18.闇の寵愛(上)
頑張って耐えてるみたいだけど、お母さんはもう限界でしょ?
彼女はじきに、自分がヒトであることも忘れてしまう。
理性を失い、獣となって娘を食い殺すか。
それとも娘の前で駆逐されるか——。
ああ、とても悲しい。
特等席でショーを観られないのが、残念でならないよ。
・赤二重線は現時点で既に死亡。
座敷牢の中。畳まれた布団の上に座り、膝を抱えて朝を待った。
ゆっくりと夜が遠のいていき、建物の中で人が慌ただしく動き始める。気配を探り、人の出入りが多い箇所がおそらく厨房だと当たりをつけた。
些細な情報でも、後で何かの役に立つかもしれない。
やがてわたしのところにも着物にたすき掛けをした女が朝食を運んできた。
昨夜様子を見に来たのとは別の人だった。
彼女は格子の間から朝食の置かれた盆をこちらに差し入れ、何も言わずに立ち去る。
小さめの土鍋に入った雑穀の粥と、小鉢に漬物。
少し迷ったけれどありがたくいただくことにした。
わたしを神代巫女にするために連れてきたのなら、生死に関わる毒は入っていないはず。
いつでも動けるよう体力を維持するためには、とにかく食べなきゃいけない。
馴染みのない粥の味付けに、花歩さんの料理が恋しくなった。
食事を完食してしばらくすると、先ほどと同じ女が手拭いと水の入った木桶を持って来た。
これで体を清めるようにと手短に告げて去っていく。
着ている制服は昨日山を転がり落ちたこともあり、泥汚れがひどい。長袖のシャツも破れてしまっている。おそらく枝に引っかけたのだろう。
汚れているのは服だけでなく、よく見るとわたしの手足は擦り傷と青あざだらけだった。
とりあえず木桶の水で顔を洗い、湿らせた手拭いで確認できる範囲のかさぶた部分の土を拭き取る。
服を脱ぐのを躊躇っているとまた着物の女がやってきて、今度は着替えを置いて行った。
その藍染めの作務衣を前にどうすべきか悩む。
最終的に、たとえ捨てられても皇立院の制服に未練はないという結論に至り、全身を軽く拭きながら渡された作務衣に着替えた。
スカートの内袋に入れてあった、母から預かっている守玉は紐を手首に通して固定する。長袖の作務衣は袖口がすぼんでいるので、守玉を袖の中に隠すことができた。
他はいいとしても、母の守玉だけは取られたくない。
人が様子を見に来る前に手早く着替えを終えて待機していると、昨日わたしをここに運んだ男が現れた。
彼は牢の鍵をあけてわたしに出てくるように指図した。
「ついて来い。変な気起こすなよ」
中腰になって座敷牢を出る。正面の廊下は左右に伸びて、両方の先は曲がり角になっていた。どちらの先にも複数の人の気配があり、逃走が困難なのはすぐに知れた。
下手に動いて警戒されても厄介なので、ここはおとなしく男に従った。
御社でかの神はわたしともう会うことはないと言った。
気まぐれで口走った嘘の可能性もあるが、近辺をいくら探っても、最も警戒が必要な外つ国の神の気配はなかった。蟲が徘徊している様子もなく、その事実が心に余裕をもたらした。
あれが村についてきてないなら、わたしでもどうにかできるかもしれない。
早く皇都へ戻って、一樹さんを刺したのが外つ国の神であることを知らせないと。
空木村まで強引に連れて来られたというのに、不思議と恐怖はなく、冷静でいられた。
ここにいるのは目的のためには手段を選ばない、ただの「人」だ。
そしてそれは、わたしも同じ——。
前を行く男はわたしを三十畳はあろうかという広い和室に通す。
奥には昨夜の女と、その隣に若い男が座布団に座って待ち構えていた。
二人の正面に用意された座布団に座るよう促され、指示の通りに動く。
ふんっと、女が鼻を鳴らした。
「あたしたちへの挨拶もお伺いもなしかい。まったく礼儀がなってない」
悪態は聞き流して、ここまで案内した男の動きに注意する。わたしの逃走対策か、男は広間の出入り口付近に腰掛けたようだ。
「そのくせ出された朝食はちゃっかり完食したようだね。牢屋に入れられてるってのに、食い意地の張った卑しい娘だこと」
女は母と同年代か。鮮やかな紫の地に白い大きな花の描かれた着物を、金糸の刺繍で模様が施された帯で締めていた。
白髪混じりの髪は後ろで一纏めにして、頭には簪の吊るし飾りが揺れている。
顔は化粧によって異様に白く、黒で縁取られてぎょろりとした目が狡猾そうな印象を与えてきた。
女の隣に座る男は、わたしよりも二、三歳年上くらいか。着物を着崩し、座布団の上で片膝を立てて興味深そうにこちらを観察している。
「まあいいわ。これから嫌ってほど自分の立場ってのをわからせてやるから。……ああ、そういやまだ名乗ってなかったね。あたしは照土恵理。今代の照土家当主よ。一応あんたとは親戚になるわ」
恵理と名乗った女は自身の隣へと視線を移す。
「で、こっちが優磨。あたしの息子で、ウチの跡取りよ。あたしの次に神代巫女——あんたの管理を引き継ぐ子だから、覚えておきなさい。そっちにいるのはあたしの旦那」
ぞんざいな紹介にも、出入り口の前に座る恵理の夫は表情ひとつ動かさなかった。
「……奥園朔です」
「違うでしょ」
一応礼儀にのっとって名乗った途端、恵理に物凄い剣幕で否定された。
「あんたの名前は守里よ。生まれる前からそう決まっているんだよ。戸籍とかは関係ない。あんたはこれからこの村で、死ぬまで守里として生きていく。わかったね」
「承伏しかねます」
母が付けてくれた名前を変える気はさらさらない。誰がなんと言おうがわたしの名前は「朔」ひとつだ。
反抗的な態度が気に食わなかったのだろう。
憮然とした恵理は腕を組んでこちらを睨みつけてきた。
「やっぱり愛里の娘ね。一体どんな育て方をしたのやら」
恵理の袂から一枚の紙が取り出される。
畳に広げられた古い紙には、一番上に毛筆で「誓約書」と記されていた。本文の文字はひどく揺れていて、ぱっと見ただけでは何が書かれているのか読めなかったが、恵理が指し示した文末には「愛里」という言葉がはっきりと見てとれた。
「愛里が皇都の大学に行くため、空木村を離れる前に書いた誓約書だよ。大学卒業後は村に戻り、神代巫女として村のために尽くすって、ここにちゃんと書いてあるの」
勝ち誇ったように恵理はフンと鼻で笑う。
「それなのにあんたの母親は大学を出た後、行方をくらまして逃げちまった。挙句の果てにはどこの種かもわからない子供までこさえて、みっともないったらありゃしない」
膝に置く手を握る力が強くなる。
他人の戯言だと自分に言い聞かせるが、気にせず受け流すには不快すぎた。
「愛里が神代巫女を継ぎたくないってんなら、娘のあんたが責任を取らなきゃなんないのよ。わかったかい? あんたは今日からこの村で、神代巫女になるための修行に励むんだ。都会への未練はさっさと捨てちまいな」
「あなたたちのしたことは連れ去りです。わたしと一緒に暮らしていた人たちは、急にいなくなったわたしを探そうとするでしょう」
「こんな辺鄙な村までかい? 諦めな。あんたがここに来るまでの痕跡は、奥園ってとこが綺麗に消してくれたらしいからね」
ここにきて奥園の名前か。
胸に苦いものが込み上げて顔が歪む。そんなわたしに、恵理は嬉しそうに声を上げて笑った。
空木村の者たちは外つ国神と一緒に御社に現れた。
これは義父が仕込んだことなのか。計画には母も加担しているのか。
今はまだ、真実を知りたくない。
唯一、根拠と言えるほどではないけど……、恵理がわたしの心を折るために「愛里がわたしを売った」という発言をしないことが救いだった。
奥園は奥園でも、おそらく恵理が示しているのは義父だけだ。こじつけであっても、そう信じたかった。
「……わたしは……、わたしと母は、神代巫女にはなりません。夏にお会いした、照土奥康さんにもお伝えしたはずです」
「ああ、あたしの父親だね。あんたを連れ戻すって出て行ったっきり、村に帰ってこないんだけど。あんた、父さんがどこ行ったかって知らない?」
「…………いえ」
「ふん。まあいいわ。そのうち、金がなくなれば帰ってくるでしょ。そんなことより、まずはあんたのその生意気な態度をどうにかしなきゃいけないね」
恵理は威圧感たっぷりに顎を上げた。
そんな母親の隣に座る、息子の優磨。彼の品定めするかのような視線に気が散った。背中がぞわぞわするから、その舌舐めずりをやめてほしい。
「うちの家はこの村で、代々神代巫女の管理っていう、大事な役目を負ってきたのよ。それなのに……、愛里が逃げたばっかりに、神代巫女の後継がいなくなり、……あたしの母さんが代わりをさせられた」
目に涙を溜めた恵理が感情のたかぶりで唇を震わせる。
「歳とって弱った実の母に、……嫌がる母に、修練をするよう鞭を打たなきゃならなかった、娘の気持ちがあんたにわかるかい!?」
憤りをぶつけられても、ちっとも悪いと思えない。
わたしはこんなにも人の感情に流されない性質だったっけと自分に驚く。
「……ならばあなたが神代巫女を継げばよかったのでは?」
自然と口からこぼれた言葉に、恵理の目がかっと開かれた。
「この人でなしっ!!」
立ち上がった恵理から平手をくらう。頬に衝撃を受け、畳に手を付いた。
叩かれた頬はじんじんと痛み熱を持ち出したが、大したことはない。
依然として恵理たちに恐怖は湧かないし、脅威とも思えない。彼女たちは、ただただ不快なだけ。
わたしはどこかおかしくなってしまったのだろうか。
見上げれば髪の乱れた女が肩で息をしながらこちらを睨んでいた。
「ほんっとに生意気。これだから都会育ちは」
吐き捨てた恵理は夫だという男に視線を送る。
「座敷牢ももったいないわ。仕置きはやっぱり蔵のほうがいい。連れて行って反省させな」
背後で男が立ち上がった。
「昔は愛里もよくあそこで反省させたもんだよ」
「母が……?」
わたしの反応に気を良くして、恵理はそうともさと楽しそうに頷く。
「泣いて喚いても出してやらない。自分の立場を思い知りな。あんたは神代巫女を継いで、村に尽くすために生まれたんだよ」
男がわたしの二の腕を掴んで強引に立たせた。
「来い」
強い力で引っ張られ、広間の外へと連れ出される。
「そんなにお役目が嫌なら、とっとと次代を産むことだね。次の神代巫女さえ育てば、あんたはお役目からは解放されるよ。どのみち、村からは一生出られないけどね」
掴んだ腕をぐいぐいと容赦なく引いてくる男に連れられて、靴も履かずに外に出る。
日光の下で初めて見た照土家は、茅葺き屋根の立派な屋敷だった。
剥き出しの地面を飛び石に沿って進んでいくと、庭に二階建ての蔵が建っていた。
蔵の入り口。器用に片手だけで錠前を外した男は重そうな引き戸を開けてわたしを中へと突き飛ばす。
勢いを殺しきれず転んでしまい、起き上がるより先に扉が閉められた。
何も見えない蔵の中で、じっと聞き耳を立てる。
恵理の夫はすぐに遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
同時刻の皇都。
一樹が目を覚ましたとの知らせを受け、宮城は穂高を連れて御社へと赴いた。
「奥園愛里が姿をくらませたらしいな」
生還の喜びや体調を気遣う言葉はなく、一樹の療養する部屋に入るや否や、宮城は即刻切り出した。
「お前らの中に手引きした奴がいるんじゃないのか?」
中央に布団が敷かれただけの殺風景な部屋で、宮城は壁の柱にもたれて腕を組んだ。
「……華闇の、社勤めをお疑いですか」
一樹は宮城の来訪にさほど驚かず、緩慢な動きで身を起こす。
「根拠のない推測はおやめください。御社にそのような者は——」
「昨日、皇家の御殿がの襲撃をくらった」
言葉を遮り宮城は脈絡もなく言い放つ。むっと口を閉ざした一樹の表情がみるみる険しくなっていった。
「……馬鹿な」
「鎮圧できたと思えば、立て続けに鳳の本部が襲われた。次は華闇の総本山かと身構えていたところに、これだ」
これ、と。宮城がもともと血の気が失せていた顔をさらに青くした一樹を顎でしゃくる。
「報告によればここを襲った蟲の数は、参拝者とお前たち関係者を皆殺しにしても釣りが出るほどだったそうだが」
皇都に御社はここ以外にも無数に存在し、華闇総本山より派遣された土地守りたちが、それぞれの担当区域を守っている。
一樹の担当地は皇都にある御社の中では突出して規模が小さい。ここは赤兎班本部に最も近く、有事のときは鳳と連携しなければならない点が考慮されているのだ。
「なぜ数ある御社の中でここが狙われた」
「そんなもの、わたしのほうが知りたいですよ」
一樹は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
居合わせた赤兎班の協力もあり最悪の事態は防げたが、昨日の被害は甚大だった。
なにより参拝者と社勤めに死者を出してしまった。
社勤めは山中で二人。山を覆う結界の修復へ向かった者が無惨な姿となっていた。
さらには闇泉へと続く細道の付近でも、茂みに隠された三人の死体が見つかった。
しかしうち一人は御社関係者ではなく、未だに身元が割れていない。死体が血のついた短刀を手にしていたことから、この男が一樹を刺したと推測されている。
「……皆殺しを目的とした襲撃だったなら、社勤めの内通は疑う必要がないのでは?」
「さあな。そいつは襲撃を奇跡的に生き残る想定だったかもしれない。もしかしたら騙されて利用されているだけの愚か者ということもありえる」
どこまでも懐疑的な宮城に対し、一樹は密かにため息をついて肩を落とした。
「なんにせよ昨日の東郷たちはよくやった。戦力的にもぎりぎりだったろうに」
「それに関しては……、本当に助かりました」
「でもって昨日、東郷たちが御社へ足を運ぶきっかけを作った張本人が、騒動の渦中で行方をくらませたわけだが」
言葉を区切り、宮城は冷ややかな視線を一樹に送る。
「さっきここの連中は、お前を刺した奴らを御社へ手引きしたのはうちの朔だとか抜かしていたが、——本当か?」
「まったくの誤解です。彼女がいなければ、闇泉の侵蝕に気づけず穢れは今ごろ深淵まで達していたでしょう」
「ほう。お前たちにそれだけの貢献をしたにも関わらず、朔は随分と嫌われたものだな」
闇泉を穢した実行犯が母親の愛里であることが、朔に疑惑を向ける一因になっているのは宮城も承知のうえだ。
穢れを食い止めたとはいえ、その後に母子共に姿を消したとなれば、疑いたくなる気持ちもまあ理解できる。
しかし朔は奥園愛里の娘という一方向からの視点で評価してはならない存在だ。
華闇に属する者なら、なおさらに。
「普段がおとなしいだけに、深淵の怒りはねちっこくて鬱陶しいぞ。闇の寵愛を受ける女を、まさか華闇が疑うとはな」
穏やかな闇は、ときに激しい執着をみせる。
おおらかで静かな深淵の神々は、決して日の元の民に平等ではないのだ。
「朔さんのことは、わたしから御社の者たちに言い含めておきます」
「勝手にしろ。どのみち朔はうちの預かりだ。華闇にはやらねえ」
「……左様で」
一樹の顔に疲れが滲む。無駄話をしている余裕はなかったかと、宮城は早々に話を切り替えた。
「それで、朔の行き先に心当たりはないのか」
「わたしを刺した男の仲間が、……確か、空木へ帰ると言っていた気がします。……声が遠かったのと、意識が朦朧としていたので、確証はありませんが……」
「十分だ」
おおかたの予想はついていたが、一樹の証言で確信できた。
外つ国の神に協力してまで神代巫女の後継を欲するとは、日の元に随分と強欲な村があったものだ。
朔については空木村近辺に詰めている鳳の多班に任せるかと計画しかけ——、宮城の思考に待ったがかかる。
どこまで知っていたかは定かでないが、空木村は日の元の敵に協力したのだ。その落とし前はつけなければいけない。
「華闇総本山に連絡を入れて監察部署を引っ張り出す。是が非でも空木村へ向かわせるからな」
朔の今後を考慮したら、救助は隙をついての急襲が最良だろう。取り締まりを警戒した村側に時間を与え、疑惑の証拠を隠滅されては困る。
「手配ならわたしが」
「うちでやる。この件に関してはお前らは信用できない」
「……理由をお聞かせ願えますか」
「言わなくともわかるだろう」
宮城はもたれていた柱から背中を離し、一歩二歩と一樹へ近づく。
「空木村について以前お前が調査した際、村に異常はなく、神代巫女の継承もつつがなく行われていると報告してたろう。非常事態に乗じて土地守りを襲う連中の、どこに異常がないと?」
威圧的な瞳に見下ろされて一樹は黙り込んだ。
空木村の調査は、村と隣接する区域を担当する土地守りに依頼していた。その後に地方の土地守りが寄越した報告は宮城の言った通りで、空木村には特筆した問題は発生していないとされた。
村の代表として照土奥康が赤兎本部まで朔に会いにきた時、一樹だって立ち会っていたはずだ。今は亡き奥康が必死になって朔を村へ連れて行こうとしていたのも、目の当たりにしている。
空木村の異常性を察しながら、一樹は地方から届いた報告の内容を全面的に信じた。
これは華闇に不届き者はいないと思い込んだ、一樹の身内への甘さが引き起こした失態でしかない。
「どう考えても空木村の神代巫女に関しては、村と近隣の土地守りに癒着が発生しているとしか思えねえ。土地守りの不始末は華闇の然るべき部署に叩かせる。お前は大人しく療養してろ」
「……申し訳ございません。お手数をおかけします」
刺された箇所を手で押さえて一樹は苦しげにうめく。痛みに耐えながらも見下ろしてくる宮城に頭を下げた。
「あなたの推測が正しければ……、かの土地守りはどのような経緯があり空木村を庇うようなまねをしたのでしょうか」
土地守りが華闇の方針に反し、神代巫女の治める土地と結託するなんて……。信じられないと呟く男に、宮城は最後まで情を寄せることはなかった。
「そこの土地守りにとっては、真面目に職務に励むよりも空木村と組んだほうが甘い汁が吸えたんだろ。ただそれだけの話だ」
宮城からしてみれば向けられる欲の方向が各々に違うだけで、人も神も例外なく、意思を持つ者はどれも煩悩の塊でしかない。
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
雪根は御社から赤兎本部へ戻った宮城と穂高を、真っ先に玄関で出迎えた。
「お疲れ様です。朔は」
挨拶もそこそこに本題に入ろうとした雪根に、穂高は眉を寄せる。しかし苦言を呈する前に宮城が口を開いた。
「落ち着け、まとめて話す。東郷と、啓斗も動けるようなら執務室に連れて来い」
言うが早いか宮城と穂高は廊下を奥へと行ってしまう。
仕方なく雪根は二階へ上がり、花歩の部屋の扉を叩いた。
「宮城さんが呼んでる」
「——ああ、今行く」
返事を確認し、次は啓斗の部屋へ。
先ほどよりも弱めに扉を叩き、中からの反応を待つ。
「……なに?」
扉は数秒の間を多いて開かれた。顔を覗かせた啓斗は見るからに寝起きで、目の下にはクマができていた。
「疲れてる?」
「そりゃあ……、まあ」
不意打ちの質問にいぶかしがりながらも正直に答えた啓斗に、雪根はうんと大きく頷く。
「じゃあいいや。起こしてごめん。ゆっくり休んでて」
「…………いや、……待って。これ絶対よくないやつでしょ。すぐに行くから、顔洗う時間だけ待って!」
じわじわと覚醒した啓斗は急いで部屋へと引き返した。
「……動けなくていいのに」
部屋の中から発せられる慌ただしい物音を聞きながら、雪根は残念そうに呟いた。
◇ ◇ ◇




