86 森からの解放
アーシェラの父、アーシュさん視点です。
次回でアーシュさん視点は終わります。
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―――あまりに衝撃的で、そしてあまりにあっけなく終わりを迎えた監禁生活に、私を含めた4人が呆然としていた。
「おとぎ話だと思ってました……」
誓約の話は、クロムも知っていたようだ。
『この大陸は、まぎれもなく創世の女神様方が作られた。その地を分け与えられたにも関わらず、長きにわたり、離反してきた国に加護が与えられると思うか?』
父がカリマー公爵とメルド。そしてクロムを真っ直ぐに見て言った。
ましてやアースクリス国の豊かさを妬み、数百年もの間、戦争を幾度もしかけ、ましてや今は、三国が結託してアースクリス国を滅ぼそうとしているのだ。
開戦後、三国が凶作に見舞われているのは―――そのせいなのだろう。
移住を許された時、かつての大陸より豊かに作物が収穫でき、喜んでいたはずなのに。
アースクリス国の豊かさに嫉妬し、離反の心をもった頃から、徐々に天災がおきるようになった。
思い直す機会は何百年もあったというのに。
女神様の慈悲で受け入れてもらった恩義は、世代を重ねる度に記憶にも記録にも無くなり、さらに離反は進んでいった。
本当は、ずっと後の世代に渡るまで伝え続けて行かなくてはいけなかったのに。
『故郷の大陸の神を信仰するのは流民となった民からすれば当然でしょう。信仰の心は自由ですから。―――ですが、なぜ、自分たちを受け入れてくれた女神様の神殿を放置し荒廃させ、目を背ける必要があったのか。―――恩を仇で返すというのは、こういうことですね』
何千年もこの大陸にあったアースクリス国とは歴史が違い、流民としてやってきたアンベール国や他の国の歴史はわずか数百年。
アースクリス国は自らの国土の約半分を、住まうべき土地を無くした三国に与え、受け入れてくれたというのに、三国はたった数百年で、愚かな反逆を選択した。
「―――耳が痛い話ですな」
カリマー公爵が苦い顔をする。
ここまで女神様の存在を示されれば、何も反論は出来ないだろう。
アンベール国やウルド国、そしてジェンド国の王家は、揃いも揃って決定的な過ちを犯した。
アースクリス国に牙をむき、アースクリス大陸の創世の女神様の怒りを買ったのだろう。
三国の凶作には女神様の天意があったことを、カリマー公爵もメルドもクロムも感じ取った。
「―――この国にもまだ女神様を信仰している者たちがいる」
メルドが唸るように言うと、父が頷いた。
『クルド男爵、ですな』
唯一アンベール国で現存している女神様の神殿は、クルド男爵領にある。
父の言葉を受けて、カリマー公爵が頷く。
「知っておられたか……。そうです。元は侯爵でしたが、クルド侯爵領で女神様信仰をしているのを心よく思っておられなかったサマール陛下が、言いがかりをつけて男爵に降爵したのですよ」
『クルド男爵は苦しいながらも民を守っていると聞いています。―――では、ここを出たらクルド男爵のもとに行ってください。そこでアンベール国を今後どうしたいかを相談してください。私からもクルド男爵に話を通しておきましょう』
父が敵国であるアンベール国のクルド男爵とつながりを持っていることを明かすと、メルドが目を見開いた。
メルドは5年強もの間、アンベールの森に閉じ込められていて世情のことはまるで分からない。
それはここにいるカリマー公爵や私もそうだ。
これまでのアンベール国王の所業を考えると、クルド男爵がアンベール国に叛意を抱くことは当然のことだが、こうやって貴族の心が明らかに王から離れているのを目の当たりにして複雑な表情になった。
メルドがぞんざいな口調で父に言った。
「―――俺たちを信用するのか? クリステーア公爵。クルド男爵がアースクリス国と通じていることを俺たちが誰かにチクるかもしれないんだぞ?」
父はメルドの複雑な心情が分かるのだろう。真剣な表情でメルドを見た。
『そもそも、アンベール国を守るために国王に楯突いたから、処刑場のこの森にいたのではないですか? メルド殿―――それでもまだ、アンベール国王に忠義を立てると?』
父の言葉に、メルド、カリマー公爵、クロムが揃って声を上げた。
「それは絶対にない!」
「そのようなことは絶対にありませぬ!」
「絶対にそれはありません!!」
「サマール陛下には、もう国王たる資格はありません。きちんと罪を償っていただく必要があります」
「その通りだ。俺はアンベール国が大事だ。だが、上に立つ人間は民を虐げる奴であってはならねえ。―――だから、俺はあいつを玉座から引きずり下ろす」
「その通りです。『内乱を起こした民を皆殺しにしろ』と命令を受けた時に絶望しました。だって! 悪いのは陛下なのに!!」
カリマー公爵、メルド、クロムが相次いで心情を吐露すると、父が頷いた。
さきほどから父の目は穏やかだ。私が彼らを信用しているのをちゃんとわかっているらしい。
心配する私に、視線で大丈夫だ、と伝えてきた。
『息子が信用しているあなた方です。私もあなた方を信用しましょう。―――それに、私のこの姿が見える、ということは『女神様があえてあなた方に見せた』ということに他ならない。それこそが証左でしょう』
父の言葉に、三人が目を見開いた。
―――たしかに。
意識体はアースクリス国王家直系と四公爵家直系のみが受け継ぎ、その役目を果たす。
その姿はその他の者には決して見ることが出来ない。
だというのに、父の姿が見える。
それは女神様があえてこの三人に見せているということなのだ。
それが意味するところを、三人は正しく理解した。
皆、右手を心臓にあて、深々と頭を下げて。
父に―――そして、この瞬間を見ている女神様に向かって、言葉をつむいだ。
「―――では。女神様の信頼を得た、ということを胸に刻んで。これからはアンベール国の正しき道の為にこの身を尽くします」
「俺―――いえ。私も誓います」
「私もです!!」
三人が誓いを口にすると、父は深く頷いた。
『―――信じます。―――ああ。そろそろ私も戻らねば。では、これからも息子をお願いします』
「「「はい。お任せください」」」
『ではな。アーシュ。―――ああ。体調が整ったら、私の所に来なさい。くれぐれもアーシェラに勝手に会いに行くなよ』
父には一度会ったのだから、すぐに意識を飛ばしてアーシェラの顔が見たいと思っていたのがバレていたようだ。
私の娘のアーシェラの顔を見たい。
それに、アーシェラの傍には私の愛する妻もいるはずなのだから。
「―――わかりました」
『ローズにも会いたいだろうが、その前に話すことがあるからな』
この会話で私も意識を飛ばすことが出来るということが三人に伝わった。
「すごいですね! 精神を飛ばせるなんて!!」
クロムが瞳を輝かせている。
カリマー公爵やメルドも、『これだけのことがあったんだから、何があってももう驚かない』と頷いている。
『これは内密でお願いします』
父が言うと、三人とも声を揃えて頷いた。
「「「誓約いたします」」」
―――息ピッタリの三人の声に、父が笑い―――次の瞬間に消えた。
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