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77 公爵家の部屋にて

アーネストおじい様視点、その2です。



「―――魔力切れだな。魔力を分けてやれば目を覚ますが、しばらくはだるくて起き上がれないだろう。―――まずはベッドに寝かせてやろう」

 そう告げると、ローズが涙を浮かべたままアーシェラを私に託した。

 私が王妃様の部屋に入った時、ローズはアーシェラを抱きしめ、泣きながらアーシェラの名を呼んでいた。


 レイチェルの部屋のベッドにアーシェラを寝かせ、額に手を当て、少しずつ私の魔力を注いでいく。


 魔力は同じ系統の者でなければ注ぐことは出来ない。

 上級魔法を扱う者の魔力は強い。

 強い魔力を弱い魔力の者に注げば、拒否反応を起こし、のたうち回って苦しむことになる。

 だから、基本的に自ら魔力を回復しなければならないのだ。


 だが、近親者。それも直系血族であれば別だ。

 そもそも魔力は血によって遺伝するのだから。

 アーシェラは真にクリステーア公爵家の血を引いている。

 だからこそ、王妃様に同調して意識をとばすことが出来たのだから。

 ―――あれは王族と四公爵家の直系しかできないことなのだ。


 アーシェラの額から、ゆっくりと時間をかけて魔力を注いでいく。

 魔力が底をついていたのだろう。思ったより吸収が早い。

 30分もすると、ふとアーシェラが目を覚ました。


 薄い緑色の瞳がゆっくりと私の顔をとらえ、ふわり、と笑んだ。


 ―――ああ。なんて可愛いんだ。


「無茶をする……。魔力が底をついて倒れたのだぞ」

「ごめんなしゃい」

 まだまだ舌足らずの言葉が愛おしい。




 その日、アーシェラはクリステーア公爵家の部屋に泊まることになった。

 入室する際にさりげなく扉にアーシェラの魔力を登録した。

 今後何かあった時に、この部屋がアーシェラを守ってくれるはずだからだ。

 扉にはクリステーア公爵家の魔力を持った者しか入室できないようにしている。

 だから、私とアーシュ、そしてアーシェラがこの扉の主であり、私たちが招いた者しか入室出来ないのだ。

 だからこの部屋は王宮の者ではなく、クリステーア公爵家の側近たちが日々管理している。

 王宮内にあってもここはクリステーア公爵家なのだ。


「お帰りなさいませ。旦那様、奥様。―――ローズ様、お久しぶりでございます」

 私の側近のルイドが頭を下げる。

 撫でつけた金髪に青緑の瞳。その瞳が私の腕の中のアーシェラを見た。


「ルイド。お前は初めて会うのだったな。この子はアーシェラだ。意識(こころ)を初めて飛ばして魔力切れを起こした。魔力を回復させるゆえに今夜は私がそばにつく」

 これだけ言えば、私付きの側近は理解する。

 意識を飛ばすのは、公爵家の直系だけだ。そして、私が魔力を回復させることが出来るのは、それを受け止めることが出来るのは、私の血をひいた者だけだからだ。


 私の言葉を聞いたルイドが目を見開いた。

 我が公爵家にいる人間で、アーシェラを見たのはルイドが初めてなのだ。

 ルイドはアーシェラの瞳を見ると、ふと柔らかく目を細め、深く礼をした。


「アーシェラ様。―――お初にお目にかかります。旦那様付きの側近で、ルイドと申します。こちらの部屋は私しか世話係がおりませんが、精一杯お世話させていただきます」

「はじめまちて。あーしぇらでしゅ。よろちくおねがいしましゅ」

 私の腕の中でアーシェラがちゃんと挨拶をする。

 ローズはきちんと礼儀を教えているらしい。

 こんな状態でもきちんと挨拶することを忘れないとは―――なんと賢くて可愛いのか。


 心の中でアーシェラの可愛さに悶絶していると、ルイドが。

「魔力切れということでしたね。では湯あみは身体に負担がかかるので、温かいお湯をお持ちしましょう」


「そうね。アーシェ、あったかいお湯で体を拭いてあげるわね」

「あい」

「ローズ、私も手伝うわ」

「お願いします。お義母さま」

「では私も」

 手伝おう、と続けると。


「「「それは駄目です」」」


 一斉に否定された。


 残念だ。アーシェラが赤ん坊の時は私が沐浴もさせていたのに。

 ルイドまで反対するとは。



 ◇◇◇



 真夜中、アーシェラの寝顔を見ながら、そっと額に手をあてる。

 私の寝室にはレイチェルも一緒にアーシェラを見守っている。


「だいぶ魔力が戻ったな……」

「ええ。だいぶ顔色も良くなったわ」

 白い肌に少し赤みがさしている。だいぶ魔力と体力が戻ったようだ。

 王妃様の部屋で倒れていた時は、血の気が失せていたのだ。


「ローズの様子はどうだ?」

 ローズは別の部屋で休ませている。

 義父とはいえ、一緒に寝室にいるわけにはいかないのだ。


「大丈夫ですわ。実は安眠茶を飲ませましたの。さきほど覗いたらぐっすりと休んでおりましたわ。ローズまで倒れたら大変ですもの」

「そうか」


「―――驚きましたわ。まさか4歳になったばかりなのに意識を飛ばすなんて」

 レイチェルがアーシェラの頬に手をあて、ため息をつく。


「今回はお導きだったのだろう。そうそうあるとは思えないが、アーシェラには興味本位でしないほうがいいと言っておこう。まあ、魔力切れの大変さを体験したのだから、やりはしないだろうが」

「そうですわね」

 そう言いつつ、レイチェルが今度はアーシェラの金色の髪を撫でる。

「なんて可愛いのかしら……。アーシェラはローズの美しさをそのまま受け継いだのね。将来が楽しみだわ」

 確かに。アーシェラはローズにそっくりだ。

 髪の色と瞳、魔力は、我がクリステーア公爵家の特色を受け継いでいる。

 そして顔立ちはローズにそっくりなのだ。

 このまま成長すればそれが誰にでもわかることだろう。


「ねえ、アーネスト。この前陛下から言われた話をどうするか決めたの?」

 突然嫌なことをレイチェルが思い出させた。


「―――私に決定権はないだろう?」

 憮然として言った。

 貴族であれば喜ぶ話なのだが、アーシェラを取られるようで釈然としない。

 そして、国王と言えども、陛下にもこの件に関しては最終的な決定権はない。


「戦争が終わるまで―――そして、アーシュが戻ってからということで返事は先延ばしにしましょう」

 内々に決めたいらしく、数日前に陛下から話があったのだ。


「―――まだ、アーシェラは4歳だ。それに、クリステーア公爵家の後継者だと公にもしていないし―――戻ってきたら、しばらくは手元におきたいのだ」

「そうですわね……。それに決定権はアーシェラにありますわ。『嫌なこと』を強いられれば女神様のお怒りを買うでしょうし。それは陛下も望んではおりませんでしょう」

 ふふふ。とレイチェルが微笑みながら続ける。

「―――ひと月前、出兵式でローディン殿を見送った時のことですけど、アーシェラが泣き疲れて私の部屋で眠っていた時に、陛下がこっそりと隠し部屋の扉からいらっしゃいましたわ」



 ―――ひと月と少し前、ウルド国への出兵式の時、アーシェラはぼろぼろと涙を流していた。


 アーシェラと同じ年代の他の貴族の令嬢や子息たちは、戦争に行くという意味を分かっていない子が多い。

 父親や兄、親戚が、軍服を着ているのを『かっこいい!』とはしゃいでいた。

 今回の派兵が、ウルド国との決戦になることを知っている大人たちは、もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれないということを分かっているため表情が硬い。

 子供たちは大人たちとは対照的にはしゃいでいる。


 だが、アーシェラはローディン殿の軍装を見て、その瞳が悲しみに翳った。


 ―――アーシェラはローディン殿が『戦争に行く』という、その意味を正しく理解していた。


 軍が門から出ていくその後姿を、手をぎゅっと握りしめて、声を殺して、滂沱の涙を流しながら見送っていた。


 そんなアーシェラを曾祖父であるバーティア先生が抱き上げると、アーシェラはバーティア先生にしがみついて声を上げて泣いた。


 『おじしゃま、おじしゃま、おじしゃまあぁぁっっ……』


 ―――アーシェラの悲痛な泣き声が、胸を抉った。


 泣いて泣いて―――そして、泣き疲れて眠ってしまったのだ。


 ―――どんなにローディン殿がアーシェラにとって大事な存在なのかを思い知らされた。



 ―――その後、私はディーク・バーティア元子爵と話す機会を設け、アーシェラはレイチェルの部屋で寝かせていた。


「ローズには王妃様の相手をしてもらっていたから、私がひとりでアーシェラについていたのですけど。―――陛下ったら、昔と同じようにアーシェラの頬をつついていましたのよ」

「陛下……」


 赤ん坊のアーシェラを隠し部屋で育てていた頃、陛下は合間を縫ってアーシェラを見に来ていた。


 『この頬がぷにぷにしていて、気持ちいいな』

 と言って、頬をつつくのだ。


 つつかれてアーシェラが目を覚ますと。

 『おお、まぎれもないクリステーア公爵家の瞳だな。新緑の薄緑。女の子も可愛いな―――どうだ? 女公爵と王妃の二足の草鞋(わらじ)を履いてみるか?』


 と、呟いていたのだ。


 たしかに血筋的には問題はない。


 王家には、代々公爵家の姫が輿入れしている。

 建国以来変わらず、それが脈々と受け継がれている。


 数代前にはクリステーア公爵家の姫が王妃になっている。

 アーシェラより一歳年上の王子様と、年齢的にも身分的にもつり合いは取れている。

 今のところ他の公爵家には男子が多く、娘がいるのはクリスフィア公爵だが、王子様よりも10歳も年上なので釣り合わないだろう。



「クリスティア公爵のところで、姫がこれから生まれるかもしれんだろう……」

 アーシェラでほとんど決定だが、王家に嫁ぐ娘は早くに王宮に入る。

 今の王妃様も結婚する何年も前から公爵家を出て、王宮で育ったのだ。

 これまで一緒に過ごすことが出来なかったのに、戻ってきてもすぐに王宮に取られるのは抵抗がある。


「そうですわね。今悩んでも仕方ありませんわね。決めるのはアーシェラですもの」


 王妃様が自ら乳母となり、陛下が子育てに(わずかながら)参加したゆえに、両陛下がアーシェラに特別な感情を持っていて、息子の嫁としてアーシェラを望んでいることを知っている。

 

 常ならば王家が決定し、公爵家はそれを受け入れるだけなのだが、アーシェラに関しては後ろに女神様がいる。

 王妃様のように、生まれた時から婚約し、のちに女神様の加護があることが分かった時とは違う。


「アーシュが戻ってきて、もうひとり生まれたら変わってくるのだろうが」

「不確実ですわね。とても強い魔力を持つ子が生まれると、その後は子が生まれないという前例があります。アーシェラはすでに強い魔力の片鱗がありますわ」

「そうだな……」


 公爵家は大抵の場合、子供は一人か二人だ。

 三人以上が生まれたことはない。それは魔力を強く持つ家では顕著なのだ。

 


 ―――そこに、私よりも憮然とした声が響いた。



『―――アーシェラは嫁には出しません』



 そこには、もう一つのクリステーア公爵家の瞳を持つ者が不機嫌そうに立っていた。



お読みいただきありがとうございます。

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