60 誕生日にはこれがなくちゃ!
「それにしてもアーシェが作るものは本当にうまいな」
リンクさんは茶碗蒸しが相当気に入ったようだ。ココット皿に作ったお替り用の茶碗蒸しを2皿も食べていた。
ホークさんもカレン神官長もお替りの3皿目を所望していたが、『おかわりは2皿までです』とトマス料理長に言われて二人ともしょげていた。
トマス料理長は本邸に一番長く仕えているらしい。ホークさんも小さい頃からバーティア子爵家に来ていて、食事以外の時間帯でも従業員用の食堂に来ては食べ物をねだっていたとのことだ。
『よくお食べになるのは見ていても気持ちがいいものですが、限度をこえると体によくありませんからね。ホーク様。おかわりは2皿までですよ』
小さい頃、何度も食べ過ぎでお腹を壊したホークさんは、トマス料理長に注意された時から頭が上がらないらしい。
その言葉を聞いたカレン神官長も、お付きの人からの『おかわりは2回まで』を思い出したらしい。
レシピを貰うことを約束して諦めていた。その時のカレン神官長のしょげていた姿が可愛かった。お腹を壊さないならいつかお腹いっぱい食べる機会を設けたいものだ。
その後、和やかにディナーを食べ終えた後。
食後にデザートのホールケーキが出てきた。
ハリーさんが作っていたフルーツたっぷりの芸術品のようなデコレーションケーキだ。
「ん? ケーキはふたつか?」
「カレン神官長が来たからもうひとつ作ったと聞いたが」
「まあ! 嬉しいですわ!!」
「このふたつはローディン様より最初から二つ用意するようにと仰せつかりました。もうひとつはお祝いだからとローディン様が従業員用に振舞ってよいとおっしゃってくださったので、最初からみっつ作りました。もうひとつは確かにカレン神官長がいらっしゃるので追加しました。ご存分にお召し上がりください」
そう言って、すぐに切り分けようとしていたハリーさんをとめて、母様とローディン叔父様が二つのホールケーキにロウソクを立てた。
そして、そのホールケーキが私とローディン叔父様の前にひとつずつ置かれた。
ローディン叔父様の前には、昼間ハリーさんが作っていたフルーツたっぷりのデコレーションケーキ。
私の前にはフルーツの他にイチゴがたっぷりのったデコレーションケーキが置かれた。
「しゅごい! きれい! かわいい!!」
真っ白なクリームにイチゴが映えて、とっても綺麗で可愛い!!
そのケーキに長めのピンク色のロウソク。
こっちの世界では、誕生日にケーキにロウソクを立てて吹き消す習慣はなかったみたいだけど、去年の誕生日に商会の家で自分でケーキにロウソクを立てた。
外側にローディン叔父様の年齢分の水色のロウソク19本と、内側に私の年齢分のピンク色のロウソク3本。
事前にロウソクに爪楊枝のような細いものをキレイにして刺しておいた。
それを次々にケーキに立てていく私を不思議そうにしながらローズ母様とローディン叔父様、リンクさんが手伝ってくれたのだ。
だってやりたかったんだもの。
そしたら、今年はそれをローディン叔父様やローズ母様が覚えていて、二つのケーキの片方にローディン叔父様の年齢20本分、そしてもうひとつには私の年齢4本分を等間隔に立ててくれた。
灯りを落とすと、真っ白なケーキとロウソクが引き立つ。幻想的だ。
そして、ローディン叔父様と私がケーキに灯されたロウソクの火を吹き消すと、部屋に灯りが戻った。
ローズ母様とリンクさんが『誕生日おめでとう!』と言って拍手したので、みんなも同時にお祝いの言葉と拍手をくれた。
うん。これぞ誕生日だ。
私はひとり満足した。
「これ、いいわね! なんか幻想的だわ!」
「その日の主役がロウソクを吹き消すのも特別な感じでいいな」
マリアおば様が感嘆の声を上げるとデイン伯爵が同意した。
何をしているのかと皆に不思議がられたが、どうやら楽しいこととして受け入れられたようだ。
「去年アーシェが、商会の家でやったんだよな。ケーキの内側にアーシェの年齢分3本と、外側にローディンの年齢分19本立てて」
「誕生会は普通のパーティと同じような感じだが、これがあると『誕生日』という特別な感じになるな」
「確かにな。これは面白い」
ローランドおじい様もディークひいおじい様にも好評のようだ。
ホークさんやカレン神官長もうんうんと頷いていた。
真っ白な生クリームのケーキにたっぷりのフルーツ。
そこにピンク色の長めのロウソクが立っている。
吹き消すときは気が付かなかったけど、白い羽の形が浮き上がった感じのかわいいロウソクだ。
「かわいい! はねがちゅいてる!!」
はしゃいで言うと、ローディン叔父様がにっこりと笑った。
「アーシェは私の天使だからね。ロウソクは天使の羽がついたものにした。かわいいだろう?」
「まあ! かわいいですわね!」
カレン神官長が言うと、マリアおば様も。
「年齢分のロウソクを立てると、ケーキが特別なものに感じるわね」
「これからは誕生日にうちでもやるか」
「ケーキが穴だらけになりますよ」
ローランド・デイン前伯爵の言葉にホークさんが苦笑する。
デイン伯爵家は成人した人たちばかりだ。
たしかに大きなケーキでも、20本以上はきついだろう。
―――そういえば、ロウソクって型に入れて作ってるんだよね。
そしたら、あれならいけるだろう。
「すうじのろうしょくちゅくる。そしたらふたちゅたてるだけ」
これなら、いくつになっても大丈夫だ。
「それはいいな! ハチミツを絞ったミツロウがたくさんあるからそれで作ってみよう!」
リンクさんが私の言葉に激しく首肯すると、ローディン叔父様が同意した。
「確かに。数字ならふたつ。小さな子でも数字のロウソクは楽しいだろう」
「在庫があるうちは安価のミツロウのロウソクを作ろうと思ったんだが、既存のロウソク店との兼ね合いを考えてやめていたんだ」
そう言ったリンクさんに、デイン伯爵が静かに頷いた。
「確かにな。それは賢明な判断だ。ミツロウ自体価値のあるものだ。普段使いは既存のものに任せて、こっちは特別な時用に付加価値をつけて売り出せばいい」
「みつろう、まちがってたべてもだいじょぶ」
こっちの世界の蜜蝋も食べられると養蜂の担当になったハロルドさんにも聞いていた。
「そうだな。ミツロウは食べても害はない。おいしくはないがな」
ディークひいおじい様も食べたことがあるらしい。顔をしかめた。
「それなら、ケーキにピッタリですわね!!」
ふた切れ目のケーキをサーブしてもらいながら、カレン神官長が明るく言った。
みんなひと切れめをまだ少ししか食べていないのに。素早い。
「食べても害のない色を入れてカラフルなものも作ろう」
「そうだな。ロウソク作りはリンクに任せる」
「ああ。わかった」
いつものことだが、ローディン叔父様もリンクさんも行動が素早い。
ローディン叔父様とリンクさんは、すでに商品化に向けて頭が働いているようだ。
そんなふたりを見て、ディークひいおじい様が声をかけた。
「商品化するなら、私もそれに関わろう。工房のルーンやハロルドに話が通しやすいだろう?」
「「助かります」」
工房のルーンさんや、蜂蜜担当のハロルドさんはディークひいおじい様の知己だ。
ローディン叔父様が不在になる穴をディークひいおじい様が埋めようとしてくれているのが分かって、ローディン叔父様とリンクさんが礼を言った。
「ああ。それなら、デイン商会が先年王都で買い取った菓子店でそのロウソクを取り扱いするよ」
「こういった楽しいものはすぐに受け入れられるだろう。誕生日のケーキと一緒にロウソクを紹介すれば需要は十分見込めるな。何しろ祝われる方も、祝う方も楽しいのだから」
ホークさんの提案にデイン伯爵も了承した。
「旦那様! 私、ロウソクのデザインしたいですわ!」
「「デザインもなにも、数字だぞ? 母上」」
マリアおば様のはしゃいだ声に、ホークさんとリンクさんの言葉が重なった。
「まあ、これだから男の子は!! そりゃあ、シンプルなものもいいでしょうけれど、女の子は可愛いものが好きなの! ピンクや青色のを用意して、花のモチーフを数字につけるの! ほら、さっきアーシェラちゃんが可愛いって言った、羽だって可愛いのよ! 男の子なら剣とか弓矢とか馬とかあるじゃない!!」
「馬って……どんどん複雑な形になっていくな」
リンクさんは呆れているが、マリアおば様は瞳をキラキラさせている。とっても楽しそうだ。
私も可愛いのは大好きなのだ。
「しょれいい!! かわいいのしゅき!!」
「ふふ。確かにアーシェの言った数字のロウソクの発想は面白いから、シンプルなものと、マリアおば様がおっしゃった数字にモチーフをつけたものを数種類つくりましょう」
ローディン叔父様が方向性をまとめた。
その後、マリアおば様と一緒にローズ母様もロウソクのデザインをすることになって、なんだか面白くなってきた。
王都は日が暮れると、魔法で街灯が灯り、明るい。
だが、ひとたび王都や街を離れると真っ暗闇になる。
街には街灯があるが、田舎道はそうもいかない。
ディークひいおじい様はバーティア子爵領の街道や路地に魔法の街灯を設置しているが、他の領地では路地まではカバーされているところはそうそうないそうだ。
魔法道具の灯りをともせばよいが、魔法道具を手に入れることの出来ない人たちは灯り用の油や、木の皮や実から作られたロウソクを買う。
そちらの方が魔法道具よりずっと安価だからだ。
蜂の巣からとれるミツロウはこれまでロウソクにはできていたが、ミツロウ自体が希少だということで他の素材のロウソクよりやはりお高めだった。
今年養蜂でたくさん蜂蜜が採れて、副産物のミツロウもたくさんあるのだ。
安価に設定してロウソクを作ろうとしたが、木の皮や実から作られるロウソクに比べると生産量も少ない。それに、もともとロウソクを作っているところに影響を与えるかもしれないということで止めていた。
でも、特別な時に使うロウソクとして売り出すなら、用途も価格帯も既存のものと住み分けが出来て影響はないだろうし、ミツロウで作ったロウソクはまちがって食べたとしても害はない(おいしくはないが)から、ケーキキャンドルとしてならいいだろう。
今まで提案してきたのは食べるものだけだったから、果たしてケーキキャンドルにどれだけ需要があるか分からない。
ミツロウは木製品のつや出しにも使われるし、今は在庫に余裕があるので、駄目で元々、試しにやってみることになった。
―――そしてミツロウキャンドルが出来たしばらく後のこと。
誕生日の際にはケーキにロウソクを立てて主役が吹き消すというイベント性がうけて、貴族のみならず平民までと、王都のあたりから国中に広まっていったのであった。
やっぱり楽しいことは皆やりたいよね。
お読みいただきありがとうございます。




