61 大陸の名は『久遠』
王妃様とクリステーア公爵夫妻のプレゼントが強烈だったけれど、家族やデイン伯爵家の方々からのプレゼントも素敵だった。
デイン伯爵家の皆さんからは、普段着やお出かけ用のかわいい服、靴、防寒着。みんなおしゃれでセンスがいい。
一生懸命選んでくれたのだろう。マリアおば様とロザリオ・デイン伯爵、ローランド・デイン前伯爵とホークさんが、あの色と迷ったとか、生地選びはどうしたとかずっと話していた。
ローディン叔父様とリンクさんは、ひいおじい様と一緒に、私専用の調理器具を作ってくれた。
ものすごく軽いフライパンと小鍋。
そして絶対に私を傷つけない包丁。
そう。これはすべて魔法付与されたものだ。
魔法鞄と同じく、所有者登録した。
この調理器具で作る時は火傷もしないという優れものだ。
私の為に三人で魔力をこめて魔法道具にしてくれたのだ。本当に嬉しい。
ローズ母様は普段使い出来るかわいいポシェットをくれた。
丈夫な革素材でつくられたシンプルなポシェットは、ローズピンクで、甘めだけど、落ち着いたキレイな色だ。
ポシェットの真ん中には大きな白い花のモチーフがついていて、とってもかわいい。
ポシェットの内側を見ると、母様が名前を刺しゅうしてくれていた。
大人っぽい色合いはちょっぴりおねえさんになった気分だ。……外見はまだ2歳児から3歳児だけど。
みんなみんなステキで嬉しくて、ひとりひとりに抱きついてありがとうを伝えた。
プレゼントも嬉しいけど、みんなぎゅうっと抱きしめてくれたのがとても嬉しかった。
◇◇◇
さて。誕生日の翌日。
朝食後すぐにカレン神官長は王都ヘ帰っていった。
カレン神官長をお見送りした後、ホークさんの大陸からのおみやげを、みんなで開けることにした。
ホークさんは数日前に帰って来たばかりで、今回バーティア家に持ってきたものと同じものをデイン家に買ってきたらしいけど、まだ開けていないらしい。
バーティア家へのお土産で一緒に中身を確認するとのことだった。
まずは、大きい箱。お味噌と醤油、お酒が一箱ずつ。
これだけあれば一年間は余裕で持つだろうという量だ。嬉しい。
「味噌も醤油もこんなに美味しいのだから、作れる人を雇用してこちらで作りたいですね」
ローディン叔父様の言葉に、ロザリオ・デイン伯爵も同意した。
「そうだな。大陸からこちらに来たい人材を確保出来ればいいのだがな」
「遠いですからね」
「しかも今は、アースクリス大陸は戦争中だからな。平和になるまでこの件はおあずけだな」
大陸へは往復の海路で一月ほどかかる。
それほど遠い別の国に来て仕事をしたいという人を確保するのは容易ではないとのことだ。
うーん。残念だ。
「こっちは酒のひとつで、料理にも使えるというミリンだね」
ホークさんが説明すると、一口ずつショットグラスに入ったものがみんなに渡された。
グラスを手渡しているのは、トマス料理長。今日はバーティア家執事のビトーさんの代役だ。
本来執事は主人のいる近くに控えているものだけれど、いま執事のひとりはダリウス前子爵についてマリウス領の別邸に行っている。
そして本来ここにいるはずの、温厚な雰囲気を持つ40代の執事のビトーさんは、昨日ホークさんが持ってきたお土産の箱の運び込みの手伝いをしていた時に腰をやられてしまったのだ。
バーティア子爵家は、屋敷の規模に比べて使用人が少ないので、必然的に執事もいろいろな仕事をこなす。
『あ、それ重い』と言ったホークさんの言葉が一瞬遅く、ビトーさんがこげ茶色の髪を震わせ茶色の目を見開いてフリーズしたのを見て、みんなが慌てていた。
ローディン叔父様がすぐに治癒魔法を施したけど、腰痛はビトーさんの持病でもあったためか痛みは完全に取れなかったようで、大事をとって今日まで安静にしているのだ。
今朝、ローディン叔父様と一緒に様子を見に行ったらとっても喜んでくれた。
昨日初めて会った時も今朝も、私を見て涙ぐんでいたのは何故だろうか。
その執事のビトーさんの代役をしているトマス料理長が私にもミリンをくれた。
私にはティースプーンにちょっとだけ。
口に含むと、味醂独特の甘みがきて、強い酒精がガツンときた。
うん。これは、まぎれもなく味醂だ。
「あまい! おいちい!」
「まあ! 甘くて美味しいわね」
味醂はマリアおば様の口にあったようだ。
「ええ。女性に人気だそうです」
ホークさんの説明にローズ母様もそうよね、と頷いた。
「そうね。これは私も好きな味だわ」
「甘すぎて、我々には少し厳しいな」
「うむ」
男性たちは思った通りの反応だ。味醂は糖化して出来るのでかなり甘味があるのだ。
酒としての味醂が苦手な男性は多いが、ホークさんは好きな味のようだ。昨日と同じようにトマス料理長に何度目かのおかわりを止められていた。
私は酒の好みではなく、調味料として味醂を見つけられたことに感謝した。
ミリンは味醂だ。美味しい滋養強壮のお酒で、甘くて女性に好まれるものだが、これも料理を美味しくするものだ。複雑な旨味で少し入れるだけでも料理が美味しくなるので、前世でも切らさずにストックしていた調味料なのだ。
「これ、おりょうりにちゅかうとおいちい!!」
自分でも瞳がキラキラしたのがわかった。これがあると料理の幅が広がるのだ。
「わかった。これ採用な」
ホークさんが輸入リストに入れたようだ。
マリアおば様は甘くて美味しいお酒を確保できたと喜んでいた。
おみやげの箱は10箱。
お味噌、醤油、酒、味醂で4箱。
「んで、これ。これもコメなんだけどちょっと違うんだよな」
ホークさんが箱の中の袋をあけて手のひらに取り出したのは、不透明で少し丸い米の粒。
「おこめ……」
見た瞬間それが何か分かったけど、くわしく口にするのをぐっと堪えた。
アースクリス国生まれの4歳児が知るわけがないことだからだ。
「コメ? たしかにこの形状はコメだな」
デイン伯爵が白い米粒を手に取った。
「そう。大陸ではこれも作付けされているらしい」
「白いな。バーティア領で作ったコメは半透明だったな」
「ああ、そうなんだよ。時間がなくてこのコメの料理食べて来れなかったのが残念だ。それに言葉もあまり通じないし」
遠い大陸は言語が違うということだ。醤油のラベルには『醤油』と漢字で書かれている。
そう、『漢字』なのだ。びっくりした。
前回の醤油のビンは外国人向けのお土産用で、ラベルは共通語だった。
今回は現地の人が使うものをそのまま購入してきたらしい。
ラベルには商品名と製造元が記入されているだけだ。しかも漢字で。
まさかの漢字。ずっと『大陸』としか聞いていなかったから、なんて国名か聞いてみたら発音が難しいので誰もが『ずっと東にある大陸』としか言わないのだそうだ。大陸名と国名が同じなので、間違うと失礼なのでそのまま『大陸』と言っているのだそうだ。
でも、木箱に竜のような焼き印がされていて、大陸の形だと教えてもらった。
その大陸の形の焼き印の下に漢字で『久遠国』と焼き付けられている。
『久遠国』
私は読めるし、発音もできる。久遠は永遠という意味だ。
『くおん』はアースクリス国の人たちは発音が難しいそうなのだ。
『クゥウォォン』とか『ク・ワァン』とかみんなで言ってる。なるほど。
とりあえず、私が問題なく発音できることは内緒にしておこう。
久遠大陸の形は確かに竜に似ている。たしか前世世界の日本の地形は竜の形にも見えるのだ。
久遠大陸は、この世界の中の日本のような国なのだと納得した。
前世の日本は小さい島国だったが、こちらの世界ではアースクリス大陸と同じくらいの面積で、かつてのアースクリス国と同じくひとつの大陸がひとつの国なのだそうだ。
となれば、久遠国はそうとう大きい国だ。
「たしかにな。大陸の言語は難しい」
「ああ。うちの国の外交官をあらためて尊敬したよ―――で、通訳してもらったら、このコメを食べるならこの道具も必要だと言ってたからこれも買ってきた」
重くて大きい箱を開けたら、中身は、なんと木で出来た餅つき用の杵と臼だった。
ビトーさんの腰を痛めつけたのは、箱に入った杵と臼だった。
たしかに、これはひとりで持てる重さじゃない。
何しろ大きいサイズの臼だ。50kg以上はあるはずなのだ。
「説明書にはモチゴメを蒸して、ウスに入れてキネでついてモチにして食べる、と書いてある」
ホークさんが共通語で書かれた図解入りの説明書をテーブルに広げたので、私はそれを見て、目が輝いた。
―――やっぱりだ!
不透明な白い米はもち米。しかも精米したものと種もみが一箱ずつある。
今年バーティアで作ったのはうるち米。
前世の世界で主食にしていた米だ。
そのうるち米があっただけでも嬉しいのに、もち米もあったとは!! 嬉しすぎる!
実は前世の家にも杵と臼があった。
後年餅つき機に取って代わられたけど、杵と臼での餅つきは、幼い頃の懐かしい思い出だ。
「へええ。なんだか食べ方が違うんだな」
説明書を見てリンクさんが呟き、となりで覗き込んでいたローディン叔父様が首をかしげている。
説明書があって、もち米と杵と臼があるなら。
「やってみりゅ!!」
「「そうだな。じゃあやるか」」
ローディン叔父様とリンクさんが当然のように頷いた。
いつものパターンである。
何事もやってみるのが一番だ!
お読みいただきありがとうございます。




