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9 蜂蜜とろう! 1

 

 アーシェラ3歳の初夏。


 リンクさんと田んぼに行った数日後に、ローディン叔父様と一緒に公園近くにあるラスク工房を訪れた。


「わああああっ!」

 叔父様と一緒に店舗側ではなく、工房側の入り口から入ろうと裏側にまわったところで、ラスク工房の裏の庭から、ディークさんの叫び声が聞こえた。



 その声に驚いた工房のみんなが外に出ると、庭の隅の物置のあたりからディークさんが木箱を抱えたまま、走ってきた。


「アーシェラ様っ! 来ちゃいけねぇ! 蜂っス!!」

「蜂だと?」

 見ると、通りとの境の柵のあたりに、数匹どころではない数の蜂が飛び回っていた。

 庭には数本の木があり、木の枝葉に隠れるように物置があった。

 その物置を建てる時に切ったであろう、木の切り株の上に何やら箱があり、そこから蜂が噴き出していた。

 それこそ、うじゃうじゃと。

「きゃああっっ! ちょっと! なんなの!」

「ええ!? 何で?! 何この大群!!」

「なんでここに蜂が!! ここに蜂がいるって聞いてないわよ!!」

 ん? 聞いてない?

 近所からラスク工房に働きにきているサキさんが不思議なことを言った。


「わかんねぇ! ラスクを乾燥させる網を取りに行ったら、突然出てきたんだ!!」

 ディークさんが抱えていた木箱。

 ラスクを作る際にパンを乾燥させるために木枠に針金を渡した網が入っている。

 在庫を一箱抱えたところで、物置横の切り株のうえに結構前に放置して忘れていた箱に気が付いて、物置に戻そうかと近寄ったら大量の蜂が出てきたとのこと。


 蜂の箱への出入りを冷静に見ていたサキさんが、明るい茶色の目を細めて言った。

「この数って、あの箱の中を巣にしてるってことだよね」

「えええ? 木の枝とかに巣を作るんじゃないの?!」

「サキ、あなたのお父さん蜂の巣採りしてたよね! どうにかできないの!?」

 そうか! サキさんのお父さんは農作業の傍ら蜂蜜採りをしていた人だった!

 毎年、商会に蜂蜜を持ち込んでくれていたハロルドさんだ。

 ハロルドさんはサキさんと同じ明るい茶色の髪と瞳の、冷静というか落ち着いている感じのおじさんだ。

「呼んでくることはできるけど、父さんだってあれは初めてだと思うわ。それに足を弱くしてるから無理はさせたくないのだけど······」



「驚いたせいでこのひと箱しか持ってこれなかったっス」

 ふーふーと息をあげながら、ディークさんが持ってきた箱を地面に置いて蓋を開けた。

 その木箱の中には、40センチ×50センチ程度の木枠の網が縦に10枚入っていた。

 あれ? この形状見たことあるぞ。

 これって、あれだよね!?


「あのはこ。いちゅからあしょこにあった?」

「ええと。一月くらい前ですかね。大量に納品された中に、木枠がささくれたのが何個かあったんで後でヤスリがけしようと思って端に寄せて置いたんです。おまけに箱がひとつ不良品で。側面の下に少し隙間が開いてたんで、それにまとめて入れて置いたんです」


「そしてそのまま物置横の切り株に乗せて忘れてしまったのね」

「物置のカギを持ってるのがディークさんだけだから私たちも近づかないし。工房からも見えないしね」


 みんなの声にますますディークさんの声に力が無くなっていった。

「~~そうっす。あそこに置いたことすら忘れてました。使っていたものがくたびれてきたんで交換しようと思って一か月ぶりに······だから一か月はあそこに放置したままでした······」


 

 みんなの話を聞いて、私の瞳が輝いた!

 やっぱりそうだ!!

 さっき通ってきた公園はアカシアの白い花が満開だった。

 このラスク工房の庭にも数本アカシアの木がある。

 物置の軒下で雨露をしのげて、風通しのいい木陰。

 蜜をたっぷり含んだ花。

 巣箱の条件を満たした箱。


 そして一か月経ったなら蜂蜜が採れるはず!!


「はちみちゅ!!」

 あれは蜂蜜が入った宝箱!!


「は?!」

 指をさし叫んだ私を見て、ディークさんがぽかんと口を開けた。

「アーシェ」

「はちみちゅ、あかしあのはちみちゅ!」

 ローディン叔父様! あの中にいっぱい蜂蜜が詰まってる!!

 説明したいのに長文が話せない。難儀なことだ。

「アーシェ、落ちつけ。蜂蜜が食べたいのは分かるが、刺されるぞ」

「そうですよ。アーシェラ様。私の父は蜂の巣を採る時に何度も刺されていました」

「そうだよな〜採取するのも大変だから蜂蜜高いんだし」


 みんな、蜂蜜が入っていると思っても、危険なものであるという認識が共通している。

 え? じゃあ。

「あれどうしゅるの?」

 ローディン叔父様がすっと私から目を逸らした。

「あ〜〜。魔力で燃やすか。そうすれば被害が少なくて済むし」

 燃やす? 私は目を思いっきり見開いた。

「や!! はちみちゅ!!」

 そんなことしたら、蜂蜜だけじゃなくて蜂さんもかわいそうだ!

 興奮してて『はちみちゅ』としか言えないのがもどかしい!


「アーシェラ、刺されたら大変なんだよ」

 工房のみんなの安全の為にも聞き分けてくれ、と言われたけど。

 蜂蜜は採れなくてもいいから、燃やしちゃダメなの〜っ!


 そんなやり取りをしていたら。

「あ!! ちょっといけない! わすれてたわ!」

「「あ!!」」

 なぜか急にサキさんたちが慌てて工房の扉を開けて入っていった。

 そのすぐ後に。

「「「きゃあああ!!」」」

 皆の叫び声と一緒に、工房の中から煙が外に出てきた。

「ちょっと蜂に気を取られてたら、ラスク焦げちゃった〜!」

「炭みたいになってるわ!!」

「ヤダ! 工房じゅうが煙い〜!!」

「工房から出ないと!!」

「でも外には蜂がいるのよ!」

 まずい! このままじゃすぐに叔父様が巣を燃やしちゃう!!

「ゴホっ! ゴホっ! 煙が!」


 煙?! 煙だ! そうだ!!

「おじしゃま!!」

 ローディン叔父様の腕を力いっぱいひっぱった。

「アーシェ?」

 

「おじしゃま! おねがい!! このけむり、あのはこにやって!!」

 薪オーブンからモクモク出る煙、これを利用しない手はないのだ!

「煙?」

「おねがい。おじしゃま! あのはこにけむりかけて!!」

 腕をひっぱって何度もお願いすると。

「〜〜なんだかわからないが──わかった。──《風よ行け》」

 叔父様は『??』を顔にはりつけたまま、風魔法を行使した。

 魔法の風は一瞬でオーブンの火を消し、部屋中の煙が渦巻いて球体のように纏まり。

 ──そして煙入りの球体は外に出て、蜂の巣箱をすっぽりと覆った。


 ──するとすぐに蜂の羽音がなくなった。


「──あれ? 蜂おとなしくなった?」

「羽音がしないわ!」

「え? え? 動かないわよ?」


「ひともどうぶつもけむい。はちもおなじ」

 本当の理由はわからないけど、説明がうまく出来ない。

 だからこれで納得してほしい。

 煙の二酸化炭素に驚いて気絶するとかが有力らしいけど、よくわからない。


「っ! そうか!」

「蜂も苦しくなって動けないのね!」

 みんな納得してくれた?

「でぃーくしゃん、わらもってきて」

「焚き付け用の藁ならここに!!」

「おじしゃま! これ!」

「ああ」

 みなまで言わなくても、ローディン叔父様は分かったらしい。

 

 一束の藁がローディン叔父様の魔法で舞っていき、蜂の巣の近くで丸まって燃え上がった。

 そしてその煙を空気のカプセルにして蜂の巣に被せた。

 蜂の巣の周りには蜂がいなくなり、蜂の羽音もしなくなった。


「えーと。ずいぶんおとなしくなったみたいだけど、どうするんですか?」

 ディークさんが言ったので、とうぜん。

「はちみちゅ、とる!」

 と宣言した。

 誰も行きそうにないから、私が行く!


「こら! アーシェ! アーシェはダメだ!」

 ひょい、と、私が駆けて行けないように叔父様に抱き上げられてしまった。


「私が! 私がやります!」

 蜂の巣の解体ならできるんです! とラスク工房のサキさんが手をあげて、素早く蜂の巣の箱のもとに行った。

 ん? 解体の前の段階だよ? と思ったけど、やってくれるのなら大歓迎だ。

「え、えーと······」

 思った通り。

 サキさん、勢い込んで行ったものの、手を止めてしまった。

 でも、採取には時間をかけられないのだ。


「ふたあけて」

「は、はい!」

 サキさんはそっと蓋を外して横においた。

「いた、ひとつとって」


「はい! わ。蜂が〜〜気持ち悪い〜〜!」

 うわ。蜂が板いっぱいにびっしりくっついている。

 気持ちいいものじゃないな~~ざわざわする~~


「はちを、したに、ふんっておとす」

 たしかそれで大分落ちるはずだ。

「はっ、はい〜〜! えいっ! あ、すごい。蜂が落ちた」

「だれかべちゅのきわくいれて、ふたすりゅ!」

「ハイっ!」

 工房のマリさんが、さっきディークさん持ってきた箱の中から一枚板を持って、すばやくサキさんの傍に走って行って、板をセットした。

 次にディークさんが。

「オレが蓋する! ──よし!」


「てっしゅう!」

「「「はい!!」」」


 すばやく工房の中に入って、扉を閉めた。

 これでもう大丈夫だ。


「やった〜!」

 ディークさんが蜂の蜜が入った板を掲げて小躍りしている。

 ラスクの時にも見たなあ。これ。


「って。これって蜂の巣、よね?」

 マリさんが見たことのない蜂の巣をツンツン指でつついた。

 他のスタッフさんも興味深そうに囲んでいる。


「はちみちゅ〜! あかしあのはちみちゅ!」

「そうですね。さっそく採蜜しましょう」

 サキさんがそう言って、パレットナイフを持ってきた。

「丸い巣を取ると、蜂蜜だけじゃなく幼虫もいて気持ち悪いんだけど、これについてるの蜂蜜だけみたい!」

 それはよかった!

 幼虫は居ると思っていたから、入ってない方がもちろんいい。

「蓋になってる蜜蝋を削って、ボウルに入れて、わあ! すっごい! 六角形!! ちゃんと蜂の巣の形になってる!」

「蜂の巣って初めてみる! わ〜! すごい!! キレイな六角形! なんでこんなにキレイに出来るの!?」

「この六角形の中にひとつひとつ蜂蜜入ってるのね! すごい!!」

 工房の作業台の周りで、みんながサキさんの作業に見入っている。


「へえ、こういう風になっているのか」

「出来上がったものしか知りませんからね~。感動っス」

 叔父様もディークさんも感心している。


「はちみちゅ、しぼる」

「そうですね! キレイな絞り布に入れて」

 巣を何個かに割って、絞り布に入れて。

「絞る!」


 とろり、と。黄金色の蜂蜜がボウルに絞られて、次に大きめの瓶いっぱいに移された。


 みんなが瓶に詰まった黄金色の蜂蜜を見て、ほう、とため息をついた。


「なんかすごかったですね······」

「蜂を見つけてパニックになって」

「それに気を取られて工房が煙だらけになって」

「ローディン様が魔法を使って」

「工房のスタッフだけで蜂の巣を採って」

「蜂蜜を絞った、なんて」

 その間わずか一時間ほどのこと。

「なんか、すごいことをやってしまったような気がする」


 魔法をみるのも初めてだし。

 蜂が煙でおとなしくなるのも初めて知ったし。

 ラスクの網と箱で蜂蜜が採れたのはもう青天の霹靂だ!


 みんなが呆けているので、比較的に冷静だったサキさんにねだって小皿に蜂蜜を入れてもらった。

「おじしゃま!! あかしあのはちみちゅ!!」

 指に蜂蜜を付けて、ぱくり。

「おいしーい!!」


「そうだな。よかったな」

 叔父様がサキさんからスプーンを受け取って、口に含む。

「······燃やさなくてよかったな。美味い」

 そう言って、叔父様が窓の外を見やった。

 ここからは蜂の巣が見えないが、視線の先の、高いアカシアの木には花が咲いている。

 よく見ると、蜂が飛んでいるのが見える。


「あれ面白いですネ。あの箱が蜂の巣になっちゃったんすね」

「あれを見て蜂蜜採れるなんて普通思わないよな」

「アーシェラ様。味覚センサーというか、食べ物センサーがあるんじゃないですか? あと! 料理の才能は確実ですよね! ラスクの味付け百発百中だし」

「それにしても煙の件は考えたことなかったな」

「言われてみたら確かに? という感じでしたね~」

「だが、今まで蜂の巣を取るのに煙を使うとは聞いたことがなかった。他は分からないが、少なくとも、代々蜂の巣を採ってきた家のサキが知らないのだから、あまり使わない手法かもしれないな」

 そうかもしれませんね~、というディークさん。

「ふふ。アーシェの、あの蜂蜜への執念は凄かったな」

「ハハハ。女性と子供は甘い物大好きですからね〜! ウチの妻も新作スイーツ買っていくと、大好きって抱きついてくれるんですよ〜!」

「······なるほど。それはいいな」




「おじしゃま! あーしぇあのはこほちい」

 蜂蜜が採れたうれしさでそう訴えたら。

「蜂蜜は採れる様に手配するから、あれを家に持ち帰るのは諦めなさい」

 といわれた。······あれって? さすがにあの巣箱は持ち帰らないよ、叔父様。

 でも、蜂蜜を採るって言った?

「ほんと? いっぱいとりゅ?」

「ああ。あのやり方なら蜂を飼うことも出来そうだ」

 どうやら、叔父様は養蜂を進めていくことを決めたらしい。



「ディーク。あの箱とラスクの網······いや、蜂の巣箱を発注してくれ。箱はあの隙間も完全再現で。あとは試行錯誤だな」



 と、叔父様がディークさんに指示をしている時。

「──あの。お願いがあるのですが」

 ──と。サキさんが叔父様に真剣な顔をして頭を下げたのだった。





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「9 蜂蜜とろう! 1」において >アーシェラ様。味覚センサーというか、食べ物センサーがあるんじゃないですか? という台詞があります。  「センサー」とは「対象となるものの物理的または化学的な数値…
[一言] 幼児にはちみつは与えてはいけません。 毒になるので最悪 死にます。
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