたしが個人的に、世間話程度で様子をうかがうのはどうだろう……?


せめて、彼らが華闇の総本山へ発つ日は知っておきたいし……。



厨房内をあっちからこっちへ、うろうろしながら思案しているときに、食堂の扉が開いて雪根さんが入ってきた。



「……お疲れ様です」


「お疲れ様。どうしたの?」


「…………いえ」



恥ずかしい動きを見られて言葉が続かない。

無意識に胸元の守玉を握りしめた。



「その……、一樹さんは、今日の儀式には参加されるのでしょうか?」



強引に話題を変えてしまったけど、雪根さんは首を傾げながらも応えてくれた。



「今回はさすがに不参加じゃないかな。御社のほうがそれどころじゃないし。一樹さんに話があるの?」


「はい。いらっしゃるようでしたら、確認したいことがあるので、御社に電話をしてみようかと」


「だったら事務室に行けば繋いでもらえるよ。あそことは頻繁にやり取りがあるからね」


「ありがとうございます。行ってみます」



雪根さんに深く追及される前に、そしてわたし自身の決意が鈍る前に——、


食堂を出て、事務室へと向かった。





御社の一樹さんに確認したいことがあると言うと、事務所に詰めていた班員がすぐに電話を繋いでくれた。


不在を疑うほど長い呼び出し音の後、受話器から男性の声が聞こえてきた。

相手が名前を名乗り、わたしもと口を開いてはっと気づく。


現在のわたしの家名は、何と名乗るのが正解なのだろう。


迷っていると電話越しに男性の訝しがる気配が伝わってきて、少し焦った。



「あの、わたくし、鳳の赤兎班にお世話になっている、朔と申します。お忙しいところすみませんが、一樹さんに取り次いでいただけませんか?」



早口で告げると、男性は「ああ……」と納得したように低い声を漏らす。



「一樹さんでしたら、ただいま忙しくされてまして……、電話には出られないかと」



突き放す口調から、わたしを良く思っていない彼の感情がありありと伝わってくる。

くじけそうになるのを堪え、言葉を探した。



「……そちらで何かありましたら、お手伝いに伺いましょうか?」


「いえ、そういうわけでは……。本日の午後、我々は中央霊山へと出発しますので、その準備に追われているだけで心配していただく必要はございません」


「そうでしたか」


「わたしも準備がございますので、この辺で失礼させていただきます」



丁寧ながらも有無を言わせない口調で言い切られ、こちらの返事を待たずに電話は切れた。


断続的に聞こえてくる電子音にため息をつき、受話器を本体に戻す。


事務所にいる人に、今日御社の人たちが中央霊山へ戻ることを知っていたかと聞くと、朝早くにあちらから連絡があったと返ってきた。

社勤めの体調を考慮して、予定を早めたそうだ。



わたしが御社へ行ったときも、一樹さんは安定期が終われば中央霊山へ戻ると言っていたけど……。



宮城さんが留守にしているころあいで?


変だと思うのは、わたしがあの御社を怪しんでいるから?



あそこの穢れは本当に酷くて、そこに居る人のことを考えたら少しでも早く撤退したほうが良いに決まっている。

この胸騒ぎは、ただの取り越し苦労なだけかもしれない。


そんなはずない。だけどもしかしたら……。

この漠然とした不安は誰かに相談すべきかと、迷いに迷った。






踏ん切りがつかないまま昼食を食べ終えた。

厨房で班員たちのお弁当を片付ける。容器を平たい木箱に重ねて、返却のために裏口へ置いた。


雲ひとつない快晴。迎護の儀は屋外で執り行われるが、この分だと天気が崩れる心配はなさそうだ。


空を見上げていた視線を少しだけ落とす。

建物に遮られて見えないけれど、この方向に御社の建つ小高い山がある。


一樹さんたちは夕方までには出発する。

皇都から総本山までの道のりは、中継地点で一泊して、翌日の日が暮れるまでに到着するのが通常の行程だそうだ。


今ならまだ間に合う。

叱責を覚悟で、御社へ連れて行ってもらおうか……。


宮城さんの不在時にわたしのわがままを通してもらえるだろうか。

建物に入らずに裏口の扉の前で悶々と悩んでいたその時——意識の先に不快な蠢きを感じた。


肩に力が入ったのは、寒さからじゃない。



「……なに?」



耳元に手をやり、集中して気配を探る。

蠢きは無数の翅のはばたきだ。

どろどろの気配が次第に強まっていく。それがこちらへ近づいているのは明白だった。


すぐに裏口を開けて中に入る。



「蟲が来ます! 御社の方角から、翅を使って、飛んでこちらへ近づいています!」



食堂で休憩していた班員に伝えると、彼らは即座に動いた。



「敵襲!!」


「西の方角より、蟲の飛来だ!」



建物全体が蜂の巣をつついたように慌ただしくなる。



「——この時期に蟲だと!?」



誰かが苛立ちげに吐き捨てた声に、その通りだと疑念が膨らむ。

冬になって気温が下がれば、外つ国の神の使役である蟲も動きが鈍くなると、椿さんが言っていた。


宮城さんたちが不在とはいえ、本部には多くの赤兎班の班員たちが詰めている。


戦力は大いにあるというのに、外つ国の神はどうして今、ここに蟲を寄越してきたの……?



疑問に対し、「足止め」という単語が真っ先に頭に浮かんだ。



——まさか。



「朔っ!」



食堂の扉が開かれると同時に叫ばれ、驚きに体がびくりと跳ねた。

勢いよく入室した雪根さんがそのまま駆け寄ってくる。



「こっちでも蟲を確認できた。もうすぐ(イナゴ)が来る。襲撃としての規模は大きくないけれど、念のため朔は部屋にいて。殲滅が確認できるまで、絶対に出てこないで」


「はいっ」


「急いで!」



言ってるそばから、屋外で班員と蟲が衝突する気配が伝わってきた。


わたしが三階の部屋に入ったのを見届け、雪根さんは階下へ降りていった。

蟲の気配をひしひしと感じる。蝗は正面玄関のほうに集中しているみたい。



どうする……。このまま脅威が過ぎ去るのを待つの? ……でも、それで手遅れになったら……。



——最悪、母が殺される。



杞憂だと思いたいのに、その惨劇はあまりにも鮮明に想像できてしまった。



迷ってる場合じゃない。


恨みを買おうが、信用をなくそうが、それぐらいならわたしひとりで背負える。


嫌われるのは怖いけど……、予感が的中するほうがもっと怖い。



誰の責任でもない。


わたしが、自分で確かめないと。



守玉を握りしめ、覚悟を決めた。


携帯電話を手に取り、外套に袖を通す。

部屋をあとにして一階へと階段を駆け降りた。


蟲の殲滅に追われる班員とすれ違い、食堂に入る。奥の厨房を通って裏口を開いた。



「——どこに行くんだ!?」



外に蟲はいなかったけど、裏側の警戒に当たっていた班員に止められた。



「御社に行きます」


「今か!?」


「今です。もう時間がないんですっ!」



御社は徒歩で行ける距離にある。いつ終わるかわからない蟲の殲滅を待っていられなかった。


裏の通用門へと走り出そうとしたわたしを、班員の男性が手を掴んで制した。



「待て! だったらせめて、明将か雪根を連れて行くんだ」


「……っ、だめです」



明将さんはここで花歩さんを守らなきゃいけない。それに……。



「……こんなこと、雪根さんに言えません」



言葉では何と言おうと、雪根さんはあの人をとても慕っていて。安易に疑っていい人じゃないのはわたしも十分に承知していた。


甘えちゃいけないって、決意したばかりだ。


この不安は、確証もなしに打ち明けるわけにはいかない。


泣き出したわたしに、男性はぎょっとしてうろたえた。



「御社に行って、おかしいと思うところを確かめてくるだけです。……何もなければ、すぐに戻ります。……でも、もし……」



電話で伝えようとしたことを、彼に話す。



「もしも、わたしが夕方までに戻らなければ……」



最悪が起こった時はあとを託す必要がある。

情報の伝達は間に合わせなければいけない。



——でないと、あの男は口封じのため、真っ先に母を狙うだろう。



「わたしが、戻らなければ……」



言ってしまったら、本当になってしまう気がして声が震えた。


だけど透明で巨大な蝗が一匹、隊列を乱し裏へ回ってくるのを感じ、意を決して口を開く。


ぐずぐずしている暇はない。





「わたしが戻らなかったら、外つ国の神は一樹さんに成り代わっていると、疑ってください」








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