71 アルとアレンのうしろにみえたもの
なんで? なんで?? なんで???
さっきまで、王妃様の部屋でソファに座ってたのに。
それが、目を開けたら、―――外で。
―――空が見えて。
―――王城がはるか下に見えて。
そして私は―――浮かんでる!
どこをどうやったら、こんなことになるんだ?!
「ふにゃああああぁぁっっ!!」
誰か説明して~~!! わけがわからない!!
「まあ、前触れもなくこうなったら、混乱するわよね―――大丈夫よ。落ち着いて、アーシェラ。私がいるわ」
落ち着いたやさしい声が、私をつつんだ。
「ふえ?」
声と同時に、誰かが私を包み込んだ―――王妃様だ。
王妃様が私を抱きしめていた。
「驚いたわよね。でもだいじょうぶよ。これは何も怖いことではないの」
「ふえ?」
まだ混乱していて、『ふえ』しかでてこない。
「これは、クリスウィン公爵家の特殊な能力。さっき目を合わせた時、アーシェラの瞳の奥の女神様の印が光ったわ。―――それで、こうなったの」
「―――おそら、とぶの?」
「正確には意識がとんでいるの。アーシェラは初めてだから、すぐ上にとんだのね」
王妃様が眼下の王城を見下ろして、頷いている。
「でも……。うふふ。アーシェラと同調できるなんて嬉しいわ」
どうやら王妃様のなにかに同調してしまったということらしい。
王妃様が抱擁を解く。なんとなく手を離されると、落ちそうな気がして思わず王妃様のドレスの袖をつかんだ。
「落ちないから安心なさい」
ビュウウと音をたてて、風がふいている。
風が強いのに煽られない。
それに冬なのに、外なのに、全然寒くない。
不思議に思っていたら。
「意識だけがここにいるの。だから雨が降っても濡れないわよ」
なんと。それって幽体離脱とかいうのと同じことではないか。
「せっかくだから、一緒に会いに行きましょう」
王妃様がにっこりと笑って、私の手を握りなおす。
「あいにいく?」
誰に?
「もう一度目を瞑って。慣れないと気持ち悪くなるから」
それはイヤだ。
元々三半規管が弱いのだ。
転生して馬車に乗る機会が多くて少しはマシになったが、気を抜くと酔ってしまう。
ぎゅうっと目を瞑ると―――また、ふわりという浮遊感。
「着いたわ。目を開けて」
さっきは王城を見下ろしていたが。
―――今は全く違う建物を俯瞰して見ている。
「ここは、王都の外れ―――馬車なら半日くらいのところね。意識だけなら一瞬でとべるのよ」
王妃様が説明してくれた。
立派なホテル。昨日泊まった豪華なホテルにそっくりだ。
―――ん? もしかして同じホテル?
私が宿泊する場所は、護衛さん達が選んだ場所に泊まるようにと言われている。
そうして選ばれたホテルに案内され、ホテルの外観もロビーも部屋も素敵で、従業員さん達もきちんと教育されていて気持ちよく滞在できた。
格式あるホテルで、王族や上級貴族しか泊まらないという立派なホテルだと教えてもらって、昨日はすごくお嬢様になった気分で過ごしたのだった。
そういえば、クリスウィン公爵家の小さな子息たちは、王族や上級貴族が泊まるホテルに軟禁されている、という話だった。
王妃様がここに来た意味が分かった。
甥っ子たちに会いに来たのだ。
―――まさか、同じホテルにいたとは思いもしなかった。
すうっと、下に降りていく。
すると、クリスウィン公爵家の者たちだろうか、ホテルの向かい側の飲食店や他のお店に一般人とは違う雰囲気の人たちが見える。ホテルの従業員にも身をやつしているのがわかる。
制服の形から、やっぱり昨日宿泊したホテルだと分かった。
「私たちは意識だけだから他の人には見えないわ。―――さあ、あの子たちに会いに行きましょう」
そして、意識は豪華な部屋に移動した。
短距離ならめまいのような浮遊感がない。
目の前には、金色の髪と琥珀色の瞳をした男の子が二人窓の外を覗いている。
この二人がクリスウィン公爵の孫で、王妃様の甥っ子なのだろう。
高級ホテルとはいえ、前世のタワーホテルのように何十階もあるわけではない。たしか五階建てだったはずだ。
まわりにはこのホテル以上に高い建物はないから、窓の外は雪に彩られた景色が遠くに見えるだけだ。
はめ殺しになっている出窓の下を覗き込むと、街の建物が見えるくらいだろう。
なるほど。5階で、はめ殺しになっている窓から助けを呼ぶこともできない。逃げることも出来ないということか。
犯人は魔術を使ってホテル側を騙しきっていて、クリスウィン公爵家が内密に乗り込んだ時に驚いていたのだそうだ。
「あれ? 叔母上? さっきも視にきたよね」
少しウェーブのかかった金髪の、少し大きい男の子が気が付いた。
「ん? その小さな子、だれ?」
ストレートの金髪の小さい男の子が私に気が付いた。
ふたりで、出窓の桟から降りて、ととと、と寄ってきた。
ふたりともクリスウィン公爵家直系の琥珀色の瞳をしている。
クリスウィン公爵家は『視える』から、この意識体も視えるとのことだ。
「アル、アレン。この子はアーシェラよ。私と同じで女神様の加護をもらっているの」
王妃様は私の背に手をあてて二人に紹介した。
とたん、ふたりは目を見開いて、私の顔を覗き込んだ。
実体のない精神体は少し透けているのだ。ほんとに自分が幽霊になったみたいだと内心思う。
「「アーシェラちゃん!! おじい様から聞いた!! かわいい女の子だって!!」」
好意全開の笑顔を見てびっくりした。
王妃様そっくりなのだ。
しかも、王妃様と性格が似ているのか、対応が王妃様を見ているようだ。
もしかしたら、カレン神官長といい、クリスウィン公爵家はみんなこんな気質なのだろうか。
「はじめまちて。あーしぇらでしゅ。よんしゃいでしゅ」
ぺこりと頭を下げてご挨拶。初めて会った時の挨拶は基本で大事なのだ。にこりと微笑むのも忘れない。
「寝顔が可愛かったから、目を開けたらもっと可愛いはずだって言ってた!」
「かわいい! おじい様に目を開けたアーシェラちゃんに会ったって自慢しよう!」
おう。クリスウィン公爵。
寝顔でかわいいって……
前回会いに来てもらった時、私はお昼寝中だったのだ。
今度起きている時にちゃんとご挨拶しよう。
でも。面と向かって『かわいい』と言われるのはちょっと恥ずかしい。
この頃ローズ母様に似てきたと言われるのだ。
ローズ母様は物語に出てくるお姫様みたいにキレイだから、似ていると言われるのは素直に嬉しい。
血がつながっていないから余計に。
前世は平々凡々の顔立ちだったので、つくりがいいのはとっても嬉しい。
自分で言うのもなんだが、結構かわいいのだ。
「僕はアルだよ! 6歳。もう少しで7歳になるんだ。今度こんな幻影じゃなくてちゃんと会おうね」
きちんと挨拶してくれた。とっても感じがいい笑顔だ。
「ボクはアレン。5歳だよ。―――ねえ! 茶碗蒸しおいしかった! バター餅が食べたくてお出かけしたのに途中でさらわれちゃったんだ」
さらさらの金髪がまぶしいアレンは、ぷう、と頬を膨らました。
バター餅が相当食べたかったようだ。
王妃様とカレン神官長から色々私のことを聞いていて、クリスウィン公爵家では私のレシピで料理が作られていて、食べていたそうだ。
―――そうなんだ。
王都のデイン家の菓子店に向かう途中で誘拐されたのか。
それなら。
「ばたーもち、ぷれぜんとしゅるね」
「「やった~!!」」
二人はお互いの両手を合わせてたたきあった。
クリスウィン公爵家の人たちはたくさん食べる。
魔法鞄の中には、バター餅がたくさん入っているから、思う存分食べれる量をプレゼントしよう。
菓子店のバター餅は予約販売なので、受取日が個別に決まっている。
内情を知ったものが手引きをしたのだろう。
―――クリスウィン公爵家の中にネズミがいそうだ。
このままだと菓子店オーナーのデイン家までもが疑われそうだから、早く解決してバーティア家もデイン家も誘拐に関係がないことを早く証明したい。
「アル、アレン。犯人は絶対捕まえるからもう少し辛抱してね」
「うん。でもクリスウィン公爵家の者たちが世話をしてくれてるから、平気だよ。ただもう5日もここにいるから飽きちゃった」
「お父様もおじい様も叔母様と同じように会いに来てくれるし、信じてるから大丈夫だよ。……でもボクお母様に会いたくなっちゃったよ」
アレンの声がさみしそうだ。
そうだ。まだ5歳と6歳(もうすぐ7歳)の子供なのだ。
こんな状況下に何日も置かれて、平気なはずはないのだ。
少しでも早く安心させてあげたい。
「ぜったい、たしゅけりゅ」
傍観者でなんかいられない。
この子たちの為にも、バーティア家やデイン家の為にも。
「―――ありゃ?」
ふいに足が床から離れた。ふわりという浮遊感。
「アーシェラの小さい体ではもう限界ね。戻りましょう。―――アル、アレン。また来るわね」
「「はい!」」
「「アーシェラちゃん。またね!」」
「あい!」
ふたりに元気に手を振る。
―――すると、アルとアレンのまわりに何かが見えた。
―――ぐらり。めまいのような感覚に気持ち悪くなって目をつぶった。
次に目を開けたら―――王妃様の部屋に戻っていた。
―――でも、戻る瞬間に、目の奥が熱くなり―――アルとアレンを囲むように何かが見えた―――
黄色と、プラチナと金色の。これは―――
「アーシェ!!」
「アーシェラ!!」
目を開けたら、ローズ母様とレイチェルおばあ様が私の顔を覗き込んでいた。
ふたりとも心配そうな表情をしている。
「アーシェラ……瞳が……」
レイチェルおばあ様が息をのんでいる。
瞳? 瞳がどうかした?
ああ、体が重い。瞼がくっつきそうになって―――眠い。
―――でも。これだけは伝えないといけない。
「きくのはな……」
「キクの花?」
「……うん。きくのはな。―――うしろにみえた」
なぜかは分からない。だけど、何もなかったアルとアレンの後ろに菊の花が視えたのだ。
それこそがカギなのだと、どこかで確信した。
そして伝えなければいけない、と思ったのだ。
そして、もう一度『きくのはな……』と呟いて、私は眠りに落ちてしまったのだった。
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