56 おくりものはまほうどうぐ
冬は太陽が沈むのが早い。
夕方近くにデイン家一行が着いたという知らせを受けて、お昼寝から起きたばかりでぼ~っとしていた私はローディン叔父様に抱っこされた状態で屋敷の玄関でお出迎えした。
「「「「「誕生日おめでとう! ローディン! アーシェラ!」」」」」
ローランド・デイン前伯爵、ロザリオ・デイン伯爵、マリアおば様、ホークさん、そしてリンクさんが声を揃えてお祝いの言葉をくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとうごじゃいましゅ」
こんなにたくさんの人にお祝いしてもらったのは初めてだ。
うれしい。けどちょっぴり照れる。
「さあ、アーシェラちゃん。パーティーですからね、お着替えしましょうね!」
あれ? 今日は気軽なパーティーのはずじゃなかったっけ?
マリアおば様が到着するなり私はあれよあれよという間に着せ替え人形になった。
私はお昼寝から起きたばかりでまだぼ~っとしていたのでマリアおば様のなすがままだった。
「ほら! やっぱりこのドレス似合うわ!!」
「王宮に着て行きそこねた淡い紫色のやつだな」
「うんうん。かわいいぞ」
皆さんが歓談している部屋で、薄い紫とキラキラした銀の装飾がついたドレス姿をお披露目。
ん? パーティー用にちょっとかわいいワンピースを着るのかと思ったら、何でドレス?
そういえばみんなも正装に着替えていた。
どうしてかと首を傾げていたら、カレン神官長が来訪したという知らせが。
「アーシェラが昼寝をしているうちに、王妃様からアーシェラへのプレゼントをカレン神官長が持ってくるという連絡が入ったのだ」
王族の使いがくるということで、みんなで正装に着替えたということか。
おかげで厨房がてんてこ舞いだった、とディークひいおじい様がため息をついた。
カレン神官長が前回来た時、夜食も朝食も3人前ぺろりと食べたそうだ。
んん? 夕食も何度もお替りしてたよね。底なしなの??
この時間に来るということはお泊り決定だ。もちろん食事の用意も必要である。
王妃様の名代として来訪するカレン神官長と、お付きの人と護衛の人の分も、トマス料理長たちはお祝いディナーの追加分を用意したそうだ。
普段は主人と屋敷の従業員は別メニューだが、お祝いの今日だけは特別にほとんど同じものが従業員にも振舞われるとのことだった。もちろん、炊き込みご飯や茶碗蒸しも。
多めに用意していたが、カレン神官長が来ると聞いて、トマス料理長たちは『大変だ!!』と叫んで、全部の料理を追加で作ったそうだ。
もちろん、ケーキも1ホール追加で作ったとのことだ。
前回バーティア子爵家に宿泊した時に、お付きの人に『おかわりは2回までにしてください』と言われて不満そうにしていた、とディークひいおじい様が呆れていた。
なんだかおもしろい。
カレン神官長がどこまで食べられるか試してみたい気もする。
◇◇◇
王妃様からの届け物ということで、バーティア子爵であるローディン叔父様とローズ母様、ディークひいおじい様、私の家族ということでリンクさんが一緒に応接室でカレン神官長と会うことになった。
カレン神官長の希望で人払いをし、ディークひいおじい様が防音の結界を張った。
王族からの使いの時には、その対処は当たり前のことなのだそうだ。そうなんだ。
「急にお伺いして申し訳ございません」
「本当にな。先ぶれが遅すぎるぞ。いつものようにお前がうっかりしていたのか?」
「バーティア先生……『いつもうっかり』は否定できませんけど本日は違いますわ!」
カレン神官長、『うっかり』を否定しないんだ。
「もっと時間がかかると思われていたものが、今日に間に合うようギリギリで出来上がったので、せっかくなら、と急いでお持ちしました」
「??」
「アーシェラ様。こちら、王妃様とクリステーア公爵夫妻からのプレゼントです。どうぞ」
「ありがとうごじゃいましゅ!」
テーブルの上に置かれた、キレイな装飾を施された宝飾箱の中には、ペンダントと小さなポシェットが入っていた。
「かわいい!!」
ペンダントは金色の鎖と金色の丸いペンダントトップ。ペンダントトップの端っこには金剛石がひとつ。まるで満月と星のようでかわいい。裏側には『アーシェラ』と名前が彫られていた。
小さなポシェットは光沢のある白とピンク、大きなピンクのリボンがポシェット上部に結ばれている。
大きなリボンには刺繍やチャームがついていて、リボンの中央には、ペンダントトップと色違いのプラチナのチャームがついていた。
「さあ、アーシェラちゃん。ペンダントトップを握って、ポシェットのチャームに触ってください」
「? あい!」
カレン神官長に促されてペンダントを取り出した。
「え!? これってもしかして……」
ローディン叔父様の驚いた声がする。
リンクさんも息をのんだ。
左手でペンダントトップを握って、ポシェットのチャームに右手を置いたら。
―――ぽうっと、右手と左手をとおして、なにか魔力のようなものが体に入ってきて、身体を駆け巡った。
そして、身体の内側のなにかと、『かちり』とハマったかのような感じを受けた。
目をぱちくりさせていたら。
カレン神官長が顔を上げてディークひいおじい様達を見た。
「―――無事、魔法道具の所有者登録が終わりました」
「「―――やっぱりか!!」」
ローディン叔父様とリンクさんが同時に声を上げた。
「まほうどうぐ?」
「はい。このポシェットは魔法鞄になっているのです」
「まじっくばっぐ?」
「説明しますね。この小さなポシェットは普通の鞄と違って、たくさんの物が入るようになっています。こんなに小さくても、商会の家の台所くらいのものが入るのです。どんなに入れても重くならないんですよ」
商会の家の台所は前世での感覚でだいたい8畳くらいある。
縦横それくらいの容量が入るということだ。それも重さを感じないとは!!
「しゅごい!」
魔法箱とか魔法鞄って、本で読んだことも聞いたことあるけど、実際に見るのは初めてだ。
いわゆる魔法付与された入れ物。
作成できる人が少ない為、おのずと数が少なくなる。
その便利さゆえに高額であり、所有している者はものすごく限られている。
容量はそれぞれ違う。たしか容量が大きければ大きい程高額ではなかったか。
「こんな…こんなに高価なものをいただくわけには……」
ローズ母様の声がこわばっている。
え? そんなに高いの?
不安になってローディン叔父様とリンクさんを見ると。
「今では作れる者が極端に少ないし、既存の物は超がつくほど高額なんだよ」
「新たに作られるものは国で管理するため、一個人では、たとえ貴族であっても手に入らないのが実情だ」
と教えてくれた。昔はそれなりに魔法道具を作れる人物がいて高額でも手が出ない程ではなかったそうだ。
貴族の家にある魔法箱は昔々に作られたもので、今では全くと言っていい程、貴族でも入手が出来ないのだそうだ。
代わりに一定期間の保存魔法が付与された袋や箱が普及しているが、その機能性は魔法箱の足元にも及ばないため、魔法箱はその機能性と希少性から、喉から手が出るほどに欲しいものなのだそうだ。
「大丈夫ですよ。ローズ様、皆様方。こちらは手間と時間はかかっていますけど、お金はほとんどかかっていないのです」
「「「「??」」」」
超高額って聞いたけど違うの?
首を傾げたら、カレン神官長が防音の結界を張ったにも関わらす、少し声を抑えて、告げた。
「この魔法鞄の本体は、アーシェラ様のためにクリステーア公爵家のレイチェル夫人が手ずからお作りになったのです」
「「「え!!? 魔法鞄を作った!?」」」
ローディン叔父様とローズ母様、リンクさんの声が重なって、部屋中に響きわたり。
『防音の結界を張ってもらって正解でしたわ』―――とカレン神官長が満足げに頷いた。
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