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82 アンベールの森 2

アーシェラの父、アーシュさん視点 その2です。



 アンベール国王はこの森を、アンベール国王にたてつく者の処刑場にした。


 邪魔者を一掃し、その命を強力な闇の魔術に変換すればアースクリス国を痛めつけられる。

 一石二鳥ではないか、と。


 アンベール国王に意見する重臣も、側近も、貴族も、反抗的な者たちはすべて森の処刑場に送られた。


 森から生きて出ることは出来ない。

 闇の魔術師は、禁術の為に『命』を必要としているのだから。

 アンベール国王は、開戦後、闇の魔術師が確実に相手を屠っていくのをほくそ笑んで見ていた。

 アースクリス国側に強力な魔術師がいて闇の魔術師に対抗してくるようになったが、すべてを防ぐことはできはしないだろうと高みの見物を決め込んでいた。


「サマール陛下がよもや闇の魔術師を引き込んでいたとは……。戦場でのたくさんの不自然な遺体は闇の魔術師の仕業だったのじゃな」


 この森に来てしばらく経った頃、カリマー公爵が項垂れて言った。

 カリマー公爵がこの森の崖から突き落とされたのは、私がここに囚われてから半年以上経った頃のことだ。

 私がとらえられてからしばらくしてアースクリス国と三国間で戦争がはじまり、戦闘が激化していった。

 カリマー公爵は開戦前から戦争に反対していたが、あまりの犠牲の多さに我慢がならず、アンベール国王に強硬に意見を述べたところ逆臣として捕縛され、ここの処刑場に送られたとのことだった。


「アースクリス国の兵もアンベール国の兵も、何百人もが倒れて死んでおった。身体にキズがなく。だがみな苦悶の表情を浮かべて死んでおったのだ」

 その報告を受けた時に、アンベール国王は満足そうに笑っていたとのことだ。

 なぜ笑っていられるのか。と、カリマー公爵はその笑みを見た時に、違和感を覚えたという。


「闇の魔術は禁術じゃろう。いくら戦争に有利かしれんが、人の道に(もと)る行為なのだ。そもそもなぜにサマール陛下はアースクリス国をあれだけ目の敵にするのか」


 その疑問にはメルドが静かに答えた。

「カリマー公爵。サマールが留学したときの顛末を、貴殿も知っているだろう」

「それを引きずっておられるというのか……。それは逆恨みということじゃろう。アースクリス国の王太子殿下が勤勉だったというだけで―――」

 サマールが王太子だった頃、国から解放されて留学先で遊びほうけた結果、交易の仕事を失敗した。

 同時期に同じ留学先にアースクリス国の王太子殿下がいた。

 彼はきちんと留学先で学び、交易はもちろんのこと外交の仕事もきっちりとこなしたとのことだ。

 


「サマールはいつでも自分の都合のいいように責任転嫁するんだよ。自分が怠けた結果、前陛下が与えた課題をクリアできなかった。そして父である陛下に叱責され、貴族たちにも陰で嘲笑された。自分が悪いというのに、その怒りの矛先を前陛下が褒めたたえたアースクリス国の王太子殿下に向けたんだ」


 昔からメルドはアンベール国王周辺の警護を担当していた為、王太子時代の留学の際の顛末を知っている。

 それはカリマー公爵も同じだったが、その後のサマールの荒れようをメルドは近くで見ていたのだ。

「あいつはな……今だから言うが、あの後すぐにアースクリス国の王太子殿下に暗殺者を差し向けたんだ」

「―――なんと……」

 メルドの告白にカリマー公爵が目を見開いた。

 私も、アンベール国王の逆恨みに驚いた。

 己の未熟さによる過失を認めず、まったくの無関係のアースクリス国の国王陛下にいわれのない牙をむけていたとは。


「あいつは愚かだ―――俺も表立っては意見してこなかったが、さすがに逆恨みまみれの私怨でアースクリス国を侵略しようとしたのは見過ごせずに反対したら―――ここに送られ、このざまだ。サマールが『たった一人の直系王族』ということに俺も俺の一族も縛られすぎてしまったゆえの、大きな間違いだったな」

 メルドが項垂れて片手で額を覆う。

「もっと早くにあいつを排除しておかなければならなかったんだな。―――自国の民でさえ闇の魔術師に下げ渡すような人間に国王の資格はない」


 これまでのアンベール王家に対する忠誠心ゆえに判断を誤ったと、メルドが悔やんだ。


「だから、俺はここをいつか出て、あいつを王座から引きずり下ろす。それが、あいつを止められずに―――無駄に命を散らさせてしまったたくさんの人々への贖罪だ」

 必ずいつか生きてここを出るのだと、メルドは強く言った。


「私もだ。亡き先王は賢王であったが……その御子が愚王だったことは、今となっては認めるしかないであろう。―――私もそれを見抜けなかった。誠意をもってお話しすれば分かってくださると思っていたのだ。―――よもや禁忌の魔術を使うものまで呼び込んで、自国の民までその犠牲にするとは狂気の沙汰だ。外戚として甘く評価をしすぎた我らのせいでもある。なんとしても生き延びて陛下には相応の罪を償ってもらうつもりだ」

 カリマー公爵がメルドに同意する。


「アーシュさんには申し訳ないことをした。アースクリス国に対する人質として利用し、あまつさえ殺害しようとするとは―――ほんとうに申し訳ない」


「先王はアースクリス国を高く評価しておりました。よき隣国であることを望んで関係を作っていたのですが、それがサマール陛下のせいで無に帰してしまった。信用は地に落ちてしまいましたが、いつかここを出てサマール陛下を粛清することを私たちは誓います」

 メルドとカリマー公爵が、胸に手をあてて私に頭を下げた。


 メルドとカリマー公爵は、民を思い、行動を起こした。

 その結果アンベール国王に不要とみなされ、この処刑場のある森に送られた。

 ―――すでに同様の人物たちがたくさん処刑されてきた。

 メルドが一人でも多く助けたいと奮闘してきたが、こうして助かってここにいるのはカリマー公爵だけだった。

 しかも彼らは、ここから生きて出ることを信じ、諦めていない。

 そして、民を守ることを心に決めている。

 ―――その胆力はすごいと感心している。



 ―――『創世の女神は必然を与える』


 ふいにその言葉が頭をよぎった。


 創世の女神様はアースクリス国の主神であり、アースクリス国王家はその流れを汲む。

 そしてアースクリス国の王家の血は私にも流れているのだ。

 時折今のような啓示が降りてくる。


 ―――メルドとカリマー公爵が、今ここにいることは、必然。

 そう感じ取ったいま、私のこの状況さえも必然なのだと心のどこかで納得した。


 ―――ならば、私もそれに従おう。


「私はおふたりを信じます。何年かかるか分かりませんが、必ず生きてここを出ましょう。そしていつかまたよき隣国として手を携えるように、私にも協力させてください」


 それは、アンベール国の森に囚われてから、一年が過ぎた頃の出来事だった。


 私たちは、いつかアンベール王の手からアンベールの民を解放することを心に決めたのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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