80 どうやら親ばかのようです
本日二話目です。よろしくお願いします。
今回でアーネストおじい様視点は終わります。
幼いころからリヒャルトに命を狙われ、危険と隣り合わせの毎日だったアーシュ。
ショックな事件があったせいで人を信じきれなくなっていたアーシュは、私の恩師であるディーク・バーティア先生に預けた一年間ほどで、驚くほど明るく、そして強くなった。
バーティア先生のもとで、命を狙われることのない日々。
デイン伯爵家のホークと信頼できる友人となり、弟のようなリンクやローディンと過ごし、とてもいい体験をしたと、とても明るくなった。
―――そしてなによりもアーシュを救ったのは、ローズだった。
アーシュがローズの可愛さに一目ぼれしたのはもちろんのこと、公爵家後継者の妻の地位目当てにアーシュにすり寄ってくる他の令嬢とは違う無垢な優しさをローズから感じたのだという。
バーティア先生にアーシュを預けたきっかけは、アーシュについていた執事兼護衛がアーシュをかばって重傷を負った事件があったからだ。
リヒャルトがアーシュのもう一人の護衛を買収してアーシュを襲わせたのだ。
アーシュもその際にけがを負い、アーシュを必死に護った執事が重傷を負った。
アーシュを襲った護衛は、アーシュを護った執事によって粛清されたが、それまで心を許し、信用していた護衛に裏切られたアーシュは人を信じることができなくなったのだ。
ぽっかりと心に穴があいたような状態のアーシュ。
そんな時、デイン伯爵からバーティア先生に子供たちを預けたという話を聞いて、同年代の子供と触れ合わせれば心が癒されるかもしれない、とバーティア先生にアーシュをお願いしたのだ。
バーティア先生ならば私もレイチェルも信用しているし、安全面でも信用できる。
さらにバーティア先生ならアーシュの中の魔力を早く引き出してくれるだろう。
うまく魔力を扱うことができれば、自分の身を守れる。
そう思って預けたが、大正解だったようだ。
バーティア先生は、リヒャルトの刺客を寄せ付けず、逆にリヒャルトが主犯だと突き止めて私たちに教えてくれた。それまではリヒャルトを疑ってはいたが確信を持てずにいたのだ。
アーシュの魔力についても確実に成長させてくれた。
他の教師ではあんなに短期間に魔力操作を教え込むことは出来なかっただろう。
アーシュがバーティア家で同年代の子どもたちと一緒に学んだり遊んだりして、会いに行く度にどんどん明るくなって行ったのは親としてとても嬉しかった。
もともと仲がよかったデイン伯爵家のホークやリンクとも、さらに仲良くなった。
デイン伯爵家は明朗で裏表のない気質の者が多い。
それがアーシュの心の傷を癒したのだろう。
アーシュは、バーティア先生とそっくりな真っすぐな気質のローディンにも心を開いていた。
だがそれよりも、ローズに出会えたことはアーシュに大きな変化を与えた。
我がクリステーア公爵家はいろんなものが『視える』
アーシュはかつてそれに怯えていたが、信じられる大切な者を得た後は、視えるものを自分なりに受け止めることが出来るようになり、精神的にも強くなった。
一年ほど経ち、アーシュはバーティア家から公爵家に戻って来た。
その頃には、クリステーア公爵家の強い魔力を扱うことが出来るようになっていたアーシュは、リヒャルトの放つ暗殺者を返り討ちに出来るまでに成長していた。
リヒャルトがアーシュに暗殺者を向けることをやめたのはこの頃だ。
逆にリヒャルトによる横領の規模が大きくなったのは同時期だ。
いったん様子見に転じ、アーシュに暗殺者を向けることをやめたようだった。
その後、無事に成長したアーシュが魔法学院を卒業し、成人した後、外交官として外国へ行くことが多くなった。
クリステーア公爵家が外交を受け持つ家であった為だ。
一度別の大陸に行くと数ヶ月戻ることは出来ないが、それでもアーシュはローズの誕生日には必ず戻るようにしていた。
ローズに初めて出会ってからずっと欠かしたことのない、バーティア家で行われるローズの誕生会に必ず出席する為だ。
ローズの社交界デビューの時も、同様だった。
ローズのパートナーを自ら志願し、その為に外交官の仕事を調整し帰国していた。
きっちりと仕事をこなしていた上でのことだから黙認したが。
社交場でのローズのダンスを踊る相手をアーシュとホーク、リンクとで囲い込んで、美しく成長したローズと踊りたがっていた他の貴族の子息たちを寄せ付けず、牽制していたのを見て、『どんなに独占欲が強いのだ』と呆れたものだ。
そんなアーシュだから、ローズの父親という障害を乗り越えて、ローズとやっと結婚できた時は本当に嬉しそうだった。
結婚する前から将来生まれるはずの子供の名前を考えていたくらいだ。
待ち望んでいたその子がローズにそっくりなのだから、アーシュがアーシェラを可愛くて仕方ないのは、まあ当然のことだ。
抱きしめたくても抱きしめることができない今の現状は、親としてはとてもつらいだろう。
「―――そうだな。その為にはアンベール国を落とさねばならん」
『分かっています。その為に動いていますから。―――その前にそろそろ教えてください。なぜアーシェラがバーティアの商会の家ではなく、王宮のクリステーア公爵家の部屋にいるのですか?』
「こっちで事件があってな。女神様の導きで意識を飛ばして、魔力切れをおこしたのだ」
私の言葉を聞いてアーシュが驚いて目を見開いた。
『―――まだ4歳なのに』
意識を飛ばすのは成人近くでなくては出来ない。アーシュでさえも成人近くの17歳の頃だった。
それも最初は魔力切れを起こすのだ。
そのつらさもアーシュは知っている。
「魔力も体調もだいぶ回復した。ほら、もう時間がないだろう。ちゃんと顔を見ていけ」
私とレイチェルが身体をずらして、アーシュにアーシェラを見せる。
眠りは深く、気持ちよさそうにかわいい寝息をたてて眠っている。
『―――ああ。可愛いな。ローズにそっくりだ……』
アーシュが愛おしそうに、アーシェラの頬に手を伸ばす。
だが、もちろん触れることはできない。
『―――悔しいな。陛下はアーシェラの頬をつついていたって聞いたのに。私にはできないなんて』
アーシュが悲しそうに眼を細める。
「戻ったら何度でも出来るぞ。もうしばらくの辛抱だ」
「そうよ。それまでは何度だって会いにくればいいのよ」
「お前のことだから、ちょくちょくローズとアーシェラの様子を見にいっているだろうが」
その言葉にアーシュは当然だと頷いている。『本当は毎日見たい』のだと呟いている。
魔力切れしないように調整はしているらしい。
今からこんな親ばかな調子なら、戻ってきたら本当にアーシェラを傍から離さないのではないか。
「魔力切れしない程度ならいいが、いざという時に魔力切れにならないように気をつけろ」
『はい。今日、アーシェラだけでなく、父上と母上にも会えてよかったです』
「隣の部屋にローズがいるわよ」
『ありがとうございます。一目見ていきます』
にっこりと笑い、別れの挨拶をした後、思い出したようにしっかりと念を押した。
『父上、母上も。言っておきますが、私が戻るまで、いや戻ってもまだまだ駄目ですが。とにかく! アーシェラの嫁入りの話を勝手に進めないでくださいね!』
やれやれ。
アーシェラの嫁入りも婿取りもアーシュが障害になりそうだ。
お読みいただきありがとうございます。




