74 ほんとうに6歳ですか?
―――その日の深夜、マーシャルブラン侯爵の孫娘とマリウス侯爵の子息、クリスウィン公爵の子息が無事救出された。
クリスウィン公爵領のカシュクール、マーシャルブラン侯爵領のノワール、マリウス侯爵領のヌイエだが、『たたけば埃が出る』という故事のように、すぐに罪状が出てきたそうだ。
カシュクールは眠り薬を馬車に仕掛けていて、アルとアレンは眠った状態で連れ去られ、偽名で高級ホテルに軟禁されていたそうだ。
その時の護衛はカシュクールの縁戚でグルになっていたそうだ。なんともなげかわしい。
ホテルには、『高貴な身分の方で、一週間匿ってほしい。狙われているから絶対に外には出さずに守ってくれ』と頼まれたのだと言っていたという。
認識阻害の魔術も使われたため、ホテル側は不審に思わなかったのだそうだ。
クリスウィン公爵家のアルとアレンは、公爵家特有の『つながり』の力で軟禁場所はすぐに特定された。
犯人側の目的が分からなかったので足踏みをしていたが、本当はすぐに救出しても大丈夫だったみたいだ。
カシュクールが隠したかった罪とは、クリスウィン公爵領で採掘した結晶石をジェンド国に横流ししていたということだった。
採掘量を誤魔化して、敵国であるジェンド国に結晶石を売りさばいていた。完全な反逆行為である。
結晶石は魔力を込めると、武器にも使われるのだ。
本人は金を手に入れたいがために、深く考えずに売りさばいていたそうだが、アースクリス国の国民を危険にさらす行為だとして、重罪確定だ。
誘拐をしようと思った動機は、隣の領地で自分と同じように管理を託されていた者が、領民から不正に税を搾り取っていたことが、神殿から配布され、教会に植えられたキクの花が一か所も根付かなかったことから主人に疑われ、結局悪事がバレて禁固刑に処されたことを知って震え上がったのだそうだ。
だが、カシュクールは、『バレなきゃこれまで通り』と考えて、クリスウィン公爵の意識を逸らすことを画策した。
大事な孫を誘拐されたら、神殿の花の根付きなど些細な事だ。
別に危害を加えるわけではないし、身代金の要求もしない。
孫が無傷で無事に戻れば、クリスウィン公爵もいずれこのことは忘れるだろう。
そして、悪事が隠し通せれば、今まで通りに金が手に入るのだ。と思ったのだそうだ。
―――はっきり言おう。馬鹿じゃないの?
聞いた皆も呆れていた。
結晶石の敵国への横流しは重罪だ。それははっきりしている。
女神様の花が根付かなかったことは、昨日のクリスウィン公爵の反応を見ると、さほど気にしていないようだった。
いずれは横流しが露見する時が来ただろう。その時は横流しの分の罪だけで済んだはずなのだ。
それが、誘拐を実行したことで、さらに罪が重くなり、いままで隠し通せていた罪までバレたのだ。
王妃様が言ったように『浅はか』で考えなしだ。
罪を隠そうとして、他のことが見えていなかったようだ。
マーシャルブラン侯爵の孫娘は、ノワール縁戚の侍女の手によって薬で眠らされた状態で見つかったそうだ。
一日で眠りから目覚めるはずが、薬の量を間違えて飲ませてしまったために、令嬢が二日も昏々と眠り続けていたので、『このままでは死んでしまうかもしれない』と、恐ろしくなって侍女が自ら名乗り出たそうだ。
『温室の片隅で眠ってしまった』という幼い令嬢のうっかりな習性を利用したものだったが、薬を使ったことで裏目に出てしまったようだ。
令嬢は菊の花で作られた解毒薬で目覚めることが出来たそうだ。よかった。
ノワールはマーシャルブラン侯爵の金融機関から多額の横領をしていたことが明るみになった。
驚いたのは、マリウス侯爵の小さな子息のことだ。
彼はヌイエが経営する宝飾店に『自分の意思』でいた。
マリウス侯爵の子息は金色の髪にターコイズブルーの瞳をした6歳の子供だ。
名はフリード・マリウス。マリウス侯爵に遅くにやっとできた子どもであり、一人息子だ。
マリウス侯爵の子息のフリードはまだ6歳だというのにヌイエのしていた悪事をわかっていたようだ。
マリウス領は昔から様々な色の結晶石が採掘される土地だ。
色鮮やかな結晶石がよく採れるので、それゆえに、マリウス領には、見事な技術で結晶石を宝石に輝かせる職人が多い。
ヌイエは、マリウス領で結晶石を加工する職人を管理していた。
だがある日、フリードの友達になった加工職人の7歳の子どもが、父親の職人と一緒に作った、フリードへの7歳の誕生日プレゼントを取り上げられてしまった、と泣いていたのだそうだ。
職人の子どもは平民だ。
それでも平民の自分を『友達』と言ってくれるフリードの為になにか贈りたいと、工房で廃棄されていた結晶石のクズ箱から、小さいカケラを選んでひとつずつ研磨し、組み合わせて、何日もの時間をかけて見事な色彩のチャームを作り上げたのだそうだ。
結晶石を加工した時に出た小さいクズ石を使って、息子が見事なものを作ったと、父親が工房のみんなに自慢していたところを、ヌイエに見つかり、せっかく作ったチャームを取り上げられてしまったのだそうだ。
そう言って、泣いて謝る職人の子どもの手にいくつも傷があるのに気付いたフリードが問うと、それはクズ石での切り傷で、あれ以降ヌイエにノルマを課せられ、同じものをたくさん作らされているのだと言ったそうだ。
ヌイエ……許すまじ。
まだ7歳の子どもの作ったものを取り上げたうえに、そんな小さい子どもに強制労働させるとは。
フリードはヌイエの経営する王都の宝飾店に母親と共に通った。
そこで目にしたのは、クズ石でつくられた、いくつもの見事なアクセサリーだった。
その見事な出来栄えから、クズ石でつくられたというのに高額な値段で販売されていたのだ。
それを作ったフリードの友達は報酬を全くもらっていないというのに。
そしてフリードは、その中にフリードの為に友達が作ったというチャームを見つけた。
ターコイズブルーの石でフリードの名前のイニシャルがされた精緻な作りの見事なもの。
取り上げられてから、ターコイズブルーの石では作っていないといっていたから、あれは自分の7歳の誕生日プレゼントとして友達が作ったものだ。
フリードはそれを迷わず購入した。
『あれだけは他の者に渡すわけにはいかない』と思ったのだそうだ。
ヌイエに関する周りの認識は、誠実な人。ということだったが。
友達への非道を知って、フリードは絶対に違うと確信した。
それから、自分なりに出来ることから調べることにした。
工房の実情、宝飾店の売上、納められた税金。
折しも年末の決算報告書が上がってきていたので、次期侯爵としての勉強として、見せてもらった。
とは言っても。決算報告書を読み解くのは6歳の子供には不可能だった。
父親であるマリウス侯爵にヌイエの宝飾店の決算報告書を読んでもらって、彼なりに判断した。
やがて、ヌイエが工房の人間をコマのように扱い、売り上げを誤魔化して懐に入れていることを確信したのだそうだ。
けれど、6歳の子供のいうことを大人がきちんと聞いてくれる保証はない。
だから自分で、ヌイエが言い逃れできない確たる証拠をつかもうと思ったのだという。
何回か母親と共にその宝飾店に通い詰め、三日前、彼は行動に移すことにした。
他の店で母親が買い物中に、ヌイエの宝飾店に潜り込み、わざと店の片隅で眠りこけたふりをし、『家に帰りたくない』と我儘を言った。
―――6歳にしてこの行動力はすごい。
ヌイエはフリードをすぐに侯爵家に返そうと思ったが、幼い子息のわがままを聞いて何日か匿えば、子息が行方不明になったと世間は騒然となるだろうが、そのどさくさで預かっている土地の教会に花が根付かなくても咎められないと思ったらしい。
そもそも幼い子息の我儘なのだから、自分に対するお咎めは小さいだろうと踏んだそうだ。
―――そして、フリードは、騒ぎになったその三日間の間に、隠してあった二重帳簿を見つけたらしい。
マリウス侯爵自らヌイエの宝飾店に乗り込んだ際に、フリードはニッコリと笑って。
『父上。プレゼントです』と、探し当てた証拠品の二重帳簿を手渡したとのことだ。
―――すごいお子様だ。見事としかいえない。
ヌイエは誘拐の罪には問われなかったが、高額な所得隠しと脱税、子どもへの強制労働による虐待、その他にも余罪が次々と見つかり、きっちり罪を償うことになった。
一方のフリードもマリウス侯爵を死ぬほど心配させた罰として、おしりをたたかれたそうだ。
おう。マリウス侯爵。お仕置きがおしりぺんぺんですか。
それにしても、マリウス侯爵の子息のフリード。
ほんとうに6歳か?
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