88 王都のバーティア家別邸
今回からアーシェラのお話になります。
少し長くなったので二つに分けました。
本日もう一話掲載します。
王都に来てから三日が経って。
ディークひいおじい様が仕事で王都にやってきた。
今日の午前中にデイン家にやってきたディークひいおじい様が、『王都のバーティア家別邸においで』と誘ってくれたので、行くことになった。
私はいままで王都にあるバーティア家の別邸に行ったことがなかったのだ。
ちなみにダリウス前子爵はマリウス領の別荘に行ったきりらしいので、ローズ母様も安心して頷いていた。
バーティア家の王都別邸はデイン伯爵家の別邸に比較的近いところにあった。
別邸の大きさも、デイン家の別邸と変わらないらしい。
にもかかわらず、ローズ母様がバーティア家に行きたがらないのは、父親の存在がだいぶ大きいんだろうな、と思う。
「大旦那様、お帰りなさいませ」
「うむ」
「ローズ様、アーシェラ様。お帰りなさいませ」
私に『いらっしゃいませ』ではなく、『お帰りなさい』と言ってくれたのは、執事のビトーさんだ。
数人の侍従やメイドたちがそれに従って、同じ言葉をかけてくれた。
「あい。ただいまでしゅ」
せっかく言ってくれたので、返事を返す。
ちなみに私はディークひいおじい様に絶賛抱っこされ中だ。
「うふふ。王都のバーティア家に来るのは久しぶりだわ~~」
マリアおば様が嬉しそうに声をあげた。
いつもは王都のデイン家の方に私やローズ母様が行っているので、マリアおば様とリンクさんを、今回はバーティア家にご招待したのだ。
「いつもはバーティア家の本邸に行っているからな。王都別邸はものすごく久しぶりだ」
リンクさんも懐かしそうにバーティア家を見上げていた。
今日はマリアおば様とリンクさんもバーティア家別邸にお泊まりだ。
「本日は雪が降りましたので、冷えております。どうぞ中で温まってくださいませ」
「そうだな。温かい飲み物を出してもらおうな。アーシェラ」
うん、あったかいミルクもいいけど。
「ひいおじいしゃま。あーちぇおにゃかしゅいた」
「―――ああ、そうか。悪いことをしたな。私の仕事のせいでお昼を食べていないものな」
今日は昼前にひいおじい様がデイン伯爵家別邸にお迎えに来てくれたが、途中で立ち寄ったところで、知り合いに会ってしまい、真剣そうに話し込んでしまったのだ。
お菓子は貰ったけど、お腹がすいた。
「では何か作らせましょう。少しお時間下さいね、アーシェラ様」
「あい。おねがいちましゅ」
時刻はお昼を過ぎて、すでにおやつの時間に近い。
もしかしたら、夕飯の下ごしらえとかしているかもしれない。
「ひいおじいしゃま。あーちぇ。ちゅうぼうみたい」
「ああ。もちろんいいぞ」
そう言うと、みんなでそのまま厨房に直行した。
―――そうなると、料理人さん達が慌てるのは当たり前のことだ。
「お、大旦那様!! ローズ様!! 申し訳ございません。まだ時間がかかります」
料理長のマルトさんという人が、出てきてこげ茶色の頭を下げた。瞳も同じこげ茶色をしている。
「気にするな。軽食でいいのだ。出来るまで少し見させてもらう」
「は、はい……」
みんなはどうやらパンを使ってサンドイッチを作ろうとしているらしい。
パンや野菜が見えていた。
私は例によって食品庫を見るのが好きだ。
見ていると楽しいのだ。
商会の家にはない食材を見つけるとわくわくしてしまう。
食品庫の片隅に、出来上がった寒大根が吊るされていた。
ひとつの紐に5個ずつ吊るされているものの中から何個か無くなっているのを見て、ちゃんと食材として使っているのだろうと、ひとりで納得した。
食品庫をひととおり見て戻ってくると。
茶髪に茶色の瞳の、菓子職人のファイランさんがにこやかに聞いてきた。
「アーシェラ様! パンケーキお好きですよね?」
ファイランさんはバーティア家本邸にいる菓子職人のハリーさんと同じく、有名な菓子店の支店に昔勤めていた。
菓子店が経営不振で支店を閉めた時に、ハリーさんとファイランさんは、ディークひいおじい様にバーティア家の菓子職人兼料理人として雇われた。
ハリーさんはバーティア子爵領の本邸に、ファイランさんは王都の別邸に。
ファイランさんは30歳を過ぎたそうだけど、童顔なのでまだ20歳そこそこに見える。お兄さんみたいな感じの人だ。
「あい。しゅきでしゅ」
「では軽食と一緒にご用意しますね」
そう言うと、手際よくフルーツを用意してカットし始めた。
甘いパンケーキにはフルーツを添えるのが定番。
そのフルーツの飾り切りが、見事で、やはり職人技だ。と感心する。
ファイランさんの手でフルーツがどんどん綺麗にカットされていくのを『しゅごい!』と絶賛しながら見ていたら。
ファイランさんが『照れますね』とはにかんでいた。
「―――ハリーからいろいろ聞いてました。バター餅、絶品ですよね」
ハリーさんがデイン家の菓子店にバター餅の作り方を指導する為に王都に来た時、この別邸に滞在していたそうだ。
「そうなの!! バター餅美味しいわよね!!」
マリアおば様がすごい勢いでファイランさんに詰め寄った。
マリアおば様、ファイランさんびっくりしてるよ。
そんな時、ふと、テーブルの上に置いてあるいくつかの鍋が気になった。
「あれ、なあに?」
「あー。あれですね。賄いに味噌汁を作ったのですが、少しだけ残ったものなのです」
寸胴鍋のふたを開けてもらって見てみたら、なるほど。残りものだ。
味噌汁の汁がほとんどなくなって、ジャガイモとインゲンとニンジンが残っている。
「隣の鍋は何かしら?」
「残ったごはんです。その隣の大鍋は作りおきのトマトソースです」
ピンときた。今なら簡単に残り物で作れるものがある!
「このふたちゅのおなべ。ちゅかっていいでしゅか?」
「もちろん大丈夫ですが。……残り物ですよ?」
「まあ、好きにさせてやってくれ。アーシェの作るものは面白いし、美味いぞ」
リンクさんが助け舟を出してくれた。
「で、アーシェ、何をすればいい?」
「そうね。私もやりたいわ」
リンクさんもローズ母様もやる気満々だ。
それならお願いしよう。
まずは、ファイランさんに寸胴鍋に残っていた具材をボウルに空けてもらった。
大き目に切ったジャガイモが20個ほどと、インゲンとニンジンが少し。
ローズ母様にそれをマッシャーで潰してもらい、少しの砂糖を加え、お玉で少しだけ残っていた味噌汁を混ぜ合わせる。
そこに片栗粉を適量入れよく混ぜ合わせて、適度な硬さにする。
「?? 残ったジャガイモに片栗粉? 片栗粉はジャガイモから出来ていますが……こんな使い方はしたことがありません」
ファイランさんが顔に『??』を張り付けている。
適度な硬さになったので、直径5cmくらいの棒状にしてもらって十等分に切ってもらった。厚さは1cmくらいになった。
「アーシェ。これはなあに?」
大体完成形が見えてきたところでローズ母様が聞いてきた。
「いももちにしゅる」
「「「いも餅?」」」
ローズ母様、リンクさん、ファイランさんの声が重なった。
お読みいただきありがとうございます。




