57 レイチェルおばあ様のひみつ
「レイチェル殿だったら不可能ではないな。魔法学院時代でも作成できていたからな」
ひとり納得したディークひいおじい様の言葉に、リンクさんがのけぞった。
「いや、それって相当レアな人材だぞ!」
ローディン叔父様も驚いている。
「魔法箱自体、国宝級だ。作れるものが国にひとりか二人しかいないとされている。それも相当技術や魔力を使うから数年にひとつ出来れば関の山だと―――ですよね。おじい様」
「ああ。―――レイチェル殿は才女だ。それに魔法学院に在籍していた時は学院と王宮図書館の書籍を全部読み切ったほどの『本マニア』で、記憶力も半端じゃない。女官になったのも王宮の奥にある図書館の膨大な本を読みたいからだと言っていたからな」
王宮の奥にある図書館は、王族しか入ることの出来ない場所である。王族図書館と言われている。
重要書籍ばかりで、たとえ国の要職についていようと、国王や王妃様直々の許可を得なければ入室さえままならない。
もちろん王族以外で利用の許可をいただいている人物は公表されておらず、おそらくは指折り数えるくらいしかいないはずだそうだ。
「公爵夫人……女官になった、まさかの理由……」
貴族の令嬢が女官になるのは、たいていが結婚相手を探すためだと言われている。
そして結婚と同時に女官職を辞し、家に入るのが定石だ。
それが、婚約者がいるのにも関わらず女官となったレイチェルおばあ様のことを不思議だと思った人物は相当いたそうだ。
その理由がまさか、王族図書館の書籍の閲覧だったとは。
『いくら本マニアでも、普通なら諦めるだろうに。その行動力には感服だ』とディークひいおじい様が呟いていた。確かに。
クリステーア公爵と結婚し、公爵夫人となり女性としても高い地位にいながら女官を続け、女官長まで上り詰めた。
十数年前にある理由で女官を辞そうとした彼女を、国王の母である王太后様が傍から離したがらなかったというのは有名な話だそうだ。
それだけの信頼を得ているレイチェル女官長ならば、王族図書館の閲覧許可はもらっているのではないかと思う。
「まあ、レイチェル殿が望み通りに閲覧許可をいただいたかどうかは想像するしかないが。―――ともかく、魔術陣を作るには精確な知識が必要だ。彼女にはそれが十分に備わっている。知識が豊富な者は魔術陣を駆使して魔法道具を作ることが出来るようになる。学生時代、彼女は素材に魔術陣を複雑に幾重にも組み、その大きさは小さいものの、魔法箱を作り上げていた。―――学生時代にそのようなことが出来る人材は稀だし貴重だ。本来なら魔法省管轄となり、国に帰属することが求められるが、魔法学院に在籍していた当時から彼女は公爵家に嫁ぐことが決まっていたし、魔法箱を作成できる人材、しかもそれが女性だと知られたらよからぬ者に狙われる可能性もある。そのこともあって他の者には知られたくないとレイチェル殿本人からもクリステーア公爵からも懇願されたからな。だから私も黙っていた」
ディークひいおじい様がなぜ知っていたかというと、レイチェルおばあ様が学生時代に挑戦した魔法箱作りに力を貸していたらしい。
教師時代、自ら魔力を磨こうとする生徒たちのサポートをするのが好きだったひいおじい様は、今では希少価値が高く、魔法道具の中でも最高難度と言われる魔法箱を作っていたレイチェルおばあ様の魔術陣の組み合わせの補助をしたそうだ。
伯爵家の実家にあったという魔法箱を解析して、空間魔法に保存魔法、ありとあらゆる面から魔術陣を組み上げる。
「バーティア子爵家にも魔法箱はあるが、私に解析できるかといったら不可能だ。レイチェル殿は魔力自体はそう多くはないが、魔術陣に関しては他の追随を許さぬほど優れていたからな。魔法道具の成り立ちを解析できるのは後にも先にも彼女しか私は知らないな」
解析出来たら魔術陣を組む。の繰り返し。
複雑な魔術陣の組み合わせに苦しむレイチェルおばあ様の疑問をディークひいおじい様がひとつひとつ紐解き、長い期間をかけてやっと満足する核が完成した。
けれど、精密で正確な魔術陣で核を作ったとしても、注ぐ魔力が不足すれば完成しない。
レイチェルおばあ様は核を作れても、魔力が潤沢ではなかったため、婚約者であるアーネストおじい様と、ディークひいおじい様が魔法箱の核に何ヶ月も魔力を注ぎ続けたら、国宝といわれる魔法箱が完成した。
まさかの成功で、ディークひいおじい様も驚いたそうだ。
「生徒の挑戦を手助けするのは教師として当然だが、あの時はどこかで『作れるわけがない』と思っていたな。レイチェル殿もアーネスト殿も完成して大喜びしたが、次の瞬間には、それがどんなに希少で大変なことか気づいて青くなっていたな。『レイチェルを守るために、魔法箱が作れたことは秘密にして欲しい』とアーネスト殿が頭を下げてな。生徒を守るのは教師である私の仕事だ。『このことが知れ渡ればレイチェルに危険が襲い掛かると分かっている。口外は絶対にしない』と約束したのだ」
『だからお前たちも口外するな』とディークひいおじい様は私たちを真剣に見つめて、念を押した。
自分の欲を満たすために、人は時に残酷になる。
人の苦しみを理解せず搾取するだけの人間を見たそうだ。
ディークひいおじい様が教師だった頃、希少な能力がある生徒が攫われて、さんざん搾取された末に、ボロボロになって無残な姿で見つかったことがあったのだそうだ。ひどすぎる。
その時を思い出して、ディークひいおじい様はぎゅっと目をつぶった後、強い瞳で私たちを見た。
「魔法箱なんぞなくとも人は生きていけるのだ。希少で金になるというだけで、人生を狂わされていいわけがない―――それはアーシェラの加護と同じだ」
ん? 私?
「加護を持つ者の希少価値。それを利用して搾取しようとする者がいるのと同じだ。それが無くても生きていけるというのに、利用する為だけに捕らえて閉じ込めて搾取する。用が無くなったら―――殺す」
「「「!!!」」」
直接的な言葉に全員固まった。
それを見たことがあるディークひいおじい様の言葉の意味は、とてつもなく重い。
ローズ母様が私をぎゅうっと抱きしめた。その体が震えている。
遅れてその言葉が私のことだと理解した私は、母様の腕の中で震えた。
「……あーちぇ。ころしゃれるの?」
悪いことしてないのに。加護を持っているから搾取されて殺されるの?
「「そんなことは絶対にさせない!!」」
ローディン叔父様とリンクさんが同時に叫んで、私の手をぎゅうっと握った。
「形は違えど、アーシェラの加護と、レイチェル殿の能力はそれと同じなのだ。搾取されて殺されるなど絶対にあってはならない」
「もちろんです。絶対に他言はしません」
「レイチェル女官長の秘密は墓場まで持っていきます」
「私もですわ」
ローディン叔父様、リンクさん、ローズ母様の言葉にカレン神官長が頷いた。
「ありがとうございます。レイチェル女官長のことは、ここにいる方たちの胸にしまっておいてください。アーシェラ様の魔法鞄のこともご内密に。これは普通のかわいいポシェットということにしておいてください」
「「「「承知致しました」」」」
「あい!!」
私も元気に返事をした。
「―――それにしても、よくこの短期間で出来ましたね」
王宮ではじめて会った後、私の誕生日に向けて作り始めたのだとカレン神官長が話していた。
まだ2ヶ月も経っていない。
「相当魔力を使うんだろう?」
「ええ。魔法鞄の核に当たる魔術陣を女官長が組まれ、完成させるための必要な魔力は、王妃様とクリステーア公爵が一カ月以上もの時間をかけて魔法鞄に込められていました」
「すっげぇ……」
リンクさんが思わずといった感じで呟く。
「まあ、フィーネ…王妃様も携わったのね」
「王妃様と……クリステーア公爵様の魔力が込められているのですね」
ローディン叔父様が複雑そうにつぶやいた。
王宮から帰った後にローズ母様から聞いた、ローズ母様と共にいつか私もクリステーア公爵家に、という話をまだ受け止めきれていない。
それは私も同じことだ。
今はまだローディン叔父様やリンクさんと離れることなど考えられないからだ。
「この短期間で魔法鞄が完成したのは、力の強いおふたりだったからですね」
「そのとおりですわね」
ローディン叔父様の言葉にカレン神官長が答えた。
簡単に出来る代物ではない。規格外と言われるほどの魔力を持った方が二人がかりで長い時間をかけて完成させた―――国宝級の魔法鞄。
クリステーア公爵夫人が核を作り、王妃様やクリステーア公爵が何日も魔力を注いで完成させた。レア物であることは間違いない。
「それにしても(孫への)初めての贈り物が魔法鞄とはな。レイチェルもアーネストも考えが斜め上すぎる」
はあ、とディークひいおじい様がため息をついた。
お読みいただきありがとうございます。




