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7 リンクさんは鑑定師


 小休憩を終えて、田んぼに戻って行く領民を見送り。

 改めて稲の生育状況を見ようと田んぼに近づこうとしたら、後ろから手が伸びて来てリンクさんに抱きあげられた。

「あれれ?」

 視線が高くなったので、これじゃあ地面を掘り下げた田んぼの中がちゃんとみることが出来ない。


「おじしゃま、おろちて」

 手足をばたばたさせると。

「待てアーシェ! 田んぼに入るならダメだぞ! アーシェには底なし沼なんだからな!!」

 リンクさんはそう言ってさらに力を入れて私をがっしりと抱いたまま降ろしてくれなかった。

 先日田んぼの柔らかい土に足を取られ、お腹まで水にずぶずぶ浸かって泣いてしまった私を目の当たりにしたリンクさん、トラウマになってしまったらしい。


 なるほど、だから田んぼに来た時から抱っこに力が入っていたのか。


  『危険!! こども立ち入り厳禁』


 目の前のその立て看板の設置の原因は、私だった。


 田んぼ一年目は土の高さがデコボコで深さが一定ではないのだ。

 前回来た時にリンクさんが先に田んぼに入って苗を見ていて。

『アーシェもおいで』

 と呼んでくれて、途中まで迎えに歩いてきてくれたので、私も田の畦に腰かけてから田の土に足を入れ。

 数歩進んだところで、運悪く深い場所にハマった。

 人が入って作業をしていたから、とろとろの土が水の中で舞い上がり、結果濁って水深が見えなかったし、そこは周りより土がえぐれてしまっていた所だったのだ。

 

 そこに知らずに踏み入れた瞬間、ずっぷんっ!!

 えっ!?

 音もなく一気に股まで沈んで、さらに足がとろとろの土に取られてずぶずぶずぶ……


 えええ??!!! 止まんない!!

 お腹まで沈んだのにまだ沈む!!

 底なし??

 なんでこんなに沈むのーーーーっ!!

 

『うっわああぁぁぁぁぁんっっ!!』

 一瞬でパニックになってギャン泣き。

『っっ‼ アーシェっっ!』

 一瞬のことでフリーズしていたリンクさんが慌てて引き上げてくれた。

『うわっっ!! なんだここ!! 俺でも膝まで埋まるっ!』

 私を引き上げる時に、一歩踏み込んだところでリンクさんの片脚がずっぽり沈んでしまった。


『すいません! すいません!! そこ一番深いんですっっ!!』

 大人でも膝まで浸かってしまうんです~~!! とトーイさんが平謝りしていた。


 その後私はなかなかショックが抜けなかった。

 家に帰るまでリンクさんにしがみついて、思い出してはえぐえぐ泣いてしまい。

 そして泥まみれで怯え切って家に戻った私は、夜中にも思い出して泣き叫び、母様や叔父様にもすごく心配かけてしまった。


 うーむ。

 私はどうやら、今の年齢に身体の反応や感情が引っ張られているみたいだ。

 

 でも、大人だった記憶があるせいで、時間が経って落ち着いた後にすごく恥ずかしくなるんだよ。


 ───〜〜〜でもでもしかたないよね? 今は子供なんだもの。

 (でも、はずかしい~~。じたばた)



 そして今、私がハマった辺りは長い棒が立って、ロープで囲われている。

 土を寄せて改善したものの、土がとろとろなのでどうしても少し深くなってしまっているらしいから、足を取られて転ばないように、みたい。


 あそこ以外なら大丈夫そうかな~

 でも。

 さすがに底なし沼は二度と御免だ。

 しっかり私にもトラウマが根付いてしまった。


 田んぼ……水を抜く秋まで入るのはやめておこう。そうしよう。



「だいじょぶ。たんぼ、はいらない」

 そうリンクさんに訴えていると。


「リンク様。(わたくし)がアーシェラ様をお守り致します」

 とセルトさんが言ってくれたので、リンクさんが田んぼの畦に渋々降ろしてくれた。

 

 守るって……もう入らないよ。

「不可抗力で落ちる可能性もございますよ。アーシェラ様」

 目で訴えたら、そう返された。

 まあそうなんだけど。

 その中腰の姿勢、辛くない?

 両手……落ちるの前提か?

 うう。


 私は田んぼの畦で座り込み、元気に育っている稲を見た。

 きちんと分けつして茎が増えている。

 うんうん。順調だ。


 前世では農作業があまり好きではなかったな〜と思い出す。

 社会人になり仕事に追われて夜遅くまで働いてヘトヘトになっていたのに、休日は実家の農作業の手伝いなのだ。

 お願いだから休ませてくれ〜! と思いながら手伝った。

 こんな体力的に厳しくて、自然相手で休日関係ない仕事無理〜!

 それ以上に土作りのノウハウとか苗の管理とか毎日の水温管理とか──米一種類にしたって、とにかくやることが多いのだ。

 簡単に出来るものではないことを知っていたからこそ、農家さんはすごいと思う。

 そして皆の生命をつなぐのだ。


 平民のみんながいてこんな大変なことを当たり前にやってくれているから、パンだって食べれるんだし、お野菜だって果物だって食べられる。

 農家は立派な職業。

 もちろん畜産や漁業も。


 職業に貴賤はないのだ。



 その後、私の興味が田んぼから逸れたのを見て安心したのか、リンクさんはトーイさんと稲の生育状況を話している。

 私はというと、田んぼから少し離れた草原に生えている植物に夢中だ。

 ちなみにセルトさんは私のすぐ側にいる。

 外では一瞬でも一人にならない様に、誰かが必ず側にいるのだ。


 植生はだいぶ前世と似ていたり、同じものも結構ある。

 そんなに詳しくはなかったけど、元々花より団子な考え方だったので食べられる植物を探すのが好きなのだ。

 田んぼが始まる春は、ワラビとかタラの芽とかヨモギとかを毎年採取して天ぷらで食べるのがお気に入りだったなぁ。

 でも、どれもこの世界ではまだ見ていない。

 こっちの世界にはないのかな〜。

 そんなにたくさんの場所を見ているわけではないので、他の場所にはあるかも知れないけど。

 あとは……よくわかんないや。

 う〜ん。今日は新たな発見なさそうだ。残念。

 


 実はここには水路に自生しているクレソンが生えている。

 クレソンはみんな食べられることを知っているので、作業終わりに摘んでいき食卓にならぶのだ。

 そろそろ作業終わりになるので、女性たちが一足先に田んぼから上がってクレソンを摘み取っていた。

「デインさま。あの。クレソンを鑑定してもらえませんか?」

 ひとりの女性がかごいっぱいに摘んだクレソンを持って、リンクさんのもとにきた。

 実はリンクさん。『鑑定』という力を持っているのだ。


 春先に何度か田んぼを訪れていた時に、女性たちがクレソンを見つけて採取していたのをみていて、リンクさんは違和感を覚えた。

 リンクさんは野菜がどのように生っているかなど知らない貴族。

 バーティア子爵領の商会に来てから、実際に耕作地に足を運んで学んだとはいえ、まだまだ勉強中。

 自生する野草のことは全く分からない。


 女性たちが

「食べられるんですよ~」

「こんなところにクレソンが自生してくれるなんて~~」とほくほくしていたのだけど。

「クレソン? へえ、これが」

 そう言えば食事の時に見たことあるな〜、と言いながらも。なにかがひっかかっていたそうだ。

 だから、リンクさんは採取したクレソンを全部広げて見せてもらった。

 見た目がそっくりなので全部が全部クレソンかと思ったが。


 『鑑定』

 という言葉とともに魔力を行使したリンクさん。


 ──そしたら、なんと姿形がそっくりなドクゼリが何本か入っていたのだった。


 【ドクゼリ】

  有毒植物

  食べると嘔吐・下痢・めまい・

    呼吸困難などを引き起こす

  少量で死に至る


 鑑定前でもクレソンは生き生きとしてみえたが、ドクゼリは纏うものが違ってみえた、という。


「これとこれとこれ、食べると死ぬぞ。鑑定で有毒のドクゼリと出てる」

「「「ええ~~~っっ!!」」」

 女性たちだけではなく、みんなが寄ってきて広げてあるクレソンとドクゼリをのぞきこんだ。

「全く違いがわかりません……あ。でも、ちょっと違う? かな……」

「こっちの根っこ! ドクゼリは球根みたいに膨らんでる!」

「でも、摘み取るときにちぎっちゃえば分からないよね~」

「そしたら根っこごと取ればいいよね。そしたら分かりやすいし」

「……それでもなんか怖いよね」

「「「……たしかに」」」


 すごく残念そうな女性たちをみて、リンクさんは苦笑しつつ、

「それと、このクレソンだが。食べられるが加熱処理が必要だと出ている」


「え……。生で食べられないんですか? これまでも生で食べていましたけど……」

 

「それはきちんと浄化された水で栽培されて食用として売られていたものだろう。ここに自生しているのは溜池から引いた農業用水がもとだ。今年掘って整備したばかりだし。キレイに見えても生で口にするな。水もクレソンもな」

 リンクさんは私達の前ではくだけた感じで話すけど、外ではきちんとした口調になる。

 外見も文句なく格好いい。

 銀髪を軽く結い肩にかけ、碧眼が魅力的に光っている。

 纏う雰囲気も外見も、どこから見ても貴族な彼が、自分たちと同じように農作業をし、話しをしてくれる。

 そして気づかってくれるのだ。


「十分な加熱処理さえすれば大丈夫だ」

 にっこりとリンクさんが微笑むと、女性たちは射貫かれたように『はうっ』と胸をおさえた。


「そうですね! 炒め物にしても美味しいからそうします!」

「やった~~! 夕飯の食材ゲット!!」


 そんなみんなを見て、リンクさんが釘をさした。

 

「クレソン摘みは鑑定してやるから自己判断で採取はするな。その他の野草もな」

 

「「「はいっっ!! そうします!!」」」


 そういった経緯で、リンクさんが訪れた時のみのクレソン摘みが恒例になったのだった。






お読みいただきありがとうございます。

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