72 菊の花がおしえてくれたもの 1
本日もう一話更新します。
王妃様と同調した際、私は一種のトランス状態になっていたみたいだ。
レイチェルおばあ様は、王妃様が意識を飛ばしてアルとアレンのもとを訪れる時は傍に控えているのでその状況は慣れていたようだったが、突然、私と王妃様が目を合わせたまま様子がおかしくなったので、慌てたそうだ。
王妃様が意識を飛ばすことが出来るのは秘匿されているため、誰かを呼ぶわけにはいかず、私たちの意識が戻るまでの約10分くらいの間、息をのんで見守っていたそうだ。
意識が戻ってきて、私が『きくのはな』と、呟いた時、緑の瞳の奥の女神様の印が金色の光を帯びていたと、王妃様が言った。
その印はレイチェルおばあ様とローズ母様にも見えたのだそうだ。
―――一時間ほど経って私が眠りから覚めると、そこはレイチェルおばあ様のお部屋のベッドだった。
目を開けたら、クリステーア公爵のアーネストおじい様が私の額に手をあてていた。
隣にはレイチェルおばあ様とローズ母様が心配そうに立っていた。
「無茶をする……。魔力が底をついて倒れたのだぞ」
アーネストおじい様が目を細めて、安堵のため息をつき、額にあてていた手で優しく頭を撫でた。
「「ああ……。よかった。気が付いて」」
レイチェルおばあ様もローズ母様もほうっと息をついた。ローズ母様は指で涙を拭っていた。
―――あの時の強烈な眠気は、魔力が底をついたせいなのか。
自分では無理をしたつもりはなかったけど、結果的にはみんなにすごく心配をかけてしまったみたいだ。
ここは素直に謝ろう。
「ごめんなしゃい」
「大丈夫? アーシェラ。おじい様が魔力を分けてくれたから、少しは身体が楽になったとは思うけれど」
レイチェルおばあ様が心配そうに眉を下げる。
魔力を分けてくれた? そんなことができるんだ。
たしかに体は意識を失う前より楽になったような気がする。
「ありがとうごじゃいましゅ。おじいしゃま」
「少し顔色もよくなったな。……よかった」
『きくのはな』と呟いて、ソファに沈んだあと、何度声をかけてもぐったりとしたまま目を開けなかった為、レイチェルおばあ様もローズ母様も青褪めたそうだ。
王妃様の助言で、レイチェルおばあ様が王宮内で仕事中のアーネストおじい様に急遽連絡をとり、仕事中にもかかわらず、駆け付けてくれたのだそうだ。
「魔力を使いすぎると、体力も奪われる。……小さい体ではすぐに倒れてしまうのだ。こんなふうにな。今後魔力を使うときは十分に気をつけなさい」
「あい。おじいしゃま」
「アーシェラ、起きられる? 王妃様がどうしてもすぐに聞きたいことがあるのですって」
レイチェルおばあ様が申し訳なさそうに私に聞いた。
「―――自分ではまだ動けないだろうから、私が抱いていこう。私が抱いていればアーシェラに少しずつ魔力を分けられる。もっと楽になるはずだ」
―――たしかにだるい。
どうやら、魔力が底をつくと、ろくに身体が動かせなくなるらしい。
「まだだるいでしょうけれど、頑張って。今夜は王宮に泊まっていきなさい。このままでは心配ですもの」
「そうだな。眠るまで魔力を分け続けよう。ここまで枯渇すると回復まで時間がかかるからな」
レイチェルおばあ様の言葉にアーネストおじい様が同意する。
どうやら今日は王宮にお泊り決定のようだ。
◇◇◇
「ねえ、アーシェラ。キクの花と言ったけれど、どうして?」
王妃様が私が意識を失う前に呟いた言葉に首を傾げた。
私は『アルとアレンの周りに、菊の花が視えた』と素直に言った。
「アーシェラがそう言った時、瞳に金色の光が、光っていましたわ」
レイチェルおばあ様がアーネストおじい様に告げる。
「ええ。私も見ました……。アーシェの瞳に金色の光がありました」
ローズ母様が言うと、王妃様も頷いて言った。
「アーシェラが意識をとばしたことも、かの御方たちのお導きだったのでしょう」
「そうなると、今回の誘拐事件は『キクの花』がカギとなるのか……」
アーネストおじい様が呟く。
女神様の印が浮かんでいる時の言葉には『意味がある』のだと王妃様も話す。
でも、キクの花だけでは、どう事件に関わってくるのか私にも分からない。
「キクの花……。―――!! もしかしたら―――」
王妃様がなにかに気づいたようだ。はじかれるように顔を上げた。
「―――女官長、クリスウィン公爵とカレン神官長を呼んで」
◇◇◇
すぐにクリスウィン公爵とカレン神官長が王妃様の部屋に来た。
私は改めてクリスウィン公爵にご挨拶した。
ただ体がだるいので、アーネストおじい様に寄り掛かったままだったけど。
後ろに撫でつけた金の髪。琥珀色の瞳は、王妃様、アルとアレンと同じだった。
私が王妃様に同調してアルとアレンに会ったこと。
私がアルとアレンの後ろに菊の花の幻影を見たことを王妃様が説明すると、クリスウィン公爵もカレン神官長も驚愕していた。
「「身体は大丈夫!?」」
とクリスウィン公爵と、カレン神官長がものすごく心配した。
「だから私がこうして抱いている。……限界まで魔力を使い果たして倒れたのだ」
アーネストおじい様が憮然として言うと、クリスウィン公爵が申し訳なさそうに眉を下げた。
「こんな小さい体に無茶をさせてしまったのだな……。感応は出来ても、意識をとばすのは成人近くからでなくては出来ないのに」
体力と魔力が十分に整う頃からでなければ、つながりがあっても意識を『飛ばす』ことはできないのだそうだ。
アルとアレンのように、『視る』ことは幼いころからできるそうだ。
逆に精神を飛ばすのは相当な魔力を使用するので、成人近くでなければ『できない』ということだ。
「アーシェラに無理を強いてしまったことは私の責任です。クリステーア公爵、申し訳ありません」
「王妃様、謝罪は不要です。これは『必然』だったのでしょうから―――」
アーネストおじい様の『必然』という言葉に王妃様がゆっくりと首肯した。
「ええ―――。かの御方はおそらく、私がアーシェラをアルとアレンのもとに導くことを。そして、アーシェラが糸口を見つけることを分かっておられたのでしょう」
「クリステーアの……」
クリスウィン公爵が小さく小さく呟いた。
あまりに小さすぎて聞き取れなかったが、クリスウィン公爵は『なるほど』と頷いていた。
アーネストおじい様には聞こえていたらしく、『そうだろうな』とクリスウィン公爵に同意をしていた。
「それを踏まえて、推測できたことがございます」
―――王妃様は確信したことがあるらしい。
強い瞳で話しだした。
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