76 綻びはみえていました
誤字脱字報告ありがとうございます!
載せる前に確認しているつもりですが、結構ありますね(;'∀')
これからもよろしくお願いします!
今回はアーシェラの祖父、アーネストおじい様視点です。
時系列はアーシェラがアルとアレンに会った頃です。
「クリステーア公爵様、こちらの確認をお願いいたします」
王宮内の私の執務室には、内政の担当者がひしめき合っていた。
今、クリスウィン公爵をはじめにマリウス侯爵やマーシャルブラン侯爵の子息や令嬢たちが行方不明になっている。
そのため、クリスウィン公爵は仕事どころではなく、彼が担当している仕事を私とクリスティア公爵が分け合っている。
今日は私のところに決裁すべき文書が回ってきていた。
折しも各地の決算報告書が上がってくる多忙な時期だ。
税務官が確認したものを公爵家が確認することになっている。
今年は我がクリステーア公爵家が主にその確認作業についている。
私の担当する外政のほかに、内政の仕事、決算報告書の確認と頭がフル回転状態だ。
特に今日は朝から決算報告書の確認が多い。
税収のもとになる大事な確認作業になるため、税務官たちはここ数日泊まり込みで仕事をしている。
「公爵様、こちらが本日最後の決算報告書になります」
茶髪茶色の目の筆頭税務官がそう言って、執務机に置いたのは、かなりの枚数があるものだった。
「最後といっても、ずいぶんと分厚いな……」
分厚いのは、統治する領地の広さと事業の手広さを意味する。
おそらくは伯爵家以上のものか。
―――これは確認に時間がかかりそうだ。
「やはり、大きい領地のものは確認するのも時間がかかりますので、最後に回ってしまうのです」
「それは仕方がないことだな。―――どれ。……マリウス侯爵家のものではないか」
「はい。ご子息が行方不明になる以前に受理していました」
「なるほどな。―――見よう」
マリウス侯爵領は色鮮やかな結晶石が産出される土地だ。
それゆえに結晶石に関する事業が多い。主に宝飾品に特化しているが、職人の技術力の高さから、宝飾品はマリウス領が一番だと言われている。
貴族たちはこぞってマリウス領の宝飾品を買い集め、結果、マリウス領は国内でも十指に入る程の財力を持つ家となったのだ。
当代や先代のマリウス侯爵は、財力に頼らぬ考えの誠実な人柄で好感が持てる人物だ。
逆に先々代は、黙っていても金が転がり込む、『マリウス侯爵』という地位を常に振りかざしていたことを思い出す。
娘のリリアーネを溺愛し、ディーク・バーティア元子爵に一目ぼれしたという娘の為に、彼の父親に侯爵家の権力でごり押しして無理やり輿入れを実現させた。
さらに、娘の産んだ孫のダリウス・バーティアを贅沢三昧に育てあげた駄目駄目な人物だ。
全く仕事をせずに贅沢三昧していた姿は、先々代のマリウス侯爵と、ダリウス・バーティア前子爵はそっくりだ。
そんな父親に嫌気がさしていた先代のマリウス侯爵は、父親を反面教師にして、家を守ってきた執事たちや叔父や親戚たちに教えを乞い、真っ当で信頼できる人物となった。
そんな彼の息子である当代のマリウス侯爵も先代侯爵がしっかりと育てた為、信頼のできる人物である。
子供の教育は大事だ。
誰がどのように行うかで変わってくるのが分かる。
―――まあ、本人の本来の性質も関わってくるが。
私と同じように教育されたはずの私の弟のリヒャルトは、私とは全く別の道を歩んだ。
私が学んだ教師は、皆素晴らしい教師たちだった。
知識だけではなく、地位に驕ることなく公平な考えを持つことを教えてくれた、よき先生だ。
父が信頼し、私も教えを受け、いい先生だと思ったため、リヒャルトにも同じ教師をつけたが、リヒャルトは、そうは思わなかったようだ。
ずっと『考えが合わない』と、反抗的な態度を取っていたのを覚えている。
―――リヒャルトといえば。
巨額横領の処分を言い渡した際、さすがに貴族位の剥奪処分に青褪めてはいたが、次の瞬間には不気味な笑みを浮かべていた。
その様子を、カレン神官長が貴族牢の中を監視する部屋からリヒャルトを『視て』いた。
『クリステーア公爵。リヒャルトはクリステーア公爵家の血を受け継いでおりません』と断言した。
そして、リヒャルトの『つながり』は他につながっているということ。
―――リヒャルトの父親ないし祖父母が生きている可能性があるということだった。
リヒャルトの母と祖父母はすでに亡くなっているし、他の母方の親族も同様だ。
つまり、リヒャルトの母の浮気相手かその親が生きているということだ。
そのことに対してリヒャルトを責めるつもりは毛頭ないが、リヒャルト自身が大きな罪を犯したことは別だ。
魔術によって監視をつけて、アンベール国国境にやったが、最後までおとなしくしているかどうかは分からない。
あの不気味な笑みは宣戦布告なのだろう。
―――絶対に気を抜いてはならない。
簡単に一線を越えたリヒャルトはさらに残虐な行為を繰り返すだろう。
そして、あいつは粘着質だ。
一度狙ったものを諦めるはずはない。
クリステーア公爵家は王家の血筋だ。
あれほどの歪んだ気質なら、陛下さえ亡き者にせんとするだろう。
権力に固執し、その権力を振りかざして他者を踏み潰すことをいとわないだろう。
あいつがアンベール国側の国境に行っているうちに、あいつの手足になる者たちを突き止めて潰しておかなくては。
「―――クリステーア公爵、ひとつ気になる点が、この決算報告書にあるのですが」
筆頭税務官が私の意識を戻した。
指し示されているのは、マリウス領の連結した決算報告書ではなく、そのもとになった個別の決算報告書の方だ。
それは、有名な宝飾店のものだった。
「私の妻や母も、この宝飾店を利用しているのです」
「女性は好きだからな」
マリウス領の職人技は素晴らしい。
結晶石は採掘される場所によって色も性質も違う。
マリウス領の結晶石は魔力をため込むことが出来ず、魔法道具に使うことはできないが、職人たちの卓越した技術によって無二の輝きを放つ宝飾品となり、女性たちの心を掴んだ。
「そうなんです……。マリウス領のものは高額ですが輝きがとても美しいので、安物を大量に買われるよりはいいのですが」
税務官は一度言葉を切ると、一点を指差した。
「宝飾店の売上額が、何年も前からほとんど変わらないのです」
「―――……それは、微妙だな」
「はい。もう10数年も一定のところで上下しているのです。必要経費は年々少しずつ多く計上されていて」
そう言って、参考資料として過去10数年の報告書を並べて示した。文書庫に行って持ってきたのだろう。
筆頭税務官が怪しいと感じた場合、ほとんどの場合は『黒』だ。
なるほど。並べてみると不自然なまでに売上額が同じところを行ったり来たりしている。
逆に経費が多くなっている。
「利益を過少報告しているということか」
どんな業種でもいい時と悪い時がある。同じように結晶石の宝飾品を商売にしている他領でも赤字に転落したり黒字になったりと周囲の景気につられて上下する。
いかに貴族御用達の店であっても、売り上げが全く同じではありえないのだ。
特に戦争となってからは、同様の宝飾品店では赤字と黒字を行ったり来たりだ。
高額な宝飾品は貴族相手の商売だ。世情を鑑みて買い控えをする貴族もいる。
そんなことから、宝飾品関係のところはこのところ経営不振が続いている。
だが、マリウス領のヌイエという者が代表をつとめるこの宝飾店は、戦争が始まる前も後も売上額がさほど変わらない。いくら贔屓にしてくれている貴族が多いといっても世情を鑑みると不自然だ。
しかも、年々経費が増えていて利益が減少している。
経費の中でも人件費が増えている。
人員を増やしたのか? ―――利益が減っているのに?
嫌な話だが、人員カットは経費を減らすためによく使われる手段だ。
そうしなくては事業を継続することが困難になってしまうためだ。
世情を鑑みれば、雇用を控えて、抱えている従業員だけで回していくのが普通だ。
しかも職人仕事なのだ。一般の店のように販売員などを何人も雇うのとは違うのだ。
この宝飾店はまだまだ利益を生み出してはいるが―――この決算報告書は、きな臭い。
「税務官、そなたの言うとおりだな。これはすぐに決裁せずに一旦保留にする。―――調査しろ。十数年分の資料だけでは足りない。もっと過去のものも出して比べてみろ。―――この店主。横領の線が高い」
おそらくはもっともっと前から、横領に手を染めていたに違いない。
主人が気づかないのをいいことに報告書を毎年改ざんしていたのではないか。
それと、マリウス侯爵領の内政を預かる者の中にヌイエの共犯者がいる可能性が高い。
マリウス侯爵領の宝飾品は外国にも需要が高い。
外政を担当する私は仕事上、マリウス侯爵という人物をよく知っている。
あの真っすぐな気質のマリウス侯爵は自ら横領をする人物ではないだろう。
「かしこまりました。すぐに調査いたします」
「さすが税務官だな。私たち公爵は決算報告書の確認は毎年持ち回りだからな。4年に1回だから気づかぬことも多い。そなたのように気づいてくれるのは、ありがたい」
「勿体ないお言葉です。―――ですが、税務官も、各領地の決算報告書をランダムに見ているので、そうそう気づかないでしょう。私も、たまたま続けてマリウス侯爵領の決算報告書にあたったので気づいたのです」
各領地の担当を決めてしまえば、税務官の買収が行われ不正が生じるということで、提出された報告書を無作為に渡して処理を進めているのだ。
それでも、分厚い書類は処理能力が高いもの数名に割り当てられるのが常だ。
筆頭税務官はその処理能力を買われて、昨年筆頭になった者で、彼はたまたま3年続けてマリウス侯爵領の決算報告書が割り当てられた為に気づいたということだ。
「分かっている。『なぜ今まで気づかなかった』と、税務官を責めるつもりはない。悪いのは、横領をする奴らだからな」
「ありがとうございます。―――では、早急に資料をまとめます。夕方にはもう一度参ります」
「わかった」
税務官が出て行った後、休憩をとることにした。
とうに昼食をとる時間を過ぎている。
決算報告書の確認はいったん終わったが、他にもやることはある。
クリスフィア公爵がウルド国に行っているため、その分も仕事が回ってきているのだ。
昼食をとる暇もなく書類に没頭している文官たちを無理やり食事に向かわせた。
忙しいのは分かっているが、休憩を取らなければ効率が上がらないからだ。
「―――さて」
部屋に一人になり、軽食をつまんで休憩していると、扉がノックされた。
微妙な音の違いで、妻のレイチェルが来たことがわかった。
「どうした? レイチェル」
扉を開けて招き入れると、女官長の装いをしたレイチェルが青褪めている。
「アーネスト! アーシェラが……!」
「アーシェラがどうした?」
昼近くにレイチェルが執務室に訪れて、王妃様のところにアーシェラとローズが来るのだと教えてくれていた。
時間を見て会いに行こうと思っていたのだが―――なぜレイチェルは震えているのか。
「さっき、アーシェラが王妃様に同調して……意識を飛ばしてしまったの」
「なんだと!!?」
感応ではなく、意識を飛ばした!?
「時間は十分くらいだったのだけど、『キクの花』と呟いた後、気を失ってしまったの。何度呼んでもゆすっても起きなくて―――」
「すぐに行く!!」
―――それは魔力切れだ!!
まだ4歳だというのに、あんなに魔力を使うことをしてしまえば幼い体ではすぐに限界がくる。
執務室を飛び出し、レイチェルと共に王妃様の部屋の方向へと早足で歩を進める。
途中、視線の先に早々に休憩を終えて戻ってきた文官がいた。
「そこの文官! 私は所用で今日は不在になる。皆には明日決裁すると伝えておけ」
夕方に会うはずの筆頭税務官には申し訳ないが、それどころではないのだ。
―――魔力切れは、時には命にかかわるのだから。
お読みいただきありがとうございます。




