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24.内に潜む(上)




必ず見つけ出す。








華闇が占拠した照土家本邸の縁側に座り、何をするでもなく時間を過ごす。わたしの右と左では、雪根さんと啓斗さんがそれぞれ横になって眠っていた。


二人とも御社の襲撃事件に居合わせて以降……、もしくはそれより前からずっとまともに休めていない。


外つ国の神はいまだに皇都のどこかに潜んでいて、あれを消し去るまでは全ての解決に至らない。

彼らも皇都へ戻れば再び張り詰めた日々に身を投じることになる。


せめて今だけは穏やかな休息を取って欲しい。



華闇の人が気を利かせて持ってきてくれた毛布を二人にかけ、のんびりと庭を眺める。

ここはかつて母が過ごした屋敷。そう聞いたところで、特に感動はなかった。


恵理は昨晩の火事以降、姿を見ていない。

息子共々気配すら感じないので、おそらく別の場所で華闇の取り調べを受けているのだろう。

今朝方に見た恵理の夫も、別邸の裏から戻った時には居なくなっていた。


憤りをぶつける対象はもう近くにいない。

わたしを……というよりも、深淵のみんなを慮っての華闇の配慮だろう。


虎の威を借りただけで、わたしが偉いわけじゃない。そうだとしても、みんなの存在はありがたかった。





玄関口より顔を出した椿さんが、こちらへと足を進めてきた。

立ちあがろうとしたら、彼女は片手を上げて「そのままで構いません」と小声で告げた。


わたしに軽く会釈をして、雪根さんを見下ろす。彼女の表情には美しさの中に冷淡さが滲んでいた。

深く聞くのは憚られるが、雪根さんと一樹さんの間柄同様、彼は椿さんとの因縁も相当深そうだ。



「護り人が護衛対象に見張りをさせるとは、のんきなものですね」



やれやれと言わんばかりに椿さんがわざとらしくため息をつく。そしてわたしへと顔を向け、見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべた。



「先ほど、これと少し話しました」



……これ、と。彼女は視線だけで雪根さんを示した。



「お嬢さんの今後のことですが、よろしければ華闇の総本山……中央霊山へ、わたくしどもと参りませんか?」



突然の提案に思考が追いつかず、ただ呆然と椿さんを見上げる。



「もちろん強制するつもりはありません。これはあくまでも提案です。そういう道もあるのだと、選択肢のひとつとしてお聞きください」



そう前置いて、椿さんは話し出した。



御社が穢されたあの日、皇都では帝のおわする御殿が蟲の襲撃を受けた。そして立て続けに、鳳の本部も。


混乱に乗じて奥園礼司——義父は姿をくらませた。

有力な情報を持つ者が消えてしまったせいで、外つ国の神の行方は依然として知れない。


今回外つ国より渡来した神は、前例にないほど人の社会を理解し、ヒトを弄ぶことに長けている。

それゆえ身を隠すのがとても上手い。


赤兎班に身を置くのは確かに安全だが、彼らがわたしを守り切れる保証はない。

そろそろ打ち止めかと予想はされているが、外つ国の神の使役物——蟲にしても正確な手数は不明なままだ。


潜伏先の割り出しが難しければ長期戦になる。

そうなれば再び隙を突かれ、わたしに危険が及ぶ可能性は否めない。


外つ国の神がどこに潜んでいるかわからない現状、皇都にいるよりも華闇の本拠地、中央霊山に身を寄せたほうが遥かに安全だ——と。



「外つ国の神が身を隠したのは、おそらく安定期が過ぎれば冬が訪れるからでしょう。冬は蟲の動きが鈍りますから」


「身を隠したというのなら、見つけ出すのにわたしは役に立ちませんか?」



わたしの質問は想定内だったのだろう。

椿さんは苦笑混じりに雪根さんを一瞥してから大きく頷いた。



「ええもちろん。現在の日の元において、あなたほど敵の探査に優れた力を持つ者はいないでしょう。しかしそれは同時に、外つ国の神があなたを危険視して、始末しようと動く理由にもなります」


「……狙われる危険があるから、わたしは中央霊山に身を隠せ、ということですか?」


「そういうことです。報告によれば外つ国の神は随分と人の心で遊ぶのがお好きなようですが、遊ばれているうちはまだましです。知能を持ち、人の社会を知る神が、本気であなたを始末しようと動いたとき、どうなるのか誰にも予測ができません」



一樹さんを刃物で刺した外つ国の神を思い出す。

人の身を乗っ取ったあの男はわたしに向かい「もう会うことはない」と言った。


かの神はわたしが空木村から死ぬまで出られないとでも思ったのか。



「お誘いは嬉しいですが、わたしは皇都へ帰ります。……どうか、母をよろしくお願いします」



中央霊山が安全だというなら、そこにいる限り外つ国の神や義父の手は母に及ばない。



「わたしが皇都へ戻ることが外つ国の神にとって想定外だというなら、なおさら戻ってやります。あちらの計画通りにことを進めさせたくありません」



あちらが二度と会わないと言うのなら、今度はわたしから会いに行く。

狙いたければ狙えばいい。そこからあなたへと繋がる糸口が見つかるなら、喜んで標的になろう。



もうこれ以上、あなたの好きにはさせない。



椿さんはわたしがそう言うのを予想していたみたい。

こちらの答えが華闇にとって都合がいいのか悪いのか、判断に迷う微笑を浮かべ、彼女は小さく頭を下げた。


「承知いたしました。華闇は、いつでもお嬢さんの来訪を歓迎しますので、気が変わりましたら鳳・赤兎班の柊にお申し付けください」


「柊さんですか?」


「はい。華闇と赤兎班の取次ぎは彼が担っております。ですので……」



柔和な表情を一変させて、彼女は冷たい眼差しを雪根さんに向けた。



「我々の精神衛生が脅かされますので、くれぐれもこれを経由するようなことだけはなさりませんように、どうかお願いいたします」



どうも二人には相性の問題では済まされない禍根がありそうだ。

見たところ椿さんが雪根さんを嫌っているという、一方的な構図のようだけど……。ここまでくると二人に何があったのかちょっと気になる。


ひとまず華闇にいたころの雪根さんは、今の雪根さんとそう変わらなかったんだろうなってことはよくわかった。


椿さんは少し恥ずかしそうに咳払いをして気を取り直す。



「……失礼。これが関わると、中央霊山の風紀が乱れるのです。かつてこの男の不真面目に触発されて、何人の修練者が懲罰を受ける羽目になったことか」


「他人の怠惰を俺のせいにしないでよ」



横向けに寝ていた雪根さんが寝返りを打って仰向けになった。



「おはよう、朔」


「おはようございます。すみません、起こしてしまいましたね」



場所を変えるべきだったと、今になって後悔する。

疲れて寝ている人の側で長話なんて、気遣いがまるでなってない。



「全然。近くにいてくれたほうが安心するし、朔の声は聞いてて心地良いからなんともないよ」



そう言って反動をつけて上半身を起こし、雪根さんは両手を上に突き上げて伸びをした。



「では、こちらは仕事に戻ります。お嬢さん、くれぐれも皇都では気をつけて。いざとなればそれを盾にお使いなさい。必ず、またお会いしましょうね」



椿さんは慈愛のこもった笑みをわたしに向け、雪根さんには目もくれず、作業中の部下たちの元へ行ってしまった。


盾に、という言葉が衝撃すぎて、ちゃんとした挨拶が言えなかった。


そうか。わたしが皇都へ戻ったら、わたしの近くにいる人が危険に晒される可能性があるんだ。



かつて穂高さんに言われたことを思い出す。


探査の力は便利で、貴重。

だから護衛を犠牲にしてでも生き残ったほうが、後々多くの人を救う結果に繋がる。


たとえそうだったとしても、やっぱりわたしは、大切な人を盾になんて……。



「言われなくても盾にぐらいなるよ」



真顔で雪根さんがそんなことを言うものだから、ますます怖くなった。

命と引き換えに守られたって嬉しくない。


皇都へ戻るにしても、赤兎班の人たちに迷惑をかける行動は慎もう。万全な準備もないのに胸騒ぎだけで勝手に動いて、今回のような騒動に発展するなんてのはもってのほかだ。



「ご自分を大切にしてくださいね」



どの口が言ってるんだと。伝えておきながら罪悪感に胸が苦しくなった。

こんなの、ただの自己満足でしかない。



「もちろん。俺は無茶なんてしないよ。だから朔も、危ないことはもうやめて」



母の噛み跡が残る首元に雪根さんは視線を落とす。



「それ、止めるべきか、本当はすごく悩んだ」



それはなんとなくわかっていた。

母がわたしの首を噛み千切ろうと全力で力を込めたら、この人は母の首を落としていただろう。


たとえ一生わだかまりが残ったとしても、わたしを助けた。

それでも、とてつもない葛藤があっても、雪根さんは最後まで母をわたしに任せてくれた。悪あがきに、付き合ってくれた。



「ありがとうございます。……でも、雪根さんや啓斗さん、明将さんも花歩さんも……、赤兎班の人たちのためになら、あの程度のこといくらでもやってみせます。……わたしも皆さんを、守りたいです」


「……赤兎班は、もう怖くない?」



不安そうな問いかけに、わたしは迷うことなく頷く。



「はい。雪根さんたちのおかげです」



わたしが赤兎班を大切に思えるのは、彼らがいてくれたからだ。

思いのままに告げると、捨てられた子犬のような表情から一転、雪根さんはとても嬉しそうに顔を綻ばせた。



「そっか。よかった。……うん。俺も朔のこと絶対に守るよ」



正直で真っ直ぐな人だ。

彼は危険な状況に陥ったとき、わたしなんかよりも真っ先に無茶をしかねない。


わたしだって、雪根さんを命の危険になんて、絶対に合わせたくない。



もう誰も死んでほしくない。




だから雪根さんの好意に、甘えすぎてはいけない。








わたしたちは昼過ぎに空木村を出発した。

椿さんは村に一番近い御社へ赴いているらしく、別れの挨拶ができなかった。


わたしも啓斗さんも車の免許を持っていないので、運転は雪根さん頼みとなる。

所々で休憩を挟みながら車は新街道を走った。


皇都に入った時には、外は真っ暗になっていて、街灯の明かりも消えいた。

日付が変わった直後にようやく、わたしたちは赤兎の本部に帰還した。







「おかえり」



建物前の駐車場にて。車を降りたところで、哨戒に当たっていた二人組の班員と顔を合わせた。



「あっ……ただいま、戻りました」



彼らは疲れの滲んだ目元を和ませる。そして雪根さんと啓斗さんを「お疲れさん」と労って、巡回に行ってしまった。



「なんでそんなに緊張してるの?」


「いえ……、少々気が抜けて」


「いや、どういうこと?」



啓斗さんが不思議がるのも無理はない。わたしだって心の整理ができてないの。

居心地を悪くするわたしに、雪根さんがくすくすと笑う。



「昨日はあんなにかっこよかったのにね」


「言わないでください。恥ずかしい……」



空木村でのわたしは普通じゃなかった。切羽詰まっていたとはいえ、よくあんなに強気でいられたものだ。

追い詰められた人は何をしでかすかわからないというのを、身をもって経験した。


玄関はすでに閉まっていたので、建物をぐるりと回って厨房の裏口から中に入る。

内側から鍵を開けてくれたのは明将さんだった。彼の顔を見た途端、どっと感情が込み上げた。



「ご無事で……」


「お互いにな。戻って来れてよかった」



胸がいっぱいになって言葉が続かない。

御社の襲撃時、明将さんも大きな怪我はなく乗り切ったと聞いていた。無事と知っていても、実際自分の目で確かめられた安心は桁違いだった。


わたしは何事もなくここに戻って来られた。


でも、花歩さんは……。


彼女を思うと手放しに喜べない。何をどう言えばいいのか困って黙りこくったわたしの頭を、明将さんはくしゃくしゃと撫でた。



「花歩なら大丈夫だ。そのうち……必ず目を覚ますさ」


「……はい」


「三人とも、今日はもう風呂に入って休め。明日の朝一番に宮城さんのとこに行けばいい」



明将さんは夜勤なのか、自室へは戻らず一階の待機部屋へと入っていった。

雪根さんと啓斗さんとも階段で別れ、三階の部屋へと戻る。


見慣れた家具の配置と、記憶に馴染んだ空気感。

勝手知ったる自分の部屋に、改めて皇都へ帰ってきたのだと実感した。






翌朝、宮城さんの執務室へ行く前に、花歩さんの部屋に立ち寄った。


寝台で眠る彼女はゆっくりと呼吸を繰り返し、胸を微かに上下させる。本当に、ただ眠っているだけで今にも目を覚ましそうだった。

この状態がいつまで続くのかは、誰にも予想できない。


花歩さんは明将さんと幸せになってほしい。

わたしはそれを見届けるんだと心に決めた矢先の出来事なだけに、心境は複雑だった。どうか、一日も早く目を覚ましてと祈ることしかできない。


一階に降りて執務室を訪ねると、すでに雪根さんと啓斗さんの姿があった。

部屋の奥には執務用机に座る宮城さん。その背後には穂高さんと柊さんが控えている。


宮城さんは簡単に労いの言葉を述べた後、わたしに爆弾を落とした。



「お前の母親が、華闇総本山への輸送中に倒れたそうだ」


「…………は」


「気が抜けてこれまでの心労が一気に押し寄せて来たんだろ。微熱と、軽度の意識混濁が続いているらしい。聴取も難しい状況だ。ひとまず中央霊山に到着次第、療養を優先させると連絡があった」



頭が真っ白になって反応が遅れた。宮城さんの説明を何度も反芻して噛み砕き、ようやく理解する。



「……そうでしたか」



よくよく考えるまでもない。母はこれまでもずっと精神をすり減らしてきた。

あげく妖への変貌を瀬戸際で踏みとどまれた矢先のこと。心身ともに疲弊していて当然だ。


危険の及ばない場所でゆっくり休めるなら、それに越したことはない。

ただひとつ、気掛かりなのが……。



「母は……、義父を愛していたのでしょうか……?」



彼らに聞いても仕方のないことだけど、考えずにはいられなかった。


宮城さんは頬杖をつきこちらを見上げる。

まっすぐな視線に居た堪れなくなり、逃げるように俯いた。



「すみません。……忘れてください」


「御社で発見された身元不明の遺体は、奥園家の使用人のものだった。所持していた凶器から、そいつが一樹を手にかけたとされている」


「……あの男」



空木村の村人たちを連れて、わたしと一樹さんの前に現れた男。

外つ国の神が器にして、持っていた刃で一樹さんを刺した。


照土家の蔵に閉じ込められた際、外から聞こえてきた会話で恵理の夫も言っていた。空木村の者たちを御社へ導いた旧家の使用人とは、義父の手の者だったの?


やっぱりと。腑に落ちる部分もあるが、同時に胸の内を苦い感情が埋め尽くす。

母はどこまで把握して、これまで義父に協力してきたのだろう。



「他人の恋情なんざ俺の知ったことではないが……、今回の一件でお前の母親は、自分の夫よりも娘を優先した。これ以上の事実はあるか?」


「…………いいえ」


「ならばいっそのこと、空木の因縁と共に旧家の枷が消えて、母親の身が軽くなったと喜んでおけばいい。余計なことはうだうだ考えるな」



宮城さんの言う通りだ。

どのみち義父も鳳によって裁かれるのだから、わたしが悩んでも仕方がないし、どうしたって結果は変わらない。



「渦中の奥園礼司は一昨日の混乱に乗じて行方をくらませた。多班が追っているが、今のところ足取りはつかめていない。そちらも重要だが、俺たちの本命は奴ではないからな」



投げかけられた視線に問いかけの色が混ざる。それには承知していますと頷いて返した。



「協力させてください。そのために、皇都へ戻りました」



赤兎の敵は、外つ国の神だ。

迷わず言い切ったわたしに、宮城さんが人の悪そうな笑みを浮かべる。



「いい覚悟だ」



なんとなく言わされた感はあるものの、力になりたいのは本当だから、何も言わずに頭を下げるにとどめた。







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