3.小鬼の群れと巨大な器
この作品はフィクションです。
お香を鼻に詰め直した、その少し後のこと。
「………、…!」
突然襲ってきた、虫唾が走るような感覚。その正体は、遠くから聞こえてきた声。
何度も耳にした事のある、騒がしく耳障りな声。それが、1つ2つではなく、集団でこちらに向かってきている。
「………くっ」
こんな時に。なんとか身構えようとするが、まだ上手く動けない。
声の主に検討はついている。ここに辿り着くまでに、何体も斬り捨ててきた相手だ。
迷宮内に巣食い、集団で人間を襲う、掃いて捨てるほど大量にいる、小型の醜い魔物。
「………おい…、あん…た………!」
「ん?」
どうにか声を絞り出して、男に危険を伝えようとする。この男が何者で、なぜこんな場所にいるのかはわからないが、奴らの集団に見つかれば、間違いなく襲われる。救ってくれた…と思われる相手が、目の前で魔物に殺されるのは、見たくない。
というか、この男には、あの声が聞こえていないのか…!?逃げる素振りも無いし、全く動じていないかのようだ。
「……はやく…っ」
逃げろ。
そう言おうとした矢先だった。
「アルジーーーーー!!」
「うどーーーーーんっ!!」
………は?
「よぉ、いらっしゃい。今日もいつものメンツだな。」
「いつものメンツ!いつものメンツ!」
「いつものうどん!いつものうどん!」
「はいよ。ちょっと待ってな。」
広間に飛び込んできたのは予想通り、醜悪な見た目の小鬼、ゴブリンだった。それが5匹、なだれ込むように走ってきた。
走ってきて、そして、一目散に男の屋台の前に集合した。
「……………。」
なんだこれは。
今まで様々な場所でゴブリンには遭遇してきたが、こんな行動を取るゴブリンには遭ったことがない。
人間に対して敵意がない?…いや、それはない。この迷宮の中でも、何度も戦闘を繰り返してきた。敵意がないわけがない。
だとしたら、あの男に対してだけ敵意がない、ということか?いつもの、などと、互いに面識があるような物言いをしていたし。
…人間とゴブリンが、どうやって面識を持つというのだ?
それ以前に、人間とゴブリンが普通に会話を出来ているのは何故だ?
………というか、まず、
なんで俺は、ゴブリンの喋る言葉を理解できているんだ?
わけがわからない。と、
「お待ちどうさま。」
いつの間にか、湯気の立つ巨大な器が、ゴブリンの目の前に準備されていた。
殺伐とした場所には、暖かみが必要。