99 ロイヤリティのつかいみち
「このご時世なので、まだ買い手は決まっていないんです。パン屋の元主人に私が連絡を取り次ぐことになっていますが」
「それなら。バーティア商会で買い取ろうかと思う」
「え? いいんですか?」
「ここは貴族が多く出入りするだろう? 周辺の住民だってそれは分かり切っていることだ。入りづらいだろう。―――それなら、新たな店舗で売ればいい。それに、このご時世に新たな職人を二人抱えるのはお前だってきついだろう?」
「ええ……。たしかにきついです。バター餅のおかげで持ち直しましたが、マリアさんに援助していただいたものだっていつか返さなきゃいけないので、正直、ふたりを雇ったのは―――本音を言うときついです」
でも、隣同士で、店主や職人たちとも親しくしていたから、年若いふたりを路頭に迷わせたくないと雇うことにしたとのことだ。
マークシスさんは優しい人だ。
その話を聞いてディークひいおじい様がゆっくりと頷いた。
「そのパン職人はバーティア商会で雇って、パン職人の仕事をさせる。その中にさっきのあんバターパンとあんドーナツやその他のドーナツを入れる。近所の者たちが気軽に入れるパン屋にこれがあったら、買いやすいだろう?」
確かに。今は王室御用達ということで、貴族が頻繁に出入りするツリービーンズ菓子店は庶民にとってハードルが高い。
毎日ひっきりなしに貴族の方たちやその使いの者たちが出入りするので、近所の人たちは入店しづらくなっているとのことだ。
それなら、誰でも気軽に入れるパン屋にラインナップするのはいい考えだろう。
「確かに。そっちの方が気軽に入れるだろうな」
リンクさんが頷くと。
「いいわね! ツリービーンズ菓子店とバーティアのお店。二つ並ぶなんてとっても楽しいわ!」
マリアおば様が大賛成よ! と手を叩いた。
「アーシェラちゃんの作ったものはとっても美味しいから、みんなに広めたいわ!」
「バーティア先生、ありがとうございます。彼らはパン職人ですから、パンの仕事に戻れると知ったら喜ぶと思います。それに思い入れのある店舗で働けると知ったらどんなに喜ぶでしょうか」
マークシスさんがディークひいおじい様の提案を受け入れると、マルクスさんがおずおずと聞いてきた。
「……あの。うちの菓子店でも、ドーナツは商品に入れたいです」
「そうね。こんなに美味しいんですもの。貴族の方たちだって欲しいでしょうから」
メイヤさんもマルクスさんに同意した。
「―――では。アーシェが教えたものを売り出す時は、バター餅と同じブランドにしてください」
リンクさんが少し考えて、提案した。
「『天使のバター餅』に連なる物として。バーティアで店を構えた際にどっちが本物で偽物かという問題も解決できます」
確かに。商品を売り出すと、模倣品が出るのは当たり前のことだ。
時には『こっちが本家だ、あっちは偽物だ』という争いがあるという。
隣同士であれば余計にそういうことがおこるだろう。
「それでは、バター餅と同様にロイヤリティをお支払いします!」
「そうね。パン屋で出すものより少し価格を上乗せしましょう」
デイン伯爵は、バター餅を販売するにあたって私にきちんと利用料を支払ってくれている。契約書を作成して、国の機関に提出している。
ラスクと同様にバター餅はこっちの世界になかったようで、レシピ登録もしたとのことだ。
別に登録も利用料も要らなかった(なにしろ元は前世の知識だから)が、こうすることで、前述の本家うんぬんの問題も解決できるとのことだ。
粗悪な模造品の責任からも逃れられる、ということを教えてもらった。
その辺はディークひいおじい様やローディン叔父様、リンクさんが管理してくれている。
でも、ドーナツはこの世界の別の大陸にあったものだ。それなのに、私がロイヤリティを貰うなどとんでもない。
―――あ。それなら。
「んーと。きょうかいに、うわのせのぶん、どーなつ、おそなえちてくだしゃい」
「「「教会にお供え?」」」
みんなが首を傾げて私を見た。
「あい」
前世では、商品を買うと『この商品の〇%が〇〇に役立てられます』といったものがあった。
ちょっとした社会貢献活動に参加した気分になったものだ。
ドーナツにもこれを適用すればいいと思ったのだ。
それなら、隣のパン屋より商品の値段が高いことも、購入した貴族や富裕層の人たちも納得してくれるだろうし、自分は社会貢献をしたという気持ちにもなれる。
それに、甘いものを食べることがほとんどない教会に身を寄せている子供たちもドーナツを食べることが出来るだろう。
それにドーナツのロイヤリティなんかもらえない。
誰でも自由に作って欲しい。そもそもが私のレシピではないのだから。
価格の上乗せ分は、子どもたちに。それがいろいろ考えると、一番いい。
「そうね……。教会にはたくさん子供たちが身を寄せているものね」
ローズ母様が私の考えていることをすぐに理解してくれた。
ディークひいおじい様がやさしく微笑んで、私の頭を撫でた。
「いい考えだな。教会の供物とすれば、結果的に甘いものを滅多に食べることのできない子供たちに渡るだろう」
「上乗せ分は教会の子供たちに、か。アーシェらしいな」
リンクさんがひょいと私を抱き上げて『いい子だ』と微笑んでくれた。
この頃ディークひいおじい様とマリアおば様が私を抱っこしたがるので、リンクさんに抱っこしてもらうのは久しぶりだ。
ああ。安心する。
リンクさんの『上乗せ分は教会に』という言葉と、ローズ母様やディークひいおじい様の言葉で、『ドーナツという現物でお供えすることで、教会に身を寄せている子供たちが滅多に食べられないお菓子を食べることが出来る』ということを、ツリービーンズ親子が理解してくれた。
「すごいですね。考えもつきませんでした」
「「ほんとうね」」
マリアおば様とメイヤさんが感心して頷いていた。
「アーシェの言うように上乗せ分は現金ではなく、ドーナツでお供えしてほしい」
リンクさんの言葉に、マークシスさんが頷いた。
「価格を上乗せした分でドーナツをお供えするのですね」
「現金は人によっては着服の可能性があるからな」
かなしいが、それが現実でもある。それに受け取ってもこちらが思うようには使われないのが実情だ。
現物であるドーナツなら、お供えした後、寄進した人たちの目の前で分け与えるというデモンストレーションがあるので、見届けることが可能なのだ。
「それ、とてもいいわね。店頭にも明記しましょう。貴族の方々や資産家の方たちが菓子店でドーナツを購入すると自動的に社会貢献ができるのです。きっと受け入れられますわ」
メイヤさんが声を弾ませて言う。
「庶民向けのパン屋と価格が違うことにも正当な理由ができるし、いいな」
「うむ。この方法は貴族の義務の心をくすぐるだろう。数も結構出るだろうな」
ディークひいおじい様が満足そうに頷いていた。
「かってくれたひとに、おれいのかーどいれりゅ」
そうしたら、自分が誰かに貢献したということが実感できる。
「それはいいな。商品を入れた箱に添えることにしよう」
うんうんと言いながら、マークシスさんがメモを取っている。
リンクさんが紙に簡単に王都の地図を描いて、教会の場所を書き入れていく。
「王都には教会が数か所ある。ひと月の売り上げで締めて、ひと月一か所教会を回って行けばいいだろうな」
私たちは午前中に教会を見学してきた。
そこで、やっと最低限の食事をとることが出来るようになった現状をみんなで見てきたのだ。
だいぶ改善されてきたとはいえ、まだまだの状態だ。
なにか出来ないかと思っていたけれど、地方の一貴族が王都の教会に寄進をすることはあまりよくは思われないのだ。
デイン商会が魚をずっと寄付してきたことが、心無い貴族から悪口を言われてきたように。
でも、お菓子が孤児たちへの寄付ではなく、女神様への供物としてお供えされるなら。
それも一か所ではなく、別々の教会をまわり、何ヶ月かに一度お菓子がお供えされるくらいなら問題はないだろう。
リンクさんが、店舗で購入した貴族の名を任意でサインしてもらうことを提案した。
お供えものと一緒に教会に渡され、それは教会から神殿へと報告される。
「たくさんの貴族の名前が明記されていれば、『一貴族が人気取りにやった』と中傷されることもないだろう」
リンクさんがツリービーンズ親子に去年の教会でのいざこざや、午前中に行った教会の現状を説明すると、理解してくれた。
「でも、アーシェラちゃん。ロイヤリティを受け取らなくても、本当にいいの?」
メイヤさんが気にして聞いてきた。
もちろんだ。
私は今世、貴族の家で衣食住足りた生活をしているが、大勢の人たちは一日一日を一生懸命生きている。
私も前世一般人として働いて暮らしていたのだ。
そして、一生懸命働いた自分へのご褒美で甘いものを食べるのが楽しみだった。
だから、たまには甘いものを食べたいという庶民の人たちの気持ちも。
『せめて誕生日だけは、美味しいもので祝ってあげたい』と思う親の気持ちもわかる。
そして、教会に身を寄せている人たちが、もっともっと苦しい立場にあることも分かっている。
マークシスさん家族が大勢の庶民の為に好意で価格を抑え、わずかな利益しか生み出さないと分かっているドーナツから生み出されるロイヤリティは、今まで食べることさえままならなかった、サラさんとサラサさんの子供たちのような子に還元してあげるのが一番だ。
多くの人が喜んでくれるならそれにこしたことはない。
「あい。しょのほうがあーちぇもうれちい」
にっこりと笑って『いいよ』というと。
「アーシェラちゃん! なんて可愛いの!!」
マリアおば様にぎゅうぎゅうに抱きしめられて、頬ずりされた。
「いい子ね! ほんとうに天使だわ!!」
あう。マリアおば様、苦しいです。
「ほんとうに天使みたいね」
メイヤさんがやさしく微笑み、マークシスさんとマルクスさんがうんうんと頷いていた。
「売り上げと、教会への供物も毎月報告しますね!」
―――その数日後。
ツリービーンズ菓子店で、『天使シリーズ』で、ドーナツ各種と、小豆のあんを使ったお菓子が売り出されたのだった。
お読みいただきありがとうございます。




