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73 菊の花がおしえてくれたもの 2

本日二話目です。



「お父様。お聞きしたいことがございます。―――クリスウィン公爵領の教会で、キクの花はどのぐらい根付きましたの?」

「他の領と同じく半数程度だったが、それがどうした?」

 クリスウィン公爵領はとてつもなく広い。バーティア子爵領が何個も入るくらいの広さで、いくつかに地区を分けて、一族の者たちから信頼できる人を選んで、管理させている。

 教会の数にしても、バーティア領は3か所しかないが、クリスウィン公爵領はその何倍もあるという。


「カレン神官長、キクの花が根付くのにはどのくらいかかるのだったかしら?」

「はい。一晩あれば十分かと。根付けば徐々に花畑が形成されますが、そうでなければ消え去ります」

「お父様。―――アルとアレンが攫われた日、我がクリスウィン公爵領でキクの花の根付きを確認するはずだったところがあるはずです」

「確かに、あの日は―――カシュクールのところだったな。そういえば根付かなかったと報告があった。―――孫たちが大変だったゆえに聞き流していたが」


 王妃様は『カシュクールね。なるほど』と呟くと、納得したように頷いた。

「お父様。―――もしかしたら、『聞き流して欲しかった』。それこそが動機で、目的だったのかも知れません」

「―――何だと?!」

 クリスウィン公爵の琥珀色の瞳が見開かれた。


「お父様も知っておいででしょう。キクの花は神気がある場所にしか咲かない女神様の花。その花は『ふさわしい場所』にしか咲かないと。―――もちろん、別の理由があって咲かない場所もあることでしょう。我がクリスウィン公爵領の管理を任せている人物は数人いますが、その管理者の中で預かっている土地にキクの花がひとつも咲いていない場所があるとしたら。―――その管理者は、その地を預かるのに『ふさわしくない人物』なのかもしれません」


 王妃様の言葉に、納得するようにカレン神官長が頷いて、後を続けた。


「たしかに。その話には裏付けがございますわ。アースクリス国にはたくさんの教会がございます故、気にも留めませんでしたが、確かにたいていの領地は半数ほどが根付きます。ですが、ひとつも根付かなかった場所の領主には後ろ暗いものがあることは報告が上がってきておりますわ。―――リストを持ってこさせましょう」


 ―――ややあって、持ってこられたリストをテーブルの上に広げて、カレン神官長が指し示して話す。


「素晴らしいのは、やはりバーティア領ですね。すべての教会で根付きました。デイン伯爵領も半数根付いています。他の領地も半数程度かそれ以下ですが。数か所では1か所……領地が広く教会の数も多いのにも関わらず1か所というのは不自然ですが―――その領地には共通項がありますね」


 リストには国中の領地にある教会の名、植えられた日、根付いたか否かが一覧になっていた。


「ああ。脱税とか、密輸とかあくどい噂がある者だな。―――このリストはすごいな。これを見ると領主の人となりがよく分かる」

 クリスウィン公爵がリストを手に感心している。

 アーネストおじい様も片手にリストを持ち、『なるほどな』と納得している。


 カレン神官長が続ける。

「後ろ暗いものがある者たちには、女神様の花が自らの罪を暴くように思えるのではないでしょうか。神殿ではキクの花を『女神様の花』とは言っておりませんが、神殿がすべての教会に配布する花です。うすうす感づくでしょう。悪いことを考える者たちにも独自のつながりがあります。『神殿が配布する花が根付かないのは、自分たちの隠してきた罪を見られている。その証左だと』―――それが今回の悪事を働く大きなきっかけになったのではないでしょうか」


「―――目くらましの為に、誘拐をした、ということか」

 クリスウィン公爵の瞳に強い光が宿った。


 ―――キクの花が真実を示している。

 クリスウィン公爵の脳裏にこれまでのことが走馬灯のように駆け巡った。


 ―――身代金要求はなかった。

 ホテルには人質を転移させる魔術陣などが仕掛けられている形跡はなかった。


 貴族専用のスイートルームに、アルとアレンはいた。軟禁はされていたが最高級のもてなしを受けて。

 居場所を見つけた時、無傷だったことに皆で安堵したが、犯人の目的が分からなくて混乱した。


 身代金目的ではなかったのか? 

 人身売買ではなかったのか?

 私怨ではなかったのか?


 殺意はなかったのか?

 ―――では、なぜ、連れ去って監禁しているのだ?

 ―――ただ、このまますぐに『救出して終わり』にしてはいけない。


 犯人を捕まえなければ、いずれ同じことを繰り返すかもしれないからだ。


 そう思って事件に心を傾けてきた。

 だから、キクの花が根付いたかどうかの報告など気にしていなかった。

 ―――それこそが犯人の、カシュクールの思惑だったとは。

 


「カシュクールか……。父親が忠義者だったゆえ、そのまま管理を息子に引き継がせたが……」

 クリスウィン公爵が苦々しく顔を歪めた。カシュクールには思うところがあるようだ。

 だが、まさか。主家の子息をさらうとは思わなかった。


「引き継いだのは5年前のことですね。クリスウィン公爵領の第3地区を治めるカシュクールは、たしか結晶石の採掘の責任者でもありましたわね」

 カレン神官長もクリスウィン公爵所縁の人だ。カシュクールという人を知っているようだ。

 『あいつならやりかねない』という表情だ。


「そう考えると、犯人の目星がついてきます。これまで連続誘拐と思い、いろいろな可能性を考えていましたが、これを踏まえると単純です。このリストを見て推測すると、クリスウィン公爵領の一角を管理しているカシュクール。マーシャルブラン侯爵領ではノワール殿、マリウス侯爵領ではヌイエ殿が怪しいです」

 カレン神官長が、リストに赤い線を書き入れていく。

 

「彼らは今まで主人にバレていない悪事を働いていた。けれど神殿が配布する花が根付かなかったら、怪しまれてバレるかもしれない。そう疑心暗鬼になったのでしょう。―――小者とはそういうものです」

 カレン神官長がリストから読み解く。それぞれ管理を託されていた場所は、数か所教会があるというのにひとつも根付かなかったのだ。


 そして、それぞれの令嬢や子息が消えた日は、ノワールやヌイエが管理している土地の菊の花の根付きを確認する日であったことも、一致した。


「お父様。カシュクールは確かに私も好きではありません。カシュクールは一族の末端と言えど傲慢で浅はかです。このリストから読み解くと、お父様の知らないところで悪事を働いているということを示しているのではないでしょうか。早急にお調べになってください」

 確かに、浅はかだろう。自分の悪事から目を逸らさせるためだけに誘拐するとは。


 でも、そう考えた者達がその他にもいたのだ。

 それがマーシャルブラン侯爵やマリウス侯爵ゆかりの者であったということだが。

 おかげで連続誘拐とか、バーティア家に疑いの目が向けられたとか、複雑に絡み合ってしまったのだ。



「そうだな。すぐにカシュクールを調べさせる。あいつは以前からきな臭いところがあったのだ。すぐに尻尾を掴んでやる!」

「ええ、お願いします。アルとアレンもさみしがっておりましたわ。アレンは『お母様に会いたい』と言っておりましたから」

「ああ……かわいそうに! カシュクールの単独犯ならば、アルとアレンはもう迎えに行ってもいいな?」

「いいえ、お待ちください。マーシャルブラン侯爵とマリウス侯爵のお子と同時に救出してください」

 どこでどうつながっているか分からないのだ。

 確実に証拠をつかんで、マーシャルブラン侯爵やマリウス侯爵の子供たちを無事に見つけなければならないのだ。

「そうだな。孫可愛さに判断が曇ってしまったな。マーシャルブラン侯爵やマリウス侯爵にもすぐに伝えよう。カレン神官長も一緒に来てくれ! 今日中に終わらせる!!」


 そう言ってクリスウィン公爵がカレン神官長を伴って、大急ぎで部屋を後にした。


 何気なく窓の外を見たら、窓の外はもう日が落ちかけていた。

 冬は太陽が落ちるのが早いのだ。



 ―――その日の深夜。


 日付が変わる前には、クリスウィン公爵の孫のアルとアレン、マーシャルブラン侯爵の孫娘、マリウス侯爵の子息が無事保護されたとの報告が王妃様にもたらされたのだった。

 

 クリスウィン公爵、本当に今日中に解決させちゃった。

 孫パワーって、すごい。





お読みいただきありがとうございます。

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