63 バターもちとおじさまのやきもち
「のこったおもち、ちゅかっていい?」
ローディン叔父様に聞くと。
「もちろん。―――だいぶ余ってしまったな」
お土産でもらった臼は大きいサイズだ。
説明書に合わせて使ったもち米は2升以上のようだった。
大人一人で一合食べるとして、20人以上分。
お餅だけお腹いっぱい食べるなら消費できたかもしれないけど、海苔の美味しさを知ってもらおうとおにぎりも用意して食べたので、結局半分近く残ってしまっていたのだ。
「どうするの?」
ローズ母様は私が何かしようとしていることを分かっている。
「おもちしゅぐかたくなりゅから。しゅこしのあいだ、やわらかいのながもちさせりゅ」
「ほんとね。もう表面が乾いてきてるみたいね」
そうなのだ。空気に触れているところから殻を被るように固くなっていってきている。
「アーシェラ様! お手伝いします!!」
私たちの会話を聞いて、ハリーさんをはじめ、料理人さんたちが手を上げてくれた。
もちろんお願いしたい。あれは力仕事なので、4歳児にはハードルが高いのだ。
「あい。おねがいちましゅ」
―――では、だいたい半量近くに減ったおもちを全て使わせてもらう。
料理人さん達に材料を持ってきてもらって、お菓子職人のハリーさんに作業をしてもらおう。
なぜハリーさんかというと、これから作るものはどちらかというと、お菓子の部類に入るからだ。
まだまだ温かいお餅をボウルに入れ、表面を少しの水で濡らした後、ローディン叔父様に魔法を使ってさらに少し温めてもらう。
熱いうちに材料を混ぜ合わせるのがコツなのだ。
つきたてのように温まると表面が柔らかくなった。
そこからはハリーさんにやってもらう。
温めた餅にバターを入れてお餅の温かさで溶かして混ぜ、そこに砂糖、塩、卵黄、そして小麦粉を入れてよく混ぜ合わせる。
最初はヘラでやっていたけど、一升餅くらいの量があるので量が多くてヘラではうまく混ざらない。
まずい。
これは熱いうちのスピード勝負なのだ。
ハリーさんがこれでは駄目だとすぐに気がついたらしい。腕まくりをして手を洗い浄化魔法をかけた。
パン屋のディークさん(ディークひいおじい様とファーストネームが同じ!)が浄化魔法をやっていたのを見たことがある。
これから素手でやるつもりなのだ。
「あちゅいからきをちゅけて」
「大丈夫です! 手の周りに魔術で手袋みたいなものをまとわせてます!」
そうなのか。ビニール手袋がなくてもその手があったんだ。便利。
聞いたら、仕事上、温冷を遮断する魔術は便利なので、小さい結晶石に、必要に応じて手袋もどきが出来るように魔術を入れたものが普通に売っている(高いけど)ので、それを身につけているとのことだ。
料理の他、掃除や洗濯など水を使う仕事に重宝するそうだ。
たしかに、今の時期は水が冷たいから大活躍するだろう。
ほう。そんなやり方があったとは。
魔術って面白い。
そして、しっかりと全ての材料が満遍なく混ざったところで台に移し、片栗粉で打ち粉をし平らにした後、今度はリンクさんに魔法で少し冷やしてもらった。
できたては柔らかくて切りにくいのだ。
適度に冷えた後、少し大き目の長方形のキャラメルのように切り分ける。
―――バター餅の完成だ!
切り口からのぞく卵黄のオレンジに近い黄色が、なんとも食欲を誘う。
真っ白だったお餅がバターと卵黄で鮮やかな黄色になり、美味しそうな色になった。
生の卵黄を入れているので数日しか日持ちはしないが、餅がカチコチにならずにおもちを美味しく食べられる。大好きな食べ方だ。
目の前でバター餅が出来ていくのをみんながビックリ目で見ていた。
ハリーさんも自分はいったい何をさせられているんだろう? みたいな表情をしていた。
出来たバター餅の端っこを食べてみたら、ちゃんと出来ていた。
まさかこっちの世界でバター餅を作ることになるとは私も思っていなかったけど、思いついたら無性に食べたくなったのだ。
バターのコクと塩気、卵の濃厚さ、砂糖の甘さ、つきたての餅とは違う歯ごたえ。
全てが絶妙にからみ合っていて美味しい。
―――よし。上出来だ。
「はりーしゃん。あじみ、ちて」
「は、はい」
ハリーさんは切り分け作業中で手が離せないので、座っていた椅子に立ち上がって、できたバター餅の端っこを食べさせた。
「―――!!」
ハリーさんが目を見開いて、一瞬フリーズした後、瞳を輝かせてうんうんと頷いていた。
うん。美味しいよね。
バター餅は、さっきのお餅とは見た目から全然違う。
バターと卵黄でオレンジ色に近い黄色のバター餅は、洋菓子のようだ。
食べやすいサイズに切り分け、綺麗な皿に数個ずつ見た目もよく盛り付けられたバター餅の皿をひとりひとりに渡して歩いた。
「あい、おじしゃま。ばたーもち、どうじょ」
一番最初にローディン叔父様にバター餅を渡した。
だって。さっきハリーさんに味見用のバター餅を食べさせた時に、叔父様の視線を感じたからだ。
どうやらハリーさんに『あーん』したのがショックだったらしい。
『あじみだよ?』と言ったけど納得していないようだ。
「―――アーシェが作ったものは美味しいからね。―――楽しみだ」
いつもは冷静なのに、ちょっと拗ねたところがなんだかかわいい。
後で叔父様にも『あーん』してあげよう。
そんなローディン叔父様にリンクさんも苦笑しつつ。
「たしかにな。それに見た目もすごくキレイだな」
皿を持ち上げてじっくりとバター餅を観察している。
「ふふ。そうね―――あら、さっきのお餅とは違って弾力があるみたい」
ローズ母様がフォークの背で、バター餅を押してみていた。
みんなに渡し終わると、みんなで同時にバター餅をぱくり。
「「「「―――うまい!」」」」
「「まあ、おいしいわ!」」
みんなでほとんど同時に声をあげた。
「さっきのモチと味も食感も全然違う!」
ホークさんの皿に乗っていたバター餅がみるみるうちになくなっていく。
「美味いな! バターと卵、いや卵黄と砂糖と塩。あと何の粉入れたんだ?」
「小麦粉です。デイン伯爵様」
「それを混ぜただけでこれが出来たとは。まるで魔法だな」
そう。熱いうちに混ぜるだけで美味しいバター餅が出来る。
「もっと欲しい。いや自分で取る!」
ホークさんが速攻で、切り分け作業中のハリーさんの傍に行って勝手におかわりしていく。
その隣に、マリアおば様が行ってハリーさんにもう一皿盛り付けてもらっていた。
「お腹いっぱいなのに、これならもっともっと食べられるわ!!」
「食べたことのない食感と味だが、バターと卵の濃厚さがいいな! これは絶品だ!」
ローランド・デイン前伯爵の言葉に、ディークひいおじい様が『本当に美味い』と頷いている。
「さっきのモチと同じものとは思えないな。驚くほど美味い」
ロザリオ・デイン伯爵が、ハリーさんが大量のバター餅を切り分けているのを、じっくりと見ている。
「あっちも美味かった! こっちはさっきのとは、まったく別物だが、すっごく美味い!!」
「これって、甘くてスイーツみたいよね! バターのコクと旨味が入ってとっても美味しいわ!」
ホークさんとマリアおば様は、ずっと食べ続けている。
相当気に入ったようだけど、食べすぎると後でお腹が苦しくなるよ。
「色がキレイね! それにさっきのおもちと違う食感よね。柔らかいのに歯ごたえがある」
ローズ母様もバター餅のおかわりをもらったようだ。気に入って貰えてよかった。
自然とみんながハリーさんが切り分け作業をしているところに集まった。
なにしろ大きい臼でついた餅だ。おそらく2升以上のもち米を使ったはずだ。
残った餅も多くて、その餅から出来上がったバター餅も量が多い。
時間をかけて、やっとバター餅を切り終えたハリーさんは、ディークひいおじい様の了承を得てバター餅を口にした。
ゆっくりと噛みしめると、満足そうにバター餅を見つめ。
「―――私も出来上がるまで、どんなものになるのかと見当もつきませんでしたが。これは、逸品ですね。どこに出してもおかしくないです」
ハリーさんは有名な菓子店で働いていたお菓子職人さんだ。
バター餅は、そのハリーさんにお墨付きをもらったようだ。
ハリーさんの言葉を聞いたデイン伯爵が深く頷いた。
「確かに、バター餅は美味い。それに今までアースクリス国になかったものだ。―――なあ、アーシェラ」
「あい?」
椅子によじ登ってハリーさんの作業を見ていた私の頭をロザリオ・デイン伯爵がやさしく撫でた。見上げると。
「アーシェラ。バター餅をうちの王都の菓子店で販売させてくれ」
「まあ! いいわね! そしたらいつでも美味しいバター餅をいただけるわ!!」
「賛成! おれも賛成だ!!」
デイン伯爵の言葉にマリアおば様もホークさんも、おかわりの皿を持ったまま声をあげた。
もちろん、自由にバター餅を作って欲しい。すぐに了承した。
「これは、材料自体がまだこの国にないから浸透するまで時間がかかるだろうけど、絶対に皆に受け入れられる。そのくらい美味しい」
ホークさんがバター餅に太鼓判を押した。
ディークひいおじい様とローディン叔父様の勧めもあったので、とりあえずバター餅の商品化のことはデイン伯爵とホークさんにお任せすることにした。
そんな会話を聞いていた料理人さん達が、『バター餅を食べたい』と懇願してきたので披露した。
たくさんあるからみんなで食べよう。
「アーシェラ様。このバター餅、完璧です!」
トマス料理長が言うと、レイド副料理長も料理人さん達もうんうんと首肯する。
―――あれ? なんだか、私を見る料理人さん達の視線が、4歳児を見る感じではなくなっているような気がするのは、気のせい?
「ローディン様が昨日、アーシェラ様が『料理長』だと言っていた意味が分かりました!」
トマス料理長が声も瞳もキラキラさせて満面の笑顔を向けた。
……そう言えば、昨日ローディン叔父様がそう言っていたような気がする。
レイド副料理長も料理人さん達の瞳もキラキラ。キラキラ。……ええ~?
―――なんとなく、先月デイン伯爵家の王都別邸でのクラン料理長たちからも、同じような視線を受けた気がする。
えーと。なんか? 言うことには絶対に従います、みたいな?
―――いやいやいや。
前世の記憶どおりに作っただけだから。
そんなキラキラした目で見ないで欲しい……
―――それから約一月ほど経った新年の頃。
『天使のバターもち』が王都のデイン家オーナーの菓子店で発売されたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
 




