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64 もちごめもつくります



 ◇◇◇



 バター餅の商品化をするにあたって、材料の確保やらなにやらが目の前で決まっていく。

 なにしろ、もち米はこの国にないのだ。

 ローランド・デイン前伯爵が来月貿易のために久遠大陸に行くため、材料を確保してくるそうだ。

 しばらくは様子見で少量ずつ販売することになった。

「少量ずつ販売となると、このキネとウスは少し大きすぎるな。一回り小さいものをバーティアの工房に発注することにする。いいか?」

「わかった。これはバーティアの工房でも作れそうだからな。職人のルーンさんに来て見てもらおう」

 デイン伯爵の言葉にリンクさんが答えた。


 ホークさんもデイン伯爵も来月から終戦するまでの間、軍の仕事で忙しくなるのだ。


 ローディン叔父様も来月から半年間兵役で不在となるので、バター餅やキャンドル作りはリンクさん主導で動くことになった。

 日々の商会の仕事もローディン叔父様がこれから不在になって大変なのに、昨日と今日でリンクさんの仕事を増やしてしまったようだ。

 あう。なんだか申し訳ない。


 キャンドルもバター餅も、戦争が終わってからの発売の方がいいのではないかと思ったけど、戦争の余波を受けて低迷している菓子店を立て直すために、『貴族』向けに販売するとのことだ。


 生活の困窮は平民に目立つが、貴族はまだまだ余裕がある。

 なるほど。菓子店の立て直し。

 そして富裕層の貴族をターゲットにするなら、さっきのふたつは行けるかもしれない。

 

「デイン家の仕事もなるべく手伝うよ。父上も兄貴も大変だろう?」

 え? まだリンクさんの仕事が増えるの?


 その言葉にロザリオ・デイン伯爵が微笑んで首を横に振った。

「気持ちはありがたいが、お前はバーティア商会の責任者でもあるのだ。無理はするな」

「リンク。デイン伯爵家には、私も、優秀な部下たちもいる。デイン伯爵家の方は大丈夫だ」

 ローランド・デイン前伯爵がリンクさんにそう言うと。


「ねえ、リンク。うちには私もいるのよ。実家の領地経営もしていたから大丈夫」

 マリアおば様がリンクさんを安心させるように話しかけた。


 マリアおば様はデイン家の縁戚のフラウリン子爵家の後継者だったが、ロザリオ・デイン伯爵と結婚した為、マリアおば様の実家の子爵家は将来リンクさんが継ぐことになっている。

 今フラウリン子爵家は、古くからの執事たちが守り、デイン伯爵家から派遣された者が管理をしているとのことだ。


「……ありがとう。助かる。米の普及もあるから、バーティア商会の方に力を入れさせてもらうよ」

 そうだった! 田んぼ作りをいくつかの領地で一から作りはじめるのだ。

 いくつ体があっても足りないくらいリンクさんは忙しいのだ。


「バーティアのことについては、領地に関わることや商会に関しては、私が主体で動くことにしよう。我が領地のことだからな」

 そうディークひいおじい様が、大きく頷く。


 もともとバーティアの商会は、ディークひいおじい様が全面的に立ち上げをバックアップし人選を行った。その後全てをローディン叔父様とリンクさんが執り行っていたが、ディークひいおじい様は相談役として商会に携わってきていたのだ。なんら不思議はない。


「職人への手回しや、領民たちへの対処は私が行う。ローディンが子爵になったのだ。今までダリウスの目があって陰からしか携わることが出来なかった者たちが、大きく動くことが出来る。任せておけ」

 ディークひいおじい様は領地の人たちから尊敬されている人だ。


 バーティア領はディークひいおじい様が教育者であったために、基礎教育を全ての領民が受けてきた。

 それだけではなく、さらに上の教育を受けたいものには積極的に補助もしてきた。

 小さい地方の領地ながら領民の識字率が100%というのは、レアなのだそうだ。素晴らしい。


「ディークはぶっきらぼうだが、顔が広いからな。商会の仕事も全部回してもやっていけるぞ。それにバーティアの商会の人間は優秀だしな」

 ローランド・デイン前伯爵の言葉を受けて、ディークひいおじい様も大きく頷いた。

 全面的にバックアップすると宣言してもらい、あらためてローディン叔父様もリンクさんもほっとしたようだ。



「―――だが、王都の菓子店の方は頼みたい。忙しいのに悪いが」

 一から作り上げるものは時間がかかる。ロザリオ・デイン伯爵が申し訳なさそうに言うと。

「旦那様、それは私もリンクと一緒に動きますわ!」

 マリアおば様が楽しそうに声をあげた。

 たしかに、バースデーキャンドル作りに携わり、バター餅のとりこになったマリアおば様は力強い味方になりそうだ。

 それに領地経営もしてきているというから、十分リンクさんの力になる。


「そうだな。そのほうがいいな。だが、気をつけなさい。もちろん護衛はつけるが」

 王都の菓子店はマリアおば様の知人のものだったそうだ。

 戦争の余波を受けて低迷し借金を抱えそうになってしまって、店をたたもうとしたのを、その店が大好きだったマリアおば様が店舗を買い取り、オーナーとなったのだそうだ。

 それなら、なおさらに菓子店の件はマリアおば様に適任だ。


「キャンドルのデザインに、バター餅の販売! 楽しみだわ!」

 そうだわ! とマリアおば様がリンクさんに声をかけた。

「私の実家にも、来年ジェンド国に行く前に一度来てちょうだい。執事たちも待っていたのよ」

「わかった。忙しくてずっと行っていなかったもんな」

「アーシェラちゃんも来てね。うちの実家のフラウリン子爵領はいつも花が咲いていて綺麗よ」

「おはな! みたいでしゅ!!」

「うふふ。待っているわね」


 来年、花盛りのフラウリン子爵領に行く約束をした。

 ―――色とりどりの花を見るのが楽しみだ!



 ◇◇◇



 杵と臼を片付け終わる頃には、すでにお昼を過ぎていた。

 交代でお昼ごはんを食べに来た従業員さんにも、バター餅をデザートに出すことにしていた。


 生の卵黄を入れているので日持ちはしない。

 生クリームのケーキと同じくらいだろう。

 冷蔵庫に入れると固くなってしまうので基本常温保存がいい、と言うと。

 『それなら、食品保存庫に入れておきます』と言ってハリーさんが持っていった。


 冷蔵庫、冷凍庫のとなりに、一畳ほどの大きさの扉付きの食品保存庫があって、それには保存魔法が付与されていて、入れてから数日間劣化を抑えることができるとのことだ。そうなんだ。


 ちなみに私がもらった魔法鞄(マジックバッグ)は、魔法鞄に入れている間は時間が止まる。

 つまりいつまでも、魔法鞄が壊れない限り、永久的に入れた時そのままとなるのだ。


 魔法鞄と食品庫の保存魔法には、機能はもちろんのこと、魔術陣の構成、込めた魔力の量と質。どれをとっても天と地の差があるのだそうだ。


 だから、魔法鞄、魔法箱は所有者登録がされ盗難防止策を施される。

 今では新しく手に入れることが出来ない魔法箱の所有はその希少性から貴族の一つのステータスでもある。


 以前デイン伯爵家で醤油を見つけた時のあの保存箱は、何十年か前、優秀な魔術師でもあった、ある伯爵家当主がどうしても魔法箱が欲しくて頑張って作ったものだそうだ。

 だが、空間魔法が付与できず箱の容量そのまま。中に入れたものの時間を完全に止めることが出来なかったが、定期的に魔術が組まれた結晶石を入れ替えることによって、長期間の保存を可能にしたものなのだそうだ。なるほど。


 今ではその応用版の保存箱が貴族たちの家で普及しているとのことだ。

 食品用の保存箱は大きくなればなるほど魔術のこもった結晶石がたくさん必要になるので、傷まずに食べきれる容量と期間に合わせて作られているとのことだ。

 冷蔵庫や冷凍庫の方が、高度な保存魔法が入らない分、保存魔法の保存箱より単純なつくりになっているとのことだ。そうなんだ。


 この前カレン神官長とクリスフィア公爵に炊き込みご飯のおみやげを渡した時の袋は、魔術に長けたローディン叔父様とリンクさんが袋に保存魔法を付与して作成していた。

 『数日しか保たないけどな』と言っていたけど、十分にすごい。

 



 まあともかく、バター餅は一段落ついた。

 ひと休憩していたら、炊き込みごはんのいいかおりが漂ってきた。


「さっきから炊き込みご飯の匂いがするな」

 デイン伯爵が言うと。

「はい。アーシェラ様の指示で、炊き込みご飯をお作りしました」

 厨房の中からトマス料理長が答えた。


 少しすると、大きな皿が三つ運ばれてきた。

 白い皿にはいつもの炊き込みご飯。

 白い皿に赤い縁取りの皿には、もち米でつくったおこわ。

 白い皿に青い縁取りの皿には、うるち米9にもち米1の割合で作った炊き込みご飯をおにぎりにして盛り付けてある。


 トマス料理長がそれぞれの皿に盛られたおにぎりの説明をすると。


「なるほど。食べ比べというわけだな」

 デイン伯爵が熱心に聞いて、さっそく炊き込みご飯を手にした。

「どれどれ。うん。いつも通りだな。炊き込みご飯はいつ食べても美味い」


「で、もち米で作ったのは、たしかおこわというのだったな。―――うん。歯ごたえが違うのだな」

 率先して食べるデイン伯爵に驚いた。実はかなり炊き込みご飯が好きらしい。

 王都の別邸から本邸にクラン料理長を呼び、炊き込みご飯のレシピを本邸の料理人たちに仕込ませたそうだ。

 本邸の料理人たちからも、レシピに穴がある! とクラン料理長は責められたらしい。

 やっぱり『適量』では伝わらないよね。


「お米の種類によって違うのね。これも美味しいわ」

「噛みしめるとどことなくお餅みたいになるわね」

「たしかに、噛みごたえがある」

 みんなそれぞれ、米の違いがわかったらしい。

 やっぱり食べ比べすると分かるよね。


「で、これがモチゴメを少し入れたものなのだな」

 一口食べると、その違いがすぐに分かったらしい。デイン伯爵が目を見開いた。

「―――驚いたな。モチゴメを入れた方がもちもち感があって美味い」

 『本当だ』とホークさんもローディン叔父様たちも頷いている。


 そうなのだ。うるち米にもち米を少量ブレンドして炊くとごはんが美味しくなる。

 新米はうるち米だけで美味しいが、古米になるとツヤがなくなる。そこに少量もち米を入れるとツヤモチになって美味しくなるので、前世ではよくやっていたものだ。

 炊き込みご飯には一割から二割もち米をブレンドする。そして美味しい炊き込みご飯がさらに美味しくなる。おすすめの作り方だ。


「本当ね。炊き込みご飯がさらに美味しくなったわ」

 マリアおば様も好みの食感と味のようだ。ふわりと綺麗な笑顔になった。

「これからはモチゴメも入れて炊き込みご飯を作ることにするわ」

 ローズ母様の言葉に『デイン家でもそうする』とデイン伯爵が頷いている。


「来年は、バーティア領でモチゴメも作付けしてみよう」

 ディークひいおじい様が言うと、ローランド・デイン前伯爵が。

「ああ。それはいいな。バーティア領で成功したら翌年デイン領でもやろう。なにしろデイン領の作付けはコメも初めてだからな。まずはコメを成功させないとな。先にやって教えてくれ」

「了解した」


 ―――どうやら来年、もち米も育てることになりそうだ。

 


 ◇◇◇



 炊き込みご飯を堪能した後、他のお土産の箱に入っていたお菓子を広げてみた。

 お米で作ったおせんべい。金平糖。他にもいろいろ。


 次にローランドおじい様が大陸に行った時も色んなものを買ってくるそうだ。

 久遠大陸には前世の日本にあった、懐かしいものがまだまだあるだろう。

 どんなものに出会えるか楽しみだ!


「お土産はバーティア子爵家に置いておく。必要な分だけ商会の家に持っていくから少しずつ分けておいてくれ」

 箱単位でもらった大量のお土産はみんなでありがたくいただくことにした。

「ええ。そうしましょう」

「あい!!」


「今後ご入用のものがあれば、ご連絡くださればいつでもお持ちします!!」

 トマス料理長が大きな声で言って、ディークひいおじい様に視線で懇願した。

 なにしろ、これまで商会の家にはディークひいおじい様もあまり訪れなかったのだ。

 それは不審者対策の為でもあったが、今後ローディン叔父様やリンクさんが不在の時は、ディークひいおじい様も泊まるとのことだし、お付きのビトーさんも出入りすることになる。

 

「―――まあ。トマスならいいだろう」

 ディークひいおじい様の許可が出ると、トマス料理長が満面の笑顔になった。

「ふふ。じゃあ、お願いするわね」

 母様もトマス料理長が訪れるのを了承した。


 レイド副料理長が『私も行きたいのに』と、つぶやいたのが見えて、ちょっと悔しそうだ。

「アーシェラ様。またおいでくださいね。お待ちしております」

「あい! きましゅ!!」

 手を挙げて言うと、料理人さん達がみんなで笑ってくれた。



 ―――それから、商会の家には、ディークひいおじい様について、たまにトマス料理長やビトー執事が来るようになったのだった。





お読みいただきありがとうございます。

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