87 旅立ち
アーシェラの父、アーシュさん視点 今回で終わります。(長かった……)
次回からはアーシェラのお話になります。
父が去った後、クロムが大きく息をついた。
「はああ~~~。すごかったですね~~!!」
「本当だな」
「アーシュさんよ。おめでとう。父親になったんだな」
「ありがとうございます。妻に似て可愛い子らしいです」
「女神様の加護を与えられているって、すごいですね! こんなにすごい女神様に愛されているってことなんですよね!!」
「アーシュさんの娘さんが女神様にアーシュさんの無事を祈ってくれたおかげで、この森を出られるのだな。本当に感謝しかない」
「創世の女神様は必然を与える、と言われています。私の娘が加護を与えられているのも、そしてアンベール国を真に思っているあなた方と私がここで一緒に暮らしたことも、『必然』だと思っています」
「『必然』か……」
メルドが呟いた。
「アーシュさん。―――私たちの国は、長きにわたりアースクリス国に理不尽なことをし続け、あまつさえ理不尽な戦争を起こした。そして、アンベール国の民をも巻き込んでしまった。―――私は、サマール陛下を弑し、アースクリス国との戦争を即刻止めさせて、アンベール国を立て直すつもりでいます」
カリマー公爵のその言葉の後、メルドが続けた。
「―――停戦ではまた同じ愚挙を繰り返す。今までの歴史を振り返ってもわかる。―――だから、アンベール国は、アースクリス国の属国になる。『誓約』をして『アンベールを永世的に属国』とする考えだ」
メルドのその言葉に私たちは瞠目した。
「―――だが、そこまで持っていくのは大変だろう?」
簡単に出来ることとは思えない。そもそも、サマール国王の後に立つ王が同じ考えでなければ、それは不可能になる。
「メルドよ。そなた……」
「俺はアンベールを守りたい。この大陸もアンベールも、俺の故郷だ。大陸の女神様は寛大な心をもって俺たちの祖先を受け入れてくれた素晴らしい女神様だ。その女神様に離反した俺たちの祖先が悪いんだ。俺は女神様に恩を返すように、これからのアンベールを作る。それには、それを十分に知る者が次の玉座に立たなきゃならねえ」
メルドはそこで右手の親指で自分を指差した。
「―――幸いにも、おれはサマールのまた従兄弟だ。末席だが王位継承権もある。―――俺が、王位をとる」
「メルドを王座に座らせるのか―――骨が折れる作業だが、それが最善じゃろう。―――だが、よく決意したな」
「女神様は『必然』を与えるんだろう? 俺はこの森で5年もの間、ずっと考えていた。何百人もなすすべなく命を落としていくのを助けられなかった悔恨が俺の中にはある。―――王に注意を促せる人物はことごとくいなくなり、おもねる者ばかりが残る。―――アンベールはこのままでは内側から腐り落ちていく、と」
「―――すでに、引き返すことが出来ぬほど腐っておるのじゃろうな」
この森に来てからメルドは5年、カリマー公爵は4年経っていた。
その間に、数百人もの仲間がこの森で命を落としてしまったのだ。
アンベールを思うゆえに、思いとどまって欲しいと王に意見をした結果、心ある人々が大勢いなくなってしまった。
アンベールの王宮には、悪政を敷くサマールを止めることが出来る人間がすでにいないはずだ。
「俺だったら民を苦しめる戦争はおこさない。俺だったら闇の魔術師を引き込まない。『俺が王だったら』―――って。ずっと、そう思っていたんだ」
「俺が王だったら、サマールとは別の選択をする。絶対にこれ以上民の命を無駄に散らさせない。俺はここを出て、サマールを玉座から引きずり降ろす。―――その後をどうするか、空いた玉座を誰に託すかをずっと考えていたが―――さっきのクリステーア公爵の言葉で心が決まった。これは、女神様の信頼をもらった俺じゃなきゃ出来ないと」
覚悟を決めたと、メルドが言う。
「俺はこれからの人生をかけてアンベールを導いていく。もちろん、これまで政治にかかわって来なかった分俺は未熟だ。だが未熟さは周りに助けてもらえばいい。教えを請えばいい。―――その点はカリマー公爵がいてくれるから安心だな」
メルドの言葉を受けて、カリマー公爵が嬉しそうに紫色の瞳を細めた。
「成長したのう。争うのが嫌でサマール陛下に逆らわなかったおぬしが」
「周りが勝手に俺を持ち上げたんだろ。あそこであいつに恭順を示してなけりゃ、俺はとっくにこの世にはいなかった」
アンベール王家には、直系のサマールと、三代前のアンベール国王を曾祖父に持つメルドがいた。
だから当然、みなが年の近い王位継承権を持った者を比較する。
メルドの父親がそれを危惧して、小さい頃から政治からメルドを離し、軍部にメルドの籍を置いた。
メルドも自分の立ち位置を認識していて、一兵卒から始め、表向きは政治から引いていた。
サマールが王位について、ジェンド国から正妃を迎え、二人目の子供が生まれた頃やっと胸を撫でおろした。
サマールには側妃が何人もいて子供もそれぞれにいる。
自分の王位継承権がずいぶんと下がった頃、やっと軍の司令官として自分の力を発揮できるようになった。それまでメルドはずっと息を殺したように生きてきたのだ。
「メルドさんは私が守りますよ! こうみえて魔術師をまとめる部隊長だったんです!!」
クロムが小柄な胸をドンとたたく。たしかにクロムは私から見ても魔力量が多い。
風を竜巻のような突風に変えることが出来たところを見て、魔力操作の技量もあると分かった。
「それに、これから行くクルド男爵領は、私の故郷なんですよ!」
クロムの言葉に、カリマー公爵がそういえば、という目をした。
「「そうだったな」」
「では、案内しますよ! 徒歩では何ヶ月もかかっちゃいますが途中で馬を確保しましょう」
「この森から南に行ったところに軍事基地がある。まずはそこで馬を拝借することにするか」
行き先が決まると、すぐに長い間暮らしてきた狩猟小屋に入り旅支度をはじめた。
クロムが森の奥に走って行って、大きな荷物を魔術で軽々と持ってきた。
「残っていた軍の保存食全部持っていきましょう! 道中長いんですから!!」
「「「そうだな」」」
アンベールは凶作続きだというから、途中で食糧の確保は難しいだろう。
多少荷物でも、食料は大事だ。
現に私たちも秋の恵みを荷物いっぱいに詰め込んだ。
実は私には、母と父が作ってくれた魔法鞄がある。
ネックレスのチャームに収納された魔法鞄は結界が消えた瞬間に機能を回復した。
おかげでたくさんの食料を確保することができた。
作ってくれた両親に感謝だ。
旅支度が済むと、すぐに森を離れた。
そして、皆で森のほとりの女神様の神殿の跡地に立ち寄り、感謝の祈りを捧げた。
神殿から少し離れたところに闇の魔術師がねぐらにしていた建物があったはずだが、女神様の光が降った際にその建物は消滅したようだ。その場が浄化され、そこに建物があったことが分からないほど、緑が生い茂っていた。
「じゃあ、もう行くぞ。この森に長居は不要だ」
「いつ陛下が来るかもしれないですからな」
「「そうですね」」
私たちはすぐに旅立った。
―――森の中に響いた小さなアーシェラの声を胸に抱いて。
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