92 やめられないとまらない
誤字脱字報告ありがとうございます!
本当に助かっています。
これからもよろしくお願いします!
「どれも美味しかったわ~!」
マリアおば様の素直な感想に、みんな深く頷いている。
よかった。どれも私の好きな料理ばっかりだったのだ。
「ところで、さっきからまた揚げ物の音がするが、なんだ?」
実は、みんなで歓談している間に、料理人さんにレシピを伝えてもう一品作ってもらっていた。
これも思い出したら絶対に食べたくなったのだ。
揚げ物がこの国になかったというのなら、あれも初めて食べるものだろうと思う。
楽しみで笑みがこぼれる。
「さいごに、あとひとちゅ」
「揚げ物だな。楽しみだな」
そう言うリンクさんに、皆が同意している。
私が好きな、揚げたいも餅もアメリカンドッグも絶賛されたので、次のものも絶対に受け入れられるはずだ。
ふふ。次のはみんなが絶対に好きな揚げ物だよ。
私もすごく楽しみだ。
10分ほど経った頃、料理人さんが厨房から出てきた。
「―――お待たせしました。アーシェラ様からジャガイモの揚げ物を指示されていたのでお作りしました」
ジャガイモの揚げ物。
―――そう、私の大好きな『フライドポテト』だ。
あの、熱々の美味しさが堪らないフライドポテト!!
持ってきたのは、サンドイッチを作るはずだった料理人さん。
名前はカリオンさんと言う、黒髪にこげ茶色の瞳の20代の若い料理人さんだ。
カリオンさんは、さっきオムライスの作業中に突然サンドイッチのことを思い出して『申し訳ありません〜!!』と思いっきり謝罪してきたので、サンドイッチの代わりに、フライドポテトを作るように手順を教えてお願いしていたのだ。
だから、オムライスの試食が終わると、早々に厨房に戻り、調理してもらった。
オムライスの試食前に下ごしらえは済んでいたので、揚げるだけだ。
軽く小麦粉をまぶし、低温と高温で二度揚げして、熱々に塩を振ったシンプルなフライドポテトだ。
いも餅やアメリカンドッグを作った時から、フライドポテトが食べたくてしょうがなかった!
ポテトが揚がっていくと、香ばしい香りが食堂まで漂ってきていた。
ふああ〜! 香りがすでに美味しい〜!
「すごくいい香りがするな」
「香ばしいですね」
そう。フライドポテトの香りは食欲をそそる。
昔ドライブスルーでフライドポテトを購入し、『家に帰ってから』と思っていたのに車内に充満したいい香りに負けて手を出してしまった。
それに揚げたて熱々で食べるのが一番なのだ! と自分に言い訳しつつ。
家までたった5分の道のりなのに、その5分が待てなかったな~と懐かしい記憶が甦った。
ここにいるみんなが絶対に好きな味だ。
一度食べ出したらやめられないし、止まらなくなること請け合いだ。
それにせっかくケチャップを作ったのだから、塩味だけではなく味の変化も楽しめるだろう。
カリオンさんが持ってきたフライドポテトの皿は、私たち用と、料理人さん達用に一皿ずつ。
「へえ? ジャガイモを切って揚げたのか」
「はい。水にさらして水気を切ったジャガイモに軽く小麦粉をふって、揚げたものです―――どうぞお召し上がりください」
カリオンさんは自信に満ちた表情で、フライドポテトをみんなに勧めた。
ひとり厨房でフライドポテトを作っていたカリオンさんは、厨房で揚げたてを試食している。
食べてみないと分からないからね。
揚げたてのフライドポテトは本当に美味しいのだ。
カリオンさんも美味しかったらしく、私を見て深い笑みを浮かべて頷いていた。
試食する時の一口目は、みんな同時に。という暗黙のルールが出来たらしい。
『いただきます』の言葉の後、みんなで一緒にフライドポテトをぱくり。
「うっま! これ、うっまい!!」
リンクさん。今日一番の反応だ。
「うむ。塩味がついてこのまま食べれるのだな。これは旨い」
「揚げるとジャガイモの表面がカリッとして、中がホクホクになるのね。シンプルだけどとっても美味しいわ」
「さっきのいも餅は表面がカリッとして、中がホクホク、モチモチだったわ。こっちは素材そのままなのね。とっても美味しいわ!」
そう。ジャガイモは揚げただけで美味しくなる野菜の代表格だ。
ひとつ食べると、その美味しさでエンドレス。
無くなるまで食べ続けてしまうのだ。
「塩味だけなのに本当に美味い」
「揚げただけで、ジャガイモがこんなに美味しくなるんですね」
「カリッとしてホクホクして、美味しいです!」
「揚げるっていい調理法ですね!」
料理人さん達もフライドポテトの虜になったようだ。
それに今のは揚げたてだし、本当に美味しい。
「「美味しいです!!」」
「「うまーい!!!」」
おかわりのフォークが誰一人止まらない。
ひとつのフライパンで一度に揚げる量は限られているので、この人数で食べたら、本当にあっという間に無くなった。
「―――とまとけちゃっぷ、ちゅけるとおいちいのに」
私がそう言う前に、お皿の上のフライドポテトはもうすでに無くなってしまっていた。
私がポツリと言った言葉に反応したのは料理人さん達だ。
私の呟きに、料理人全員が目をカッと見開いて。
「もう一度作ります! お待ちください!!」
と言って、料理人さん達が全員で厨房に戻って行った。
なぜ、全員? と思ったら。
「これだけ美味いならもっと食べたいって思うよな~」
リンクさんの言葉にディークひいおじい様やマリアおば様も同意していた。
「うむ。ジャガイモ料理で一番美味いと思ったぞ」
おや。ディークひいおじい様、ハマりましたね。
「本当ね! ジャガイモって料理の付け合わせが多いけど、同じ付け合わせなら、私こっちの方がいいわ!」
そう言うマリアおば様にローズ母様が同意している。
「ええ。そうですわね」
「付け合わせの量じゃ全然物足りない!」
とリンクさんが力いっぱい主張している。
どうやらがっちり心を掴まれたようだ。
うふふ。やっぱりフライドポテトは美味しいよね!
厨房ではカリオンさんから手順を聞いて、全員で大量のじゃがいもを処理しているようだ。
こっちの世界のじゃがいもは水にさらす時間が少なくて済むので、調理時間が短縮できる。
30分もすると、大量のフライドポテトが再びテーブルに乗った。
どうやら揚げるフライパンも増やして作ったようだ。
最初の量に比べて10倍はあろうかというフライドポテトが大皿に盛られ、テーブルに置かれた。
うわあ、すごい量だ。
「じゃあ、塩味とトマトケチャップをディップして食べ比べしましょう!!」
マルト料理長の仕切りで再びフライドポテトに手が伸びる。
「ほんとだ。トマトケチャップつけると味が変わって美味い」
「そうね。塩味だけでも十分美味しいけど、トマトケチャップをつけても美味しいわ」
私も塩味で十分美味しいと思う。
でも、トマトケチャップがあると味の変化を楽しめる。
「しおあじ、しゅごくおいちい。たまに、とまとけちゃっぷちゅけるのがしゅき」
その言葉に料理人さん達が思いっ切り頷いた。
「「「ほんとですね!!」」」
「塩味でも十分美味しいですが、たまにトマトケチャップをつけると味に変化があって楽しいです」
「美味しいです~!」
あんなにたくさんあったフライドポテトが、またあっという間に無くなった。
じゃがいもが苦手だと言っていた料理人さんも、ものすごい勢いで食べていた。
「これからは、このトマトケチャップも調味料として常備します!!」
「じゃあ、出来上がったものを商会の家にも貰いたいわ」
「はい! ローズ様! ご用意いたします!!」
どうやら商会の家にもトマトケチャップが常備されそうだ。
トマトケチャップは作るのにとても手間がかかる。
前世のようにミキサーも無いし、すべて手作業なのだから完成までは本当に時間がかかる。
料理人さん達が作ってくれるのは本当にありがたい。
ケチャップのレシピを書いているマルト料理長を見ていて、ふと思い出したことがあった。
『ホットドッグ食べる時、アメリカンドッグと同じようにトマトケチャップとマスタードをつけて食べると美味しい』
と言ったら、すぐに料理人さんが反応して細長いパンや材料を用意してきたので、料理人さん達にリンクさんも加わって、ケチャップとマスタードを付けたホットドッグの試食となった。
え? まだ食べるの? と思ったら。
『料理人は食べて味を覚えるのが重要』なのだそうだ。納得。
これまでホットドッグはパンに挟んだ野菜と味が濃いソーセージだけの味で食べていた。
それだけでも美味しいけど、トマトケチャップとマスタードを付けるとさらに美味しくなる。
「おれはケチャップとマスタード付けた方がいいな!」
とリンクさんが気に入っていた。
「トマトケチャップの旨味と酸味と甘さ、マスタードのアクセントが加わって、さらにホットドッグが美味しくなりました」
と、料理人さん達にも受け入れられたようだ。
「こんな食べ方もいいですね!」
とマルト料理長も絶賛してくれた。
バーティア家別邸のマルト料理長が書いたレシピは、バーティア家本邸のトマス料理長と、デイン家別邸のクラン料理長にも渡すのだそうだ。
今日作った料理は、いも餅に、トマトケチャップ、アメリカンドッグにオムライス。そしてフライドポテト。
―――なんだか久しぶりに料理をした気がする。
ローディン叔父様が出征してから、食事の用意のお手伝いはしていたけれど、自らこうやって作ることはしなかった。
そういう気力が出なかったからだ。
―――でも。
ローディン叔父様は、私たちのこの日常を守るために戦争に行ったのだから、と少しずつ少しずつ心を落ち着かせてきた。
そして、優しい人たちが私をいつも気遣ってくれていたから、やっと前を向こうと思うことができた。
―――大丈夫。私はここでローディン叔父様を待つよ。優しい人たちと一緒に。
だから。ローディン叔父様。絶対に無事に帰ってきて。
そしたら、オムライスにトマトケチャップで『大好き』って描くから。
「―――おじしゃまにも、おむらいすちゅくってあげたいでしゅ」
そう呟くと、ディークひいおじい様やリンクさん、ローズ母様やマリアおば様が驚いたように目を見開いて私を見た。
ああ。ローディン叔父様が出征してから、自分からこういうことを言うのは初めてかもしれない。
すごく心配かけてしまっていたのだと思う。ごめんね。
「かえってきたら、おむらいすちゅくって、『だいすき』って、かく!!」
みんなの目がふと優しくなって、目を細めて微笑んだ。
「―――ああ。ローディンも喜ぶぞ」
「ぎゅうぎゅう抱きしめて離さないぞ、あいつ」
「「ふふ。目に浮かぶわね」」
うん。たぶん、ぎゅうっと抱きしめて、頬ずりもしてくれるはずだ。
ローディン叔父様が無事に帰ってきた日は、オムライスを作ろう。
―――そう決めた。
お読みいただきありがとうございます。




