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93 だっこはだれに?

一週間ぶりの投稿です。

よろしくお願いします。



 今日はデイン伯爵家がオーナーをしている菓子店に行く日だ。


 約束は午後だったので、午前中は女神様の菊の花が咲く王都の教会に行くことにした。

 秋に一度行ったきりで、だいぶ改善されたとは聞いていたけれど、ずっと気になっていたのだ。

 それはリンクさんやセルトさんも同じだったようで、私が言うより先にリンクさんが教会に行こうと提案してくれた。

 マリアおば様やディークひいおじい様も、女神様の花が咲く教会に行ってみたいということで、ローズ母様も一緒に、みんなで菓子店に行く前に立ち寄った。



 教会の敷地内は、礼拝堂や菊の花の咲く森も、たくさんの人で賑やかになっていた。


「まあ! アーシェラちゃん。お久しぶりね。元気だった?」


 礼拝堂で祈りを捧げた後、菊の花の咲く森に行った私に声をかけてくれたのは、以前教会に来た時に一緒に菊の花の料理をした、茶色の髪と瞳のサラさんだ。

 ちょうど摘み終わったかごいっぱいの菊の花を持って、森の中から出てきたところだった。


「まあ! アーシェラちゃん。お久しぶりね。元気だった?」


 サラさんの双子のサラサさんもすぐ後に続いて森から出てきて、同じ言葉をかけてくれた。

 うむ。さすが双子。顔も声も言葉も同じだ。


「あい! げんきでしゅ。しゃらしゃんとしゃらしゃしゃんは?」

 うーむ。まだまだサ行が舌足らずだ。


「「うふふ~。とっても元気よ」」


 以前会った時はどこか怯えていたけど、今はすっかり明るくなったようだ。


 けれど、ふたりは私のすぐ後ろにいた銀髪で麗しいマリアおば様や、ローズ母様、やはり銀髪で貴族然としたディークひいおじい様に気が付き、緊張したのが見えた。


 バーティア子爵領では、ローディン叔父様やディークひいおじい様は、市井の人たちと気軽に話をするし、領民たちとの距離も近い。


 けれど、世間一般的に平民が貴族に会うことはあまりない。


 以前ローディン叔父様が、『彼女たちの昔住んでいた所の領主は評判が良くない』と言っていた。

 たしかに。戦争で夫を亡くし寡婦になった領民の援助もせず、彼女たちは放り出されたも同然だったのだから。

 領地見回り等で、領主の顔を見ることはあるはずだが、サラさんとサラサさんは、生まれてからそこを離れるまで一度も領主の顔を見たことはなかったのだそうだ。


 だから、領主と同じ『貴族』は彼女たちにとってあまりいい印象がないはずだ。


 でも、ディークひいおじい様やマリアおば様はいい人だよ。もちろんローズ母様も。




 ―――菊の花は背が高いので、私の目線では緑の茎と葉っぱしか見えない。

 森の奥まで続く、黄色の絨毯のような鮮やかな光景を見たい。

「ひいおじいしゃま。だっこちてほちいでしゅ」


「ああ、おいで。アーシェラ」

 ディークひいおじい様がにっこりと笑って私に手を伸ばそうとすると。


「まあ! 私が抱っこするわ。アーシェラちゃん。おば様にいらっしゃい」

「マリアはさっきまでアーシェラを膝に乗せていただろう」

 ひいおじい様がムッとしていうと、リンクさんが『またか』とあきれ顔をした。

 マリアおば様もディークひいおじい様も私を抱っこするのが好きらしい。

 私は抱っこが大好きなので嬉しいけど。


「ふたりでアーシェの争奪戦するのはやめてくれよ」

 リンクさんも、マリアおば様が商会の家に訪れると私を離さないのを見ているので少々呆れ気味だ。


 ローズ母様やリンクさんは笑って見ているけど、ディークひいおじい様はマリアおば様に遠慮せずに私を抱きとるので、時折ふたりの間で火花が散っているように見えるのは見間違いではないだろう。


「私、アーシェラちゃん大好きだし、子どもも大好きなのよ。家庭教師だって子どもたちに教えるのが楽しくって。本当はずっと続けたかったわ」

 結婚前にしていたという家庭教師は、マリアおば様の美しさに劣情を抱き無体を働こうとした輩がいたせいで、ロザリオ・デイン伯爵から辞めるように言われたとのことだ。

「アーシェラは私のひ孫だぞ。それに、私も教師だったのだぞ」

「おじ様は大きな子ども相手のお仕事でしょう」

「私はアーシェラの魔法教育の先生だぞ」

「それをいうなら、令嬢教育の先生は私ですわ」

 あれ? なんだか話が横道に逸れてきたような気がするよ。

 私を抱っこするのがどっちかって話だったよね? なぜお仕事や先生の話が?


 そう思っていたら、セルトさんが二人の前で頭を下げた。

「僭越ながら。―――マリア様も大旦那様も良き教育者でした。分け隔てなく教育をされていたお姿は私も心に残っております。ですが、他の模範となるお方たちがこのような争いを外で見せるのはいかがかと。―――アーシェラ様、私がお抱きいたしましょう。キクの花をご覧になりたいのですよね?」

「あい。せるとしゃん」

 ここは第三者のセルトさんを選ぶのが正解だろう。

 それにふたりのどちらかを選んだら、気になってゆっくり菊の花をみることもおぼつかなくなってしまう。

 セルトさんに抱っこされて、ちらりと見ると。


「「……」」

 ふたりとも、ばつの悪そうな表情をしていた。 

 

「ふふ。マリアおば様、おじい様。アーシェを可愛がってくれてありがとうございます。母として嬉しいですわ」

「ふたりとも愛情過多だけどな」

 マリアおば様やディークひいおじい様に初めて会ってからまだ数か月だけど、私はすごく可愛がってもらっている。とっても嬉しいし幸せだ。


 視界の隅に、あっけにとられたサラさんとサラサさんが見えた。

 どこか笑いをこらえているように見える。

 さっきまで、『貴族』にどこか緊張していたのに、私がディークひいおじい様に抱っこをせがみ、その後の展開ですっかり緊張がほぐれたらしい。

 サラさんとサラサさんはリンクさんやディークひいおじい様、マリアおば様やローズ母様にもきちんと挨拶をしていた。



「奥様! リンク様。バーティア様も。こちらにいらっしゃるのならご連絡くださればお出迎えしましたのに」

 私たちの会話が聞こえたのか、デイン商会のカインさんが、小さい建物から飛び出してきた。


 実は、菊の花が咲く森の一角に小さい作業場が建てられ、そこが菊の花の加工場になっている。


「突然思い立ったのよ。ここがキクの花の加工場ね」

「はい。教会の厨房では手狭でしたので、デイン商会で出資して建てたものです」

 ここで、菊の花の加工品を作っているらしい。


 菊の花が食用にも薬にもなる為、教会は加工作業をする近所の奥さんたちが出入りし、明るい声が教会の中に響き渡っていた。

 サラさんやサラサさんが菊の花の加工品を作る担当責任者となり、そして子供たちも明るい笑顔でキクの花のお手伝いをしていた。


「あの日以降、ならず者達が教会に押し寄せて来ることは無くなりました」

 カインさんがにっこりと笑った。

「どうやら誓約魔法がきっちりと功を奏しているようで良かったな」

「ええ、薬師のドレンさんには感謝しかありません。おかげで近所の人たちも教会に怯えずに来ることが出来るようになりました」


 あのならず者たちは教会にいた人たちの他に、礼拝の為に訪れる近所の人たちにも難癖をつけていたそうだ。どこまでもしょうがない人たちだ。


 けれど、菊の花の加工品を作るために教会に通い始めた頃から、近づいてこなくなったのだそうだ。

 たぶん、誓約魔法できっちりとその身に罰を受けたのだろう。痛そうだ。

 

 でも、みんなが安心して暮らせるようになって本当によかった。


 大人の男性に怯えていたサラさんとサラサさんの双子の子供たちも、数か月経ってだいぶ恐怖心は薄れたのか、リンクさんやディークひいおじい様に素直に抱っこされていた。

 まだちょっと笑顔がぎこちないけど、心の傷が早く癒えてくれることを祈るのみだ。


 以前は貰い物の女の子の服を着させられていたランくんも、男の子の服を買ってもらったらしい。

 サラさんとサラサさんはデイン商会の仕事と、ドレンさんの薬屋の仕事での給金で、男の子の服を買ったのだそうだ。ランくんの瞳と同じ青いズボンが似合っていた。


 秋に役人の不正が発覚した後、各教会の現状の調査がされ、教会への維持費がキチンと正当に支払われるようになって、食事内容もだいぶ改善されたという話を聞いた時は本当に安堵した。

 以前のままの食事内容では、栄養がとれず、病気だって治りきらないだろうし、子供たちだって成長に支障をきたすだろうと思っていた。

 贅沢は出来ないけれど、きちんと栄養をとれる食生活が送れるようになったことは、本当に良かった。



「カインさん。干しキクの梱包終わりましたよ」

 ひょっこりと作業小屋から出てきたのは二人の男性。

 一人はこげ茶色の髪と瞳、一人は茶色の髪と瞳。

 二人とも30代の働き盛りの男性に見える。


「紹介しますね。この二人、この教会で数か月前まで寝たきりだったんです」

「え? それって戦争の後遺症で障害を持ったとかいう?」

 リンクさんが驚いて言う。

 私も驚いた。障害のせいで教会をたらい回しにされ、レント司祭が赴任して来て、この教会に受け入れられたとのことだ。

「はい。初めまして。私はトッツオといいます。2年半ほど前にアンベール国側に徴兵されて行きました」

「初めまして。マリオンと言います。トッツオと同じアンベール国側で、敵側の魔術に巻き込まれたみたいで。命は助かったのですが、身体を動かすことが苦痛になってしまったのです」

 二人はアンベール国側での戦争で何らかの魔法のせいで身体が動かなくなってしまっていたのだそうだ。

 たくさんの人が亡くなって、自分たちが生きていたのが不思議だったとのことだった。


 ふたりの話を聞いて、ディークひいおじい様が厳しい瞳になった。







お読みいただきありがとうございます。

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