とあるコスプレサークルの日常
※性別違和に関して、違和感のある表現があるかもしれません。
どこで人生を間違っちゃったんだろうか、ため息をつきながら校内をうろつく。
本来なら全日制の大学には行って、キャンパスライフを謳歌するはずだった。でもそれは無理で、今は夜間大学に通っていて、授業の無い今はぶらぶらと歩いて暇を潰している。
こんなに暇ならアルバイトを始めた方がいいかもしれない。でもそんな気にはなれなくて、結局私は時間を無意味に消費している。
「それにしても色々な教室があるなー」
夜間の高校と大学、それから通信制の高校と大学を合わせた学校だから、教室のバラエティーさだけは他の学校よりもあるかもしれない。
おまけに所々で高校生が授業を受けている。
多分通信制の高校生だろうな、夜間の高校も大学と同じ時間に始まるから、まだ始まっていないはず。
「こんな高校みたいな大学じゃ無くて、ちゃんとした大学が良かったな・・・・・・」
私はまたため息をつくけど、そんなことで現実は変わらず、私はひたすら歩き続ける。
「あれ、ここはなんだかボロい」
あちこち歩き回っているからか、なんだか古い校舎に入ってしまった。
他の校舎は床がコンクリートなのに、ここだけは木。テレビで見かけたことのあるような、木造校舎だ。
「これが噂の旧校舎ってやつかな?」
確か入学前のオリエーテーションの時にほとんど使われていない校舎があるっていうのを聞いたことがある。今となっては複数のサークルが教室を使っているだけで、ほとんど放置されているらしい。
「そうかサークルに入るっていう手があった」
こんな風な旧校舎で活動しているサークルなんて、当然ゆるいものばかりな気もする。そういうのなら私にもできるかもしれない、そう思ってあちこち見て回る。
この大学のサークルは当然高校と合同で、こことは別にサークル棟が実はある。入学した後にそこへ見学に行ってみたものの、どれもピンとこなかった。こんな私には入れるサークルなんてあるのかな。
「『コスプレサークル』、気軽にどうぞ?」
そう書かれた看板が開きっぱなしのドアの前にある。少し興味がでてきたので、中を覗いてみた。
そこにはセーラー服を着て鹿耳に鹿タイツというよく分からない格好をした女子が、掃除をしていた。一人で楽しそうにしていたので、私はそっと離れようとする。
「あっこんにちは、どうぞ〜」
うわっ、しっかり見られていたらしい。私はおそるおそる教室の中へと入る。
「私は大井久良。夜間部高校四年です。一応ここのサークルの会長です」
「森田成丹です。夜間大学一回生です」
「あっ大学生なんですね。ゆっくりしていってください。ここではコスプレ体験もしているんです」
そういって大井さんは教室の後ろを指さす。
教室の前半分は古い椅子と机があって昔の教室って感じだけど、後ろ半分はカーテンがあるからかどういう感じかは分からなかった。
「何があるの?」
「じゃじゃーん。コスプレ衣装と準備室です。まあほとんど制服関係なんです。ここは一応学校なんで制服コスが映えるんです」
「へー色々ある」
私は大井さんに連れられてカーテンの中へと入り、ずらーと並べられた服を見て驚く。
「こういう服、どこで売っているの?」
「通販とかネットとかです。森田さんにはこういう服が似合いそうです」
そう言ってある制服を持ってくる森井さん。
ブレザーとブラウス、プリーツスカートとリボンといういわゆる制服一式だ。
「これはなんちゃって制服なんです。これ着て遊びましょうよ」
そう言って制服を私に押しつけようとする大井さん。
「えーでも私もう18だし、高校生じゃないし、似合わないよー」
「大丈夫です。私も18ですし。アラフォーでもセーラー服コスをしている人いますから、大丈夫です」
アラフォーでも大丈夫なら私はもっと大丈夫と思い込み、渡された服を借りて、部屋の隅っこにある洋服屋でよくありそうな試着スペースみたいなところで着替えた。
「着てみたけど、スカート短いよね」
スカートの丈が太物も半ばよりも短い。一応今日はタイツと短めのスパッツをはいているから、問題は無いけど、そうじゃなかったら無理だ。
「大丈夫ですよ。きちんと似合っていますから。森田さんは真面目だから、真面目そうな格好が似合います」
私の見立ては正しかった、そんな風に大井さんはうんうんとうなずく。
「この部屋って、人は良く来るの?」
「いえ滅多に人は来ませんよ。この校舎自体人が来ることがあまりありませんし。そもそもサークルが三つしかないですから。うちとラノベ研究会とぼっちサークルと、それらはほとんど活動していないから仕方ないです」
「だからこんなに人気が少ないんだ・・・・・・」
そういう系統のサークルが毎日活動するがっつりとした感じには見えないから、結局の所大井さん一人で活動って事が多いのかな。
「ところで大井さん以外の会員はいるの?」
「何人かいますけど、他の子全員通信の子だから滅多に来ません。それに他の子はがちのレイヤーなので、私とは話が合わないんです」
「ていうことは実質一人?」
「そうですね。まあたまにいますけど、活動日のほとんどは一人です。お客さんも滅多に来ないですし、基本的にはずっと一人なんです」
そう言って、落ち込んだように下を見る大井さん。
「それに人数が少ないと廃止されちゃうんです。だから必死に新規会員募集中です。それで森田さんも入りませんか?」
「どうしようかな? 私あまりコスプレの事なんて知らないよ」
「それで良いんです。私もあまり知りませんから」
それじゃあここに入ろうかなって思う。
ここでならゆるゆると、暇つぶしがわりにはちょうどいいかもしれない。
「今日は変わったセーラー服なんだね」
「そうでしょ。これは『下鴨アンティーク』のセーラーワンピースなんです。手作りなんで、少々質は悪いんですが・・・・・・」
そう言ってくるりと回る大井さん。
私は質が悪いようには見えなかった、むしろなんちゃって制服よりもしっかりしたつくりに見える。
「髪の毛は昨日と違う」
昨日はストレートロングだった気がするけど、今日はふわふわとした肩くらいまでの髪になっている。
「そうなんです。これはウィッグなんで時々髪型を変えているんです。この部屋にはウィッグがたくさんあるんです。私は普段からウィッグをつけているんで、個人的にも持っていますが」
「へーなんでウィッグを持っているの?」
お洒落なのかな。髪を染めるとしんどいし髪が傷むから、ウィッグで代用しているとか。
「私の家じゃあ髪を長く出来ないんで、仕方ないのでウィッグで代用です。本当はロングにしたいんですけどねー」
「へーなんで短くしないといけないの?」
「親が反対しているんですよ。ほら私は男として産まれましたから」
「えっ男なの?」
私はじーっと大井さんの頭から足まで見る。どう見ても男性には見えない。
胸とかはぺったんこっぽいけど、どう見ても女子だ。
「戸籍上は男なんです。性別違和なんで本当は女なんです。MTFって知っていますか?」
「そういう人がいることは知ってる。『スムスムムリクの恋人』って本も読んだことあるし、あの本も確か女の子になりたい男の子がでてきた」
「その本私も読んだことがあるんです。去年までこの部の部長で今年からは別の大学に通っている先輩からプレゼントされたんです。それでその本と同じ本を買って親に渡したんですが、親は読まずに突き返したんです」
「うわー酷い親だね」
少し読むくらいすればいいじゃない。それほど娘のことが嫌いなのかな。
「ということは親が認めてくれないんだ」
「そうなんです。親は一時の気の迷いだと思っていて、高校に通うときは男装して来てるんです。ただこの学校では女子なんですよ。だから登下校後はここで着替えているんです」
「登下校の時ってどういう格好をしているの?」
バリバリの男性用の服かそれとも可愛らしい男性用の服なのか。服には色々な種類があるし、大井さんの私服姿を見たことが無いから想像できない。
「男物の服は親が買ってくるんですよ。だから親が買ってきたTシャツとパーカーとズボンを今の季節は適当に来ています。本当は登下校の時も普通の格好をしたいのですが、親が怒るんです」
ため息をついて、髪の毛をいじる大井さん。
「でも親は大井さんのことを男だと思っているんでしょ。それでどうやって大井さんはこの高校に女子として入学したの?」
親が賛同しなければ女子として入学することは難しいんじゃないかな。
「カウセリングに通っていましたから、そこの先生が親を説得してくれたんです。実は今ホルモン治療を行っているので、身体はどんどん女性寄りになっていっているんですよ。だからこのまま既成事実を作って、大人になって手術して女性になる予定です」
「すごい。未来のことをよく考えているね」
私はそういう未来の事なんて考えたこと無かった。
いつもいつも適当に生きてきた。こうやって未来のことを真剣に考えている大井さんのことが羨ましい。
「そんなことないですよー。全て選びようが無かったからです」
手を振って否定する大井さん。
「そういや七月に奈良でコスプレイベントがあるんですよ。そこにウチのサークルが参加することになったんです。他の子は『境界の彼方』っていう奈良を舞台としたアニメのコスプレをするらしいけど、私と森田さんは別の作品にしましょう。『好きになったらいけない人』っていうウェブ小説のメインの登場人物ってどうですか?」
「へっ私はコスプレイベントに出るなんて一言も言っていない」
「大丈夫です。これは大井さんならゼッタイできます」
「いや大丈夫、奈良って遠いじゃん」
「大丈夫です。私達は夜間じゃ無いですか、学業に支障なく行き来できますよ。イベントは土曜日にありますので、金曜日の夜行に載って日曜日に帰れば問題なしです」
思いっきり力説する大井さん。
「えーでも私コスプレってやったことないのに、いきなりイベントなんて無理だよー」
大井さんの力説に押されつつも反論する私。そりゃあコスプレってスゴイと思うけど、私やったことがないからイベントに参加したくない。
しかも遠く離れた関西、奈良でだよ。無理だ。
「大丈夫ですよ。奈良は遠いですから知り合いなんていません、だからコスプレするなら一番良い場所ですよ」
「いやいや私には無理だと思う。ていうか大井さんは他の人と同じ風にコスプレはしないの?」
確かさっき別の人達は他の作品でコスプレするって言ってた、だったらそっちに混ぜてもらえばいいのに。
「そっちは定員オーバーなんで。だからお願いします、私と一緒にしましょうよ」
「分かった、分かった。する」
どうやらこのサークルにも色々あるみたい。まあ私には知り合いが奈良にいないから、見られる可能性が無いから良いか。
「『好きになったらいけない人』はPIXIVで連載中の小説なんです。私は主人公の友達であるサナをするんで、森田さんは主人公である柚歌をお願いします。あっ衣装はこっちで用意しますし、一緒にウィッグとか選びましょう」
大井さんはそれだけ言って、服がいっぱいあるところへ行った。
うーん、どうしようかな。コスプレ初心者でマイナーなウェブ小説のキャラクターをするなんて、浮く以外ないんだけどな。
「あのう、その格好は・・・・・・?」
今日の大井さんは白いブラウスにグレーのチェックのミニスカートで合わせて、水色のニットと青いリボンという普通の格好の上に、黒くて耳の部分に安っぽいピンクのスパンコールがついている猫耳と黒タイツというわけのわかんない格好をしている。
「今日のテーマはズバリ猫なんですよ。だから猫の格好をしてみました」
「猫の格好って耳だけだよ」
微妙に似合っているのが切ないとこだ。猫耳とか普通の人がつけたらかなり変なことになるのに。
「失礼します。ここはコスプレサークルですか?」
そんな言葉と共に、がらりとドアが開いた。
「そうですよ。ところでどちら様ですか」
「柳間凛郎です。通信制課程の高校四年です。このサークルって通信の高校生でも入れますか?」
「大丈夫です。私も定時制の高校です。私は四年で大井久良です。よろしくお願いします」
「夜間大学一回生の森田成帆です。よろしくお願いします」
私は柳間くんをじっと観察する。
彼は細いイケメンで、服装も思いっきり男性では無く中性的な感じがする。
「コスプレとか興味あるんですか?」
「アニメをたまに見るくらいです。今忙しいので、あまり見ることが出来ないんです」
「あっ何をしているんですか」
「バイトです。土日を中心にバイトをびっしりとしています」
大井さんと柳間くんは二人で盛り上がっている。どうやら意気投合したみたい。
私はその間にコスプレの準備。いつの間にか私までコスプレをすることになっちゃってる。ままちょっとした変装って格好にしよう。
今日選んだ服は近所にある高校の制服。ブレザータイプでスカートはカラフル、それもあってか制服っぽさはあまりない。
この服を着て髪に少し大きめのカチューシャをつける。猫耳やウサ耳もあるけど、そんな物つける勇気がないのでやめておく。
「大井さんは大学どうですか?」
私が更衣室から出て、前半分に戻ると柳間くんが話しかけてきた。
「なかなか楽しい、講義とかも充実してるし。ただ友達は作りにくいかな」
夜間だから当然講義は夕方から夜にかけてある。
しかも最終講義が終わるのは10時半なので、その後どこかに遊びに行くとなると、帰りは深夜になる。
まあ次の日バイトとか用事がない限り寝過ごせるからいいかもしれないけど、それでも遊びに行こうっていう気にはならない。
おまけに積極的に仲良くしようとかあまり無かった。そこで入学してから少し時間が経つけど、未だに友達はいない。
「通信制よりはましですよ。スクーリングの日程が合わないと人と会えませんし。それに通信制ってみんな卒業年数がバラバラなんです。全日制高校からの転入組だと早めに卒業しますし、僕みたいな通信制高校入学組は遅くなりやすいですから、誰がいついなくなるのか分からない時もあります」
「ふぇー通信制は大変なんですね。夜間高校はそこら辺中学と変わりません。クラスの人数は少ないですが」
「へーそうなんだ。ところで何人?」
「20人です」
「本当だ、少ない。私が高校生の時は1クラス40人いたよ」
20人って40人の半分だし、本当に少ない。やっぱり夜間は普通じゃ無いから、人数もそうなるのかな?
「クラスメイトの半分は進学に向けて勉強していますし、残りは就活中です。だから最近はなかなか遊べなくてさびしいです」
「大井さんは何したいって考えているの?」
「和菓子を作りたいなって思います。我が家は先祖代々商店街にある小さな和菓子や何で、跡をつげって言われています。そこで高校を卒業したら専門学校へ入って、そこを卒業したら家を継ぐってことになるますが、私は気が進まないです。家族とそりが合わないならです」
それはきっと大井さんが女性でありたいからかなって思う。
家族は大井さんが男性になって欲しいと思うから、大井さんのことを許せない。それでそりが悪くなっているんだろうな。
「俺は卒業いつできるか分からないからあまり考えていないけど、当分の間はフリーターかもしれません。それでお金が貯まって色々終わったら大学生になりたいです」
「何のためにお金を貯めているの?」
へー柳間くんも将来のことを考えているんだ。
「色々あって大金が必要なんです。あっその色々は秘密です。今のところ家族しか知らないんで」
「へーそうなんだ」
家族しか知らない秘密って言われるとますます気になるけど、こうすると聞けないな。
だから聞くことを諦めて、別の話をする。
「そうですよ。だからいつもバイト三昧ですよ。多分このサークルにも週一くらいでしか参加出来ないと思います。他の二人は毎日参加しているんですか?」
「私は平日だけ」
「私は毎日です」
どうやら大井さんは毎日来ているらしい。家にいづらいからかな。
「それでは週一回ですがありがとうございます。これからもよろしくです」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
それにしても柳間くんはいい人だ。
明るくて影があり、バイトと学校を両立している。こういう人はいいな。
「柳間くんって彼女いるんですかね?」
「いないんじゃない? あの様子だと絶対いない」
奈良のコスプレイベントに向けて準備している途中、大井さんは楽しそうに話している。
「でもどうしたの? いきなりそんな話をして」
「別に。ちょっと気になったもんですから」
そう言って頭につけている猫耳をいじり出す大井さん。
ああこれは完全に柳間くんのことを大井さんは好きになってしまったみたい。そうじゃなければ、こんなこと絶対気にしないはず。
「そんなわけないですよ。ただ気になるだけです」
大井さんは手を振って必死に否定するけど、それがかえって怪しい。どうやら大井さんは完全に柳間くんにほれちゃったみたいだ。
「本当は大井さん、柳間くんのことが好きでしょう? そうじゃなかったらそんなに動揺しないと思うし」
「そっそうです。でも柳間くんは私のような人に告白されても困るだけでしょう」
そう言ってしょんぼりとする大井さん。
そういえば大井さんは柳間くんに対して男性的なところがあるとは伝えていない。私には結構すぐ言っていたのに。
「普通の人は私のような人と付き合いたいとはまず思わないでしょうね」
大井さんは自虐的に笑って、今度はウィッグをいじる。
やっぱり男性として産まれたことに引け目を感じているのかもしれない。普段はそうは見えず女性として普通に生きているけど、本心ではごくごく普通に生きたいと考えているのかな。
「でも言わないと何も変わらないよ。そりゃあ言わないまま今の感じを保っていくことも良いけど。今のままずっと保っていくことなんてできないよ。だから後悔するくらいなら、何かした方が良いよ。今ならそんなに親しいわけでも無いし」
「そうですが。私としては今のまま何も知らせないまま関係を続けたいです」
そう大井さんはため息をつく。
「とりあえず柳間くんに彼女がいないかを今度聞いてみるよ。そうすればどうしたらいいか分かると思うし」
「お願いします」
ということで私が柳間くんに彼女がいるかどうかを聞くことになった。もしかしたら彼女がいた方が悩むことがなくていいかもしれない、そんなことを一瞬思った。
「柳間くんって彼女いるの?」
柳間くんが来た日、私はそういきなり切り出してみた。
ちなみに大井さんも同じ部屋にいて、常に赤いネイルを塗っている。今日は猫耳でセーラー服、おまけにしっぽまでつけていると、かなり猫っぽい。
「いません。今忙しくて恋人を作る暇ありませんので」
「そんなに忙しいんだ。そういえば奈良のイベントも不参加だし」
土日はバイトが忙しくて、それ以外の用事はいれたくないらしい。だから奈良でのコスプレイベントにも柳間君は来ないらしい。
「柳間くんは好きな人いるの?」
「いません。恋愛する時間とか無駄ですし、とにかく今はお金が必要なんです」
少し前にもこんなことを聞いたような気がする。
お金が必要でバイトに取り組んでいる、そこまでお金が必要な事ってあるのかな。
「もしかして借金とか?」
「いえ借金はありません」
「家族が病気なんですか?」
すると大井さんが話に入ってきた。どうやら大井さんもどうして柳間くんがバイトをしているのか気になるらしい。
「病気の家族もいませんよ」
「それじゃあ柳間くん自身が病気とか?」
「そういうことでもないです」
「趣味にお金がかかっているんですか? 趣味にお金は惜しまないってタイプですか?」
「そーいうのにお金はあまり使いたくないです。今必死にお金を貯めているんで」
「借金でも無い、病気でも無い、おまけに恋人でも無いってことは進学資金とかかな?」
「それ以外には性別適合手術とかホルモン治療とか? アレってお金かかりますし」
二人で考えてみるけど、これっていって理由は思いつかない。第一進学のために今はお金を貯めていないという話をどこかで聞いた気もする。
「大井さんって性別適合手術とかホルモン治療とか知っているんですか?」
柳間くんが意外そうな顔をして大井さんを見る。
「実はトランスジェンダーで、女に近づくために頑張っています。ホルモン治療しています」
まさかのカミングアウトに私は絶句する。
そりゃあいつかはしなくちゃいけないかもしれない。今のように何気なくするとは、考えもしなかったよ。
それよりも柳間くんの反応が大事だ。私はおそるおそる、柳間くんの方を見る。
「実は僕もです、FTMなんです。その関係でお金を今貯めているんです」
「そうだったんですが、気づきませんでした」
「私も全然」
二人で思いっきり驚く。
そりゃ柳間くんは中性的に見えるけど、凛郎って名前だし生まれつきの男性と思っていた。
「もしかして改名したんですか?」
大井さんが興味深そうな顔をする。
そういえば大井さんの名前は久良で男女どちらでも大丈夫そうだ。これは生まれつきそうなのかな? 改名は今の状況だと厳しそうだし。
「もうすぐしようかなって思います。今のところは通称名です、戸籍名が凛子なんで。大井さんはどっちですか?」
「私は本名で、改名はしないつもりです。女性でも通用しますし」
「男女どっちでも良い名前だと改名しなくていいから楽ですよね。僕もそういう名前が良かったなと思います」
「いやいや自分で名付けることができるのもいいですよ。私は今更できませんが」
二人して性別違和の話で盛り上がる。
もしかしたら大井さんの恋は叶うかもしれない、二人の様子を見てそう思った。同じ性別違和を持つ人達、傍目から見るとお似合いに見えた。
本当のところは、これから分かるんだろうけど。