95 ツリービーンズでみつけたもの
「いらっしゃいませ。マリア様! 初めまして! アーシェラちゃん!」
ここは王都の商店街の一角にある、デイン家オーナーの菓子店。
名をツリービーンズと言う。
もともとマリアおば様のお友達がやっていたお店だ。
「メイヤ、『様』は付けないで」
「だって。マリア様はオーナーですもの。他の職人の手前、キチンとしなきゃ」
そう言うメイヤさんは銀髪碧眼の美人さんで、どことなくマリアおば様に似ている。
「あなたと私は縁戚でもあるのよ。『様』を付けられると、他人になった気がするわ」
やっぱり。メイヤさんはマリアおば様の緩やかな銀髪をストレートにすればすごく似ている。
年もだいたい一緒かな?
「いいわね。『様』は付けないで。じゃなきゃアーシェラちゃんのお土産あげないんだから」
「ええ~~!」
メイヤさんは雰囲気もマリアおば様に似ているらしい。ふんわりと優しい感じがする。
「お母さん、店の入り口なんですから大きい声はやめてください。マリアおば様いらっしゃいませ」
店の奥から職人さんの恰好をした若い男性が出てきた。
銀髪に青い瞳で甘いマスクのイケメンさんだ。年のころはローディン叔父様と同じくらいかな。
「やあ、マルクス。久しぶり」
「ああ、リンク、久しぶり。―――もしかして、この子がアーシェラちゃんかな?」
マルクスさんはしゃがんで私と視線を合わせてくれた。
子どもに挨拶をするために、なかなかそういう風にしてくれる人は少ない。
計算高くパフォーマンスでやる人もいる(商会でそういう人を見てきた)が、マルクスさんは裏の意味などなさそうだ。それに笑顔が優しい。
「あい。あーしぇらでしゅ。よろちくおねがいしましゅ」
「こちらこそだよ。僕はマルクス・ツリービーンズ。よろしくね」
「本当はお父さんにも会って欲しいんだけど、今朝餅つき中に腰をやられて、今休んでいるんだよ。ごめんね」
ぎっくり腰か。痛そう。
「治療師に診てもらったし、治癒もかけてもらったからすぐ治るよ。大丈夫」
「そうなのね。じゃあ、忙しいわよね。日を改めた方がいいかしら」
とマリアおば様が言うと、メイヤさんが『大丈夫よ』と笑った。
「今日と明日は、予約のバター餅と焼き菓子だけにしたの。デリケートなクリームのケーキは見習いの職人だけではまだ店頭には出すことは出来ないから」
本職の職人さんは他に二人居たそうだが、一人は独立して故郷で店を開き、もう一人は今徴兵されてジェンド国国境に行っているそうだ。
なので、本職の菓子職人はメイヤさんの旦那様のマークシスさんだけなのだが、今朝予約分のバター餅分の餅つきをしていて、ギックリ腰をやってしまったそうだ。
気の毒に。
「誕生日ケーキも予約が入ってなかったから、ラッキーだったわ」
ショーケースは保存魔法がかかったガラス張りになっていて、前世でみたケーキ屋さんのショーケースにそっくりだった。
その中にはバター餅や焼き菓子、クッキーが陳列されていた。
菓子職人さんの芸術的なケーキがたくさん並んでいるところを見たかったけど、仕方ない。
その他に数字のバースデーキャンドルがたくさん並んでいた。
人気なのはピンクとブルー。やっぱり可愛い色が付いている方が人気で、花や剣などモチーフがついている物は子ども用に、シンプルなものは大人がよく購入していっているようだ。
「この頃は誕生日ケーキに数字のキャンドルをセットで買っていくお客さんが多いの」
その他にも、キャンドルだけの目的で来店する人もいるそうだ。
この国でバースデーキャンドルをケーキに飾って火を吹き消すという習慣はなかった。
だけど、バースデーキャンドルを暗闇で吹き消した時の、主役の特別感は格別だ。
祝う方も祝われる方も、楽しいし、嬉しいのだ。
「お店の中ではお客様が入ってきた時、私たち邪魔になるわね。厨房の横の休憩室に移動しましょう」
マリアおば様の案内で厨房の中に入り、休憩室に入る。休憩室から奥は居住空間なのだそうだ。
厨房は焼き菓子の甘い香りが残っているみたい。
「あまいにおいがしゅる」
「ええ。焼き菓子の良い香りね」
すぐに、メイヤさんがたくさんのお菓子を用意してくれた。
「ツリービーンズのクッキーとパウンドケーキよ。どうぞ」
お皿には、たくさんの種類のクッキーと木の実のパウンドケーキだ。
クッキーはバターたっぷり、ナッツたっぷりで美味しい。
「おいちーい!」
さすがは菓子職人の作ったお菓子だ。すごく美味しい。
「うむ。美味いな」
「こちらもどうぞ。昨日作ったシュークリームで申し訳ないのだけど。アーシェラちゃん、シュークリーム好きだって聞いていたから。保存魔法の箱に入っていたから大丈夫よ」
「しゅーくりーむ! だいしゅき!!」
「まあ、ありがとうございます。アーシェは本当にシュークリームが大好きなんです」
「真っ先に手に取るよな。それもカスタードじゃなく、生クリームの方が好きなんだよな」
うん。濃厚なカスタードも好きだけど、生クリームの方が好きなのだ。
ミルクのコクとあのふわっとした軽いくちどけのクリームが大好きなのだ。
「生クリームの入ったシュークリーム、美味しいわよね。分かるわ~」
メイヤさんがうんうんと頷いた。
「私、子供の頃からお菓子が大好きだったの。いろんな店のいろんなお菓子を食べていたのだけど。魔法学院の同級生だった旦那様から、けがの手当てのお礼にって、この生クリームの入った手作りのシュークリームをもらったの。それがとっても美味しくって! このシュークリームで心をつかまれてしまったのよ」
「お母さん……それ耳タコです」
今まで何百回も聞いたのだろう。マルクスさんがあきれ顔だ。
でも、このシュークリームは本当に美味しい。
メイヤさんは心だけではなく胃袋もつかまれてしまったのだろう。
「旦那様は、魔法学院に通っていた時に、菓子職人の見習いもしていたのよ。魔法も出来て、ケーキも作れるなんてすごいでしょ! それに優しいところもあって。私にはこの人しかいない! と思って。猛アタックして射止めたのよ!!」
メイヤさんは魔法学院卒業後、ツリービーンズ家のマークシスさんに嫁いだのだそうだ。
あれ? ツリービーンズ家って?
そういえば。平民には名字がない。
名字を名乗れるということは、マークシスさんは貴族なんだろう。
私が家名を呟いて首を傾げたのを見て、ディークひいおじい様は私の疑問を察したのだろう。
「マークシス殿はツリービーンズ男爵家の三男で、爵位は継げないが貴族なのだよ。ツリービーンズ男爵家は職人気質の者が多くてな。私がよく使う魔法道具店はツリービーンズ男爵家次男のマイク殿が経営しているのだ」
へえ。そうなんだ。
いつかディークひいおじい様がよく使う魔法道具店に行ってみたいな。
―――ツリービーンズ男爵家は猫の額ほどの小さな領地とのこと。
長男が後を継いだが、その他の子供たちは外に出てそれぞれに職人の仕事をする店を構えるのが常だという。
職人気質の者たちが多く、いろんな分野の職人がいるらしい。
鍛冶職人や魔法道具を作る職人、服飾の職人。そして、この店のように菓子職人となって店を経営する人もいる。
「ツリービーンズ男爵領はそう裕福なところじゃないからね。戦争が起きて、売り上げが落ちてうちの店が傾いた時に男爵家に資金援助なんて頼めそうもなかったから、菓子店を閉めようと思った。そしたら、マリアおば様がオーナーになってくれて。―――本当に助かったよ。おまけにバター餅のおかげで店も持ち直したし。本当にありがたい」
「あら。私、この店を買い取ったつもりはないのよ。このお店が大好きだから、なくしたくなくて資金援助しただけよ。でも、買い取ったことにしないと、他の所も群がってくるから便宜上デイン家の菓子店にしているだけよ。いつでも経営権はあなたたちに返すつもりでいるわよ」
だから、頑張りなさい、とマリアおば様がにっこりと微笑んだ。
「本当にありがとうございます。マリアおば様。いつか、きちんとお返しします。お金も、ご恩も」
「ふふ。マルクスが美味しいお菓子を作ってくれることが恩返しよ」
「うっ……頑張ります」
マルクスさんはまだまだ見習いなのだそうだ。
◇◇◇
「今日はケーキを作らないから、作業はほとんど終わりなんだ」
他に二人いた見習いの職人さんは今買い出しに行っているとのことだった。
いつものように材料を見せてもらうと、菓子店で使う小麦粉などの粉類や砂糖、ドライフルーツなどがあった。
もちろん、もち米もたくさんストックされていた。
そして、大きな袋の小麦粉が何個も置かれた脇に、同じような大きさの袋がたくさん置いてあった。
「これは、いろんな種類の豆です。ツリービーンズ男爵領は豆類が多く採れるんです。まあ家名にも『豆』が入ってるのは、当時の陛下が男爵家の領地の特色でお付けになったのでしょうね」
「しょうなんだ」
家名はアースクリス国王が決めて臣下に与える。
だから、四公爵家がすべて『クリス』がついていて、ものすごく間違えそうになるのは、しかたない。
王様から貰ったんだものね。
「麦も採れるけど、なぜか野菜とかの作物はあまり採れなくて。だけど、豆だけはどこの領地よりも種類が多く、収穫量も多いんです」
「フラウリン子爵領も豆類多いよな」
「そうね~。他の野菜も採れるところはツリービーンズ男爵領と違うけれど」
フラウリン子爵家はマリアおば様の実家で、将来リンクさんがフラウリン子爵となって継ぐところだ。
「なので、我が家では豆料理をよく食べるので、こちらは菓子用ではなく食事用ですね」
そう言ってマルクスさんが、袋の口を次々とあけて見せてくれた。
「レンズ豆、ひよこ豆、レッドキドニー、金時豆、黒豆、大豆……」
すごい。まだまだいろんな種類の豆がある。
トラ豆やうずら豆もある。
「これら大きい粒のものはよく売れるんですが―――こちらのものは、小さくて需要がないんですよね。なので全部領地内で消費されているんですが」
―――と、マルクスさんが言って、次に開けた袋の中に入っていたのは。
暗い黄みを帯びた赤色の、小さな豆―――小豆だった。
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