75 事件がかいけつしました
「なんと……同一犯による連続誘拐ではなかったのだな」
―――事件が一気に解決した翌日。
クリスウィン公爵がデイン伯爵を伴って、王妃様の部屋に事件の報告に来ていた。
王妃様の部屋には、私とローズ母様、クリスウィン公爵とデイン伯爵、そしてカレン神官長がいた。
もちろん、王妃様の後ろにはレイチェルおばあ様が女官長として立ち、控えていた。
アーネストおじい様は昨日途中で放ってきた仕事の為にさっき出ていったばかりだ。
私の体調は、アーネストおじい様が一晩中魔力を分けてくれた為、すこぶる良い。
一気に魔力を与えられると身体に負担がかかるので、少しずつ、そして時間をかけなければならないのだそうだ。
なので、クリステーア公爵家に与えられている王宮内の部屋に泊まることになった。
魔力を分けてもらうためにアーネストおじい様が一緒に寝てくれた。
その晩はレイチェルおばあ様も同じ部屋に来て、ろくに動くことのできない私の世話をしてくれた。
さすがにローズ母様はアーネストおじい様と同じ部屋に泊まるわけにはいかないので、隣の部屋にいた。
ふと夜中に目が覚めると、アーネストおじい様やレイチェルおばあ様が、体を優しくぽんぽんとしてくれた。
そのぽんぽんがすごく懐かしくて優しくて。
すごく安心してぐっすりと眠ったのだった。
おかげでずいぶんと回復したのだ。
「―――よかったです。どの子も無事に見つかって」
カレン神官長が安堵のため息をついた。
子供たちの一夜明けた状況の報告がデイン伯爵からもたらされた。
アルとアレンはやはり気疲れしたのだろう。
今は母親の元でぐっすり眠り続けているらしい。
マーシャルブラン侯爵の孫娘は、目が覚めたあと、2日分の栄養をひたすら取り、また眠ってしまったのだそうだ。
実は眠り薬を盛った侍女は、ノワールに弟を人質にとられ、眠り薬を令嬢に飲ませるように脅されていたのだそうだ。その弟は、実際にノワール所有の倉庫に軟禁されているのが捜索で発見された。
マリウス侯爵家のフリードは、マリウス侯爵にお仕置きされた後、母親にも同じことをされたらしい。
今はうつ伏せの状態で休んでいるらしい。―――なんだかとっても痛そうだ。
犯人たちは投獄され、これからきっちり罪を償うことになる。
主犯や手引きした者は、投獄後すぐに貴族位を剥奪した。
ノワールに小さい弟を人質に取られ、脅された侍女に関しては、罪は罪だが強要されたということで処分を軽くするとのことだ。
ノワールには多額の横領や令嬢に眠り薬を盛って悪事を隠そうとした罪に加えて、侍女を脅迫した罪、侍女の弟を監禁した罪が加算された。
マリウス侯爵は、息子のフリードがこれまで全く興味のなかった宝飾品を取り扱うヌイエの店に行ったり、決算報告書を見たがったりしていたので不思議に思っていたそうだ。
カレン神官長にリストを見せられ、3件の行方不明事件に『神殿が配布したキクの花の根付きが関与している』と、クリスウィン公爵とカレン神官長に断言されて、これまでの僅かな違和感に答えを見つけたかのようだったそうだ。
マーシャルブラン侯爵もノワールに思うところがあったそうだ。
だが、ヌイエもノワールも巧みに主家の主人の目を騙していた為、決定的に疑うことがなかったらしい。
マーシャルブラン侯爵もマリウス侯爵も、キクの花の話を聞いて、ものすごい形相で部屋を飛び出していったのだと、カレン神官長が話していた。
「―――それにしても、女神様の花はすごいな」
クリスウィン公爵が感心して改めて、神殿が作成した各教会のキクの花のリストを眺めている。
食すことができ、薬になるだけでなく、咲く場所によって、結果的に人の悪事を暴き出した。
「本当ですわね。女神様が見ていることをはっきりと感じられた一件ですわ」
カレン神官長が頷くと、王妃様がにっこりと微笑んだ。
「女神様の花が関係していることを教えてくれたのはアーシェラよ」
「うんうん。さすがだ」
デイン伯爵が私の頭を優しく撫でる。
昨日、私と母様が王宮に泊まることになった時、デイン伯爵には大まかな事情を伝えたのだそうだ。
さすがも何も、視えただけだよ?
首を傾げると、王妃様がふふふ。と微笑んだ。
「大きなヒントよ。そしてそれはアーシェラだから視えたの。そして真実だった。それまで誰も気づくことができなかったのよ」
おかげで一気に真実が視えたのだと言った。
私だから菊の花が視えた? どういうことだろう?
クリスウィン公爵とカレン神官長がゆっくりと頷いている。王妃様の後ろでレイチェルおばあ様も。―――でも教えてくれるつもりはないらしく、カレン神官長がすぐに話題を変えた。
「デイン伯爵。このリストをお渡しいたします。どうぞご活用ください。―――ですが、リストを持っていることは内密にしてください」
「心得ております。―――この女神様の花のリストはいろいろな判断基準になります。敬意をこめて使わせていただきます」
デイン伯爵が女神様の花を植えたリストをカレン神官長から恭しく受け取った。
これからのいろいろな事案に役立てるとのことだ。そうなんだ。
◇◇◇
報告が終わったので、休憩することになった。
クリスウィン公爵がくつろいだ表情になったので、渡すなら今だろう。
「かあしゃま。あれ、わたしゅ」
アルとアレンに約束したものだ。
「そうね」
ローズ母様にお願いすると、母様がきれいな菓子箱をテーブルの上に置いた。
「クリスウィン公爵様。これをどうぞお孫様方に。―――バター餅が入っております」
「なんと! バター餅か! アルとアレンにだな! 有難くいただこう」
とたん、クリスウィン公爵の琥珀色の瞳が喜色をたたえた。
バター餅はバーティア家の料理人で元菓子職人のハリーさんに作ってもらっていたもので、魔法鞄に入っていた。
デイン家の菓子店で販売するにあたって、同じ味で出来るようにと、使うもち米の量、バターや砂糖の分量をはかりながらハリーさんが何度もレシピづくりの為に作ったので、たくさんもらったのだ。
バター餅をプレゼントする、とアルとアレンに昨日約束したから、箱にはバター餅をたっぷり入れておいた。
大き目の菓子箱をレイチェルおばあ様に用意してもらって、かわいくラッピングした。
―――ん? クリスウィン公爵?
なんだか、ここで開けたい! といったような目をしてるよ?
「……お父様。これはアルとアレンにですよ」
呆れたように王妃様に指摘されて、クリスウィン公爵がちょっとしゅんとなった。大人なのに、なんだかかわいい。
「ああ、わかっている。フィーネが美味い美味いと言っていたからな。私も食べるのをとても楽しみにしていたものだから……」
ああ。あの誘拐事件のせいで流れてしまっていたのか。
「クリスウィン公爵様、お茶菓子にバター餅を別にお持ちしていましたので、今お出ししますね」
ローズ母様がそう言うと、クリスウィン公爵の瞳が明らかに輝いた。
本当に王妃様によく似ている笑顔だ。アルとアレンもそっくりだし。もしかしたら、クリスウィン公爵のご子息も、そっくりなのかな?
「菓子箱にはたくさん入れておきましたので、ご家族でご一緒に召し上がってくださいね」
「ああ。ありがとう、そうするよ」
すぐに女官を招き入れて、お茶の用意と、綺麗に盛られたバター餅の皿が配膳された。
お茶もバター餅も毒見係が目の前で行った。
男性の毒見係がバター餅を食べて瞳を見開いていたのがおかしかった。
『大丈夫です』と言った毒見係が口を綻ばせていたのでおいしかったのだろう。
毒見係が退出すると、王妃様がぽつりと呟いた。
「私たち『鑑定』を持っているから、別に毒見はいらないのだけど」
クリスウィン公爵家出身の王妃様と公爵は『鑑定』を持っているとのことだ。
「クリステーア公爵家もですよ。ですが、毒見は形式上必要な事ですから仕方ありません」
そうレイチェルおばあ様が言った。
『鑑定』を持たない貴族もいるのだ。
母様は『治癒』を持っていても『鑑定』はできない。
そういった人の為にも毒見は必要なのだ。
配膳係の女官が退出した後、改めて皆の視線が皿に向いた。
「「まああ」」
語尾にハートマークがつきそうな声は、王妃様とカレン神官長。
「これがバター餅なのだな!」
とこれまたハートマークがつきそうなクリスウィン公爵。
オレンジ色に近いバター餅を目で堪能し、フォークで弾力を確かめてから、一口。
「「「美味しい!」」」
クリスウィン公爵、王妃様、カレン神官長が満面の笑顔になった。
「バター餅はいつ食べても美味しいですわ~!」
カレン神官長が上品に、そしてものすごい勢いで食べていく。
「うむ。この食感は初めてだな! ケーキとも焼き菓子とも違う、また別の美味しさだ。コクがあって美味いし、後をひくな。何個も食べたくなる」
クリスウィン公爵が頷きながら食べている。いっぱい食べるとは聞いていたが、甘いものもたくさん食べるらしい。お替り用の大皿から面白い様にバター餅が消えていく。
「ただ、手に入れにくいのよね。定期的に食べたいわ!」
同じように綺麗な所作で、そしてすごい速さで王妃様の皿からもバター餅が消えていく。
「今は原料のもち米が無いので数量限定での販売ですが、今年バーティア領でもち米が収穫出来れば、その後は安定供給出来ますよ」
デイン伯爵の言葉に、『来年はクリスウィン公爵領も、もち米を作ることにしよう!』とクリスウィン公爵が大きく頷いている。
「来週、リンクが米の作付けの為の打ち合わせにクリスウィン公爵領に行くはずです」
「そうだったな。デイン伯爵の子息が米の作付けの打ち合わせに我が領地に来るのだったな」
頷くと、クリスウィン公爵は私とローズ母様を見て言った。
「アーシェラちゃんもおいで。ローズさんも。歓迎しよう」
「あい! いきましゅ!」
「ありがとうございます。……ですが私は」
ローズ母様は辞退しようとした。
本来なら、米の打ち合わせにはリンクさんだけのはずなのだ。
私はおまけだけど、当然ついて行こうと思っていた。
王妃様の友人とはいえ、米の作付けとは直接関係のない母様は、行くべきではないと常識的に考えていたようだ。
「あなたはフィーネの友人だ。構わぬよ。それにアーシェラちゃんには、アルとアレンからきちんと礼を言わせてほしいのだ」
理由はあるのだとクリスウィン公爵が告げた。
「ローズ。お受けしなさい」
デイン伯爵がローズ母様を促した。
「そうですよ、ローズ。クリスウィン公爵は今回の件に関して、公爵家として、筋を通そうとして下さっているのです。あなたはアーシェラの母です。きちんと母として付き添いなさい。―――それに、あなたもアーシェラも我がクリステーア公爵家の人間です。堂々と胸を張ってお伺いしなさい」
毅然としてレイチェルおばあ様がローズ母様に言った。
「お義母さま。……はい、分かりました」
ローズ母様は結婚してすぐにいろいろな事があったせいで、自分が公爵家の人間であると思えずにいるのだろう。
以前、まだ貴族としては下位の子爵家の人間だという意識が抜けていないと言っていた。
「アーシェラ。あなたは(まぎれもなく)我がクリステーア公爵家の人間ですよ。そのことを心に刻んで、堂々と行ってらっしゃい」
「あい。いってきましゅ!」
手を挙げて元気よく返事をすると。
「いい子ね」
レイチェルおばあ様がやさしく頭を撫でる。あう。気持ちいい。
―――あ。そういえば。
「くりすうぃんこうしゃくしゃま。でぃーくひいおじいしゃまも、いっちょにいっていいでしゅか?」
「もちろんだ! 私もバーティア先生にお会いしたい! 願っても無いことだよ!」
クリスウィン公爵が満面の笑顔で首肯した。
よかった。もうすぐディークひいおじい様も王都に来てくれるのだ。
―――来週はクリスウィン公爵領に行くことになった。
お読みいただきありがとうございます。




