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25.内に潜む(中)





「奥園礼司と外つ国の神はそれぞれに動いていると、宮城さんたちは考えてるんですか?」



雪根さんの質問に穂高さんが答える。



「行動を共にしている可能性は薄いだろうね。奥園礼司の目的は外つ国の神の加護を得て、大陸へ渡ることだろうから」



言いながら彼は手にしていた書類を執務机の端に置いた。



「奥園礼司は本家に婿入りする前から、何度も外つ国への視察を希望していた。申請のたびに棄却されていたけど、理由はまあ、お察しの通りだよ」



どんなに海の向こうへの憧れが強くても、日の元の民には国外へ出られない事情がある。

奥園家の分家の出自であったとしても、奥園礼司は妖の血が濃すぎたのだ。



「おそらく今回の安定期中に、奥園礼司は外つ国への渡航を決行するだろうね。これだけ周囲を挑発しておいて、次の安定期まで潜伏を選ぶとはさすがに思えない。そうなると、今後も日の元に留まるであろう外つ国の神とは別行動をとっていると考えてまず間違いない」


「朔が戻ったからにはもう一度、奴に縁ゆかりのある場所で手がかりを探すことになる。何かしらは出てくるだろ」


「……あまり期待されましても」



早くも不安を抱くわたしに「お前で無理なら諦めて持久戦に挑むだけだ」と、宮城さんは励ましにもならない言葉をくれた。





その後、執務室ではわたしの身の振り方を簡単に話した。


分家の総意で、母と奥園礼司は奥園家から除籍される運びになるらしい。そうなるとわたしも奥園朔として学校へは通えない。


皇立院を卒業するなら、宮城さんが後ろ盾になると申し出てくれた。

また穂高さんは「これは予想だけど」と前置いて、そのうち奥園の分家はわたしに養子入りしないかと持ちかけてくるだろうと言った。


母のいない奥園家に、わたしがいる意味はない。

もしも養子の申し出が来てもわたしまで通さず断ってほしいと、穂高さんにはお願いしておいた。


今は学校よりも優先させたいことがある。

現状では授業に集中できないだろうし、出席日数が足りなくて留年や退学になっても悔いはなかった。


まずは赤兎班でわたしに出来ることをやりとげる。今後のことはそれから考えよう。






本来、日の元に侵入した外つ国の神は「潜む」という行為をしないそうだ。

外つ国の神は人とかけ離れた価値観を持つ。神が人に合わせ、人の社会に紛れ込んだ事例はこれまで確認されていなかった。


敵の発見が普段は容易だっただけに、今回のように違和感なく人に化けてくる神は非常に厄介だと、宮城さんがぼやいていた。


加えて現在は安定期の真っ只中である。

この時期は日の元の神の影響が薄まり、加護を受ける者と招かざる者の境目が曖昧になる。

より一層、外つ国の神の探索が困難な環境が出来上がってしまっていた。


かつて須藤雷也に成りすました神は、全てを把握して、日の元が安定期になった途端に動いた。

混乱に乗じて身を隠し、安全な場所に潜伏したまま冬を越そうとしているのだろうか。


皇家の御殿、鳳の総本部、そして御社——。

大規模な蟲の襲撃以降、再三にわたり奥園礼司の人脈はくまなく調べられた。


奥園家の名義だけでなく、知り合いの伝手で使用できる土地や建物にも鳳の手が入ったという。


わたしが調査するのは、一度は異常なしと判断された場所となる。

何も出てこなくて当たり前。注意深く探ってほしいのは当然だが、そこまで期待は寄せていないとあらかじめ宮城さんに言われた。


これは気休めなのか、はたまたなけなしの優しさなのか。

あの方の本心は相変わらず読めない。





調査には明将さんと雪根さんと、手の空いた赤兎班の数人が同行してくれた。


一番最初に向かったのは、奥園礼司が逃走する直前まで住んでいた奥園邸だ。

皇都の中心部よりやや離れた位置にあるそこには、背の高い垣根で区切られた広い土地に、歴史を感じる屋敷が建っていた。


およそ二年前。母と奥園礼司の婚姻を知らされた矢先、家族の顔合わせでわたしは一度ここに来たことがあった。

当時は食事をしただけで広い屋敷を見て回ることはなかったが、これといって嫌な感覚はなかったと記憶している。ただ新しい家族に緊張していて、それどころじゃなかっただけかもしれないけど。


奥園邸の捜索には、樋渡さんの父親が立ち会った。

厳格な雰囲気をまとう彼には挨拶を交わした時に、須藤雷也の件でお礼を言われた。

彼は赤兎班の仕事を妨げるようなまねはせず、わたしとの会話はそれだけにとどまった。



屋敷は奥園礼司に関わる証拠品が既に押収済みで、物が少なかった。奥園礼司が書斎として使っていた部屋は本棚の書物がごっそりなくなっていた。


室内に特に異常はなく、一通り部屋に目を通したあとは庭を一周歩いてみる。

ふと垣根を挟んだ隣の敷地に立つ平屋が気になった。



「あちらは?」


「使用人の住居だが……」



樋渡さんの父親が言葉を濁す。

言いにくい部分を察し、わかりましたと頷いた。


御社が襲われたあの日、奥園邸に勤めていた者はひとりを除いて、全員が蟲の餌にされた。

事前情報で聞いていた、あそこがその現場なのだろう。


ことわりを入れて隣へと足を進める。

平屋は近づくほどに異様な気配が漂っていた。

覚悟したほうがいいと、警告を聞いてから建物内に踏み込んだ。


屋内は天井から壁、家具といったあちこちに引っ掻き傷があり、玄関と廊下、居間にかけて拭いぬぐいきれなかった血の跡が残る。

凄惨な過去の残痕にうっと息が詰まった。



「無理すんな」


「大丈夫? 一度出ようか」



明将さんと雪根さんに心配されるも、その場に踏みとどまる。



「平気です。……蟲の気配はないので、行かせてください」



ここで引いたらわたしが来た意味がなくなる。

土足のまま玄関を上がり、ひとつひとつ部屋を確かめた。




結局そこでは、奥園礼司や外つ国の神の居場所に繋がる手がかりは見つからなかった。


一晩休息を取り、次いで向かったのはかつてわたしも暮らしていた、奥園家の別邸だ。縦積み式の集合住宅の最上階に、まさかこんな形で戻る日が来るとは思いもしなかった。


奥園礼司を含め、ここ数ヶ月は誰も住んでいなかったらしく、そこは生活感のないがらんとした空間が広がるばかりだった。


それぞれの部屋を見て回ったが、かつての住人の私物はなくなっていて、寝台や書物机といった大きな家具しか残されていなかった。

そこでも目ぼしいものは見つからず、早々にその場を後にした。






それから三日後。

時間を強引に作ったらしい宮城さんと穂高さんが探索に加わった。

穂高さんと行動を共にすることが多い柊さんは、所用で別の班員と華闇の総本山へ向かったとのこと。



「安定期後の赤兎班と華闇の連携の確認のためだよ。それと、朔ちゃんのお母さんを御社から逃がしたのが誰なのか、本人に聞けたら手っ取り早いからね。体調のこともあるから、これに関してはだめもとだけど」



現場へと走る車の中で穂高さんはそう告げた。



「母は、自分で逃げ出したわけではないのですか?」


「華闇の牢を自力で壊せたとは思えない。敵との接触があったと考えてまず間違いないよ。空木村で再会した彼女は、妖に変わる寸前だったんだよね?」


「……はい」


「不安定な状態だったなら、なおさら誰かに煽られでもしない限り、自分から御社の敷地を出ようとは本能的に望めないんじゃないかな」



光と闇の均衡が崩れた母を、何者かが牢から放った。

それは外つ国の神か、もしくは奥園礼司の手の者かもしれない。

どちらにせよ敵に繋がる有力な情報だ。


問題があるとすれば、母の調子があまり良くないところだろう。意識の混濁は依然として回復せず、記憶が錯乱して正気とは言えない状態が続いているらしい。


証言はあまり期待できないというから、相当ひどいのかもしれない。



「わたしが華闇の総本山へ行って、母に会うことは可能でしょうか?」



体調が思わしくないとはいえ、母は罪人として収監された身だ。身内といえど容易に面会できるとは到底思えない。


わたしの問いに隣に座る宮城さんは、いつもの人の悪い笑みを浮かべた。



「働き次第で口利きしてやる」


「……そうですか」



なんとなく、この回答は予想ができた。





穂高さんの運転する車に宮城さんと乗り込むのはとても緊張した。

先行する雪根さんと明将さんの乗る車が恋しくて仕方がなかったが、移動中に連絡事項を伝えると言われたら従わざるを得ない。


車は皇都の市街地を抜け海沿いの道を走る。

やがて前方を海に、後方を山に挟まれた場所に、赤い煉瓦造りの倉庫群が見えてきた。


ほどなくして奥園礼司の実家が経営していた、玉乃江物流倉庫に到着する。


わたしだけでなく、赤兎班にとっても因縁深い場所だ。ここで夏に、篤志さんが亡くなった。

雑草の生い茂る倉庫の周囲には、前回来た時と違って蟲の気配は感じない。



「倉庫に関しては頻繁に鳳の黒墨班が見回りしていて、これまで異常は報告されていない。奥園礼司が行方をくらませた時も真っ先に調べられたけど、結果は空振りだった」



穂高さんの説明を受け、手前の事務所兼倉庫から順に立ち入る。

屋内も、外の倉庫周りも。微かに蟲の気配の残る箇所が部分的にあったものの、有力な情報は得られなかった。



「まあ、こんなものだろ」



そう言う宮城さんに期待外れだと落胆する様子はない。

わたしの存在を知る外つ国の神が、安易に痕跡を残して消えるとは考えていないようだ。


どちらかというとわたしに任されているのは「何もない」と確信が持てる場所を増やしていく作業といったほうが正しいのだろう。





次の調査地へは、雪根さんの運転する車に乗せてもらった。



「期待がないなら報告待ちでよかったのでは……」



宮城さんも穂高さんも忙しいはずだ。

見つかる保証のない探し物に付き合うよりも、すべきことはたくさんあるだろうに。



「息抜きも兼ねてるんじゃないかな。宮城さんたち安定期に入る一ヶ月くらい前から休みなしだったから」


「それですと、なおさらお休みになったほうがいい気がするのですが」


「心配されてんだ。好意として受けとっておけ」



雪根さんと明将さんに宥められ、わたしの意見は少数派かと肩を落とす。すると雪根さんが後方確認用の鏡をちらりと見上げて苦笑した。



「本音を言えば、あの人たちはいないほうが緊張しないし、のびのびできるんだけどね。そんなこと宮城さんたちに言えるわけないから」



珍しい。雪根さんが遠慮するだけで感動してしまうあたり、わたしもかなり感覚が麻痺しているようだ。



「当たり前だ。口が裂けても言うんじゃねえぞ」



もっともらしい注意をしながらも、明将さんは「いないほうが緊張しない」という一点は否定しなかった。





車は玉乃江物流倉庫から皇都の中心地に背を向け海沿いを走る。途中で山側に道がそれて峠を越えた。

緩やかな弧を描く下り坂を降りていくと、海に面した町が見えてきた。


それから間もなく、町の中でも海から最も遠い場所に建つ一軒家に到着した。

瓦屋根の四角い平屋は後ろが雑木林になっていて、その先は山へと続いている。門扉の表札に「玉乃江」と記されたそこは、現在は無人となった奥園礼司の実家である。



車を降りて待っていると、後続の穂高さんと宮城さんも到着した。穂高さんが預かってきた鍵で門扉を開ける。


家から少し離れた位置に停車中の車に、宮城さんが手を上げた。すると中にいた人が車の窓越しに慌てて頭を下げてきた。


そうか。鳳の人が張り込んでいるんだ。


両開きの柵の扉が開き、敷地内へと足を踏み込む。——風が消えて、空気が変わった。


この家は旧姓、玉乃江礼司の両親が病死して以降、長年人は住んでいないとされている……のだけど……。



「ここは誰かが調べたのでしょうか?」



穂高さんに聞けば、思い出すそぶりもなくすぐに答えが返ってきた。



「一度は中を隅々まで見たはずだよ。直近で人が立ち入った痕跡はなかったとする報告書があがっている」


「……奥の林もですか?」


「——奥? 潜伏できそうな建物はなかったはずだけど、気になるなら後で行こうか」


「そうですね。ひとまず家の中を調べたいですが……」



言葉を止めて、立ち止まる。

前を歩いていた宮城さんが振り返ってにやりと笑った。



「当たりか?」


「……わかりません。ただ、あまり良い感じはしません。人が住まなくなった家とは、こういう空気になるのでしょうか」


「確かに、人の住まない家は朽ちやすいとは言うけどな」



わたしの隣で明将さんが苔むした屋根を見上げながら呟く。



「屋内含め、わかる範囲にわたしたち以外の人や蟲の気配はありませんので、ただの気にしすぎかもしれませんが……」


「無理しちゃだめだよ。何もなかったとしても、注意するに越したことはないんだから」



雪根さんに後押しされ、躊躇していた本音を吐き出す。



「……すみません。ここ、なんだか不気味で、怖いです」



危険を承知で捜索に当たっているのだから、弱音を言っても帰るわけにはいかない。

宮城さんたちが同行してくれているのも、もしもが起こった時のためなのだから。


穂高さんが玄関扉の鍵を開ける。

立て付けの悪くなった引き戸を開けて、わたしたちは家の中に入った。



屋内の空気は外と同じくらいに澱んでいた。だけど予想していたカビ臭さはない。

当然のように土足で玄関を上がる宮城さんと穂高さんにならい、わたしも板間の廊下を靴で踏んだ。


一箇所ずつ、中の様子を見て回る。

台所や浴室のある左側を確認し、廊下の手前から順に部屋をひとつずつ開けていった。


最奥の扉を穂高さんが開く。

そこは他の部屋とは雰囲気が違った。


床は一面に絨毯が敷かれ、日の元では見ない意匠の机と揃いの寝台が置かれている。

窓にかかる日避け布は、見たことのない植物の柄だった。

婚前の、奥園礼司の私室だ。


毛足の長い絨毯を靴で踏む慣れない感覚に戸惑いながら部屋へ入る。嫌な気配が濃くなった。

閉ざされていた部屋でそこまで禍々しさを感じないのは、わたしの側に宮城さんがいるからだ。


それでも正体不明の恐怖感が常に付き纏ってくる。

不快感を伴う恐怖の元凶を探して寝台の敷布団をめくるが、埃が立つだけで何もない。



「……なんだろう」



近いのに、霞をつかむように詳細な位置が把握できない。

身を屈めて寝台の下を覗くも目で見える場所に異常はなかった。



「——下か」



宮城さんがぽつりと呟いた。



「東郷、雪根、これをそっちにどけろ」



指示された通りに明将さんと雪根さんは寝台を移動させた。

宮城さんが寝台の下の絨毯を剥がすと、板間に不自然な四角い切り込みがあった。切った板を剥がし、もう一度嵌め込んだような形跡だ。

四角い板は角に穴が空けられ、指を差し込み床から取り外せるようになっていた。



「宮城さん」


「下がってろ」



穂高さんが代わろうとするも、構わず宮城さんは四角く切られた板を外した。

木板の下には木箱が埋め込まれてあり、それを開けると中には真っ黒な装丁の本が入っていた。



「——っ!」


「朔っ」



胃が迫り上がる。気持ち悪さに後ろへとよろめいた体を雪根さんが支えてくれた。


宮城さんが木箱に入った本をぱらぱらとめくる。



「そちらは」


「お前らは見るな。下手すれば魅入られるぞ」



ぱたりと本が閉じられる。



「大陸の書物だ。何が書かれているかまでは不明だが、奴が一般書をここまでして隠すとは考えにくい」



宮城さんの視線が書物からわたしへと移った。



「その様子からして、読めないほうが正解のものだろうな」



宮城さんが書物を木箱に戻し、箱ごと床から抜き取る。彼はそれを、決して部下に預けようとはしなかった。


その後も残った部屋を回ったが、特におかしな点は見つからなかった。

屋内の空気を変えていた原因は、宮城さんが抱える木箱の中で間違いない。


本からは外つ国の神に似た気配はするものの、はっきりそうだと断定できない。

なんというか、様々な薄い気配がぐちゃぐちゃに入り混じって、書物自体が闇鍋状態になっているのだ。


建物の外に出て深く息を吐き出した。

深呼吸をして気分を落ち着けたいのに、肺に入った空気はどことなく不快だった。



「……宮城さん」


「どうした?」


「少しだけ、その箱に触れてもいいですか?」


「……? 構わないが」



差し出された四角い箱に、自分で言っておきながら身がすくむ。



「あのっ、絶対に離さないでくださいね」


「お前は俺をなんだと思ってんだ。落とさねえから早くしろ」



恐々と木箱に指をつけ、直に触れて確信した。

やっぱり、指先から伝わるぐちゃぐちゃと、外に感じるどろどろは別の気配だ。



そしてこのどろどろを、わたしはよく知っている。



「外でしている嫌な気配は、これじゃないです。……もっと、あの男に近い……」



わたしの発言に、彼らの顔つきが変わった。







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