59 ひいおじい様たちはまだまだげんき
本日の一品目は、トマス料理長とレイド副料理長が長年挑戦し続けていた茶碗蒸しとなった。
「まあ! この茶碗蒸しという料理、なめらかで美味しいわね!」
マリアおば様が一口食べると感嘆の声をあげた。
「それにとっても綺麗なお料理ですわ!」
カレン神官長が茶碗蒸しの赤・青(緑)・黄・白・黒(茶)の五色にほうっとため息をつく。
卵の薄い黄色に、エビの赤と白が映えている。ミツバの緑が鮮やかさを添え、そしてシイタケの茶色が料理を引き締めている。
「出汁が効いてて旨い! あ! 俺にもおかわりくれ!! ココット皿のしかない? そんなの気にしない!」
ホークさんが、おかわりを所望していたリンクさんを見て便乗して言う。
ローランド・デイン前伯爵が手に取った蒸碗をまじまじと見た。
「ああ。ローズマリーが大陸のみやげにくれた器はこうやって使うのだな」
デイン家にも蒸碗はお土産としてもらったそうだが、食卓に登場することはなかったそうだ。
蒸碗を使う料理は茶碗蒸ししか知らない。まあ、プリンにも使えるだろうけど、蒸碗入りのプリンはスイーツという感じがしないから私もプリンを蒸碗で作ったことはない。
そんなわけで、茶碗蒸しを知らなかったクラン料理長は、渡された蒸碗を一度も使うことはなかったらしい。
「うむ。これは本当に美味いな。レシピをもらって、伯爵家でも作らせよう」
ロザリオ・デイン伯爵が言うと、トマス料理長が『ご用意しておきます』と応えていた。
厨房でクラン料理長からのレシピを見せてもらった時、たしかに調味料の量のところは『適量』と書かれていた。
『適量、とはその料理の味を知ったものが使う表現です。あいつはそこが分かっていない』と、もらっていたレシピを手にトマス料理長が少し憤慨していた。
どうやらデイン伯爵家のクラン料理長と深い親交があるらしい。
バーティア子爵家の厨房でローズ母様とローディン叔父様と一緒に作った際に、レシピに分量を記入していた。もちろん茶碗蒸しのレシピは手順、分量はもちろんのこと、出来上がったレシピにハリーさんがイラストを書き添えていた。
お菓子職人は絵も上手らしい。分かりやすくて可愛いレシピになっていた。
これなら誰でも作れるようになるだろう。
「しょうかいのいえにも、おにゃじうちゅわほちい」
やっぱり茶碗蒸しはこの蒸碗で食べると美味しく感じるから、似たようなものを探したい。
そう思って口に出したら、ローランド・デイン前伯爵はぽん、と手をたたいた。
「アーシェラ! それなら、私が今度大陸に貿易に行った時に買ってきてあげよう!」
ん? 貿易はホークさんがしてたんじゃなかったっけ?
「おじいしゃま、たいりくいくの?」
「ああ。ホークもロザリオもしばらくは国から離れられないからな。陛下からご下命があった。大陸との貿易はおじい様が行くことになったよ。次に行った時にこの器をおみやげに買ってきてあげよう」
なるほど! それなら。
「あい! おねがいちましゅ!!」
「よしよし。楽しみにしておいで」
ローランドおじい様の瞳が細まり、優しい笑顔で頷いた。
次に大陸に行くのはローランド・デイン前伯爵のようだ。
辺境伯であるデイン伯爵家は来月からの遠征のサポートを担う。
海側の辺境伯であるデイン伯爵家だけではなく、内陸部のウルド国国境に面した他の辺境伯家も全力でウルド国侵攻をサポートする。
ホークさんとロザリオ・デイン伯爵は辺境伯軍の統率と遠征の補給のサポートをするためにしばらくはアースクリス国を離れることは出来ないのだそうだ。
「父上、引退したのに申し訳ありません」
「気にするな。同年代の者たちよりも中身は若いのだからな」
ローランドおじい様が胸を張る。
それは虚勢でもなんでもないことを知っている。
実は、デイン伯爵家もバーティア子爵家ももともと魔力が強い家系で、その中でもディークひいおじい様やローランドおじい様のように、魔力が強い者は老化が遅い。
強い魔力を持つ王家の男子が成人してからの老化が遅いのは知られていることだ。
そして、公爵家の者も王家の者と同じまでとはいかなくても比較的老化が遅い。
魔力の強い他の貴族や、平民出身の魔力の強い魔法師たちも同様で、『老化』の速度で身の内の魔力の強弱が分かるのがこの国の特徴でもある。
とはいえ、その様な人間はそうそういない。
だから、外見年齢を年相応にと魔力を使って変えている者もいる。
そのいい例が、レント前神官長だ。
実年齢60歳をこえているレント前神官が、教会の司祭として赴任する際、周りに混乱をきたさないように魔法で実年齢の外見を作っていたそうだ。
カレン神官長が『レント前神官長に王宮か神殿で会ったら別人のようですよ!』と言っていたから、本来の姿は、たぶん魔法で外見を作っていた時とずいぶん違うのだと思う。
いつか本当の姿のレント前神官長にあってみたいものだ。
同様に、デイン前伯爵もディークひいおじい様も齢は60代だけれど、全然そうはみえない。
外見は50歳になったくらいだろうか。
しかも外見よりも内面はもっと若いらしい。
デイン領が襲撃された時、ディークひいおじい様もローランドおじい様も、若い兵や領民と共に戦地を駆けまわっていたというから、外見よりも内面はもっと若いと証明しているみたいで、すごい。
魔力の強い者が魔力を使い続けていれば老化の速度が遅れるという傾向があるというが、それを証明し続けているような人たちだ。
ディークひいおじい様は若い頃から魔法漬けの生活を長年続け、実は今でも魔法関係の仕事を続けている。
身近なところでは、街灯の整備だ。この世界に電気は存在していないようだ。
その代わりに魔法があるのだが。
前世でも街灯があるのとないのとでは全然違った。
停電の際の真っ暗闇はとても怖かった。
こちらの世界では王都には魔力で点灯する街灯が普及しているが、田舎はまだまだだ。
田舎では、日が沈むとともに暗闇となる。それがスタンダードではあるけれど、少しでも明るく、と結晶石に魔力を込めて、地方にも街灯が灯るように普及したり。
そしてその魔力のこもった結晶石を盗もうとする者対策の為に魔法トラップを作成したりと、魔法省からの様々な要請を受けて、今でも精力的に活動している。
デイン前伯爵は、息子であるロザリオ・デイン伯爵に伯爵位と辺境伯軍総帥の座を譲ってから、日常的に漁船などに乗って海に出て船を魔力で操船している。
デイン前伯爵が乗った船は海難事故に逢わないため、漁をする領民たちに歓迎されているそうだ。
また引退しても日々兵たちの演習の相手をしている。
それが代々のご隠居様たちが行ってきたことらしい。その他にも何かやってはいるようだ。
だからディークひいおじい様もローランド・デイン前伯爵もまだまだ現役世代に引けを取らないとのことだ。
「そうだ。大陸のお土産もいろいろ持ってきたよ。気に入ったものがあったら、おじい様に頼めばいい。この蒸碗と一緒に買ってきてもらえばいいよ」
「あい! たのちみでしゅ!」
先日大陸から帰ってきたホークさんは、今日到着した時にたくさんの箱をバーティア子爵家に運び込んでいた。
お土産の量が大量なので明日みんなで確認することにしていた。
「なあ、兄さん。あんなに大量なのはなんでだ?」
「主にこっちじゃ見ない菓子とか、食材だな。アーシェラのお眼鏡に叶えば輸入とか考えるし」
「おかち!」
お米と味噌と醤油がある国。お菓子だって絶対に美味しいものがあるはずだ!
「食材のほかにも面白そうなのをいろいろとな。まあ、見てのお楽しみだ」
なんだかずっしりと重い箱もあって、使用人たちが数人がかりで運んだものもあった。
お土産の箱を紐解くのが楽しみだ!
お読みいただきありがとうございます。




