84 アンベールの森にふりそそいだ光
アーシェラの父、アーシュさん視点 その4です。
「こどもの、声?」
まだまだ舌足らずの、幼い子供の声が森に響いた。
「アーシュさんよ。どうした?」
遅れて小屋から出てきたメルドが、キョロキョロする私を見て首を傾げた。
「いや、なんかこどもの声が聞こえて―――」
「こども? こんなやっかいな結界の中にこどもがいるわけがないだろう?」
こんな森深くの死の結界の中に、幼い女の子がいるわけがない。
―――けれど、そんな考えを断ち切るように。
『―――アーシュさんは私のお父様ではないけれど。
―――その無事を心から切に願うローズ母様やレイチェルおばあ様の為に』
はっきりと、声が森の中に響き渡った。
これは肉声ではない―――どこからか届けられた『声』だ。
呆然と聞いていると、その言葉に私の名前が入っていることに気づいた。
―――そして懐かしい名前も。
「アーシュとは……私か? ローズ? ……母様?」
「お、おい。本当にこどもの声が聞こえるぞ!!」
隣でメルドが慌てて辺りを見回している。
私は耳に入った言葉を頭で理解できずに、オウム返しするばかりだ。
「レイチェル―――おばあ様?」
「なんですか!? これ!! 言霊ですよ!!」
魔術師のクロムが小屋の中から飛び出してきた。
「なんですと? 言霊?」
カリマー公爵が続いて小屋から出てきた。
―――そんな中、言葉が森に響き渡る。
『―――無事でありますように。
―――元気でありますように。
―――病気やけがをしていませんように。
もししているなら、病気やけがが早く治りますように』
透明さを感じる―――清らかな声。
その声と言葉が心と体に染み込んできた。
―――その言葉が『私』に向けられた、いたわりのこもった、優しい、優しい言葉だということが分かる。
身体の内側からあたたかな光がわき出てくるような気がする。
瞳の奥がじんわりと熱くなっていく。
―――まるで初めて父と繋がった時と同じような―――
そして、その透明な声が再び言葉を紡いだ。
『―――無事でいても未だ囚われているなら。
―――どうかその鎖を断ち切ってほしいです』
―――その言葉が森に響き渡った瞬間。
鈍色の空を裂いて、金色とプラチナ色の光が音もなく落ちてきた。
「「「えっ!!?」」」
「わああぁっっ!!」
音が聞こえないのが不思議なくらい、雨のように幾万という光が降り注いだ。
無数の光が森に崖に小川に、そして―――周りを覆う結界に。まるで光のシャワーのように。
そして、私たちの上にも光のシャワーが降り注いだ。
光が私たちの体に染み込んでいく。
ずっと体の中で重苦しかったものが、すうっと、溶けてなくなって行った感じがした。
「何が起きたのでしょうか……」
「俺も知りたい」
そんな会話の中でも光が森全体を覆い尽くしていく。
雨が降りそうだった鈍色の曇り空は、いつのまにか雲一つない青空に変わっていた。
そして、いつもどこか閉鎖されたようだった空間が、解放されたような感覚さえ覚えた。
「あ! 見て下さい! 魔術陣が浮かび上がっています!!」
クロムが指をさす。
足元から闇の魔術師が敷いた魔力封じの魔術陣が黒く浮かび上がり、金色とプラチナの光で侵食されてボロボロと剥がれ落ちていく。
さらに、命を狩る魔術陣が空間に浮かびあがり、同様に金色とプラチナの光で消されて行っているようだ。
「すごいですな……」
「あの強力な魔術陣が消えて行ってる……」
「いったいなんで……」
カリマー公爵もメルドもクロムもほうけたままその光景に見入っている。
もちろん私も言葉が出ないまま、ただただその光景を見ていた。
『アーシュ!!』
ふいに、懐かしい姿が私の目の前に現れた。
「―――父上?」
金色の髪に、私と同じ薄緑の―――クリステーア公爵家の瞳。
―――紛れもなく父だ。
「うわ! なに、この人! 実体じゃない!」
意識体の父を見て、クロムが慌てる。
「「アースクリス国のクリステーア公爵!?」」
カリマー公爵とメルドは父を見知っているようだ。
ふたりとも高位貴族だ。私の前に外交官として訪れた父を覚えていたようだ。
約5年ぶりの再会だが、変わっていない姿。
―――ああ。私の父だ。
「―――父上。父上がここにいるということは、―――結界が消えたのでしょうか?」
魔力封じの結界に中にいたこの5年弱は、私と父のつながりが切れてしまっていたのだ。
それが、父がここにいるということは、結界が消えた証拠ではないのか?
「「「え? 本当に!?」」」
メルド、カリマー公爵、クロムが同時に声を上げた。
確かにさっき光を浴びてから身体を覆っていた重苦しさが消えた。
自然と手を見ると、手のまわりに魔力が生じた。
「魔力が使えるようになった……?」
「「「ええ!?」」」
私の言葉に、三人がそれぞれに自らの魔力を確認する。
メルドは風をおこし、カリマー公爵が岩に手をあてると岩がくずれ砂になった。
クロムは魔術師らしく、風を突風に変えていた。
「「「魔力が戻った……」」」
「「「それに身体から重苦しさが無くなった!!」」」
魔力持ちが魔力を封じ込められると、行き場を失った魔力が身体の中をぐるぐると巡り、適度に放出することができなくなった分濃度が高まり、身体の内側を痛めつけていたように感じる。
ずっと感じていた重苦しさは、魔力封じの結界による弊害だったのだ。
『これは―――この金色とプラチナの光はまさか……。―――アーシュ、ここはアンベールのどこだ?』
光はまだ降り注ぎ続けている。そして、父は私たちや、辺りを見回している。
この光は、意識体である私の父を他の3人にも可視化させている。
3人とも、どこか透けて見える父の姿に驚愕を隠せないでいる。
本来はアースクリス国王直系と四公爵の直系しか視ることは叶わないのに。
―――ここにいる仲間には、後で説明をしなければ。
「ここはアンベール国の北の外れの森の処刑場です。今までずっと魔力封じと、森から出られない結界があったのですが」
黒い魔術陣は光に侵食されてどんどん形を無くしていく。
父はその魔術陣を見て、どのような魔術陣が組まれていたか分かったのだろう。
なるほどな、というように頷いていた。
『さっき突然つながりが戻ったからな。すぐに意識を飛ばしてきたのだ』
父は王宮にいたのだろう。たしかに執務をしている時間帯なのだ。仕事時の服装をしていた。
「そうなのですね。私も何故こうなったか分からないのです。さっき突然小さな女の子の声がしたと思ったら、光がこうやって降ってきたんです」
父はその言葉に反応した。どこか心当たりがあるようだ。
『小さな女の子の声がしたというのか―――アーシュ。その子は何と言ったのだ?』
「ローズ母様、とか。レイチェルおばあ様―――」
聞いたとおりに呟く。
すると、父は納得したように笑顔で頷いた。
『アーシェラだな』
「アーシェラ?」
良い名だ。いつか生まれる子が女の子だったら付けようと、ローズと話していた名前だ。
『―――ああ。その声の主は、アーシェラだ。お前の妻のローズが生んだ―――お前の娘で、私の孫娘のアーシェラだ』
「―――え……?」
父の告げた言葉は、衝撃以外の何物でもない。
『―――そして。アーシェラは創世の女神様たちからの加護を与えられている』
「―――!!!」
「じゃあ! さっきの言霊はアーシュさんの娘さんの声で。―――この光は、女神様の加護の力ですか!?」
クロムが叫んだ。光が黒い魔術陣を侵食して次々と消し去っていくのを目の当たりにして目を丸くしていた。
「そうなのだろうな」
カリマー公爵が呟きながら、いまだ降り注ぐ光をほうけて見ている。メルドも同様だ。
この国からは女神様の信仰は殆ど消え去ってしまっている。
この国は、かつてアンベール国があった、南の大陸の神を信仰し、この大陸を創ったとされる女神様の神殿はアンベール国の民に大切にされることなく朽ちていった。
「女神様は本当にいたのですね……」
クロムが呟くと、カリマー公爵もメルドも複雑な表情をした。
女神様に対して、アンベール国は数百年に渡り不義理をしてきたのだ。
その存在をはっきりと示されて、感動と、そして女神様に対して罪悪感を重く感じていた。
クロムは女神様信仰をしている数少ない領地の出身ゆえに純粋に感動しているようだった。
そして、私は。
「娘……ローズが産んだ……私のこども……」
―――私はどれもこれもが衝撃だった。
ローズが私のこどもを生んでくれていた。
その子が創世の女神様の加護を与えられている―――さっき森に響き渡った温かくやさしい声が、私の娘の声……
『初雪が降った日に生まれた。ローズにそっくりの可愛い子だ』
すでに3歳。そしてあと数か月で4歳になるという―――私とローズとの子ども。
ローズにそっくりなのだから、私の娘はかわいいだろう。
「それは……ほんとうに可愛いでしょうね」
私の頬を涙が伝っていた。
『我がクリステーア公爵家の髪と瞳を受け継いでいる。金色の髪は髪質までお前にそっくりだぞ、アーシュ』
「はい……はい」
『アーシェラに女神様の加護があると分かったのはつい昨日のことなのだが―――。これはすごいな』
父が改めて辺りを見回している。
幾千の人の命を使った禁術による強力な結界が、降り注いでいる光で霧散した。
そして、魔術陣から剥がれ落ちた黒いモノが、金色とプラチナの光で小さな白く輝く光に変わって空へと昇っていく―――あれは禁術に使われてしまっていた、人の命―――魂だろう。
『彼らは―――やっと解放されたのだな……』
父が光を見送りながら静かに呟いた。
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